学位論文要旨



No 111215
著者(漢字) 蔭山,健介
著者(英字)
著者(カナ) カゲヤマ,ケンスケ
標題(和) アルミナ粒子分散ガラス基複合材料の微視破壊機構の解明と界面結晶析出による高強度、高靭化
標題(洋)
報告番号 111215
報告番号 甲11215
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3459号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 近年のコンピューターの高速化に伴い、高密度多層ハイブリッド基板の開発が進められているが1、その材料として、セラミックス粒子分散ガラス基複合材料が注目されている。しかし、これらの材料では、高弾性率、高靭性の粒子による荷重転移2、き裂の偏向3、湾曲4などによる高靭化機構が提唱されているが、微細なセラミックス粒子が分散したガラス基複合材料では、巨視的弾性率以外に強度、靭性に影響をあたえる因子は確認できていない。一方、アルミナ粒子分散ボロシリケートガラス基複合材料は、アノーサイト結晶(CaO-Al2O3-2SiO2)が界面に析出することにより、大気中において曲げ強度が向上することが明らかになっている1

 そこで、本研究では、電子材料用ガラスセラミックスとしてアノーサイトが析出したアルミナ粒子分散ガラス基複合材料に着目し、力学的特性の評価、数値解析、SEM,TEMによる観察などからアノーサイトが析出したアルミナ粒子分散ガラス基複合材料の高靭化機構を明確にし、高性能微細セラミックス粒子分散ガラス基複合材料の開発を目指した。

 まず、微細なアルミナ、コーディエライト、石英ガラス粒子を分散したガラス基複合材料について力学的特性の評価を行い、巨視的弾性率及び、微視割れが強度、靭性に及ぼす影響を調べた。すると、曲げ強度は巨視的な弾性率に比例して増加しており、このように、今回の試料の曲げ強度は、第二相粒子の種類に関係なく、巨視的な弾性率により決まっていた。一方、破壊靭性は、試料A,C,Sについては、曲げ強度の場合と同様に、雰囲気に関わらず巨視的な弾性率に比例して破壊靭性が増加した。しかし試料CSはそれらの関係より、高い破壊靭性を示した。この原因として、試料CSは多数の微視割れが生じており、微視割れによる高靭化が発現したと考えられる。以上から、通常のアルミナ粒子分散ガラス基複合材料の、高強度、高靭化は巨視的弾性率の増加だけで実験的には説明できた。

 しかし、アルミナ粒子分散ガラス基複合材は、界面にアノーサイト結晶を析出させることによりさらに強度が向上する.そこで、アノーサイト結晶の析出と力学特性との関係及び、結晶化が微視破壊過程に及ぼす影響を調べた。用いた試料をTable1に示す。各試料中は、Fig.1に示すように、A1は、ほとんどアノーサイトが析出せず、A2,A3はアルミナとガラスの界面にアノーサイトが析出している。

Table 1.Composition of tested materials.Fig.1.Schematic of the microstructure of alumina and anorthite.

 これらの試料の曲げ強度と結晶量との関係をFig.2に示す。アルミナとガラスの界面に結晶を析出させた試料について見ると、巨視的弾性率が低下しているのにもかかわらず、結晶量の増加と共に強度が向上した。一方、ガラス中に結晶を分散させた試料A4について見ると、試料A1より強度が低下しており、ガラス中に結晶を分散させても、曲げ強度の向上は見られない。Fig.3は、破壊靭性と結晶化率との関係を示したものである。

図表Fig.2.Relationship between bending strength in air and fraction of anorthite. / Fig.3.Relationship between fracture toughness in air and fraction of anorthite.

 曲げ強度と同様に結晶化率の増大に伴い破壊靭性は増加するが、アノーサイト粒子を分散させた試料A4については破壊靭性の向上は見られなかった。このように、ガラス相を結晶相に変化させても、結晶相がアルミナとガラスの界面に存在するか、ガラス中に存在するかで、強度、靭性に及ぼす影響は大きく異なった。

 次に、き裂経路をSEMにより観察したところ、界面結晶が析出していない微細な粒子の場合、き裂は偏向を起こし界面に沿って進展するが、界面結晶が析出した粒子の場合粒子中に進展していることが分かった。これから考えて、界面結晶析出による靭性の向上は、Fig.4に示すように界面結晶が析出していない通常の材料ではき裂の偏向が生じているのに対して、界面結晶析出によりき裂が粒子中に進展することにより、粒子によりピン止めされ、き裂の湾曲が生じたことが原因と考えられる。

Fig.4.Schematic of the change of microfracture process by precipitation.

 以上の結果から、界面結晶析出によるセラミックス粒子分散ガラス基複合材料の高強度、高靭化は、き裂の偏向、湾曲と大きな関係があることが分かった。そこで、セラミックス粒子分散ガラス基複合材料のき裂の偏向、湾曲による高靭化のシミュレーションを行い、界面結晶析出とき裂の偏向、湾曲による高靭化の関係を調べた。

 その結果、界面結晶が析出しない場合、き裂進展に伴い破壊靭性はわずかしか向上しなかった。破壊靭性の増加が少ないのは、き裂偏向、湾曲の高靭化機構が互いに打ち消しあっているためであり、粒子分散だけでは、き裂の偏向、湾曲による高靭化機構はほとんど作用しなかった。そして、界面結晶が析出することにより、破壊靭性は大幅に向上した。これは、界面結晶中にき裂が進展することにより、界面でのき裂進展が抑制された結果、き裂の偏向、湾曲による高靭化が発現したためである。これらの数値解析結果は、アルミナ-ガラス系における実験結果と一致した.

 このように、界面結晶析出により、き裂の湾曲による高靭化機構が促進されることがわかったが、常圧焼結で作製した界面結晶を析出させた粒子分散材料は、ち密化が不完全であった。また、ち密な焼結体が作製可能であれば、ウィスカー、プレートレットなどを分散させた場合にも、界面結晶析出による高強度、高靭化が期待される。そこで、ホットプレスにより界面結晶を析出させたアルミナ粒子またはプレートレット分散ガラス複合材料を作製し、その力学的特性の評価を行った。

 すると、ホットプレスにより得られた焼結体の密度、弾性率は、粒子分散材、プレートレット分散材ともに常圧焼結材より向上しており、ち密な焼結体が得られた。しかし、曲げ強度は結晶化率に対してピークが存在しており、ち密な焼結体が得られたのにもかかわらず、多量に界面結晶が析出すると曲げ強度は低下してしまった。これは、SEMにより破面を観察したところ、多量に界面結晶が析出した試料は異常な結晶析出が生じて破壊源となっていたことから、焼結条件の改善によりこのような異常な結晶析出を抑制すれば、さらに曲げ強度が向上するものと思われる。

 一方、破壊靭性は結晶化率の増大に伴い単調に増加していた。プレートレット分散材は粒子分散材より高い破壊靭性を示すが、界面結晶によりさらに破壊靭性が増加しており、プレートレット分散材においても界面結晶析出による高靭化機構が作用していることが分かった。

 以上のことから、次のような結論が得られた。

 (1)通常のアルミナ粒子分散ガラス基複合材料では、その強度、靭性の向上は巨視的弾性率の増加だけで説明できた.

 (2)界面結晶が析出したアルミナ粒子分散ガラス基複合材料は、界面結晶析出により強度、靭性が増加した。これは、通常のアルミナ粒子分散ガラス基複合材料はき裂が粒子にぶつかっても界面に沿って進展してしまうのに対して、界面結晶が析出した粒子中にき裂が進展してき裂の進展抵抗が上昇したためと考えられる。

 (3)き裂の偏向、湾曲の数値解析を行った結果、界面結晶析出によりき裂の湾曲が促進されることにより靭性が向上したと結論できた。また、数値解析から予測される破壊靭性値は実験値と良い一致を示した。

 (4)ホットプレスによりアノーサイトが析出したアルミナプレートレット分散ガラス基複合材料を作製したところ、粒子分散材と同様に界面結晶析出による高靭化が発現した。

参考文献1.S.Nishigaki and J.Fukuta,Advances in Ceramics vol.26,The American Ceramic Society,Inc.,Westerville,Ohio,199-215(1989)2.J.C.Swearengen,E.K.Beauchamp and R.J.Eagan,Fracture Mechanics of Ceramics vol.4,Plenum Press,New York,973-84(l978)3.K.T.Faber,A.G.Evans and M.D.Drory,ibid.vol.6,Plenum Press,New York,77-91(1983)4.B.N.Cox and W.L.Morris,Engineering Fracture Mechanics,31(4),591-610(1988)
審査要旨

 セラミックス粒子分散ガラス基複合材料は電子デバイス分野での適用が期待される材料であるが、力学的特性に劣るのが最大の問題となる.しかし、セラミックス粒子分散ガラス基複合材料の高強度、高靭化については、巨視的手法について数多くの研究がなされているにも関わらず、電子材料のような微視的領域での適用を考慮した微視的な高強度、高靭化の手法については体系化されていないのが現状である.そこで、蔭山君は、具体的には多層基板用アルミナ粒子分散ガラス基複合材料に注目して、その微視破壊機構の解明を試み、微視的手法によるさらなる高強度、高靭化を目指した.

 第一章では、セラミックス粒子分散ガラス基複合材料の高強度、高靭化について歴史的背景及び、問題点を述べるとともに、本研究の目的を述べた.

 第二章では、各種セラミックス粒子分散ガラス基複合材料の力学的特性評価及び、微視破壊機構の解明を行い、大半のセラミックス粒子分散ガラス基複合材料は、巨視的弾性率に比例して強度、靭性が上昇しており、巨視的弾性率の増加による高強度、高靭化のみが作用していることを確認した.また例外として、コーディエライト、石英ガラス粒子分散ボロシリケートガラス基複合材料において微視割れによる高靭化が発現することをSEM観察、AE測定から明らかにした。しかし、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料については、巨視的弾性率の増加による高強度、高靭化のみが作用していると結論した.

 第三章では、さらなる高強度、高靭化の手法として、マトリックスの結晶化を考え、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料においてアノーサイト結晶を析出させたところ、大気中での強度、靭性の上昇が認められ、アノーサイト析出による高強度、高靭化が発現することを明らかにした.そして、SEM、TEM観察等によりアノーサイトはアルミナ粒子とガラスマトリックスの界面において析出していることを明らかにし、き裂経路の観察、AE測定結果から、このようなアノーサイトの界面での析出によってき裂がマトリックスよりも高い破壊靭性を持つ粒子中に進展することを見い出した.これらの結果から、アノーサイト析出による高強度、高靭化は,界面でのアノーサイトの析出により、き裂の進展抵抗が上昇して高強度、高靭化が発現したと結論付けた.

 第四章では、このようなアルミナ粒子分散ガラス基複合材料での界面結晶析出による高強度、高靭化は、き裂の偏向からき裂の湾曲への遷移によりもたらされたと考え、き裂の偏向、湾曲の高靭化の式を用いて、セラミックス粒子分散ガラス基複合材料中のき裂の進展挙動の三次元数値シミュレーションを行った.その結果、従来のアルミナ粒子分散ガラス基複合材料では、き裂の偏向が支配的であり、き裂の湾曲はほとんど生じないが、き裂の湾曲による高靭化は、き裂の偏向によるものより大きな効果があるがことを明らかにした.そして、界面結晶析出によるき裂の湾曲の促進をモデル化した数値シミュレーションの予測は実験値とよい一致を示し、アノーサイトの析出による高強度、高靭化は、界面にアノーサイトが析出することにより、き裂の湾曲が促進されることが原因であると結論付けた.

 第五章では、以上の結果を用いて、多層基板用アルミナ粒子分散ガラス基複合材料の最適な材料設計を考え、ホットプレスによる高品質材料の作製を試みた.その結果、ち密で高弾性率の試料の作製に成功した.また、アルミナプレートレット分散ガラス基複合材料にもアノーサイト析出による高強度、高靭化を試みたが、粒子分散材と同様に界面結晶析出による高強度、高靭化が発現し、粒子以外の第二相に対しても界面結晶析出は有効な高強度、高靭化の手法となることを明らかにした.

 第六章では、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料の微視破壊機構及び、界面結晶析出による高強度、高靭化について総括し、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料の微視破壊過程の体系化を行い、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料での界面結晶析出が、強度、靭性の向上に有用な手法であることを結論付けた.

 以上のように、本研究は、アルミナ粒子分散ガラス基複合材料の微視破壊機構を明らかにしただけではなく、界面結晶析出による高強度、高靭化機構を見い出した.さらに、アノーサイトのような優れた電気的特性をもった結晶を利用してアルミナ粒子分散ガラス基複合材料のさらなる高強度、高靭化に成功していることから、高性能多層基板の開発に非常に意義のある研究であり、材料工学に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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