セラミックスは耐熱性、硬質性、耐食性に優れ、また電気的、磁気的、光学的あるいは化学的に様々な特性を持った多機能性を備えており、これらの特性、機能を生かした幅広い材料研究・開発が可能である。中でも耐熱性、硬質性に優れ、金属に比べて軽量な窒化珪素や炭化珪素からなるセラミックスは金属に変わる高温用構造材料として研究開発が進められている。しかし、セラミックスの持つ脆性、信頼性の低さが実用化への障害になっている。 セラミックスの脆性を改善し、信頼性を高めるには、材料寸法や形状を変えることによる安全係数の増加、材料の微細組織を制御することによる靭性の向上、欠陥や破壊源の非破壊検査による診断などが研究されており、多くの成果と実績が挙げられている。しかし、環境に与える悪影響、研究開発の困難さ、実用化に要するコストなど多くの問題も抱えている。 セラミックスの持つ多機能性を利用した材料研究から自己診断、自己修復、自己調整などの機能を持つ「インテリジェント材料」が提唱されている。構造材料における自己診断機能は材料にかかる応力に対して材料が信号を発し、材料の破壊の進行や疲労、寿命を診断できる機能であり、自己修復機能は進行している破壊、疲労に対して材料が変化し、修復する機能であり、自己調整機能はかかる応力に対して材料が好ましい特性に変化する機能と考えられる。 このようなインテリジェント機能を発現する手法として材料の複合化があり、特性の異なる材料を組み合わせ、微細組織を制御することにより、機械的特性や電気的特性など様々な特性を制御することが可能である。 本研究ではセラミックスに破壊診断機能を持たせることを目的に材料設計を行い、モデル実験を通して破壊診断機能の発現と機構を検討し、さらに実用材料への展開を検討した。 第1章では2次元のコンピューター・シミュレーションを用いて2相組織の複合材料のパーコレーション構造を利用した材料設計について述べた。パーコレーションとはある系の中に存在する要素のつながりが系全体に広がっているかどうかを問うもので、たとえば複合材料の第2相が分散状態にあるか、連続相を形成しているかで材料の特性が大きく変わることが知られている。そしてコンピューター・シミュレーションは材料の組織と機能とを結びつけて材料開発を推進する上で強力な支援技術になり得る。 本研究では周期境界条件を持った2次元の三角格子モデルにアスペクト比を変えた第2相をランダムに配置し、第2相同士の重なりを許さない条件と許す条件の2種類で計算を行い、配置した量と連続相の形成を調べた。第2相のアスペクト比を大きくするに従い、連続相の形成に必要な配置量は減ることが計算から示された。アスペクト比が100の第2相をランダムに配置した結果、配置量が4%以上で計算領域全体に渡る連続相が形成可能であることが明らかになった。 第2章では第1章で得られた結果を参考に、絶縁性の材料と導電性の材料を組み合わせた複合材料を作製し、導電パスとして得られるパーコレーション構造を検討し、複合材料の組織と機械的特性、電気的特性との関係を調べた。 モデル実験として絶縁性マトリックスにCaF2(粒径≦2m)、電気伝導性添加物にSiCを選択して複合材料を作製した。少ない添加量で導電パスを形成できるSiC-whisker(直径0.1〜1m、長さ10〜100m)を用いた。CaF2粉末とSiC-whiskerを混合し、1000℃以上でホットプレスし、緻密な焼結体を作製し、評価を行った。 SiC-whiskerの添加量が2vol%から3vol%の間で電気抵抗率が1012から105cmに低下し、導電パスを形成することを見いだした。ウィスカーによる導電パスを形成していない複合材料はSiC未添加のCaF2焼結体とほぼ同等の機械強度を有するが、SiCを3vol%添加して導電パスを形成した複合材料はCaF2焼結体に比べて機械強度が約半分に低下した。ホットプレス温度が低くSiC同士の接合が弱く、また熱膨張係数が大きく異なるために大きな残留熱応力が発生していることが考えられ、ウィスカーによる連続相の形成が破壊クラックの進展を助長する役割を果たしていると考えられる。 第3章では導電パスを有する複合材料を用いてインテリジェント機能、すなわち材料の破壊および疲労を診断する機能を検討した。 導電パスを形成したCaF2/SiC-whisker-10vol%複合材料を曲げ強度測定用の試験片に加工し、両端に電極をつけ、3点曲げ応力を加えながら電気抵抗の変化を測定した。破壊する約半分の応力から電気抵抗が増加し、破壊までに約7%の増加が認められ、破壊の進行を診断することが可能である。破断面を走査型電子顕微鏡で観察した結果、ウィスカーの突き出しが数多く認められ、機械応力がかかるとウィスカーの引き抜けが生じ、導電パスが切断されて電気抵抗が増加していることが明らかになった。 同じ複合材料に応力を低サイクルで繰り返し負荷し、電気抵抗の変化を調べ、材料の疲労の検出を検討した。破壊する約70%の応力を加え、85回の繰り返しで破壊した試料は、試験開始の数回と破壊直前の数回に大きな電気抵抗の増加が認められ、その中間において電気抵抗の漸増が認められた。増加した電気抵抗の値は応力を解放した時にも保持されており、材料にかかった最大応力を遡って検出することが出来る。 このようにモデル実験を通してセラミックス複合材料で破壊の診断、疲労の検出をおこなうインテリジェント材料の自己診断機能を検討し、可能であることを示した。 第4章では引張り応力、圧縮応力による複合材料の破壊診断機能について述べた。3点曲げ試験では試験片に引張り応力と圧縮応力が同時にかかる。そこで、組成を変え電気抵抗率の異なる複合材料を積層した試験片を作製し、曲げ応力を負荷した時にかかる引張り応力と圧縮応力による電気抵抗の変化をそれぞれ独立に測定した。SiC-whiskerを5vol%添加した複合材料は、引張り応力がかかると電気抵抗が初期抵抗の50%程度の大きな増加が生じたのに対し、圧縮応力では逆に電気抵抗がわずかであるが低下する現象が認められ、かかる応力によって電気抵抗の変化が異なることを見いだした。圧縮応力がかかった部分の破断面は引張り応力部に比べてウィスカーの引き抜きが少ないことが走査型電子顕微鏡による観察から認められた。 第5章では複合材料の微細組織を変え、破壊診断機能に対する微細組織の影響について述べた。 複合材料の組織の影響を調べるために、SiCをウィスカーから粉末(平均粒径0.4m)に変えて複合材料を作製し、同様の評価を行った。粉末複合材料においてもウィスカーとほぼ同じ添加量から導電パスを形成したが、電気抵抗率が高く(〜107cm)、SiC添加量の増加に伴う電気抵抗の減少が緩やかになった。SiC粉末を用いた複合材料は導電パスの形成に必要な粒子数が多く、粒子間の接触抵抗が高い電気抵抗の原因と思われる。SiC粉末の添加量の増加に伴い、機械強度はCaF2焼結体に比べて約3倍にまで増加し、大きな複合効果を有することを見いだした。 積層した試験片を作製し、破壊診断機能を検討した結果、SiC粉末を20vol%添加した複合材料では引張り応力がかかると電気抵抗が約20%増加し、圧縮応力がかかると逆に約4%の低下が認められた。SiC添加量を30vol%に増加した複合材料は同様の試験で電気抵抗の増加は約6%に低下した。SiCの添加量が多い複合材料は導電パスの密度が高く、微細構造が変化した時の切断する導電パスの割合が少なくなったためと考えられる。 粉末を用いたCaF2/SiC複合材料では電気抵抗率が高く、安定した電気抵抗測定が困難であるがウィスカーを用いた複合材料と同様の破壊診断機能を有することが明らかになった。しかし、電気抵抗の増加率はウィスカーを添加した複合材料の方が高く、破壊診断の感度はウィスカーの方が優れている。 第6章ではこれまでの結果を基に実用材料への展開を検討した。セラミックス構造材料として実用化が進められているジルコニアをマトリックスにして炭化珪素ウィスカーを添加した複合材料を作製し、破壊診断機能の発現を検討した。 積層した試験片で破壊の診断機能を評価した結果、ZrO2/SiC-whisker-10vol%複合材料では引張り応力がかかると約1%の電気抵抗増加が認められ、変化量は少ないが、破壊の進行を診断することが可能なことを見いだした。破断面の観察からウィスカーの引き抜けはほとんど認められず、ウィスカーの引き抜けが少ないために電気抵抗の増加が少ないことが明らかになるとともにZrO2とSiCとの間の接合が強いことが示唆された。 第7章では本研究の成果を総括した。本研究はセラミックスの多機能性を利用してその脆さをいかに解決するかが大きな目標であり、インテリジェント材料の概念をもとに材料の複合化で破壊の自己診断機能を付与した材料を提案し、検証した斬新な研究であり、今後の関連のある研究の活発化が期待される。 |