ヘアピン構造は、核酸の同一鎖上の相補的な領域が塩基対を作ることによって形成される。ヘアピン構造は種々のRNA分子や一本鎖状のDNAに広く見られる核酸の基本的な二次構造である。当研究室では、d(GCGAAAGC)やd(GCGAAGC)配列のDNA断片が異常に熱安定性の高いヘアピン構造を形成することを発見している。これらは、通常のヘアピン構造に比べて鎖長が短いことからミニヘアピンとよばれている。これらのミニヘアピン配列は天然のDNAやRNA中の機能的に重要な領域にもしばしば見出される。本論文は、DNAのミニヘアピンの異常に高い熱安定性に着目し、その構造と性質および生物工学への応用について検討した結果を述べたものである。 第一章では、異常に安定なミニヘアピン構造を形成するDNA断片のうち最も鎖長の短いd(GCGAAGC)の形成するミニヘアピンの立体構造をNMRによって解析した結果を示している。NOESY.DQF-COSY、および、HOHAHAスペクトルによって全ての非易動性プロトンのシグナルを帰属し、これらのスペクトルと31P-1HCOSYスペクトルから得られた70のプロトン間の距離情報と37の角度情報、および末端の2つのG-C塩基対を制限として、シミュレイテッドアニーリング法によって高次構造を決定した。この断片は、4番目のAと5番目のAの間で折れ曲がり、G1C2G3A4とA5G6C7の2本のB型DNA様のヘリックスから成り、これら2本のヘリックス間には末端の2つのG一C塩基対に加えて、3番目のGと5番目のAの間で非ワトソン-クリック型の塩基対が形成していた。これまでに調べられてきたいくつかの安定なヘアピン中でも、ループ内の非ワトソン-クリック型塩基対がヘアピン構造の安定化に寄与していることが報告されている。d(GCGAAGC〉ミニヘアピンは、それらのヘアピンに比べてさらに高い安定性を示すが、これは、このミニヘアピンの立体構造中では、全ての隣り合う塩基がスタッキングしており、これによって構造がさらに安定化していることを明らかにした。 第二章では、d(GCGAAGC)断片以外に、どのような配列のDNA断片が、3残基のループをもつ安定なミニヘアピン構造を形成し得るかを調べている。この目的のためにd(GCGAAGC)のループ部分の3残基のそれぞれをA、T、C、または、Gに変えた64本のDNA断片を合成し、これらの断片のヘアピン構造の形成能とそれらの構造の安定性を調べた。まず、ヘアピン構造の形成を、変性剤を含むポリアクリルアミドゲル上での電気泳動度の泳動度と一本鎖DNAの3’末端を特異的に加水分解する3’一エキソヌクレアーゼに対する抵抗性によって簡便に調べる方法を開発した。この結果、ループ部分がGAA.GGA、GCA、GTA、即ち、GNA配列の断片だけが、飛び抜けて泳動度が大きく、かつ、3’-エキソヌクレアーゼに対する高い抵抗性を示し、これらのミニヘアピン構造の融解温度(Tm)は、どれも70℃以上と安定性が高いヘアピン構造を形成することを明らかにした。さらに、GGA、GCA、GTAループをもつミニヘアピンの立体構造をNMRで解析し、これらのミニヘアピンがd(GCGAAGC)ミニヘアピンと同様の立体構造を形成していることを示した。これまでに安定なヘアピン構造を形成する配列はいくつか知られているが、これらはいずれも偶然に見っかったものであり、網羅的な検索はこれが初めてであり、本研究の結果は、核酸の二次構造予測にも重要な知見を与えると考えられる。 第三章では、4残基のループをもつ安定なミニヘアピンの配列を調べた。 d(GCNNNNGC)配列のDNA断片の混合物中、安定なミニヘアピンを形成するものを電気泳動の泳動度によって選別し、それらの配列を調べた結果、GNNNA配列のループをもつ断片が安定なミニヘアピンを形成することを示した。 第四章では、これらの非常に強くスタッキングしたミニヘアピン構造の核酸分解酵素に対する抵抗性を調べている。ミニヘアピンはヘアピン構造を形成しないDNA断片やピリミジン塩基をループにもつヘアピンに比べて、核酸分解酵素によって加水分解されにくく、特にGAAループのミニヘアピンは非常に高い抵抗性を示すことを明らかにした。 第五章では、ミニヘアピンを一本鎖状のDNA断片の末端に導入することにより、このDNA断片の核酸分解酵素に対する抵抗性を高められることを示している。この応用として、このようにして安定化したDNA断片を、細胞外蛋白質合成系の鋳型として用いるmRNAの3’末増にハイブリダイズさせて、このmRNAを核酸分解酵素によって分解されにくくする方法を開発した。この方法を用いてジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)蛋白質の合成を行うとその合成量を2倍に高めることができることを示した。 以上、要するに、本論文は異常に安定なDNAミニヘアピンの構造、物性とその応用について詳細に検討したものであり、核酸化学にたいへん有用な知見を提供するだけでなく、工学上も貢献するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |