学位論文要旨



No 111218
著者(漢字) 浅野,浩二
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,コウジ
標題(和) 鉄道車両の走行安全性に関する研究 : 車両脱線防止に関する研究
標題(洋)
報告番号 111218
報告番号 甲11218
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3462号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 井口,雅一
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 近年、鉄道のサービス向上を目指して、在来線や新幹線の速度向上や新型車両の開発が積極的に押し進められている。これらの施策を効率的に推進するために、鉄道の安全性を的確に判定できるシステムの整備が急務になっている。特に車両の走行安全性の評価は,車両脱線事故が大惨事となる可能性が高いだけに非常に重要な項目であり、脱線メカニズムの解明と共にいかに効率的かつ正確に安全性の評価ができるかが課題となる。

 そこで本研究では、鉄道車両の脱線事故の防止等に代表される、鉄道の走行安全性の向上を目的として、車両の走行安全性を理論的に評価する手法を開発し、実際車両による走行試験と併せて、走行安全性阻害要因の解明を行うこととした。

 本研究において得られた成果は次の通りである。

 1)車両の走行安全性を理論的に評価する手段としての車両運動解析シミュレーションモデルの構築と運動方程式の導出を行った。まず、運動の自由度として、車両の走行安定性解析において用いられている左右方向のみの自由度のモデルに上下方向の自由度を加えて、軌道の上下方向の線形の変化に対する車両挙動の解析が出来るモデルの構築を行った。また、車両運動に対して車両各部の非線形要素の影響は無視できるものではないため、それらのモデル化を行った。曲線走行時の車両運動の解析を行うために、曲線走行時の座標の設定、車両各部の座標間のズレの補正、遠心力等曲線走行時の影響のモデル化を行った。車輪・レール間の作用力の計算においは、シミュレーションモデルへのクリープ理論の適用、軌道の上下方向の線形等を考慮した輪重計算式の導出を行った。図1に車両モデルを示す。

 2)車両が曲線軌道を走行する際の、走行安全性を阻害する要因について、シミュレーションによる理論的解析と実車両による走行試験を行うことにより検討を行った。その結果、横圧の発生は、曲線半径の大きさ、走行速度の高低、車両の軸箱前後方向支持剛性の大小に影響されること、曲線軌道走行時のオーバーカント状態での定常的な外軌側車輪輪重減少に加えて、出口緩和曲線入口における急激な輪重減少の発生は、車両の走行安全性が著しく低下する状態であること等の知見を得た。また、測定結果とシミュレーション結果との比較を行い(図2)、シミュレーション結果の妥当性を確認した。

 3)前項と同様の手法で側線用8番分岐器を背向で走行した場合の脱線原因について検討を行った。まず、実際に起こった車両脱線事故の状況(分岐器の構造及び車両条件等)から、分岐器通過時の車両の走行安全性阻害要因について考察を行い、それらの要因を考慮したシミュレーション計算により、分岐器通過時の車両挙動(特に横圧変動)の予測を行った。その結果、最大横圧発生地点は、トングレールと基本レールの合流部であることが分かった。図3に分岐器通過時の横圧変動の予測を示す。車両走行試験では、実際に車輪がレールに乗り上がる脱線状態までの再現試験を行い、車輪の乗り上がり脱線と輪重・横圧との関連性について検討した。その結果、車輪がレールに乗り上がる脱線現象(図4)を映像データとして得られると共に、側線用8番分岐器の背向方向走行時の脱線は,分岐器のトングレールと基本レール間の入射角及び平面性狂い,台車の軸バネの硬さ,輪重のアンバランス等が競合して発生すると考えられること、車輪のレールへの乗り上がりは、輪重バランスが外軌輪重:内軌輪重=1:1.7以上で発生すること、車輪がレールへ乗り上がる脱線限界の横圧輪重比は、約1.3であること等の知見を得た。図5に横圧輪重比と走行速度、輪重バランスの関係及び車輪の乗り上がりの範囲を示す。

図表図1 車両モデル / 図2 測定結果とシミュレーション結果の比較 / 図3 分岐器通過時の横圧変動予測 / 図4 車輪の乗り上がり / 図5 横圧輪重比と走行速度及び輪重バランスの関係

 4)車輪・レール間の作用力に大きな影響を与えるアタック角(車輪のレールに対する走行角)が車両の走行安全性とどの様に関係しているかを検討した。まず、走行中の車両のアタック角を測定するためにアタック角測定装置を開発した。アタック角測定装置の概略を図6に示す。この図においてアタック角は、次式により求められる。

 

 この測定装置を使用して曲線通過時のアタック角変動を測定し、曲線半径及び走行速度とアタック角の関係について考察を行った。その結果、円曲線通過中のアタック角の定常値は、走行速度が高くなる、あるいは曲線半径が大きくなるにつれて減少する傾向にあること、アタック角変動と横圧変動及び軌道狂い(通り狂い)にはある程度の相関があること等の知見を得た。アタック角と走行速度及び曲線半径との関係を図7に示す。これらのことより、アタック角を測定することによって曲線通過時の車両挙動を把握することができ、車輪・レール間の接触状態と車輪に発生する横圧との関係を検証できることが分かった。また、アタック角と軌道狂いに相関があることが確認され、アタック角の測定が軌道の整備状態の把握にも利用できる可能性が示された。

図表図6 アタック角測定装置概略図 / 図7 アタック角と走行速度の関係

 5)車両の走行安全性解析手法の構築により得られた知見の、車両や軌道の設計等への応用の可能性について考察した。まず、車両の新造や速度向上に際して、走行安全性上確認すべき事柄について検討した。次に、それらの考察により得られた知見により,走行安全性の立場に立った軌道の線形や構造、車両構造、整備基準の検討を行った。その結果、車輪踏面形状の改良、前後方向輪軸支持剛性の低減、車体・台車枠間回転抵抗の低減、車両の軽量化及び低重心化、振子機構の採用、曲線の線形改良、軌道構造の強化、軌道の不連続部の減少、輪重アンバランスの規制、軌道狂いの管理等が車両の走行安全性向上に有効であることが分かった。

審査要旨

 本研究では、鉄道車両の脱線事故の防止等に代表される、鉄道の走行安全性の向上を目的として、車両の走行安全性を理論的に評価する手法を開発し、実際車両による走行試験と併せて、走行安全性阻害要因の解明を行っている。

 本研究において得られた成果は次の通りである。

 (1)車両の走行安全性を理論的に評価する手段としての車両運動解析シミュレーションモデルの構築と運動方程式の導出を行った。まず、運動の自由度として、車両の走行安定性解析において用いられている左右方向のみの自由度のモデルに上下方向の自由度を加えて、軌道の上下方向の線形の変化に対する車両挙動の解析が出来るモデルの構築を行った。また、車両運動に対して車両各部の非線形要素の影響は無視できるものではないため、それらのモデル化を行った。曲線走行時の車両運動の解析を行うために、曲線走行時の座標の設定、車両各部の座標間のズレの補正、遠心力等曲線走行時の影響のモデル化を行った。車輪・レール間の作用力の計算においは、シミュレーションモデルへのクリープ理論の適用、軌道の上下方向の線形等を考慮した輪重計算式の導出を行った。

 (2)車両が曲線軌道を走行する際の、走行安全性を阻害する要因について、シミュレーションによる理論的解析と実車両による走行試験を行うことにより検討を行った。その結果、横圧の発生は、曲線半径の大きさ、走行速度の高低、車両の軸箱前後方向支持剛性の大小に影響されること、曲線軌道走行時のオーバーカント状態での定常的な外軌側車輪輪重減少に加えて、出口緩和曲線入口における急激な輪重減少の発生は、車両の走行安全性が著しく低下する状態であること等の知見を得た。また、測定結果とシミュレーション結果との比較を行い、シミュレーション結果の妥当性を確認した。

 (3)前項と同様の手法で側線用8番分岐器を背向で走行した場合の脱線原因について検討を行った。まず、実際に起こった車両脱線事故の状況(分岐器の構造及び車両条件等)から、分岐器通過時の車両の走行安全性阻害要因について考察を行い、それらの要因を考慮したシミュレーション計算により、分岐器通過時の車両挙動(特に横圧変動)の予測を行った。その結果、最大横圧発生地点は、トングレールと基本レールの合流部であることが分かった。車両走行試験では、実際に車輪がレールに乗り上がる脱線状態までの再現試験を行い、車輪の乗り上がり脱線と輪重・横圧との関連性について検討した。その結果、車輪がレールに乗り上がる脱線現象を映像データとして得られると共に、側線用8番分岐器の背向方向走行時の脱線は,分岐器のトングレールと基本レール間の入射角及び平面性狂い,台車の軸バネの硬さ,輪重のアンバランス等が競合して発生すると考えられること、車輪のレールへの乗り上がりは、輪重バランスが外軌輪重:内軌輪重=1:1.7以上で発生すること、車輪がレールへ乗り上がる脱線限界の横圧輪重比は、約1.3であること等の知見を得た。

 (4)車輪・レール間の作用力に大きな影響を与えるアタック角(車輪のレールに対する走行角)が車両の走行安全性とどの様に関係しているかを検討した。まず、走行中の車両のアタック角を測定するためにアタック角測定装置を開発した。この測定装置を使用して曲線通過時のアタック角変動を測定し、曲線半径及び走行速度とアタック角の関係について考察を行った。その結果、円曲線通過中のアタック角の定常値は、走行速度が高くなる、あるいは曲線半径が大きくなるにつれて減少する傾向にあること、アタック角変動と横圧変動及び軌道狂い(通り狂い)にはある程度の相関があること等の知見を得た。これらのことより、アタック角を測定することによって曲線通過時の車両挙動を把握することができ、車輪・レール間の接触状態と車輪に発生する横圧との関係を検証できることが分かった。また、アタック角と軌道狂いに相関があることが確認され、アタック角の測定が軌道の整備状態の把握にも利用できる可能性が示された。

 (5)車両の走行安全性解析手法の構築により得られた知見の、車両や軌道の設計等への応用の可能性について考察した。まず、車両の新造や速度向上に際して、走行安全性上確認すべき事柄について検討した。次に、それらの考察により得られた知見により、走行安全性の立場に立った軌道の線形や構造、車両構造、整備基準の検討を行った。その結果、車輪踏面形状の改良、前後方向輪軸支持剛性の低減、車体・台車枠間回転抵抗の低減、車両の軽量化及び低重心化、振子機構の採用、曲線の線形改良、軌道構造の強化、軌道の不連続部の減少、輪重アンバランスの規制、軌道狂いの管理等が車両の走行安全性向上に有効であることが分かった。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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