学位論文要旨



No 111211
著者(漢字) 鈴木,晃治朗
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,コウジロウ
標題(和) Nb/AlOx/Nb接合を用いた高感度SQUIDの設計及び製作に関する研究
標題(洋)
報告番号 111211
報告番号 甲11211
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3455号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 SQUID(Superconducting Quantum Interference Device:超伝導量子干渉素子)とは、超伝導体を用いた高感度の磁気センサーである。SQUIDには、

 (1)本来ミクロな現象である量子化現象が、巨視的に観測される。

 (2)半導体など、他の物質では実現出来ない感度を持つ。

 (3)精密測定に使われるため、熱雑音低減のための冷却が必然的に伴う。

 などといった特徴があり、物理的興味だけでなく、応用の面からも注目されている。特にNb/AlOx/Nbジョセフソン接合を用いたSQUIDは安定性、均一性、再現性等に優れており、有用である。また最近医療分野において、微弱な生体磁場(特に脳磁界)を計測するという分野が開かれつつある。将来的には、「てんかんにおけるスパイク発生源の特定」や、高齢化社会の進展に伴なう「老人性痴呆症やアルツハイマー症の原因究明」、「ストレスによる脳反応とその変化」といった研究の重要性が増大することは必至である。このような研究において、SQUIDの果たすべき役割は極めて大きいものとなるであろう。

 このようにSQUIDに対する期待が高まってくるにつれて、SQUIDに要求される性能もより厳しいものになり、既存のSQUIDに対して不満や疑問点が生ずるようになってきた。それらは(1)バラつきの少ない素子の作製方法の必要性、(2)生体磁場計測に適した新しい設計法の必要性、(3)〓い形式のSQUIDの模索などである。

 このような中にあって我々は、「Nb/AlOx/Nbジョセフソン接合を用いたSQUIDの高感度化」に関する研究を行った。我々の研究テーマは、上記3つの問題点に応える形で、3つの柱から成り立っている。それは、

 (1)陽極酸化を用いたdc SQUIDの新しい作製プロセスの提案

 (2)磁界感度を最適化するようなdc SQUIDの新しい設計法の提案

 (3)4接合SQUIDという新しい回路の提案

 である。これらのテーマについて、数値解析、実験(作製)の両面から研究を進めた。

 我々はまず、SQUIDを作製するための予備実験として、「ジョセフソン接合の作製」を行った。接合の種類としては、「Nb/AlOx/Nbトンネル型ジョセフソン接合」である。作製方法はSNAP(Selective Niobium Anodization Process)と呼ばれるもので、接合部の決定に陽極酸化を用いるものである。SNAPを用いて作製された接合は、接合部の周辺が、酸化膜で覆われているため、歩留まりの向上、高品質化等が期待できるということで注目されているものである。我々の作製した接合の特性を評価した結果、I-V特性上に、明確な「超伝導ギャップ」がヒステリシスとして観測され、またその温度依存性はBCS理論と極めてよく一致した。さらに、マイクロ波応答を測定したところ、そのI-V特性上にマイクロ波誘起ステップ(いわゆるシャピロ・ステップ)が30次まで観測された。また、マイクロ波周波数から計算された電圧値とオシロスコープ上のステップ電圧幅とはよく一致していた。また、臨界電流値の磁場依存性は、いわゆる「フラウン・ホーファー型」を示した。これにより、接合の臨界電流密度が均一であることが示された。さらには、上記の磁場依存性から見積もった接合の等価的な磁気鎖交面積は、設計パラメータから計算した値と30%程度の誤差で一致していた。

 接合の作製に成功したのをうけて、集積回路への応用可能性を検討するため、我々は「100個直列ジョセフソン接合」の作製を行った。またその過程で、層間絶縁層へのコンタクト・ホールあけを確実に行うための「Heガスエッチング」という手法を提案した。Heプラズマによるエッチング・レートを調べたところ、SiO2とNbとで8:1という大きな選択比が得られるだけでなく、SiO2とNbOxとでも3.5:1程度の比が得られることが分かった。このことから、SNAPとHeガスエッチングとを組み合わせることによって、NbやNbOxに対してSiO2だけを選択的にエッチングできることが分かった。我々は、このプロセスによってジョセフソン接合を作製した。作製された接合は、SNAPのみで作製したものに比べ、同程度以上に高品質のものであった。さらに我々は、このプロセスによって100個の直列接続ジョセフソン接合を作製した。すべての素子が超伝導になっており、開放になってしまった素子は1つもなかった。臨界電流値のバラつきの標準偏差は9%弱であった。以上のことから、我々が提案した「SNAPとHeガスエッチングとを組み合わせたプロセス」は、集積回路の作製への応用が可能であるということが分かった。

 ここまでの予備実験をうけて、我々はdc SQUIDの作製を行った。まず、ジョセフソン接合とアルミ抵抗との集積化を試みた。接合のヒステリシスを消去するため、抵抗によるシャントが不可欠だからである。まずアルミの簡単な四端子パターンを作製し、アルミ抵抗のシート抵抗値を調べた。シート抵抗値は、膜厚60[nm]で0.23[]であることが分かった。また、アルミ抵抗によってシャントされた接合を作製したところ、接合のヒステリシスを大幅に減少させること成功した。さらに、アルミ抵抗とSNAPとを組み合わせた、dc SQUIDの新しい作製法を提案した。我々の作製プロセスは「層間絶縁層を1層も用いない」という特徴を持っている。この作製法を用いて作製したdc SQUIDにおいて、外部磁束による電流電圧特性の変調(V-特性)を観測することができた。V-特性とはSQUIDが磁束量子単位で動作していることを示す確固たる証拠である。このV-特性から見積もった磁気鎖交面積は、設計値から計算した値と5%以内の誤差で一致している。我々の提案したプロセスはdc SQUIDの作製法として有効だと思われる。

 次に我々は、「既存のdc SQUIDを高感度化するための設計法」を数値的解析的手法によって提案した。dc SQUIDの回路パラメータを最適化する時の指標としては、従来は「エネルギー分解能」が用いられていたが、生体磁気計測への応用を考えるなら、欲しいのは「磁界(磁束密度)分解能」である。そこで、我々は、磁界分解能を最適化するような設計法を提案した。この2つの指標は、dc SQUID単体では等価になるが、Ketchen型、Drung型と呼ばれるような検出面積の大きいもの場合には異なった結果をもたらす。我々は、磁界分解能の式を導出し、それをいくつかの形式のdc SQUIDに適用して、その磁界分解能を計算した。その結果、Ketchen型では最大で感度が1.5倍になることが分かった。さらに各SQUIDの形式による磁界分解能の優劣を比較した。その結果、目的とする空間分解能や作製できる臨界電流値によって、使用すべきSQUIDのタイプが異なることが分かった。また、そのときのLの値が、従来の設計法による値よりも大きくてよいということも分かった。これは、ループ・インダクタンスを大きくできることを意味し、外界との磁気的結合の向上、さらには、感度の向上をもたらす可能性がある。

 さらに我々は、既存のSQUIDの形式に捕らわれない、新しい形式のSQUIDに関する研究を行った。その中でも特に我々は、超伝導ループ内に4つのジョセフソン接合を含む「4接合SQUID」という回路形式を提案し、その特殊な動作モードに関して精力的に研究を進めた。数値解析の結果からは、4接合SQUIDのI-V特性上には「モード間遷移」に基づく「ヒステリシス」が生ずることが示された。「モード」とは、ジョセフソン接合の位相の状態のことで、4接合SQUIDには、安定なモードが2種類存在する。これは、フラクソイドの量子化条件に基づくもので、SQUID中の磁束量子の数が0の場合と1の場合に対応している。この2つのモード間を行き来することで、ヒステリシスが生ずるのである。このことを確認するために、我々は(株)富士通研究所との共同研究によって、4接合SQUID素子を作製した。そのI-V特性を測定したところ、素子によってバラつきはあったものの、7つの素子の内4つにヒステリシスが現れ、さらにもう1つには「跳び」が見られた。素子によって特性に違いが見られたが、これらは回路中のパラメータを変化させることで説明可能であった。バラつきの原因が、漏れ電流の多い接合ができているためだということが、抵抗値の見積もりから推測される。なお、同様に抵抗値に関する考察から、このヒステリシスが抵抗シャントの失敗によるものではないことも結論できる。以上のことから、数値計算による結果と実験結果とは充分な一致をみており、我々が予言したモード間遷移もヒステリシスも実証されたものと思われる。

審査要旨

 本論文は「Nb/AlOx/Nb接合を用いた高感度SQUIDの設計及び作製に関する研究」と題し,生体磁場測定に適したSQUIDの高感度化を目指して行った研究をまとめたものである.超伝導材料としてNbを用いたSQUIDの感度の向上を,作製,数値計算の両面から試みたもので,7章から構成されている.

 第1章は「序論」であり,研究の背景及び本論文の構成を述べている.さらにジョセフソン素子及びdc SQUIDに関して簡単な解説を加えている,

 第2章は「Nb/AlOx/Nbジョセフソン接合の作製」と題し,SQUIDの作製に不可欠であるジョセフソン接合の作製及び測定,評価に関して述べている,SNAPと呼ばれる作製方法を用いて接合を作製し,その特性を測定した結果,超伝導ギャップの温度依存性,マイクロ波誘起ステップ,臨界電流値の磁場依存性などが理論と一致していたと述べている.

 第3章は「Heガスエッチングと100個直列接合の作製」と題し,接合の集積化及びそれを実現する過程で見出されたHeガスエッチングという手法について述べている.本章では,層間絶縁層へのコンタクトホールあけを再現性良く行う方法としてHeガスプラズマを用いたドライエッチングが有効であるという提案を行っている.その条件出しを行った結果,SNAPとHeガスエッチングとを組み合わせることによって,NbやNbOxに対してSiO2だけを選択的にエッチングできるという結果を得ている.さらに100個直列ジョセフソン接合の作製を行ったところ,100個すべてに超伝導電流が観測され,臨界電流値のバラつきの標準偏差が9%弱という結果が得られている.このことからSNAPとHeガスエッチングとを組み合わせたプロセスは集積回路の作製への応用が可能であると結論づけている.

 第4章は「Al抵抗との集積化とdc SQUIDの作製」と題し,ジョセフソン接合とAl抵抗とを集積化したdc SQUIDの簡易作製プロセスを内容としている.本章ではまずdc SQUID作製のためには抵抗体による接合のシャントが必要であることを述べ,接合をAl抵抗でシャントすることによってI-V特性上のヒステリシスを減少させることに成功している.さらに同じ作製方法を用いてdc SQUIDの作製を行い,外部磁束による電流電圧特性の変調(V-特性)を確認している.また実験値と設計値とが5%以内の誤差で一致したという結果も得ている.

 第5章は「dc SQUIDの設計法と最適化」と題し,数値的解析的な手法により,既存の型のdc SQUIDを高感度化するためには,各パラメータをどのように設計すれば良いのかということについて考察している.まず最初に生体磁場測定において重要な感度は「磁界(磁束密度)に対する感度」であるという観点から,SQUIDの設計の際に最適化すべきものは,従来のようなエネルギー分解能ではなく,磁界分解能であると主張している.次にSQUIDの磁界分解能を表す式を導出し,現在用いられている3種類の代表的なSQUIDに関してその最適化を行っている.その結果,最適となる回路パラメータの値が従来の設計法による値とは異なってくるということ,さらに各SQUIDの感度には優劣があるという結論を得ている.これらの結果より著者は,必要とされる空間分解能と作製可能な臨界電流値とからSQUIDの回路形式を選択するという新しい設計法を提案している.

 第6章は[4接合SQUIDの作製と評価」と題し,既存のSQUIDの形式に捕らわれない新しい形式のSQUID,特に4接合SQUIDという回路形式の提案,数値解析,作製,評価に関して述べている.まず数値解析の結果より,4接合SQUIDのI-V特性上にはモード間遷移に基づくヒステリシスが生ずるということを指摘し,そのI-V特性が各接合の臨界電流値をバラつきかたにより3つのタイプに分類されるということを示している.次にこの結果を確認すべく,4接合SQUID回路の作製を外注し,完成した素子の測定を行っている.その結果,作製された4接合SQUIDのI-V特性は,3種類のうち2種類を再現しており,再現できなかった1種類はバラつきに対するマージンが最も小さいものであったという結果が得られている.さらに抵抗値に関する考察から,このバラつきの原因は回路内に漏れ電流の多い接合が存在するためであろうと推察している.このように数値解析と実験とのフィッティングが可能であったことから,数値解析のモデルさらには本解析結果の妥当性が確認されたと結論づけている.

 第7章は結論であって本論文の結果を要約している.

 以上これを要するに,生体磁場測定を目的としたSQUIDの感度向上を,素子作製プロセス,回路パラメータの設計法,4つの接合を持った新しい回路形式という3つの側面から検討したもので,超伝導工学分野へ貢献するところ大である.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める.

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