学位論文要旨



No 111216
著者(漢字) 杉本,雅則
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,マサノリ
標題(和) 複数他者の視点を可視化するシステムとその知的活動支援への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111216
報告番号 甲11216
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3460号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 本研究では,複数の情報について各々の背後にある視点を抽出し,それらの間の関係を可視化するシステムを提案する.このシステムによってユーザは,情報の意味的関係を容易に把握することができる.またシステムとのインタラクションによりさまざまな知的活動,例えば創造活動支援,コミュニケーション支援・グループ活動支援,情報検索などに応用することが可能になる.本研究では,上記のようなシステムを構築し,それを用いた実験を行い,評価・考察する.

 本研究では,知的活動において重要な役割を果たす視点に着目している.視点とは,ものの考え方・捉え方と言う意味であるが,ここでは’対象世界のモデルを決める見方’と定義しておく.科学技術研究において視点とは,ある研究テーマに対する問題の捉え方や,問題へのアプローチを決めるものであると考えられる.例えば’知能とは何か’を考える場合,哲学者の視点もあれば,人工知能研究者の視点もあるだろう.

 本研究ならびに本システム構築の必要性は,現代社会が抱える問題に求めることができる.現代社会が情報化社会であると言われて久しい,日々生成される情報は,大量であるためその多くが消費されない状態である.しかしこのことは,大量の情報の中から必要な情報を獲得することが困難になっていると言う意味でゆゆしき事態である.何が必要な情報なのか,何が正しい情報なのか,つまり情報の選択性と正当性の確保が,情報化社会での最大の問題となっている.本研究の第1の目的は,大量の情報から必要な情報を選択・利用するのを支援するための有効な方法論を提案することである.本研究では,特に科学技術研究の研究者を対象としたシステムを構築し,その知的活動の支援を試みる.

 科学技術研究の世界においても,現代社会と同様の問題を抱えていると思われる.現代の科学技術研究は高度に専門化した結果,各分野が細分化されその全貌を把握するのは困難である.大量の論文誌が定期的に刊行され,さまざまな学会が世界各地で開催されている.その発表資料や刊行物すべてに目を通すことは不可能であり,研究者が自分にとって本当に必要な情報を獲得することは,非常に困難になっていると言えるだろう.しかしここで重要なことは,必ずしもすべての情報が必要なのではなく,いかにそうした大量の情報の中から必要とするものを取り出し,研究活動に役立てるかということが問題なのである.

 本研究では,構築したシステムを知的活動支援に応用する.応用例として以下の4つを採り上げる.

創造活動支援への応用:

 本研究では,これまでの創造性研究および科学的知識観を概観し,科学技術研究における創造性についての本研究の立場を明確にする.それに基づき,本システムが科学技術研究に関わる研究者の創造活動の支援において,1)どのような研究者にとって有効なのか2)どのような具体的な効果があるのか,を示す.

コミュニケーション支援・グループ活動支援への応用:

 高度に専門化した科学技術研究においては,関連領域ですらその研究内容を理解することが困難になりつつある.異なる科学者共同体間では,完全に共通な言語は一般的には存在せず,共役不可能性と呼ばれる問題があると言われている.しかし今後の科学技術研究において生じる問題の多くは,例えば環境問題のように、従来の一通りの価値観に基づきある一つの科学者共同体内で解決するということが困難な問題であると考えられる.このような問題は,さまざまな価値観・視点を持つ人々の間での議論によって解決が図られなければならない.本研究では,学際的なアプローチによる問題解決,そしてその前提となる研究者同士のコミュニケーション支援やグループ活動支援に,本システムを応用する.

情報検索への応用:

 現在利用されている情報検索システムは,Boolean検索,つまりユーザがキーワードを入力し,そのキーワードを含む文献をシステムがリストの形式で出力する,というものがほとんどである.ユーザは表示された結果に基き,例えばアブストラクトを見るなどして自分にとって必要な文献かどうかを確認することになる.しかし,大量な文献からなるデータベースの検索では,検索の結果出力される文献数は大量であり,アブストラクトを一つ一つ読む作業は大きな負担となる.しかも自分にとって必要でないはずの文献を大量に読まなければならないという意味で,無駄が多い.また情報検索の研究においては,ユーザが検索要求を明確に表現することができないという問題も,従来から指摘されている.こうした問題に対し,本システムを用いることによりその有効性を示す.

知識の共有への応用:

 人工知能技術の発展とともに,さまざまな分野でエキスパートシステムが開発されてきた.現実世界の多様な問題を解決するために,これらの知織ベースの共有・再利用に関する研究が最近盛んに行なわれている.そこでは,分散環境下のでコンピュータ間のプロトコルやメッセージ仕様の統一,あるいは知識を記述するための用語(オントロジー)の統一などが主たる研究の方向となっている.本研究では,このような研究のアプローチの問題点を指摘し,知識あるいは知識ベースの視点間の関係を可視化することにより,人間の創造的問題解決を支援するという新しい研究のアプローチを提案する.

 本研究の第2の目的は,上記の4つの応用の結果を通じて,本研究で採った方法論が基本的には他の知的活動にも適用可能であり,これを知的活動支援のための有効かつ汎用性のある方法論として提案することである.

 本研究の第3の目的は,本研究を人間・コンピュータの将来的な一関係を提案する研究として位置付けることである.今後われわれは大量の情報に囲まれて生きていかねばならない.さまざまな価値観で溢れた社会においては,自分の価値観などに基づいて,生成される大量の情報の中から必要な情報を選択・利用しなければならない.社会における情報化および多価値観化の傾向は,今後ますます強くなることが予想される.したがって,これから先はこのような環境のなかで,いかに独創的なもの・価値あるものを創造するかによって,個々の知的活動が評価されることになるはずである.本研究では,近い将来の社会の姿をその視野に入れ,具体的な応用例での実験と評価に基づいて,人間・コンピュータのあるべき一関係の提案を行なう.

 本研究で構築したシステムは,科学技術研究に関する論文からその視点を抽出する.本システムによって,論文の視点はそれに含まれるキーワードおよびその特徴度の得点から構成されるキーワードベクトルとして表現される.視点抽出の方法として,情報検索の分野で関発された自動インデキシングアルゴリズムを用いる.

 次に双対尺度法と呼ばれる統計的手法によって,このキーワードベクトルを解析し,視点間の関係を表現する空間を構成する.これによって,論文の視点間の関係が可視化される.構成される空間は,各論文とそのキーワードとが二次元的に配置された距離空間である.システムが作り出す空間に対し,ユーザがインタラクティブに作業を行なうことができるように,システムはいくつかの機能を備えている.

 コーザは提示された視点の空間に対し,例えば自分の視点と他者の視点とを比較したり,自分の視点をシステムに反映させたりすることができる.本研究におけるシステムの役割は,視点の空間をユーザの知的活動のための有効な出発点として提供することである.システムによって提示されるものをどのように解釈し,システムに対してどのような操作を行なうかは,全てユーザに委ねられている.

 本研究では上記の応用について,のべ数十人の被験者による定量的な実験を行なった.その結果として,本研究および本システムの方法論が各応用に有効であり,本研究の提案を裏付けることができた.

審査要旨

 工学修士杉本雅則提出の論文は,「複数他者の視点を可視化するシステムとその知的活動支援への応用」と題し,9章からなっている.

 本研究では,複数の情報についてその各々が持つ視点を抽出し,それらの関係を可視化することにより情報の意味的関係を容易に把握することが可能なシステムが提案されている.ユーザはシステムとのインタラクションにより,これをさまざまな知的活動に利用することが可能である.本研究では,創造活動支援,コミュニケーション支援・グループ活動支援,情報検索,知識の共有の4つが応用例として採り上げられている.

 現代の情報化社会においては,日々大量の情報が生成され,その多くが消費されない状態であると言われている.このことは,大量の情報の中から必要な情報を獲得することが困難になっていると言う意味でゆゆしき事態である.何が必要な情報なのか,何が正しい情報なのか,つまり情報の選択性と正当性の確保が,情報化社会での最大の問題となっている.本研究の第1の目的は,大量の情報からの必要な情報の選択・利用を支援するための有効な方法論を提案することである.本研究では,特に科学技術研究の研究者を対象とし,その知的活動の支援への応用が試みられている.現代の科学技術研究は高度に専門化した結果,各分野が細分化されその全貌を把握するのは困難である.大量の論文誌が定期的に刊行され,さまざまな学会が世界各地で開催されている.その発表資料や刊行物すべてに目を通すことは不可能であり.研究者が自分にとって本当に必要な情報を獲得することは,非常に困難になっていると言えるだろう.

 本研究の第2の目的は,上記の4つの知的活動支援への応用例を通じて,本研究で採った方法論が基本的には他の知的活動にも適用可能であり,これを知的活動支援のための有効かつ汎用性のある方法論として提案することである.

 本研究の第3の目的は,人間・コンピュータの将来的な一関係を提案する研究として本研究を位置付けることである.今後われわれは大量の情報に囲まれて生きていかねばならない.さまざまな価値観で溢れた社会においては,自分の価値観などに基づいて,生成された情報の中から必要なものを選択・利用しなければならない.社会における情報化および多価値観化の傾向は,今後ますます強くなることが予想される.このような環境のなかで,いかに独創的なもの・価値あるものを創造するかによって,個々の知的活動が評価されることになるはずである.本研究では,近い将来の社会の姿をその視野に入れ,システムの構築および実験・評価を通して人間・コンピュータのあるべき一関係の提案が行われている.

 第1章は序論であり,本研究の動機,目的を述べ,本研究の位置付けを明らかにしている.

 第2章では,視点を提示するシステムの必要性と,それが本研究で採り上げる応用例において果たす役割について述べられている.

 第3章では,本研究でのシステムの構成について述べられている,本システムは,科学技術研究に関わる論文から,その視点をキーワードベクトルの形式で抽出する.そしてそれを双対尺度構成法と呼ばれる統計的手法により,2次元の距離空間に可視化する.ユーザは,空間に浮かぶ論文とそのキーワードとの距離関係によって,論文の視点の意味的な関係を容易に把握することが可能であり,インタラクティブな操作を行うことにより,さまざまな知的活動に利用することが可能になる.

 第4章では,本システムの創造活動支援への応用について述べられている,従来の創造性支援に関する研究とは異なり,ユーザの特性とシステムの効果との関係を明確にし,定量的な評価が行われている.実験の結果,本システムがユーザの研究テーマに関する問題やそのヒントを提示する能力があり,創造活動支援に有効であることが示されている.

 第5章では,本システムのコミュニケーション支援,グループ活動支援への応用について述べられている.研究者間のコミュニケーション支援,共同研究支援のための実験が行なわれ,本システムがそれらを効果的に支援できることが示されている.

 第6章では,本システムの情報検索への応用について述べられている.ユーザの研究テーマに関する文献検索実験,会議録を用いた実験,検索効率による評価実験が行なわれ,本システムが情報検索の支援だけでなく,創造活動の支援,大量情報からの必要情報の選択の支援,研究領域の概要把握の支援にも有効であり,また検索効率においては高い呼出率が実現可能であることが示されている.

 第7章では,本システムの知識の共有への応用について述べられている.近年盛んに議論されている知識の共有,再利用の研究を概観し,オントロジーによるアプローチの問題点を指摘している.知識は基本的には主観的なものであり,知識処理システムにおいてはその利用者の視点が反映されなければならないことが主張されている.そして,本システムにより知識ベースの視点を抽出し,人間の創造的問題解決に応用するという新しい研究アプローチが述べられている.

 第8章では,本システムの評価と考察について述べられている.実験を通して明確になった問題点等を明らかにし,それに対する本研究の立場を明らかにするとともに,今後の研究課題が示されている.

 第9章では,結論として本研究の総括が述べられている.

 以上を要するに,本研究は現代の情報化社会において,必要な情報の選択を支援し,それをさまざまな知的活動に利用するための汎用的なシステムを構築し実証した点,および人工知能研究の新しい方向性を示し,人間・コンピュータ間の新しい1関係を提案したという点で,その貢献は工学的領域に留まらず,広く社会全般にも及ぶものと考えられる.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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