動物培養細胞を用いた有用物質生産は、糖鎖付加などの見地から注目され発展してきており、既に細胞融合技術によって作成されたハイブリドーマ細胞からモノクローナル抗体が生産され臨床診断薬や生化学分野の検出・定量用試薬として広く用いられており、一方遺伝子操作技術を用いて生産されたエリスロボエチンやG-CSPなどは臨床治療薬として用いられている。しかし動物細胞を用いた有用物質の生産性は微生物利用に比して低く、より一層の効率化が望まれている。すなわち、工学的見地から眺めた場合、高額な培地の有効利用と有用物質精製という点から単位培地あたりの有用物質生産量の向上が大きな課題である。 本論文は、ハイブリドーマ細胞培養によるモノクローナル抗体の生産系を主とし、さらにミエローマ細胞による組み換え蛋白生産系も対象として、次の二点、すなわち(1)増殖に伴う無駄な培地の消費を避けるべく適切な細胞数(濃度)に到達した時点で物質生産を阻害せずに増殖を制御(抑制)せしめる技術の確立(2)単位細胞当たり単位時間当たりに産生する有用物質量を増強する技術の確立を目指して、サイトカインが細胞増殖と抗体産生に及ぼす作用を検討したものである。全体は8章からなる。 第1章では、本論分の背景及び目的、すなわち「細胞増殖抑制の意義とこれが満たすべき条件」、「単位細胞当たり単位時間当たりに産生する有用物質量の増強」について述べた。 第2章ではいくつかのサイトカインによるハイブリドーマ2E3株に対する増殖、抗体産生に及ぼす作用を検討し、インターロイキンー6(IL-6)・インターフェロン(IFN)-・ヂキサメタゾンの併用により抗体産生能を2倍程度増強しうることを明らかにした。 第3章ではまず無血清培地において長期間馴化培養したハイブリドーマ細胞に対してこれまでハイブリドーマ細胞の増殖促進因子として報告されてきたIL-6が専ら増殖抑制作用を示すことを見出し、ハイブリドーマ2E3-O株を樹立した。そしてハイブリドーマ2E3-O株の増殖及び抗体産生へのIL-6の作用について検討し、IL-6が増殖速度を1/7以下に低下せしめるという強い増殖抑制作用を二週間という長期間にわたって安定して示し、同時に抗体産生能を5倍程度増強することを明らかにした。 第4章ではハイブリドーマ2E3-O株へのIL-6以外のサイトカインの作用を検討した。その結果、まずレセブターのシグナル伝達系にIL-6と同様にgp130を含むサイトカイン類である白血病阻止因子(LIF)とオンコスタチンM(OSM)がIL-6と同様に強い増殖抑制作用と5倍近い抗体産生能増強効果を示すことを見いだした。しかしその蛋白量当たりの効果はIL-6より低かった。つぎにTGF-は増殖抑制効果のみを示し抗体産生能には全く影響しないこと、TGF-とIL-6の併用によってIL-6単独の場合に比べておよそ1/5の総サイトカイン量で同一の効果が得られることを明らかにした。またヂキサメタゾンも増殖抑制作用と抗体産生能増強作用を持つことを示した。 第5章ではまずハイブリドーマ2E3-O株を潅流培養系で培養する系においてもIL-6は抗体産生能を増強する効果を持つことを示した。さらにこれまで解析が不十分であった潅流培養下のハイブリドーマ細胞について、その細胞周期分布、抗体mRNA量についての解析を行い、回分培養下の対数増殖期にある細胞と比較して細胞周期のG1期の割合が増加していること及び抗体mRNAの全mRNAに対する比が約2倍近くに増大していることを見出した。 第6章ではまずIL-6による増殖抑制の作用機構を検討し、junB遺伝子の転写量はインターロイキン-6による刺激後4時間以内ではなんら変化せず、刺激後1日目に大きく転写量が増大していることなどを見出した。またIL-6添加後抗体mRNA量が数倍程度増大していること、及びIL-6による増殖抑制が細胞周期のG1期停止であることを見出し、これらがIL-6による抗体産生能増強に寄与していると結論した。 第7章では無血清培地に馴化したミエローマ細胞においてもIL-6によって細胞増殖が抑制されることを示し、増殖抑制効果の顕著な株を樹立した。そして任意の蛋白を生産する系においても組み換え遺伝子を導入する宿主細胞にこのミエローマ株を用いることでハイブリドーマ細胞を用いたモノクローナル抗体生産系において有効であったIL-6による増殖制御が利用可能であることを提案した。 第8章では本論文を総括した。 以上、本論文ではこれまでハイブリドーマやミエローマ細胞の増殖促進因子として報告されてきたIL-6がハイブリドーマやミエローマ細胞の増殖抑制を示す場合について報告し、細胞増殖制御機構の研究に寄与した。また更にサイトカイン、特にIL-6を用いることによって細胞増殖の制御ならびにモノクローナル抗体生産性の向上を達成し、培養工学に貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |