経営学修士牛島正晴提出の論文は、「企業組織設計の計算機による支援に関する研究」と題し、7章からなっている. 企業組織の設計は、近年リストラクチャリング、リエンジニアリング等の進展によりその重要性があらためて認識されている.これまで組織設計は、主に経営学等の社会科学系の分野において研究されてきており、工学研究の対象としてあまり意識されてこなかった.しかしながら、今日の企業活動は情報技術の利用なくしてその運営を行うことが困難な状況に迄至っている.とりわけ銀行等の金融機関においては、その傾向は顕著である.本研究はその銀行業を例として用い、此れ迄の経営学における研究成果を踏まえた上で、人工知能等の情報技術、及び設計論等に基づき工学として組織の設計を実行しようとするものである. 第1章は、序論であり、本研究の動機・目的と従来研究の動向及び問題点を述べ、本研究の位置付けを明らかにしている. 第2章では、従来より組織をその研究対象としてきた経営学におけるこれまでの研究成果を概観し、本研究の背景となる企業組織についてまとめ、次いで、組織設計の特性として、自動車・航空機の設計と異なり組織設計の専門家が存在していないこと、及び、その設計対象が組織という無体物であることを述べている.また、これまで勘と経験のみにより構築されてきた企業組織を情報技術の支援の下、工学上の設計の1分野として実現しようとすることを主張している. 第3章では、企業組織設計支援システム構築の基礎となっているエンタープライズモデル及び企業情報構造モデルを提示している.エンタープライズモデルは企業を取り巻く環境としての市場経済と、企業内の経営者及び従業員の役割、組織、そして情報システムを含み、組織構造の変革に伴い同期的に情報システムを改訂させるための要求仕様を生成する方式までをも含んだモデルであり、設計対象の全体像を与えるものである.このモデルは、銀行業等の金融機関のみならず、営利企業が基本的に有している、或いは備えるべき要素を含んでいるものであり、流通業、製造業等の事業会社にも適用可能なモデルである.企業情報構造モデルは、エンタープライズモデルの内、組織と情報システムの関係性を3層の構造にて表現している.本章では、各構成員に対する人事評価及びチーム単位での評価の方式について述べ、その結果により組織構造を変更させ、もって環境の変化に適応させる方式についても詳述している.このプロセスは創発的であり、且つこのプロセスが機械学習における強化学習の枠組みをも満たすものであることを論じ、当方式が組織の設計に最も適していることを主張している. 第4章では、企業組織設計の具体例として、シミュレーションを実行する前提としての組織モデルについて記述し、併せて、シミュレーションのプロセスについても述べている.構造変換のプロセスは、部分の構造変化を通じて最終的に全体構造に影響させようとするもので、この流れは創発的挙動を示している.これにより人的、資金的資源の再配置を行い、組織構造を伸縮させ、環境の変化に速やかに対応し、結果としてより良い組織効率の向上を達成する組織の設計を行うプロセス全般を論じている. 第5章では、シミュレーション結果の分析と評価を行い、構造変更を加えることにより収益構造をも改善させることが可能であることが証明された.さらに構造変換の課程で、新たな組織が細胞分裂して組成されることも確認できた. 第6章では、組織構造が変革した際に同期的に情報システムをも変更させるための要求仕様生成方式について論じる.先ず業務に注目し、業務知識データベースの構築を行い、既存の人事データ、組織構造データと組み合わせることにより変更要求仕様を生成する方式についての提案を行っている.基礎的な提案ではあるが、金融機関の業務特性を把握した提案として注目される. 第7章では、結論として本研究を総括し、将来への展望が述べられている. 以上を要するに本研究は、企業内の各業務をエキスパートシステムにより支援、ないしは代替させることを想定して、各構成員の達成した業績と、集団としてのチームが達成した業績双方を用いて評価を行い、組織構造を変更(=再設計)することを通じて、より一層高い企業トータルとしての業績をあげようとするものである.このプロセスは企業組織が環境との不整合部分を修正しながら進化していく学習課程として、また、複雑適応系の特性である創発性をも含んだ新しい形の設計支援システム/シミュレーターとして構築されている.本研究は、工学の範囲を拡大し社会科学の研究分野に対して情報技術を適用する具体的な方式と、新しい形のシステムの枠組みを提供するものであり、知識工学及び経営学両分野に亘って貢献するところが大きい.よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |