学位論文要旨



No 111214
著者(漢字) 岩槻,美里
著者(英字)
著者(カナ) イワツキ,ミサト
標題(和) 生体脂質過酸化反応における-tocopherol(Vitamin E)の挙動
標題(洋) The Role of Vitamin E on the Oxidation of Lipid
報告番号 111214
報告番号 甲11214
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3458号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 藤正,巌
 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 助教授 山本,順寛
 東京大学 講師 山下,俊
内容要旨

 脂質の過酸化反応は、生体の様々な疾病や老化の一因になると考えられている。そのためこの過酸化反応がどのように進行しているのか、どうすれば防ぐことができるのかを明らかにすることは非常に興味深いことと思われる。生体内には様々な防御機構が存在することが分かっている。これらの過酸化反応はラジカル中間体を経て連鎖的に進行するため、本研究では特に、ラジカル中間体を捕捉し安定生成物にかえる連鎖停止型抗酸化物が過酸化反応制御の重要な役割をになっていると考え注目した。

 Vitamin Eは、そのなかでも特に重要な抗酸化剤であると考えられている。実際、in vitroで、Vitamin Eはペルオキシラジカルに対し優れた反応性を示し、脂質の過酸化反応を抑えることが分かっている。しかしながら、Vitamin Eの均一溶液における挙動についてはかなり明らかになってきているものの、脂溶性のVitamin Eが生体内で存在している生体膜内における挙動に関しては未だよく分かっていない。本研究では、Vitamin Eのなかで最もペルオキシラジカルとの反応性の高い-tocopherolに注目し、脂質二重層膜における-tocopherolの抗酸化活性、および-tocopherolの反応性について検討を行った。

 第一に、均一溶液における-tocopherolの抗酸化活性と、種々の天然、あるいは人工抗酸化剤との抗酸化活性を比較し、その構造と抗酸化活性との関係について考察した。その結果、オルト位、あるいはパラ位に電子供与性の置換基をもつフェノール類、あるいはアニリン類が優れた抗酸化活性を示すことが明らかになった(Table 1)。また-tocopherolは最も優れた抗酸化剤の1つであった。また天然化合物であるカラゾスタチンが-tocopherolには及ばないものの優れた抗酸化活性をもつことも明らかになった。

表1 各種抗酸化剤(5M)によるリノール酸メチル(453mM)過酸化抑制ラジカル開始剤[AMVN]=0.20mM,at 37℃ in air表中の値は、抗酸化剤非存在下での酸化速度(Ro)と抗酸化剤存在下での酸化速度(Rinh)との比(Rinh/Ro)を示す。

 次に、新規天然抗酸化剤であるカラゾスタチンの生体内での抗酸化能について考察するために、リポソーム膜系における抗酸化活性を測定した。その結果、興味深いことに、均一溶液系(アセトニトリル系)では-tocopherolの方が優れた抗酸化活性を示すのに対し、リポソーム膜ではカラゾスタチンの方が優れた抗酸化活性を示した。これは、以前報告されているように、-tocopherolの抗酸化活性が膜内で低下するためだと考えられる。

 それでは、なぜ-tocopherolの抗酸化活性は膜内で低下するのか、またカラゾスタチンや、他の人工抗酸化物であるBHT,プロブコールは膜内における抗酸化活性低下が-tocopherolほど顕著ではないが、それはなぜかを明らかにすることを目的とし、以下の研究を行った。

 反応速度定数は衝突説によると

 

 であらわされる。ここでAは衝突頻度を、Eは活性化エネルギーを、Tは絶対温度をあらわす。

 そこで-tocopherolの抗酸化活性が膜内で低下する理由として(1)水と-tocopherolとの水素結合の影響により反応速度が低下した(2)膜内での動きやすさが低下することによる衝突頻度の低下の2つの仮説をたて、検討した。

図1 様々な溶媒中での-tocopherolの抗酸化活性Rinh/Ro:抗酸化剤非存在下での酸化速度(Ro)と存在下での酸化速度(Rinh)との比

 まず、水素結合の影響を検討するため、-tocopherolに及ぼす溶媒効果について調べた。その結果、-tocopherolは水素結合をうけ、プロティック溶媒中ではその抗酸化活性が低下することが分かった(図2)。

図2 様々な反応場での-tocopheroxyl radicalのESRスペクトル

 しかしリポソーム膜内の-tocopheroxyl radicalは水素結合の影響をうけていないことがESRシグナルよりを明らかになった(図3)。

 つぎに-tocopherolの動きやすさが膜内で制限されることにより抗酸化活性が低下しているのではないかとの仮説を検討するために、リポソーム膜内での-tocopherolの動きやすさをBHT(2,4-di-tert-butyl-4-hydroxyltoluene)、プロブコールと比較した。その結果、-tocopherolは膜内で動きが制限され、とくに膜内部のラジカルに対する反応性がBHTやプロブコールより劣っていることがわかった。

 以上の研究はすべてリポソーム膜における-tocopherolの抗酸化活性に関するものである。このリポソーム膜は、生体内で実際に-tocopherolの存在が確認されている生体膜やLDLに比べて流動性が高いことが報告されている。そこで、次に、リポソーム膜の流動性を変化させたとき、-tocopherolの抗酸化活性がどのように変化するかを検討した。リポソーム膜の流動性は、コレステロールを加えることにより変化させた。その結果、コレステロールが加わることにより流動性が低下したリポソーム膜中では-tocopherolの抗酸化活性が低下し、この-tocopherolの抗酸化活性低下は-tocopherol高濃度存在下で、より顕著だった。

 近年、-tocopherolは酸化抑制剤としてのみ働くのではなく、場合により、酸化を促進するとの報告がなされた。そこで銅をもちいてLow Density Lipoprotein(LDL)を酸化する系において、-tocopherolの酸化促進能に関する考察を行った。その結果、過酸化脂質高濃度存在下では-tocopherolは酸化を抑制したが、過酸化脂質濃度が低いときには-tocopherolは酸化を促進することが分かった(図3)。

図3 LDL-銅酸化における-tocopherolの挙動の及ぼす過酸化脂質濃度の影響結語

 1.オルト位、あるいはパラ位に電子供与性の置換基をもつフェノール類、あるいはアニリン類が優れた抗酸化活性を示すことを明らかにした。

 2.新規天然抗酸化物カラゾスタチンの抗酸化活性を評価した。

 3.-tocopherolの抗酸化活性が膜内で有意に低下するのに対し、小分子のBHT,プロブコール、カラゾスタチンの抗酸化活性低下は-tocopherolほど顕著ではない。このことを衝突理論を用いて説明することを試みた。

 4.-tocopherolの抗酸化活性に及ぼす溶媒効果を明らかにした。

 5.-tocopheroxyl radicalは膜内で水素結合を受けていないことを明らかにした。

 6.リポソーム膜の流動性が低下すると-tocopherolの抗酸化活性が低下すること明らかにした。

 7.銅で酸化を開始する系において、過酸化脂質濃度が高いと、-tocopherolは酸化を抑制するが、過酸化脂質濃度が低い場合、酸化を促進することを明らかにした。

審査要旨

 脂質の過酸化反応は、生体の様々な疾病や老化の一因になると考えられている。そのためこの過酸化反応がどのように進行しているのか、どうすれば防ぐことができるのかを明らかにすることは非常に興味深いことと思われている。生体内には様々な防御機構が存在することが分かっている。本研究はこれらの過酸化反応はラジカル中間体を経て連鎖的に進行することを考慮し、ラジカル中間体を捕捉し安定生成物にかえるVitamin Eなどの連鎖停止型抗酸化物について研究したものである。

 第1章は緒論であり、本研究において論じられているVitamin Eの抗酸化活性、活性酸素種について、既往の研究に触れている。

 第2章は、均一溶液における-tocopherolの抗酸化活性と、種々の天然、あるいは人工抗酸化剤との抗酸化活性を比較し、その構造と抗酸化活性との関係について論じたものである。オルト位、あるいはパラ位に電子供与性の置換基をもつフェノール類、あるいはアニリン類が優れた抗酸化活性を示すことを見出している。また-tocopherolは最も優れた抗酸化剤の1つであること、天然化合物であるカラゾスタチンが-tocopherolには及ばないものの優れた抗酸化活性をもつことも明らかにしている。

 第3章では、新規天然抗酸化剤であるカラゾスタチンの抗酸化能について検討している。その結果、均一溶液系(アセトニトリル系)では-tocopherolの方が優れた抗酸化活性を示すのに対し、リポソーム膜ではカラゾスタチンの方が優れた抗酸化活性を示すことを見出している。

 第4章は、-tocopherolの抗酸化活性に及ぼす溶媒効果について検討している。その結果、-tocopherolは水素結合をうけ、プロティック溶媒中ではその抗酸化活性が低下することを見出した。さらにリポソーム膜内の-tocopheroxyl radicalは水素結合の影響をうけていないこともESRシグナルより明らかにした。

 第5章では、リポソーム膜内での-tocopherolの動きやすさをBHT(2,4-di-tert-butyl-4-hydroxyltoluene)、プロブコールと比較することにより論じている。その結果、-tocopherolは膜内で動きが制限され、とくに膜内部のラジカルに対する反応性がBHTやプロブコールより劣っていることを明らかにした。

 第5章で検討をおこなったリポソーム膜は、生体内で実際に-tocopherolの存在が確認されている生体膜やLDLに比べて流動性が高いことが報告されている。そこで、第6章では、リポソーム膜の流動性が-tocopherolの抗酸化活性に及ぼす影響についての検討がなされている。リポソーム膜の流動性は、コレステロールを加えることにより変化させている。その結果、コレステロールが加わることにより流動性が低下したリポソーム膜中では-tocopherolの抗酸化活性が低下し、この-tocopherolの抗酸化活性低下は-tocopherolの高濃度存在下でより顕著であることを報告している。

 第7章では、近年、-tocopherolは酸化抑制剤としてのみ働くのではなく、場合により酸化を促進するとの報告がなされたことをうけて、銅をもちいてLow Density Lipoprotein(LDL)を酸化する系において、-tocopherolの酸化促進能に関する考察を行っている。その結果、過酸化脂質高濃度存在下では-tocopherolは酸化を抑制したが、過酸化脂質濃度が低いときには-tocopherolは酸化を促進することを明らかにした。

 以上の研究で得られた結論は、ビタミンEの生体内での挙動に関する様々な知見を含み、生体酸化およびその防御機構の研究の発展に貢献する成果である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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