学位論文要旨



No 111200
著者(漢字) 李,鐘百
著者(英字)
著者(カナ) リ,チョンベク
標題(和) サーモトロピック液晶ポリウレタンの合成とその物性
標題(洋)
報告番号 111200
報告番号 甲11200
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3444号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 千鯛,眞信
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨 [緒言]

 液晶ポリマーはメソゲンと呼ばれる剛直な液晶部位と高分子骨格の結合様式の相違から主鎖型、側鎖型、複合型に大別される.このうち、主鎖型の液晶ポリマーはその高度な配向を固体中に保持することによって、高強度高弾性率高分子材料となり産業用材料としてさまざまな分野で使用されている.近年、ポリアミドのリオトロピック液晶紡糸で得られた繊維が高強度高弾性率を示すことが明らかにされて以来、主鎖型液晶高分子は注目を集め多くの研究がなされてきた.特に加工成形時に溶媒を必要としないサーモトロピック液晶ポリマー、さらにポリエステルについては多くの報告がなされている.しかし、水素結合性の基を有する液晶ポリウレタンについての報告は少ない.したがって、本研究では芳香族基を有するジオールと、パラ位にイソシアネート基を有する芳香族ジイソシアネートり新しいサーモトロピック液晶ポリウレタンを合成し、ポリマーの熱的性質をDSC,TG,偏光顕微鏡により調べ、1H-NMR,FT-IR及び広角X線回折によって構造解析を行った.ポリウレタンはジオールとイソシアネート基がベンゼン環のパラ位にある2,5-トルエンジイソシアネート(2,5-TDI)あるいは1,4-フェニレンイソシアネート(1,4-PDI)の重付加反応により得られた。

[結果と考察](1)ビフェレン基を有するサーモトロピックポリウレタンの合成と液晶性

 ポリウレタン2,5-TDI/BPmおよび1,4-PDI/BPmは等モルのジイソシアネート(2,5-TDIあるいは1,4-PDI)と4,4-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ビフェニル(BPm:mはスベーサーの炭素数)をN2気流下乾燥DMF中12時間から24時間反応させることにより得られた.ここでスペーサー長の熱的性質への影響も調べるために、ジオールモノマーのアルキレン鎖としては炭素数が2〜6,8,11のものを用いた。ポリマーの収率は90%以上であった.ポリマー2.5-TDI/BPm(m=3〜11)の固有粘度は0.41〜0.99dL/gであった.また、ポリマー1,4-PDI/BPmの固有粘度は0.42〜0.77dL/gであった.2,5-TDI/BP2と1,4-PDI/BP2は1,1,2,2-tetrachloroethane-phenol(1:1,v/v),またdichloroethane-trifluoroacetic acid(4:1,v/v)などのいずれの溶媒にも溶解しなかった。ポリマー2,5-TDI/BPmにおけるDSCカーブでは昇温過程において、TmおよびT1の二つの吸熱ピークが現れた。他のポリマーも同様の傾向が見られた。どのポリマーも液晶性を示した。ポリマー2,5-TDI/BPmのTmはスペーサーのアルキレン鎖がm=2から11となるつれ274℃から150℃へと低下した.またTiもスペーサーのアルキレン鎖が長くなると284℃から172℃まで低下した。NakayaやMacKnightらにより液晶ポリウレタンに関する研究が報告されている.彼らはメソゲン基としてビフェニル基、スペーサとしてm=2,6をそれぞれ含む4,4’-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ビフェニル(BPm)をジオール成分として用い、メタ位にイソシアネート基を有する2,4-トルエンジイソシアネート(2,4-TDI)との重付加反応によってポリマー2,4-TDI/BP2および2,4-TDI/BP6を合成している。ポリマー2,4-TDI/BP2のTmは151℃,Tiは193℃、そしてポリマー2,4-TDI/BP6のTmは152℃,Tiは166℃であった.本研究で得られたパラ位にイソシアネート基を有するポリマー2,5-TDI/BPm(m=2,6)の場合、同じジオール成分を持つメタ型ポリマーと比較すると約40℃高いTm,Tiを示した。これはパラ型ポリマーがメタ型ポリマーよりも剛直性が高いためと考えられる。液晶状態は9℃から22℃まで比較的狭い温度範囲で現れた.ポリマー1,4-PDI/BPmのDSC測定を行った結果1,4-PDI/BP2以外のいずれのポリマーもTmおよびTiの2つの吸熱ピークが現われ、液晶性を示した.1,4-PDI/BPmポリマーにおいてもアルキレン鎖が長くなるに従って液晶一等方性融液転移点および融点が低下した.これはアルキレン鎖が長くなるとポリマー主鎖の柔軟性が増加するためである。アルキレン鎖長に対するポリマーの転移温度(TmおよびTi)の関係ではベンゼン環にメチル基を導入した。ポリマー2,5-TDI/BPmと比較すれば1,4-PDI/BPmの融点および液晶一等方性融液転移は極めて高い温度で起こることが分かった。これは、ベンゼン環上にメチル置換基を導入するとポリマーの対称性が失われて配向性が乱れ、その結果として融点が低下したためであると考えられる。またかさ高いメチル基がウレタン結合の間に形成される分子間水素結合を弱めることも一つの原因と考えられる。ポリマー1,4-PDI/BPmの液晶温度範囲はポリマー2,5-TDI/BPmと比較すれば、m=6では14℃で同じだったがmが3,4,5,8,11の場合1,4-PDI/BPmの方が2℃から14℃広くなった。しかし、1,4-PDI/BPmの場合も液晶状態は10℃から34℃までと比較的に狭い温度範囲で現れた.主鎖型高分子において相転移温度がアルキレン鎖長に対して偶奇性を示す例が数多く報告されている.しかし本研究で合成されたポリウレタンの場合、転移温度とメチレン鎖長の間には明瞭な偶奇効果は見られなかった。ポリマー2,5-TDI/BP6および1,4-PDI/BP6の液晶状態におけるX線回折パターンでの広角域のブロードなピークおよび偏光顕微鏡観察の結果によりこれらのポリウレタンはネマチック液晶性を示すと考えられる。次にポリウレタンの分子間に作用する水素結合の状態を調べるために様々な温度において測定した赤外吸収(FT-IR)スペクトルを検討した。ポリマー2,5-TDI/BP6の結晶相、液晶相、等方性相におけるカーブフィッティングの測定結果、カルボニル基の吸収が相状態により大きく変化することが分かった。ポリマーの固体状態においてはC=Oの吸収は1698,1717,および1734cm-1の三つのバンドに分けることができた。1698,1717cm-1はそれぞれ分子配列領域における水素結合したC=Oバンドおよび分子未配列領域における水素結合したC=Oバンド、1734cm-1は水素結合してないフリーなC=O基である。2,5-TDI/BP6の等方性融液状態(250℃)においては分子配列領域の水素結合したC=Oバンドが完全に消失した。これらはウレタン結合間の水素結合が液晶相の発現に大きくかかわっていることを示している。ポリマーのTG測定の結果、2,5-TDI/BPmは約290℃そして1,4-PDI/BPmの場合は約330℃で5%熱分解することがわかった。二つのポリマーの熱安定性を調べた結果メチル置換基を持たない1,4-PDI/BPmの方が置換基を持つ2,5-TDI/BPmよりも熱安定性があることもわかった。以上のことからこの新規バラ型ポリウレタンは液晶性を示し、新しいタイプの液晶ポリマーとして期待される。

(2)フェニレンあるいはナフタレン基を有しメソゲンを持たないサーモトロピックポリウレタンの合成と液晶性

 パラ型ジイソシアネートモノマー2,5-トルエンジイソシアネート(2,5-TDI)あるいは1,4-フェニレンジイソシアネート(1,4-PDI)とメソゲン基を持たない1,4-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ベンゼン(BHBm:mはスペーサーの炭素数)との重付加反応により新規パラ型ポリウレタンを合成した。これらのポリウレタンの熱的性質および置換基の影響と分子間相互作用の液晶性への関与などを検討した。スペーサー長さの影響を調べるために、ジオールモノマーのアルキレン鎖としては炭素数が2,3,5,6,8,11のものを用いた。得られたポリマーの固有粘度は0.22-0.52であった。置換基を導入したのポリマー2,5-TDI/BHBmのシリーズではいくつかのポリマー(m=3,5,6,8,)がモノトロピック液晶性を示した。例えば、1,4-ビス(5-ヒドロキシペントキシ)ベンゼンと2,5-TDIにより合成されたポリマー2,5-TDI/BHB5は[]=0.33で降温過程においてネマチック液晶相を発現した。他のポリマーも同様の傾向が見られ、いずれもモノトロピック液晶性を示した。一方、これに対し、メチル置換基を持っていない1,4-PDI/BHBmのシリズにおいてはDSC測定および偏光顕微鏡観察では液晶性を示さなかった。この現象が見られたのは、かさ高いメチル基がウレタン結合の間に形成される分子間水素結合を弱めることが一つの原因と考えられる。

 また、ポリウレタンの分子間に作用する水素結合の状態を調べるために様々な温度において測定した赤外吸収(FT-IR)スペクトルを検討した。例えば、ポリマー2,5-TDI/BHB5の昇温過程および降温過程におけるカーブフィッティングの測定結果、カルボニル基の吸収が相状態により大きく変化することが分かった。ポリマーのTG測定の結果、2,5-TDI/BHBmは約290℃そして1,4-PDI/BPmの場合は約320℃で5%熱分解することがわかった。二つのポリマーの熱安定性を調べた結果メチル置換基を持たないポリマーの方が置換基を持ているポリマーよりも熱安定性があることもわかった。ポリマーの熱的性質をDSC,TG,偏光顕微鏡観察、温度可変FT-IRにより調べ、1H-NMR,および広角X線回折測定によって構造解析を行なった。

 次に、ナフタレン基を有するポリウレタンを合成し、ナフタレン構造の液晶性に及ぼす影響を検討した。その目的のため、パラ型ジイソシアネートモノマー2,5-トルエンジイソシアネート(2,5-TDI)あるいは1,4-フェニレンジイソシアネート(1,4-PDI)とメソゲン基を持たない2,5-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ナフタレン(BHNm:mはスペーサーの炭素数)との重付加反応により新規パラ型ポリウレタンを合成した。これらのポリウレタンの熱的性質および置換基、スペーサー、さらに分子間相互作用の液晶性への関与などを調べた。スペーサーの影響を調べるために、ジオールモノマーのアルキレン鎖としては炭素数が2,3,5,6,8,11のものを用いた。得られたポリマーの固有粘度は0.27-0.48dL/gであった。メチル置換基を導入したポリマー2,5-TDI/BHNmのシリーズではいくつかのポリマー(m=5,6,8,11)においてモノトロピック液晶性が観察された。例えば、2,6-ビス(8-ヒドロキシオクチルオキシ)ナフタレンと2,5-TDIにより合成されたポリマー2,5-TDI/BHN8は[]=0.30で降温過程で139℃から111℃までにおいてネマチック液晶相を発現した。他のポリマーも同様の傾向が見られ、いずれもモノトロピック液晶性を示した。一方、これに対し、メチル置換基を持っていない1,4-PDI/BHNmのシリーズにおいてはDSC測定および偏光顕微鏡観察では液晶性を示さなかった。かさ高いメチル基が、ウレタン結合の間に形成される分子間相互作用をある程度弱めることにより、安定な液晶相を示したと考えられる。

 このようにメソゲン基を含まない高分子においても液晶性が観察されたのは分子鎖を配列させるポリウレタンの分子間相互作用の寄与が考えられる。以上の研究で合成したポリウレタンにおいては分子間に形成される水素結合が分子鎖の配列に寄与していることが分かった。今回合成したサーモトロピック液晶ポリウレタンは新規ポリマーであり、新しい機能性高分子材料構築することが可能性であると考えられる。

審査要旨

 本論分は「サーモトロピック液晶ポリウレタンの合成とその物性」と題し、4章より成る。第1章は序論である。液晶ポリマーおよび液晶性ポリウレタンに関する歴史的考察がなされ、本研究の位置付けが述べられている。特に、液晶性をポリマーに賦与するのに必要なメソゲン基の必要性が記述されている。本研究の後半部は、通常のメソゲンを持たなくても液晶ポリマーは得られることおよびその機構を記述している。

 第2章は「ビフェニレンメソゲン基を有するサーモトロピックポリウレタンの合成と構造解析」と題し、基本的なサーモトロピック液晶性を持つポリウレタンの合成が述べられている。メソゲンすなわち液晶性を賦与する基をポリマー中に導入し他の要件を満たすとポリマーは液晶性を発現した。ポリウレタンの場合、融点が高く分解温度に近いので、融解させて液晶性を示すサーモトロピック液晶ポリマーにはなりにくかった。本研究ではアルキレンスペーサーがポリマー中に入れられることによって、融点降下が図られた。本研究では、パラ型ジイソシアネートである1,4-フェニレンジイソシアネート(1,4-PDI)と2,5トルエンジイソシアネート(2,5-TDI)が一方のモノマーとして使われた。合成されたポリウレタンはそれまで報告されていなかった全パラ型ポリウレタンであった。従って、それまで報告されていたメタ結合含有サーモトロピックポリウレタンと違って、高分子量ポリマーでも液晶性を示した。しかしながら、全体の構造に占めるメソゲンの割合が小さかつたため、狭い液晶温度範囲を示すサーモトロピックポリウレタンであった。

 第3章は「フェニレン基を有しメソゲンを持たないポリウレタンの合成と液晶性」と題し、初めてメソゲンなしのサーモトロピックポリウレタンが得られたことについて述べている。パラ型ジイソシアネートの2,5-トルエンジイソシアネートおよび1,4-フェニレンジイソシアナートを両末端に水酸基を持つ1,4-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ベンゼン(BHBm)と反応させて作ったポリウレタン2,5-TDI/BHBmおよび1,4-PDI/BHBmの熱的性質を差走査型熱量計(DSC)、偏光顕微鏡、温度可変X線、温度可変FT-IRで調べた。2,5-TDI/BHBmポリウレタンのうち、m=3,5,6,8を持つ、すなわち(CH2)3-8のポリウレタンは降温過程のみ液晶性を示すモノトロピック液晶であった。例えば、2,5-TDI/BHB5はT1-LC=119℃、TLC-K=96℃のモノトロピック液晶であった。しかし、1,4-PDI/BHBmは液晶性を示さなかった。

 通常のメソゲンを持たない2,5-TDI/BHB5が液晶性を示したのは、分子間相互作用として横方向に並んだポリウレタン鎖間に水素結合が働くことによると解釈されている。ポリウレタン高分子鎖間に働くこの水素結合は容易に形成されると考えられる。メチル置換基を持つトルエンジイソシアネート単位含有のポリマーでは液晶性を示したが、それのないフェニレンジイソシアネート単位では、液晶にならなかった。PDIに於いては、恐らく大部分が結晶配列を起こしてしまい、液晶形成に必要なルースな非晶領域が形成されなかったことによると解釈されている。メソゲンなしの液晶ポリマーは、これまでヘリカル構造をとるポリペプチドやポリテトラフルオロエチレンについて報告があるが、水素結合を主な分子間相互作用として形成される液晶ポリマーはこのポリウレタンが最初の例である。

 第4章は「ナフタレン基を有しメソゲンを持たないポリウレタンの合成と液晶性」と題し、フェニレンの代わりにナフタレン基を持つポリウレタンの液晶性についての研究結果が述べられている。パラ型ジイソシアネートの2,5-TDIと1,4-PDIと、2,5-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ナフタレン(BHNm)の反応によって、ポリウレタン2.5-TDI/BHNmおよび1.4-PDI/BHNmが合成された。

 m=5,6,8,11を持つポリウレタン2,5-TDI/BHN5〜11はモノトロピック液晶性を示した。例えば、2,5-TDI/BHN5ではT1-LC=152℃、TLC-K=133℃の温度範囲で液晶性を示した。しかし、1,4-PDI/BHNmポリウレタンは液晶性を示さなかった。このメソゲンなしポリウレタンに液晶性を誘起したのは、分子間水素結合である。このように本論文は工業的に重要なポリウレタンに新規な液晶ポリウレタンを合成し加えたことにより、高分子材料化学および高分子工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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