学位論文要旨



No 111195
著者(漢字) 温,慶茹
著者(英字)
著者(カナ) ウェン,ケイジョ
標題(和) C60光電材料に関する研究 : 光電物性及び光電材料への応用可能性
標題(洋)
報告番号 111195
報告番号 甲11195
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3439号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 講師 大島,義人
内容要旨

 固体C60はファンデルワールス力による分子結晶でありながら半導体の特性を示すことが報告された。C60の薄膜は真空蒸着法により容易に作製されるため多くの研究は薄膜C60を用いて行ったものである。単結晶の作り方は溶媒により析出法と真空昇華法が一般的であるが物性測定のできる大きな単結晶を得ることが難しい。従来の無機半導体材料と異なって、新機能性半導体として応用する可能性を探るため、C60の基礎物性を明らかにしなければならない。そこで物質本来の物性を知るのに最適な単結晶に着目して本研究では昇華法により大きなC60単結晶を作り、その電気伝導の温度依存性、一定光電流法(Constant Photurrent Method、CPM法)による光吸収とフォトルミネセンスについて検討を行った。光電デバイスの基本構成であるpn接合などの半導体接合について、C60のような新な材料を用いた場合の特性は非常に興味深い。そこで本研究では太陽電池などの光電材料としてへの応用を念頭に置いて、C60単結晶の光電物性に関する研究を行い、C60と現在の代表的な半導体材料シリコンとの接合を作り、その光電気特性について考察を行なった。

C60単結晶の電気導電率の温度依存性

 C60単結晶の室温での導電率は約1.7×10-8S・cm-1であった。図1.にC60単結晶の導電率の温度依存性を示す。温度の増加に伴い導電率が増加するが、256K付近で不連続変化が見られる。この鋭い変化はC60の単結晶がf.c.c構造からs.c構造へ転移することによるものである。その転移は僅か0.4Kの温度範囲で起こった。これに対して薄膜の抵抗の相転移による変化は30Kの温度範囲で起こると報告された。その違いは試料の純度と結晶性によるものと考えられる。導電率のArrheniusプロットにより、256K以下の温度では活性化エネルギーが0.38eVに対して、256K以上では0.58eVであった。C60のバンドギャップは理論計算では1.5eVと報告されて、実験的にも1.5-2eVの間であることが確かめられている。本実験で得られた0.58eVの活性化エネルギーからmid-gap stateの存在が示唆された。

C60単結晶の光吸収:

 CPMによる測定結果は図2に示す。一般に言われるC60のバンドギャップ(1.5eV)より小さいエネルギーの範囲で0.6eVのところから吸収の増加が見られた。アモルファスシリコン薄膜の場合には、Si-Si結合の構造乱れにもとつくテイル準位と、Siの未結合手(ダングリングボンド)などの構造欠陥に起因する深い準位がギャップ中に存在する。これに対してC60分子間はファンデルワールカによる結合であり、ダングリングボンドのような欠陥が存在しない。更に単結晶もサブバンドギャップにおける吸収が観測されたことから、ギャップ内準位が構造の乱れによるものではなく、固体C60に存在する不純物に由来するものである。

図表図1.C60単結晶の電気伝導の温度依存性 / 図2 C60単結晶の光吸収スペクトル

 C60のフォトルミネセンス:

 同じ原料から作った単結晶とC60薄膜のフォトルミネセンスを図3に示す。単結晶のピークが1.48eVと1.65eVにあるのに対して薄膜の方は1.51eV、1.69eVにシフトし、また1.61eV,1.66eVにも肩が観察された。単結晶の1.65eVのピークと薄膜の1.69eVのピークは固体C60の励起子によるものと考えられる。そのエネルギーの違いは固体効果によるもので、これはC60薄膜より溶液中にあるC60のルミネセンスピークが高エネルギー側にあると同じである。また1.48eVと1.51eVのピークは単結晶と薄膜それぞれの励起子のエネルギーとの差が0.17eV(1371cm-1)と0.18eV(1452cm-1)である。これらはC60の格子振動に当るものであると考えられる。単結晶の方がフォノンにエネルギーを与える確率が大きいため、薄膜より1.48eVのピークが強く観察されたと考えられる。

図3 C60単結晶と薄膜の発光スペクトル
C60薄膜と単結晶Siの接合のI-V特性:

 C60薄膜とp型、n型Siの接合ではいずれも整流特性が見られる(図4)。p型との接合とn型との接合で整流性が逆向きとなっている。これは、C60のフェルミエネルギーはSiのバンドギャップ内にあると考えられる。従って、C60のフエルミ準位は真空単位から4.3〜4.9eVにあることが判った。C60のp型Siとn型Siとの接合は、両方ともHeavily-doped Siとの接合が比較的はっきりしている。この2つの接合の電流-電圧特性の温度依存性について検討したところダイオードファクターはHeavily-doped p-Siとの接合では3であり、Heavily-doped p-Siとの接合では2.7である。したがって、接合界面での電流機構は拡散モデルトンネル再結合モデルの混ざったものと考えられる。

図4 室温におけるSi/C60接合のI-V特性
C60を太陽電池などの光電材料への応用可能性

 C60と無機半導体Siとの接合は整流特性が見られるがダイオードファクターは一般の無機半導体の接合の場合の1〜2の値と異る。その光電材料としての可能性を検討するため、接合光起電力の測定を行った。本研究では半透明な金電極を用いて光を照射したところ、C60薄膜の作製条件と膜厚によって値が変わることがわかった。Heavily-doped p型のSiとの接合とHeavily-doped n型のSiでそれぞれ最大0.27Vと0.30Vの起電力が得られた。以上の結果からC60膜を最適化することと接合する半導体を選ぶことによって、光起電力の向上が期待され、C60の光電材料としての応用可能性が示唆された。また、C60は欠陥のない分子であり、クラスタ一間の結合力はVen der Waals力で、非常に柔らかい固体であるのでC60を格子定数の異なる半導体の不整合を解消するバッファー層として使用できる可能性があると考えられる。太陽電池材料として考える場合に、不整合を解消するバッファー層としてC60を使用することによって格子定数の異なる材料の接合を実現させ、高効率のへテロ接合太陽電池の作製の可能性が考えられる。

審査要旨

 本論文は「C60光電材料に関する研究-光電物性及び充電材料への応用可能性-」と題しその目的はC60単結晶の充電物性を明らかにすると共にC60を光電材料として応用する可能性を検討することである。

 第一章においてはC60の物性に関する既往研究を紹介している。

 従来の無機太陽電池材料であるSiなどの場合は単結晶と薄膜の性質の違いが大きく、単結晶の方が効率の面で優れている場合が多い。C60の薄膜に比べるとC60単結晶の物性測定例は少ない。C60の光電材料への応用の可能性を追究するため第二章ではC60単結晶の作製とその電気伝導率、光吸収、フォトルミネセンスなどの光電物性の測定を行った結果について考察を行い、C60単結晶と薄膜の違いを明確にした。

 その結果をまとめると

 1)C60電気抵抗測定により、f,c.c構遺からs.c構造への転移による不連続変化が観測された。その転移は僅か0.4Kの温度範囲で起こった。この温度範囲は薄膜についての報告値30Kに比べると非常に狭かった。これは本研究で作製した単結晶が薄膜と比べて結晶性が高く、不純物が少ないためであった。256K以下の温度では電気伝導の活性化エネルギーが0.38eVであるのに対して、256K以上では0.58eVであった。これらの活性化エネルギーがC60のバンドギャップの半値より小さいことはギャップ内準位が存在することを示唆している。

 (2)C60単結晶の光吸収測定では、一般に言われているC60のバンドギャップ(1.5eV)より小さいエネルギーである0.6eVから吸収の増加が見られた。C60分子間はファンデルヮール力により結合しており、ダングリングボンドのような欠陥が存在しないはずである。更にC60薄膜のサブギャップの範囲における光吸収も報告されている。したがって、このギャップ内準位が構造の乱れによるものではなく、固体C60に存在する不純物に由来するものと考えられた。

 (3)同じ原料から作製した単結晶とC60薄膜のフォトルミネセンスを測定したところ、単結晶のピークが1.48eVと1.65eVにあるのに対して、薄膜のピーク位置は1.51eV、1、69eVにシフトした。単結晶を長い時間空気中に放置するとピーク位置の変化はほどんど見られないが1.48eVでのピークが小さくなり、アニールすることによってこのピークは回復する様子が見られた。このエネルギーシフトは固体効果によるものであると考えられた。

 以上の結果からC60単結晶と薄膜の物性差異は従来の半導体の場合と異なり、小さいことがわかった。したがって、C60を従来の太陽電池材料と同じように利用するのではなく、C60の特性を十分活かした利用法を考える必要がある。

 そこで、

 1.C60薄膜の作製プロセスが一般の半導体より低温で容易にできる。

 2.禁止遷移であるためC60中のキャリャの寿命が長い。

 3.C60は欠陥のない分子であり、クラスタ一間の結合力はファンデアワールス力で、格子の不整合による界面のダングリングボンドなどの欠陥ができにくい。

 などの特性に着目した。

 通常太陽電池にはバンドギャップの大きいものが窓材として使われているが、異なる材料の界面で格子定数の不整合に由来する欠陥(ダングリンボンド)が生じる。この欠陥生成を抑制する必要があるため材料の選択巾が極めて小さい。今までの材料にない特性を持つC60をバンドギャップの差の大きな半導体の中間層として使えば、格子定数が違うため、本来できないp-n接合が容易にでき、太陽電池などの光電デバイスの材料選択巾を広げることが可能になると考えられる。

 第三章ではその可能性を検討するため、C60と無機半導体Siの接合を作製し検討した。その結果、C60とHeavily-dopedおよびLightly-dopedのp型、n型4種類の接合全てが整流特性を示した。また、Heavily-dopedのp型Siとの接合とHeavily dopedのn型Siとの接合から、それぞれ0.1V、0.3Vの光起電力が観測された。この結果から、C60膜と無機半導体との接合が容易にできることがわかり、C60を格子定数の異なる半導体の不整合を解消するバッファー層として使用できる可能性があることがわかった。

 第四章では本論文の各章の成果を総括した。

 以上、本研究は新たな物質であるC60の基礎的な光電物性を明らかにし、光電材料のヘテロ接合バッファー層としての応用可能性を実証、提案しており、工学的な価値の高いものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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