工学修士角康之提出の論文は、「ソフトウェアの要求モデル構築支援に関する研究-要求獲得における発想支援と要求モデルの構造化支援-」と題し、7章からなっている。 情報化が進んでいる現代社会においては、コンピュータを広く知的に利用することが必要であるとの意識が高まっている。コンピュータを利用するには、その目的に合わせてソフトウェアを開発することが必要条件であるため、ソフトウェア開発支援技術の発展への期待は大きい。このことから、知的ソフトウェア開発支援技術が工学的に非常に重要な課題の一つとして位置付けられている。特に、要求定義工程はソフトウェア開発の全工程の中で最も重要な工程であり、その困難さが認識されているにも関わらず、その工程の知的支援に関する研究はあまりなされておらず、多くの未解決課題が残されていることも事実である。本研究は、ソフトウェア開発において人間がやるべきこととコンピュータによって自動化すべきことを整理し、特に要求定義工程におけるマンマシンインタラクションの枠組の提案とそのシステム化がなされている。このような枠組・システムの構築は、ソフトウェア開発の自動化と創造的なソフトウェア開発環境を構築していく上で重要である。 第1章は序論であり、まず研究の背景と動機を述べ、次に研究の目的とねらいを記している。 第2章では、研究対象となるソフトウェア開発における要求定義支援について述べ、研究の位置付けを明らかにしている。まず広い視野に立って情報処理全体におけるソフトウェア要求モデル構築の意義を議論し、次にソフトウェア開発の現状とその問題点について議論している。ここでは、それらの議論をふまえて、モデル変換に基づくソフトウェア開発パラダイムを提案している。そして、本研究がその一連のモデル変換のうち最も人間寄りの過程を研究対象とするものであり、ユーザ自身の要求概念の認識とそのモデル化の支援を目的とすることが述べられている。 第3章では、本研究で開発された要求モデル構築支援システムの概観が示されている。また、システムを利用することによって得られる成果物である要求空間と要求モデルの定義が為され、その方法論の有効性を議論することによってソフトウェア工学における本研究の位置付けを明らかにしている。また、想定されるシステムの対象ユーザについても記されている。 第4章では、要求モデル構築支援システムのサブシステムとして利用された発想支援システムの開発とその利用について述べている。紹介されている発想支援システムは、ユーザがテキストオブジェクトと呼ばれる仮想的なカードをコンピュータディスプレイ上の距離空間内で操作しながら思考活動を行なうことを可能にし、一方でシステムは統計的手法を利用することにより自動再構成した空間構造をユーザに提供する。空間構造を可視化することによって、ユーザ自身が自分の要求概念の全体構造を認識することが助けられ、新たな発想への飛躍が期待できると主張している。さらに、テキストオブジェクトとその構成要素であるキーワードの双対関係を可視化する手法を採用し、要求定義工程における要求認識や要求分析への有効性を議論している。 第5章では、発想支援システムを利用することにより獲得された要求概念を、コンピュータ内で操作可能な要求モデルへと構造化する過程の自動化について述べている。まず、設計問題の一般的な枠組について述べ、その自動化の必要性が主張されている。次に、要求モデル生成の自動化のための要件を議論し、それをほぼ満たすものとして本研究で利用された知識処理システムKAUSが紹介されている。以降では、KAUSを利用した要求モデルの表現・操作、知識として利用する事例情報の管理と操作、モデリング知識のルール化、モデリング戦略の表現等を詳説している。 第6章では、システムの実験とその評価が為されている。第4章と第5章で紹介された発想支援技術とモデリング技術の統合とその効果を示すために、実際の研究活動におけるソフトウェア開発を例にとった利用実験が紹介されている。実験結果から、ユーザの要求空間に現れる要求概念に対応する要求モデル部分構造を事例から文脈付きで自動抽出することが可能になり、また、複数事例から抽出された部分構造を合成することによって、ユーザが構築した要求空間に対応する要求モデルのプロトタイプが自動生成されることが示された。さらに本章では、複数ユーザ及び開発者が利用・修正に携わるソフトウェアの設計・管理に当システムを利用した実験例を紹介し、本研究で提案された要求モデルのソフトウェア開発全体における有効性を議論している。 第7章は結論であり、研究の総括と、将来への展望が述べられている。 以上を要するに本研究は、ソフトウェア開発をモデル変換パラダイムとして見直し、その最上流工程である要求モデル構築を支援するために、要求の認識とそのモデル表現作業を支援する方法論の提案とシステムの開発を行なったものである。本研究は、これからの知的ソフトウェア開発環境におけるソフトウェア設計とそのためのマンマシンインタラクションの枠組を議論する上での指針を提供するものであり、それは広く情報工学に貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |