学位論文要旨



No 111222
著者(漢字) 牛島,正晴
著者(英字)
著者(カナ) ウシジマ,マサハル
標題(和) 企業組織設計の計算機による支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 111222
報告番号 甲11222
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3466号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨 1.はじめに

 本研究は、従来より企業等の現場において、長年の経験と知識に支えられた手作業の中から産み出されてきた「組織」を、「設計」という工学の観点より整理仕直し、さらに人工知能等の計算機科学に基づいて、「計算機の支援による企業組織設計」という新たな分野を切り開かんとするものである.従って、理論的背景として「組織論」・「戦略論」等の経営学と、「設計論」「人工知能論」等の工学に立脚して初めて実現可能な学際的研究分野である.

 また今日の企業運営は、好むと好まざるとを問わず、企業規模が拡大するにつれ管理、設計、製造、営業、事務等殆どの業務においてコンピュータを利用せざるをえない状況にある.即ち、企業の現場は自然科学系の業務、社会科学系の業務という区分は既になく、全ての社員が情報技術を道具として受け入れていかなければならない状況にある.これまでの情報技術導入の成果は次の3点に集約される.先ず第1に「事務の合理化」、第2に「業務効率の向上」、第3に「省力化」である.これに対し筆者らは、情報技術導入の本質的意義(目的)は、機械化により人々の作業時間を節約し、創造的な仕事に時間を使えるようにすることと考えている.この視点に立ち最近話題の「リエンジニアリング」について考察を加えてみると、情報技術の積極的導入により企業組織の改革、業務プロセスの変革を説いているものの、その基本的理念は従前の3つの成果を中心に構成されており、より人間的で創造的な仕事をする時間を生みだすためにという思考法とは大きく異なるものと言えよう.今後はより一層後者の視点に立脚した情報技術の活用が望まれると考えると共に、情報技術に関する研究は今後益々他の領域との敷居を低めていくと予想される.

3.1エンタープライズモデル

 エンタープライズモデル(Enterprise Motel)は、企業内のプロセスを環境(市場)との関係においてとらえたものである.企業はマネジメントとスタッフ(ノン・マネジメント)から構成する.マネジメントの最重要任務としてビジョン及び経営戦略の構築等がある.その際、マネジメントが採用すべき経営戦略の立案方式は、市場分析をして長期経営計画を立案し運営するという「分析型」ではなく、行動してから検証するという「プロセス型」戦略であることが必要になる.スタッフは戦略を実現する実働部隊要員として機能することから構成されるものである.

3.2企業情報構造モデル

 企業情報構造モデルは三層から構成される.最上層は「業務構造」を示し、社長室、人事、企画等の管理部門及び主要な銀行業務である融資、債券、株式等の資金運用業務と預金等の受信を扱う資金調達業務を各業務毎に独立して自律的に運営する「エキスパートシステム」の集合体の層である.中間層は「人の構造」を示し、「人」を主体とした基盤組織の層である,最下層は「情報システム構造」を示し、財務会計等を扱う「経営情報システム」の層である.この情報システム層は中間層と常に同一の構造を有する.即ち、各成員に必ず1セットのB/S、P/L、DLT、ALMが対応している.これにより、個人別管理が可能になる.本システムはエキスパートシステムの層及び人の層をKAUS[4][5](Knowledge Accuisition and Utilization System)により構築し、情報システムの層を表計算ソフトを用いて作成している.また、表計算ソフトの制御はKAUS側にて行っている.

4.今後の展望

 本研究は銀行の組織構造設計を例にとり実験システムを構築した.このことは銀行のみを適用対象とするものではなく1つの例である.理論研究への貢献としては、組織学的現象の根底にある基本的な動的原理(メカニズム)の抽出、企業間競争(競合)のメカニズムの解明、この動的原理を計算機上に再現して従来の組織理論では達成できない種々の実験的な操作やテストを通じて自己組織化能力の探求をはじめとし、複雑適応系の研究に優れた方式であると考える.また超並列計算機の資源管理方式、ナノテクノロジーの制御系等への応用が期待できる.同じ複雑適応系の領域の研究である「人工生命」は未だ工学的な観点からはその価値が見極めがつかない状況にあることを考えると自律型企業システムに対する大いなる期待が高まるものと思料する.

2.本研究の方法

 本研究では、設計の対象となる現行の組織をそのまま初期モデル(primary motel)としてシステムに入力し、上述のプロセスをシミュレートする.そして、得られた結果に基づき初期モデルの構造を変更する.この意味で、組織の再設計支援という方がより適切かと思う.できあがったモデルを局面モデル(aspect motel)とする.このモデルをそのまま初期モデルとして次回のシミュレーションを実行する.このサイクルを繰り返すことにより、ほぼ常に外部環境の変化に適応した組織構造が実現されるのである.

 本研究では初期モデルとして銀行を例として用いている.その理由は、先ず第1に金融業界が最もコンピュータの活用が進んだ産業であること.第2に、市場変化がめまぐるしく、競争が激しいこと.第3に、Alの導入にかねてより積極的であることがあげられる.

3.本研究及びシステムの特徴

 企業組織設計の支援システムは、エンタープライズモデル、企業情報モデル、組織構造モデルに基づいて構築され、シミュレーションを実行する.このシミュレーションは、組織の構造を取り扱うことに主眼があるが、同時に構造変更の原因となる実際のビジネス(=取引)の実行もシステム内で自律的に遂行し、自ら管理すること及び組織構造変更と同時に新体制にあったデータを提供できるように情報システムを改訂するための要求生成を実現させに大きな特徴がある.

 即ち、外部環境情報としての市場データを読み込んで自らの担当する業務に関する意思決定を自律的にを行うエキスパート・システムパートと、実際の企業が有する情報システムと同じく、各種財務諸表を作成する機能である財務会計システム、ビジネスリスクを管理する資産負債総合管理システム、組織の構造及び構成員に関するデータを格納する人事データベースを設計システム内に一体化したことである.この情報システムに格納されたデータは企業の外部環境を投影したものであるので、現行の組織構造と外部環境の変化から生じた不整合(組織-環境ギャップ)を発見する基礎資料となる.発見された組織構造と外部環境の不整合を、自社内に保有する資源(=人、資金)の組み替えを通じて自らの構造(組織、情報システム)を変え(=企業組織設計)、内部環境と外部環境の同定を図り、環境との適応を達成しようとするものである.また、従来からある設計支援システムと大きく異なる点は、先ず第1に設計の完了という概念が存在しないことである.それは、本研究が航空機、自動車等の有体物ではなく「企業組織」という無体物をその設計対象とするためである.企業は"going concern(継続企業)"と表現されるように、原則として永遠に存在するものと仮定されており、倒産、解散、合併等の特殊な事態が到来しないかぎり終了することがないからである.従って、それを対象とする設計支援システムも"going design system"たる性格を有することが要求されるのである.第2に、通常、基本設計を完了した後、シミュレータにかけデータを収集し、設計の修正、変更をの操作を別途行うが、本システムはそのプロセスが当初より一体となって稼働している点にある.

審査要旨

 経営学修士牛島正晴提出の論文は、「企業組織設計の計算機による支援に関する研究」と題し、7章からなっている.

 企業組織の設計は、近年リストラクチャリング、リエンジニアリング等の進展によりその重要性があらためて認識されている.これまで組織設計は、主に経営学等の社会科学系の分野において研究されてきており、工学研究の対象としてあまり意識されてこなかった.しかしながら、今日の企業活動は情報技術の利用なくしてその運営を行うことが困難な状況に迄至っている.とりわけ銀行等の金融機関においては、その傾向は顕著である.本研究はその銀行業を例として用い、此れ迄の経営学における研究成果を踏まえた上で、人工知能等の情報技術、及び設計論等に基づき工学として組織の設計を実行しようとするものである.

 第1章は、序論であり、本研究の動機・目的と従来研究の動向及び問題点を述べ、本研究の位置付けを明らかにしている.

 第2章では、従来より組織をその研究対象としてきた経営学におけるこれまでの研究成果を概観し、本研究の背景となる企業組織についてまとめ、次いで、組織設計の特性として、自動車・航空機の設計と異なり組織設計の専門家が存在していないこと、及び、その設計対象が組織という無体物であることを述べている.また、これまで勘と経験のみにより構築されてきた企業組織を情報技術の支援の下、工学上の設計の1分野として実現しようとすることを主張している.

 第3章では、企業組織設計支援システム構築の基礎となっているエンタープライズモデル及び企業情報構造モデルを提示している.エンタープライズモデルは企業を取り巻く環境としての市場経済と、企業内の経営者及び従業員の役割、組織、そして情報システムを含み、組織構造の変革に伴い同期的に情報システムを改訂させるための要求仕様を生成する方式までをも含んだモデルであり、設計対象の全体像を与えるものである.このモデルは、銀行業等の金融機関のみならず、営利企業が基本的に有している、或いは備えるべき要素を含んでいるものであり、流通業、製造業等の事業会社にも適用可能なモデルである.企業情報構造モデルは、エンタープライズモデルの内、組織と情報システムの関係性を3層の構造にて表現している.本章では、各構成員に対する人事評価及びチーム単位での評価の方式について述べ、その結果により組織構造を変更させ、もって環境の変化に適応させる方式についても詳述している.このプロセスは創発的であり、且つこのプロセスが機械学習における強化学習の枠組みをも満たすものであることを論じ、当方式が組織の設計に最も適していることを主張している.

 第4章では、企業組織設計の具体例として、シミュレーションを実行する前提としての組織モデルについて記述し、併せて、シミュレーションのプロセスについても述べている.構造変換のプロセスは、部分の構造変化を通じて最終的に全体構造に影響させようとするもので、この流れは創発的挙動を示している.これにより人的、資金的資源の再配置を行い、組織構造を伸縮させ、環境の変化に速やかに対応し、結果としてより良い組織効率の向上を達成する組織の設計を行うプロセス全般を論じている.

 第5章では、シミュレーション結果の分析と評価を行い、構造変更を加えることにより収益構造をも改善させることが可能であることが証明された.さらに構造変換の課程で、新たな組織が細胞分裂して組成されることも確認できた.

 第6章では、組織構造が変革した際に同期的に情報システムをも変更させるための要求仕様生成方式について論じる.先ず業務に注目し、業務知識データベースの構築を行い、既存の人事データ、組織構造データと組み合わせることにより変更要求仕様を生成する方式についての提案を行っている.基礎的な提案ではあるが、金融機関の業務特性を把握した提案として注目される.

 第7章では、結論として本研究を総括し、将来への展望が述べられている.

 以上を要するに本研究は、企業内の各業務をエキスパートシステムにより支援、ないしは代替させることを想定して、各構成員の達成した業績と、集団としてのチームが達成した業績双方を用いて評価を行い、組織構造を変更(=再設計)することを通じて、より一層高い企業トータルとしての業績をあげようとするものである.このプロセスは企業組織が環境との不整合部分を修正しながら進化していく学習課程として、また、複雑適応系の特性である創発性をも含んだ新しい形の設計支援システム/シミュレーターとして構築されている.本研究は、工学の範囲を拡大し社会科学の研究分野に対して情報技術を適用する具体的な方式と、新しい形のシステムの枠組みを提供するものであり、知識工学及び経営学両分野に亘って貢献するところが大きい.よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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