学位論文要旨



No 111213
著者(漢字) 宮崎,祐行
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,マサユキ
標題(和) Y系超伝導体とPr系非超伝導体の近接効果
標題(洋)
報告番号 111213
報告番号 甲11213
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3457号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 酸化物高温超伝導体が1986年に発見されて以来,さまざまな応用の可能性が検討されてきた.その中でも,デバイス応用に関する研究は,高度情報化社会における先端技術を担うものとして期待を集めている.ところが,これまでのところ半導体デバイスをしのぐほど性能の優れた,あるいは安定した酸化物超伝導体デバイスは得られていない.原因は,多元素で構成される酸化物超伝導体の材料的な扱いにくさや,基板,バリア材料などに用いるべき周辺材料との相性の悪さにあると考えられる.

 これまで,デバイス応用の基礎的な研究として薄膜作製が盛んに行われてきた.初期の頃には,成膜後に熱処理等の後行程が必要であったものが,現在では技術もかなり成熟し,安定度,品質の高い薄膜がその場成長で得られるようになってきた.こうした背景の中で,デバイス作製の研究も進んできた.デバイスとしては,ジョセフソンデバイスと超伝導3端子デバイスの研究が日本では主流となっている.諸外国では,軍事用という観点から高周波応用の素子の研究も進んでいる.ジョセフソンデバイスの研究に関しては,接合形成技術の困難と適当なバリア材料がないことから満足のいく成果を得ていない.そこで本論文は,ジョセフソンデバイスが示す特徴の1つである近接効果について,基本的な薄膜作成技術を用いて評価し,酸化物高温超伝導体を用いたジョセフソンデバイスの完成に役立てることを目的としている.

 1989年,Bellcoreグループが酸化物超伝導体YBa2Cu3(YBCO)と非超伝導体PrBa2Cu3(PBCO)を用いたYBCO/PBCO/YBCO型のジョセフソン接合を作製し,長距離秩序を示すことを報告した.これ以降,酸化物超伝導体と類似の構成元素を有し,かつCuO2面を持つような材料をバリアとするジョセフソン接合の研究が盛んになった.YBCO/PBCO/YBCO型接合の研究から明らかになった特徴や問題として,以下の3点が挙げられる.(1)YBCO/PBCO/YBCO接合では,YBCOのコヒーレント長に比べ,1桁程度厚いPBCOを用いても超伝導秩序が保たれる.(2)YBCOが超伝導を示す温度ではPBCOはほとんど絶縁体に近いが,S/I/Sトンネル型接合の特性ではなく,S/N/S近接効果型接合の特性を示す.(3)希土類(R)を用いたRBCOペロブスカイト構造の材料中で,PBCOだけが非超伝導体である.これらの問題点は高温超伝導体の発現機構とも関係しており,ジョセフソンデバイスの作製にとって重要である.本論文では,上記3点を解決するため,2通りの方法でYBCOとPBCOの近接効果を調べた.PBCO/YBCO積層2層構造を用いた研究をもとに,第1点と第2点について考察し,また,(PrxY1-x)Ba2Cu3(PYBCO)混晶構造による研究をもとに,第2点と第3点を考察した.

 本研究で行われた主要な内容をまとめると次の3項目になる.(1)YBCO薄膜とPBCO薄膜の作成技術に関する検討.(2)PBCO/YBCO積層膜の界面歪みに関する検討.(3)PYBCO混晶膜の相転移に関する検討.これらに関して,実験,考察をおこなった.

 はじめに,近接効果の研究を行うための基本となる薄膜について,作製技術の向上を目的とした検討をおこなった.本研究に用いられている薄膜は,rfマグネトロンスパッタ法とレーザアブレーション法により作製された.rfマグネトロンスパッタ装置による成膜では,次の条件を調節する必要がある.(1)ターゲット基板間距離.(2)スパッタ圧力.(3)スパッタ電力.(4)ターゲット組成.(5)基板温度.これらの条件を決定することで,高品質のYBCO薄膜やPBCO薄膜が安定的に得られるようになった.ここで,薄膜の品質評価方法として,複素帯磁率法を確立した.その結果,本研究に用いられている超伝導薄膜は,微小結晶や微小粒界から構成されていることがわかった.YBCO薄膜の超伝導性は基板の特性に影響を受けやすいことから,相性の良いPBCO薄膜を基板との間にバッファ層として用いることを試みた.バッファPBCOにより,YBCO薄膜の品質が向上し,結晶の均一性が増すことが示された.

 つづいて,結晶格子レベルでの巨視的な近接効果をPBCO/YBCO積層構造薄膜を用いて検討した.in-situで作製し,エッチングしながら測定した積層膜がPBCOの膜厚によって超伝導特性に変化を示さなかった.この条件では従来の理論にある電子的な近接効果は検出されないといえる.ところが,ex-situで作製され,堆積しながら測定した積層膜ではPBCOによる変化が観測された.つまり,YBCOとPBCOにおける近接効果は電子的なしみ出しによる効果よりも結晶構造に起因する効果の方が顕著に現れることを意味している.c軸配向ex-situ積層堆積膜では,超伝導特性はPBCO堆積によって改善され,逆にa軸配向ex-situ積層堆積膜では,PBCO堆積により超伝導特性が弱められた.この時,X線回折構造分析をおこなうと,YBCOとPBCOは積層界面で互いのミスフィットにより歪みを起こしていることが見出された.YBCOの超伝導性の変化は,この格子歪みによる格子長の変化が原因であると考えられる.そこで,この界面歪みがどのくらいの膜厚まで伝わるかを考察するため,Matthewsの臨界膜厚理論をもとに計算を試みた.その結果,c軸配向積層膜の場合c軸方向に10(nm),a軸配向積層膜の場合a軸方向に70(nm)の臨界膜厚を持つことがわかった.また,この値は実験値とよく合致していることが示された.PBCOはc軸長が変化すると準安定状態に遷移し,抵抗値が低くなることが知られている.また,近接効果の理論によると,バリアの抵抗率が下がり超伝導体の抵抗率に近づくとカップリング距離が伸びることが知られている.本研究で調べられたとおり,界面歪みが存在することでPBCOが準安定状態になることを考慮すると,YBCO/PBCO/YBCOジョセフソン接合において実効的なコヒーレント長が長くなることと,S/N/S接合的な特性が得られることが説明できた.

 最後に,原子レベルでの微視的な近接効果をPYBCO混晶系の薄膜を用いて検討した.PとYの濃度比により,PYBCO薄膜が非金属/金属/超伝導転移することを確認した.超伝導状態にあるPYBCO膜では,Pr濃度の増加とともに臨界温度などの超伝導性が低くなるが,複素帯磁率法から見積もられる結晶の均一性に関してはPrによって向上していた.すなわち,微小粒界からなる薄膜において,互いの粒界は弱結合型ジョセフソン接合のように結びついているが,Prにより,その結合が強まっていることを示している.従って,微視的レベルでも,YとPrは近接効果により影響しあっている.一方,非超伝導状態のPYBCO薄膜では,温度による伝導機構の転移が観測された.100(K)以上の高温域では,不純物半導体としての特性を示し,Yは不純物密度を増加させる働きをしていることが判明した.また100(K)以下の低温域では,ホッピング伝導(VRH)としての特性を示し,Yが局在準位の密度を増加させる働きをしていることが示された.結局,Yの増加とともにキャリア密度が増えるため,半導体伝導領域においてはフェルミ準位が変化し,ついには宿退半導体となり,金属的伝導に転移する.Yが増えれば,キャリア密度が更に増え,超伝導転移も示すようになる.ところが,Prは準位を表す役割を持たないため,キャリアの供給を阻害し,超伝導転移を実現させない.このような伝導機構の問題から,PBCOが非超伝導体であることを説明できた.

 さらに,非超伝導PYBCO薄膜の,CuO鎖(チェーン)における酸素オーダリングを変化させるため,エレクトロマイグレーション(EM)と光照射(LI)を試みた.EMでは,VRH伝導領域でのみ特性の変化が観測された.これは,EMでチェーンの酸素が移動するのに対し,VRH伝導が酸素量による局在準位密度の変化に敏感なためである.LIでは,PBCO薄膜は無反応であったが,Yが含まれているPYBCO薄膜では抵抗値が低下し,超伝導転移も観測された.LIはチェーンの酸素のオーダリングを高める働きがあることから,CuO2面(プレーン)を伝導面とするYBCOは影響を受けるが,チェーンで伝導をするPBCOは反応しないのである.さて,YBCO/PBCO/YBCO接合中では,PBCO/YBCO積層膜の実験から明らかなように,酸素量や酸素のオーダリングが変化してしまう.そのためキャリア密度が変化するので,PYBCOの伝導特性で示されたように,接合中でPBCOが金属的振る舞いをする可能性もある.このことから,S/N/S接合的な特性が説明できた.

 以上のようにして,YBCO/PBCO/YBCO型ジョセフソン接合における特徴について,異なる手法を用いて解釈を与えた.この解釈は他の材料に対しても適用することができる.また,デバイス応用に関しても1つの指針を与えているものと考えられる.

審査要旨

 本論文は「Y系超伝導体とPr系非超伝導体の近接効果」と題し,酸化物高温超伝導体YBa2Cu3O7-d(YBCO)と非超伝導体PrBa2Cu3O7-d(PBCO)との近接効果に関する研究をまとめている.近接効果の検証方法として2通りの実験を提案している.PBCO/YBCO積層構造を利用して接合界面に関して考察するとともに,(PrxY1-x)Ba2Cu3O7-d(PYBCO)混晶構造を用いて高温超伝導体の相転移機構と伝導特性を調べている.また,高温超伝導体のジョセフソン接合における長距離秩序に対しても,検討を加えている.本論文は5章により構成されている.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的について述べている.酸化物高温超伝導体の近接効果に関する研究の現状を本研究と比較し,また本研究における近接効果の定義付けを行っている.

 第2章は「超伝導体薄膜の作製」と題し,本研究の基礎となる薄膜の作成法に関して述べている.具体的にはYBCO,PBCOそれぞれの薄膜作製技術と成膜条件を示している.薄膜は,1ターゲット式rfマグネトロンスパッタ法,3ターゲット式rfマグネトロンスパッタ法,パルスレーザアブレーション法の3種類の方法で作製されている.成膜条件を決定することで高品質薄膜の安定供給を実現している.薄膜の品質評価法として複素帯磁率法を確立し,膜質の評価も行っている.YBCO薄膜の超伝導性をさらに向上させるためPBCOをバッファ層として用いる試みに対して,結晶の均一性が向上するという結果を得ている.

 第3章は「PrBa2Cu3O7-d/YBa2Cu3O7-d積層膜の界面歪み」と題し,PBCO薄膜とYBCO薄膜を積層することで界面に発生する近接効果を,結晶格子レベルという巨視的な方法で調べている.ここでも,複素帯磁率法により近接効果を評価する方法を確立している.ジョセフソン接合の長距離秩序を考慮に入れ,薄膜はYBCOのコヒーレント長よりも厚いものが用いられている.in-situプロセスによるPBCO/YBCO積層膜では近接効果が観測されていない.そこで,長距離秩序は電子的な近接効果ではなく結晶構造に起因する効果であると考え,ex-situプロセス積層膜について結晶構造解析を試みている.この結果,積層界面では格子の整合が起こり,結晶の格子長に変化を受けていることが見出されている,格子歪みの影響を定量的に評価するため,Matthewsの臨界膜厚理論をもとに計算した結果は,実験値と一致することが示されている.本章では,長距離秩序の要因の1つとして結晶構造の歪みが挙げられることが議論されている.

 第4章は「(PrxY1-x)Ba2Cu3O7-d混晶膜の相転移」と題し,原子レベルでの微視的な近接効果を,PYBCO混晶系の薄膜を用いで検討している.あらかじめ,本実験に必要とされる微細加工を行うため,高速中性原子ミリング装置を用いて条件を整え,ダメージ無しの加工に成功している.超伝導PYBCO薄膜では,PrがCuO2面へのキャリア供給を妨げるが,薄膜中の粒界の結合を強め,結晶の均一性を高めていることが説明されている.一方,非超伝導PYBCO薄膜については伝導機構の転移を観測するとともに,エレクトロマイグレーション(EM)と光照射(LI)によりCuO鎖の酸素オーダリングを変化させている.伝導機構については100(K)での転移を観測し,低温領域ではホッピング伝導が支配的であり高温域では不純物半導体のバンド伝導が支配的であると見解している.EM,LIの実験からは次のことが示されている.酸素オーダリングの向上は,薄膜の抵抗率を減少してキャリア密度を増加し,超伝導転移をも可能とする.PBCOの伝導はCuO鎖中で行われ,CuO2面にはキャリアが存在しないが,Yをドープすることで伝導経路が変化する.また,長距離秩序の2つめの要因として,酸素のオーダリング変化やCuO2面におけるキャリア密度の変化がコヒーレント長を変化させる可能性があることを議論している.

 第5章は「結論」を述べており,本研究で得られた知見を要約している.

 以上これを要するに,本論文は酸化物高温超伝導体と酸化物超伝導体の近接効果について,二層膜に対する複素帯磁特性による伝導特性の測定と結晶構造との関連,混晶系に対する伝導特性の測定と原子レベルでの転移機構の関連において研究を行い,酸化物超伝導体ジョセフソン接合における長距離秩序に対して理解を深めるとともに,デバイス応用の可能性を広げており,超伝導工学分野へ貢献するところ大である.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める.

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