学位論文要旨



No 111220
著者(漢字) 磯谷,祐二
著者(英字)
著者(カナ) イソガイ,ユウジ
標題(和) センサ/アクチュエータの融合機能材料 : 雰囲気に感応する圧電アクチュエータ
標題(洋)
報告番号 111220
報告番号 甲11220
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3464号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 エレクトロニクス技術の進歩にともない、自動車、家電品等において、多機能化が一種のトレンドとなっている。多機能化により、製品中の回路、デバイスの累積的増加が進み、一部の製品についてはシステムとしての信頼性やメインテナンスに支障をきたしつつあるという弊害も起こっている。近年、セラミックス材料自身にセンサー機能やフィードバック機能等を付与し、自己診断、自己修復、自己調節等の機構を最小限の部品や単純なシステムで実現するアイデアが提案されている。今日、圧電/電歪材料は、VTRヘッドアクチュエータ、インクジェットプリンターやサーボ変位素子など様々な用途に広く用いられている。多くのアクチュエータは、位置制御・流量制御などに利用され、通常センサ、プロセッサおよびこれらの素子をつなぐ回路と共にシステムとして搭載される。外部変化をセンサにて検出し、シグナルをプロセッサに送る。送られてきたシグナルをプロセッサにて演算し、プロセッサは状況に応じて圧電アクチュエータの機械的変位を電圧により制御するというシステムである。もし圧電アクチュエータ自身にセンサ機能やフィードバック機能を付与することができれば、これらのシステムは一つの素子に簡素化することができる。また素子自体の信頼性が問題となるが、簡素化により信頼性の向上も期待できる。このような自己診断、自己修復、自己調節機能を持つインテリジェント材料の開発・利用は、現在の自動車、家電品など各種工業製品に用いられているわかりにくい複雑な制御機構をシンプル化するキーテクノロジーとして注目を浴びている。

 そこで本研究は、インテリジェント材料の一つのモデルとして、圧電材料自身にセンサ機能を付与し、湿度やガス濃度の変化に応じ自ら機械的変位を生じる圧電アクチュエータの設計、実現化を目的として研究をおこなった。

 本論文の序章では、本研究の背景や意義、目的について述べた。

 第一章では、湿度やガス濃度の変化に応じ、自ら機械的変位を生じる雰囲気に感応する圧電アクチュエータの構造および駆動の基本的考え方を示した。設計の基本は多孔質セラミックス/高密度圧電セラミックス(PZT)からなる2層構造アクチュエータ内部の電界分布の移動つまり高密度PZT部への電界の集中である。この電界集中にともなう高密度PZT部の変位量の増加によりアクチュエータ全体に屈曲が発現する。内部の電界分布の移動のための具体的な要件と動作原理について述べた。

 第二章では、圧電セラミックスとして用いられているチタン酸ジルコン酸鉛(組成:Pb0.995Nb0.01(Zr0.53Ti0.47)0.99O3)の多孔質体を作製し、多孔化による感湿特性発現の有無、感湿感度について検討をおこなった。直径9mm、厚さ1mmの多孔体にAu蒸着をおこない測定用試料とした。測定は定電圧法を用いた。直流5Vを試料に印加し、流れる電流値から比抵抗を算出した。多孔質PZTは、湿度変化(相対湿度10%から85%)にともない比抵抗が1013cmから107cmまで変イヒし、代表的なセラミックス湿度センサ素子であるMgCr2O4-TiO2の感湿特性と同程度の良好な感湿特性を示した。焼成温度の変化や用いる仮焼粉末の粒径変化による、感湿特性の変化が確認され、気孔径および粒径制御による感湿特性制御の可能性が示唆された。多孔質PZTは、湿度上昇にともなう抵抗の大きな変化と良好な応答性を示し、感湿性アクチュエータの多孔質部に求められる要件を満足していることを確認した。

 第三章では、インテリジェント材料開発の一つの試みとして、ホットプレス手法を用い、湿度感応性を持つ板状多孔質圧電体(PZT)と感応性を持たない板状高密度圧電体(PZT)の接合2層構造アクチュエータを設計・作製し、雰囲気中の湿度変化を感知し自ら変位量を変化させる(センサ機能とアクチュエータ機能を合わせ持つ)2層構造アクチュエータの機械的変位特性を検討した。形状3mm(幅)×11mm(長さ)×1mm(厚さ)の2層構造感湿性圧電アクチュエータを作製し、非接触フォトニックセンサを用い発現する屈曲変位量を測定した。電界400kV/m印加により発現する屈曲変位は、湿度上昇(相対湿度10%から70%)にともない2mから11mへ増加する事を確認した。低湿度時にはアクチュエータに印加した電界は、アクチュエータの多孔質PZT部と高密度PZT部にそれぞれほぼ均等に分配されるのに対し、高湿度の場合、多孔質PZT部のみ抵抗低下が起こるため印加した電界はアクチュエータの高密度部に集中する。電界が集中する高密度PZT部にのみ横方向への収縮が主に起こり、結果として屈曲変位が増大したものと考えられる。また、アクチュエータ作製時のホットプレス処理温度を変化させることにより多孔質PZT部の感湿特性が変化し、結果として異なる感湿変位特性が生ずることを確認した。多孔質部の感湿特性を制御することにより、変位特性をある狭い湿度範囲においてステップ的に変位量変化する素子、あるいは広い湿度範囲において湿度上昇に従い徐々に変化する素子など感湿変位特性制御の可能性が示唆された。

 アクチュエータ素子を設計・作製する上で狙いどうりの制御機能を素子に発揮させるためには、変位量の予測が重要となる。第四章では、同じ厚さの板状セラミックスを貼り合わせたモデルを用い、多孔質PZT/高密度PZT2層構造感湿性アクチュエータに発現する屈曲変位量の予測をおこなった。多孔質・高密度各PZTセラミックスの比抵抗、誘電率の実測値より各部への電界集中の度合いを計算し、この値とヤング率、圧電定数から発現する屈曲変位量を予測した。低湿度における変位量計算値は1mとなり相対湿度10%における実測値2mと、また高湿度における変位量計算値は10mとなり相対湿度70%における実測値11mとほぼ一致した。しかし、中間湿度領域での屈曲変位量を推測することはできなかった。

 多孔質PZTでは、良好な還元性ガス感度特性を得ることが難しいと考え、第五章では、ガスセンサ素子として広く検討されている多孔質酸化亜鉛(ZnO)を還元性ガス感応型アクチュエータ用多孔質部材料として選び、多孔質ZnOの比抵抗、還元性ガス感度特性検討した。空気、空気にて希釈した0-0.40vol%H2ガスおよび空気にて希釈した0-0.40vol%COガスを測定用ガスとし250℃にて各種ガス導入にともなう多孔質ZnOの抵抗変化をモニタリングした。多孔質ZnO(ZnO+0.2mol%Li2O+10mol%NiO)は250℃空気中にて2×1010cmという高い比抵抗とセンサ駆動温度としては比較的低い250℃にて良好な還元性ガス(CO,H2)感度を示した。これは、還元性ガス感応型アクチュエータの多孔質部に求められる要件を満足するものであった。また、ZnOへのNiO,Li2O同時添加によりNiO,Li2O単独の添加では発現しないガス感度(COガス選択性)が観察された。

 第六章では、ホットプレス手法を用い、還元性ガス感応性を持つ板状多孔質酸化亜鉛(ZnO)と感応性を持たない板状高密度圧電体(PZT)の接合2層構造アクチュエータを設計・作製し、還元性ガス感応型圧電アクチュエータのガス濃度変化にともなう屈曲変位量変化を測定した。インテリジェント材料開発の一つの試みとして、雰囲気中の還元性ガス濃度変化を感知し自ら変位量を変化させる(センサ機能とアクチュエータ機能を合わせ持つ)多孔質ZnO/高密度PZT2層構造アクチュエータを検討した。形状3mm(幅)×11mm(長さ)×1mm(厚さ)の2層構造圧電アクチュエータを作製し、非接触レーザー変位計を用い発現する屈曲変位量を250℃にて測定した。電界250kV/m印加により発現する屈曲変位は、0.40vol%COガス導入にともない3mから7mへ増加する事を確認した。空気中ではアクチュエータに印加した電界は、アクチュエータの多孔質ZnO部と高密度PZT部にそれぞれほぼ均等に分配されるのに対し、COガス導入により、多孔質ZnO部のみ抵抗低下が起こるため印加した電界はアクチュエータの高密度部に集中する。電界が集中する高密度PZT部にのみ横方向への収縮量が増加し、結果として屈曲変位が増大したものと考えられる。

 第七章では、本研究の結論および得られた新たな知見についてまとめた。ガス感応性を持つ多孔質材と持たない緻密PZTの二層構造体とすることにより、雰囲気の変化により、機械的変位応答を示すアクチュエータが得られた。高密度PZT部への電界集中を有効に生じさせるには、多孔質部の電気抵抗は、空気中では高密度部と同等かそれ以上高く、ガス雰囲気中では十分に低いことが必要である。このような条件が満たされれば、感知できる対象は、本論文で述べた湿度やCOガスに限られるものではない。今回、その例として、自己診断、自己調節機能を持つ二層構造機能材料を用いて、コンピュータを含まない簡便で新しい制御機構を実現化することができた。また、この制御機構は、さまざまな情報検知機能に広く応用可能と考える。

審査要旨

 本論文は、「センサ/アクチュエータの融合機能材料(雰囲気に感応する圧電アクチュエータ)」と題し、自己診断、自己調節機能を持つインテリジェント材料の一つのモデルとして、湿度や可燃性ガス濃度の変化に応じ自ら機械的変位を生じさせる圧電アクチュエータの設計、実現化に関する研究をまとめたものである。

 本論文は、序章および第1〜7章から構成される。序章では、本研究の行われた背景を概説するとともに、本研究の目的と意義を述べている。特に、インテリジェント材料を用いることにより、複雑な制御システムを簡素化し信頼性の向上が期待できることが述べられている。

 第1章では、一般的な積層圧電アクチュエータ、および雰囲気に感応する多孔質セラミックス/高密度圧電セラミックス2層構造アクチュエータの駆動原理について解説している。

 第2章では、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb0.995Nb0.01(Zr0.53Ti0.47)0.99O3:略称PZT)の多孔体を作製し、感湿特性について検討した結果を述べている。多孔質PZTは、湿度変化にともない比抵抗が1013cmから107cmまで変化し、良好な感湿特性と速い応答性を示すことを確認している。焼成温度の変化や用いる仮焼粉末の粒径変化による感湿特性の変化も確認し、気孔径および粒径制御による感湿特性制御の可能性を示唆している。

 第3章では、ホットプレス手法を用い、湿度感応性を持つ板状多孔質PZTと板状高密度PZTの接合2層構造アクチュエータを作製し、機械的変位応答性を調べた結果を述べている。2層構造感湿性圧電アクチュエータ(3mmx11mmx厚さ1mm)の電界400kV/m印加により発現する屈曲変位は、湿度上昇にともない2mから11mへ増加する事を確認している。低湿度時にはアクチュエータに印加した電界は、アクチュエータの多孔質PZT部と高密度PZT部にそれぞれほぼ均等に分配されるのに対し、高湿度の場合、多孔質PZT部のみ抵抗低下が起こるため印加した電界はアクチュエータの高密度部に集中する。そのため電界が集中する高密度PZT部にのみ横方向への収縮が主に起こり、結果として屈曲変位が増大したものと考察している。また、多孔質部の感湿特性を制御することにより、変位特性をある狭い湿度範囲においてステップ的に変位量変化する素子、あるいは広い湿度範囲において湿度上昇に従い徐々に変化する素子などの設計指針を示している。

 第4章では、同じ厚さの板状セラミックスを貼り合わせたモデルを用い、感湿性アクチュエータに発現する屈曲変位量の予測を行っている。多孔質・高密度各PZTセラミックスの比抵抗、誘電率の実測値より各部への電界集中の度合いを計算し、発現する屈曲変位量を予測したところ、低湿度および高湿度における変位量計算値はそれぞれ1mと10mとなり、実測値とほぼ一致する結果が得られている。

 第5章では、多孔質酸化亜鉛(ZnO)の還元性ガス検知特性を検討している。NiOとLi2Oを添加して作製した多孔質ZnO(ZnO+10mol%NiO+0.2mol%Li2O)は、空気中250℃にて2×1010cmという高い比抵抗と良好な還元性ガス(CO,H2)感度を示すことを見い出している。また、ZnOへのNiO、Li2O同時添加が、それぞれ単独の添加では発現しない高いガス感度とCOガス選択性を生じさせる要因を考察している。

 第6章では、多孔質ZnOと高密度PZTの積層構造アクチュエータを作製し、還元性ガス濃度変化にともなう変位応答性を調べた結果を述べている。積層構造体(3mmx11mmx厚さ1mm)の電界250kV/m印加により発現する屈曲変位は、0.40vol%COガス導入にともない3mから7mへ増加する事を確認している。この屈曲変位は、可燃性ガスによる多孔質ZnOの抵抗低下とそれによる高密度PZT部への電界集中によることを、実際に電界分布を測定することにより、明らかにしている。

 第7章は総括であり、本研究で得られた知見および結論をまとめている。

 以上、本論文はガス感応性を持つ多孔質材と持たない緻密圧電体の積層構造体とすることにより、雰囲気の変化により、機械的変位応答を示すアクチュエータを作製し、その特性と作動機構を考察したものである。その成果は、自己診断、自己調節機能を持つインテリジェント材料の設計指針を明確に示したものであり、これからの材料科学の進展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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