学位論文要旨



No 111201
著者(漢字) 小西,聡史
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,サトシ
標題(和) グラフト重合法を用いて合成したキレート多孔性膜による金属イオン捕集の速度論的研究
標題(洋)
報告番号 111201
報告番号 甲11201
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3445号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 鈴木,栄二
 東京大学 助教授 中尾,真一
内容要旨 緒言

 原子力発電や半導体産業では,超純水が大量に使用されている.半導体パターンの微細化に伴って,超純水の質の向上がさらに望まれている.現存の超純水製造プロセスでは,原料水に溶存している金属イオンは,逆浸透法およびイオン交換法によって除去されている.今後,さらに低濃度域で金属イオンを効率よく除去するシステムが必要になる.

 超純水中に残存する金属イオンを高速で除去するために,キレート多孔性膜を用いた「対流支援型」除去システムが提案され,キレート形成基のスクリーニングと放射線グラフト重合法による膜の合成法が検討された.このシステムの特徴は,膜細孔内に付与したキレート形成基の近傍まで金属イオンを対流にのせて輸送するので,金属イオン除去の高速化を実現できることである.このシステムを実用化するためには,キレート多孔性膜の金属イオン吸着特性に関する詳細な検討,およびキレート多孔性膜内の金属イオン輸送現象の詳細な解析が必要である.

 そこで,本研究ではキレート多孔性膜を用いた金属イオン除去システムの評価を目的として,単成分系,多成分系での金属イオン吸着特性を調べた.さらに,[Parallel Diffusion Model」を適用して多孔性膜内の金属イオン輸送現象を解析し,吸着量勾配を推進力とする拡散(グラフト相拡散とよぶ)の存在を示した.

キレート多孔性膜の合成および物性の測定

 市販の中空糸状精密濾過膜を基材膜として用いた.キレート多孔性膜の合成経路をFig.1に示す.電子線前照射液相グラフト重合法を適用してエポキシ基を有するモノマーであるグリシジルメタクリレート(GMA,CH2=CCH3COOCH2CHOCH2)を重合し,グラフト鎖を基材膜に導入した.この膜をGMA膜とよぶ.グラフト鎖中のエポキシ基をイミノ二酢酸(IDA)基(-N(CH2COOH)2)に変換して,金属イオンとのキレート形成機能を膜にもたせた.得られるキレート多孔性膜をIDA膜とよぶ.IDA膜の物性をTable 1にまとめた.本研究では,グラフト率200%,転化率50-60%のIDA膜を用いた.このときIDA基密度は2mol/kgであり,市販のキレート樹脂ビーズの0.7mol/kgと比べて約3倍の密度である.

図表Fig.1 Preparation scheme of IDA-group-containing porous membrane. / Table 1 Physical properties of chelating porous membrane containing iminodiacetate group
キレート多孔性膜の金属イオン吸着特性

 本研究で用いた金属イオンはコバルト,ニッケル,銅およびパラジウムである.濃度20mg/Lの金属イオン溶液を透過圧力一定の条件で,長さ13cmの膜の内面から外面へ透過させた.透過液中の金属イオン濃度を定量した.透過液量Vを次式にしたがい,無次元化時間r(=c0V/q0W)に変換した.ここで,c0は入口濃度,Wは膜重量である.また,q0は入口濃度に対する吸着平衡濃度である.

 透過圧力を0.025-0.1MPaの範囲で変えて得られるコバルトの破過曲線(BTC)をFig.2に示す.透過圧力に依存せずBTCは一致した.透過圧力0.1MPaでは滞留時間0.86秒の間に,コバルトイオンは完全に捕集された.BTCが滞留時間によらないことから,IDA膜による金属捕集は,キレート形成反応過程および拡散過程が総括吸着速度を支配しない優れた分離手法であることがわかった.

 X線マイクロアナライザ(XMA)を用いて膜内の吸着量分布を直接測定した.膜内のコバルト吸着量分布の変化をFig.3に示す.コバルト吸着の前線が膜の内側から外側へ形を変えずに進んだ.また,コバルトが吸着している部分はいずれも入口濃度に対する平衡吸着量に達していた.拡散移動抵抗が無視できるというBTCの実験結果に一致することを示すことができた.

図表Fig.2 Effect of filtration pressure on breakthrough curve. / Fig.3 Profiles of amount of sorbed cobalt across the IDA-T fiber.
キレート多孔性膜内の拡散の解析

 中空糸状キレート多孔性膜(IDA膜)へのコバルトイオンの吸着速度を浸漬法で測定した.5mmの長さに切ったIDA膜を塩化コバルト水溶液(0.074-0.83mol/L)に浸し,コバルトの平均吸着量の経時変化を調べた.同時に,膜厚方向(r方向)のコバルト吸着量分布もXMAを用いて測定した.

 コバルトイオンの輸送過程に,液中のコバルトイオンが濃度勾配を推進力として細孔内を拡散する現象と,吸着したコバルトイオンが吸着量勾配を推進力としてグラフト相を拡散する現象を考える.それぞれ細孔内拡散.グラフト相拡散とよぶ.この細孔内拡散とグラフト相拡散の2つの拡散を考慮して吸着速度を解析するために,parallel diffusion modelを適用する.

 キレート多孔性膜内でのコバルトの物質収支は以下の式で表される.

 

 ここで,rは中空糸膜の中心軸から半径方向への距離,cは液中のコバルト濃度,qはコバルト吸着量である.Jrはr方向のコバルトの拡散流束であり,次式で表される.

 

 ここで,右辺第一項,第二項はそれぞれ細孔内拡散,グラフト相拡散の寄与を表す.また,Dp,Dgはそれぞれ細孔内拡散係数,グラフト相拡散係数である.

 parallel diffusion modelを適用して計算したuptake curveをFig.4に示す.このとき,Dp=1.1×10-9m2/s,Dg=7.7×10-13m2/sは多孔性平膜内の染料の輸送現象の解析手法を用いて算出した.uptake curveは,各外部濃度での実験値と一致した.

 外部濃度0.33mol/m3,浸漬時間6hで測定したコバルト吸着量の膜厚(r方向)分布をFig.5に示す.図中で,=0および=1は,それぞれ中空糸膜の内面,外面に対応する.parallel diffusion modelで計算された吸着量分布はXMAによって測定された吸着量分布をうまく近似できた.このとき,計算に用いたDgおよびDpの値は,上述したuptake curveのシミュレーションと同一の組み合わせである.

図表Fig.4 Uptake curves in a batch mode based on the parallel diffusion. / Fig.5 Concentration profile of sorbed cobalt onto the membrane in a batch mode.

 本研究で合成したキレート多孔性膜は,基材から成長したグラフト鎖上に,キレート形成基が点在している.このような構造についても,吸着量勾配を推進力とする流束を考慮する必要があることを,吸着速度の解析から示した.

結言

 グラフト重合法を用いて合成したキレート多孔性膜の金属イオン吸着過程および膜内輸送過程を解析した.金属イオンの吸着特性を破過特性および吸着量分布から検討し,キレート多孔性膜を用いた金属除去システムは拡散移動抵抗が無視できるので,高速分離を実現できることを示した.キレート多孔性膜内の金属イオンの拡散輸送過程をparallel diffusion modelで解析し,吸着量勾配を推進力とする拡散(グラフト相拡散)の存在を示した.

審査要旨

 本論文は,「グラフト重合法を用いて合成したキレート多孔性膜を用いた金属捕集の速度論的研究」と題し,キレート多孔性膜の金属イオン吸着特性に関する検討,およびキレート多孔性膜内の金属イオン輸送現象の詳細な解析を目的とする.吸着速度の解析は,膜透過式で金属イオンを吸着させたときの膜透過液濃度の変化(破過曲線),あるいはバッチ式で吸着させたときの平均吸着量の変化(吸着速度曲線)を調べている.これに加えて中空糸膜の膜厚方向吸着量分布の経時変化を追跡し,膜内の輸送現象を詳細に検討したことが本論文の特徴であり,全8章で構成されている.

 第1章においては,本研究の背景や意義を明確にするために,放射線グラフト重合法,超純水製造,特殊金属・貴金属の回収,多孔性媒体中の物質輸送現象およびキレート樹脂についてまとめられている.

 第2章では,本研究で用いたキレート多孔性膜の合成法.および物性測定について述べている.

 第3章では,放射線グラフト重合法を適用して合成したキレート多孔性膜に,単成分金属水溶液を透過させて,破過曲線および吸着量分布の経時変化の考察から,膜透過法によるキレート多孔性膜のコバルト吸着特性を実験的に示した.破過曲線の形が滞留時間に依存しないことから,濃厚方向に垂直な方向の拡散移動抵抗は無視できるほど小さく,総括吸着速度が拡散によって支配されていないことを示した.合成したキレート多孔性膜が金属イオンの高速回収に有効な材料であった.

 第4章では,二成分の金属イオンを膜透過式で吸着させたときの特性を評価した.キレート多孔性膜に銅-コバルト混合液を透過させたとき,破過曲線の形は滞留時間に依存しなかった.膜厚方向に垂直な方向の拡散移動抵抗は非常に小さく,総括吸着速度が拡散によって支配されていないことが示された.さらに,イミノ二酢酸基との親和性がより強い銅イオンが,コバルトを追い出しながら吸着置換した.これらの金属イオンの吸着置換速度は非常に速く,吸着過程の律速段階になっていなかった.

 第5章ではキレート多孔性膜およびキレートビーズ充填力ラムを使ってパラジウムイオンの吸着および溶出を比較した.パラジウムイオンを対流でキレート多孔性膜に透過して吸着させると,キレート形成基への拡散移動距離を最小にできるため,パラジウムイオンの供給速度に比例して,吸着速度が増加した.また,溶出のときはピーク濃度が高く,テーリングが短かった.キレートピーズ充填カラムを使った拡散支配型金属捕集に比べて,キレート多孔性膜を使った対流支援型金属捕集は,吸着および溶出特性が優れており,効率よく金属イオンを回収できることを示した.

 第6章では,キレート多孔性膜にコバルトイオンを浸漬法で吸着させたときのキレート多孔性膜内の金属イオンの拡散を,吸着速度直線および膜内吸着量分布から検討した.細孔内拡散とグラフト相拡散の2つの拡散を考慮する並列拡散モデルを提案し,それを用いたシミュレーションの結果は,実験から得られた吸着速度曲線および膜内の吸着量分布と一致した.グラフト構造を有するキレート多孔性膜内のコバルトイオンの移動は,吸着量勾配を推進力とするグラフト相拡散が,細孔内拡散と並列に起きているとして説明できた.

 第7章では,グラフト相拡散係数の新規な測定法を提案し,この測定法を用いて,グラフト相拡散係数の活性化エネルギーを求めた.キレート多孔性膜に不均一に吸着させた金属の移動に関して,並列拡散モデルおよびグラフト相拡散モデルに従った計算結果が実験結果と一致した.さらに,吸着質拡散モデルで近似できることを示した.これにより,細孔内拡散および吸着平衡関係の測定を必要としない,グラフト相拡散係数の測定法を提案できた.また,活性化エネルギーの値が液中の拡散のそれに比べて大きい値であることから,グラフト相拡散が細孔内拡散とは異なる機構で起きることを示し,グラフト相拡散の機構を,金属イオンがキレート形成基から隣接キレート形成基へ移動する現象であると考察した.

 第8章では,本研究の総括および今後の展望を述べた.

 以上,本論文はキレート多孔性膜をグラフト重合法を適用して合成し,キレート多孔性膜の金属捕集特性の詳細な実験的研究を行い,キレート多孔性膜内の輸送現象を速度論的立場から解析したものであり,分離工学および移動速度論の発展に寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

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