学位論文要旨



No 111225
著者(漢字) 小方,孝
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,タカシ
標題(和) 物語生成 : 物語のための技法と戦略に基づくアプローチ
標題(洋)
報告番号 111225
報告番号 甲11225
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3469号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 村上,陽一郎
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 助教授 Ward,Nigel G
内容要旨

 計算機技術の進歩はこれまで社会やビジネスの運営に甚大な影響を与えて来たが、今後21世紀にかけて、計算機技術を中心とする情報技術に基盤を置く社会の知能化やネットワーク化がますます加速されるものと予想される。その際重要になるのは、情報技術が人間にとって協調的に機能することであり、結局のところ、情報技術を媒介として人々の様々な領域における多様な能力の開花がより容易になることが望まれる。このようなマクロな見地から見れば、情報技術とは人類の文明を新たな段階に押し進めるための最も重要な社会的・文化的資本の一つであると言える。

 このような情報技術の一翼を担う知識情報処理もしくは人工知能は、特にソフトウェア技術の進展にとって不可欠の研究領域であり、これまで専門家の発見的知識の表現と獲得、自然言語の理解等を初めとするタスクにおいて多くの成果を挙げて来た。さらに現在では、人間との自然なインタフェース装置としての計算機、人間の感性的側面を支援する装置としての計算機、人間の創造的活動のツールとしての計算機等、広い意味での知識情報処理の文脈の中で、計算機の新しい役割が期待されまた要求されている。こうした計算機の新しい役割をめざす研究は、伝統的な人工知能の他にもヒューマン・コンピュータ・インタラクション、マルチメディア、CSCW、発想・創造活動支援等の領域でさかんに行われている。

 以上のような背景を踏まえて、本研究では、人間の創造性の増幅、感性的要因を考慮した人間と計算機との自然なコミュニケーションの達成という大きな目標のもとに、人間の文化において普遍的に見られる物語に着目し、物語生成能力を計算機に付与するための基本的方法を提案することによって、上述のような知識情報処理の未来の方向をめざす上での一アプローチを示そうということを研究における主要な動機としている。実際、物語は長い年月に渡り、あらゆる民族において、人々の感情や習俗や様々な知識を蓄積・保存・伝達するためのいわば文化のソフトウェアとも言うべき役割を果して来た。そして、こうした物語が持つ構造や機能を解明するための数多くの研究が行われて来た。本研究では、計算機による物語生成という観点から物語にアプローチすることを試みる。

 物語や人間の物語生成能力が持つ特徴的機能としては、人間にカタルシスないし感動を与える美的表出機能、断片的思考の整序による意味生成機能、抽象的思考を具体的に表現したりいわば情を通じた知の伝達を行う感性的表出機能、仮想世界でのシミュレーションを行う仮想現実的機能などがある。以前から、物語あるいは人間の物語生成能力が持つこうした特徴的機能に着目し、計算機による物語生成とその多面的な社会的応用に関する基礎的研究を続けて来た。物語が持つこれらの特徴を有効に活用しまた実現するシステムを、上記のような今後の計算機技術に求められる諸要求を実現するための一つの核技術として利用することができると考えたからである。例えば、自然言語インタフェース、マルチメディアインタフェース、知的教育システム、ゲーミング&シミュレーション、意思決定支援、テクスト作成支援、シナリオや広告作成支援、発想・創造活動支援、インタラクティブなゲーム・映画・ドラマ等の娯楽及び芸術システム、電子出版システム等様々なアプリケーションにおいて、物語生成技術の果たす役割は極めて大きいこと予想される。

 本論文では、上述のような背景とビジョンのもとに、小説や民話を対象とした人間の物語生成のための知識の分析と整理に基づいて、計算機による物語生成のための基本的方法論を提唱し、これに基づく試作システムを実現することによってその有効性を検証することを目的とする。さらに、物語生成システムの、創造的活動の支援やヒューマンインタフェース等諸種の応用領域への適用可能性について考察し、特にマーケティング/広告分野への具体的応用システムを提唱することによって、今後の展開に対する一方針を示す。特に物語生成の方法論としては、将来的に様々な創造的応用システムに適用可能なものとなるように、意味的な結束性を保持した物語を柔軟・多様に生成できる汎用的で拡張可能性を持った基本的枠組みを開発することを本論文における重要な検討項目としている。

 これまで、人工知能分野での物語分析や談話分析の研究の流れの中で、物語の意味構造のための知識表現や談話の結束性のための理論が提唱されて来ている。本研究では、これらの既存研究を参考とし、さらに実際の物語作品の構造的分析に基づいて、物語生成にとって必要になる知識や理論を物語木としての物語の生成という過程の中に統合的に組み込むことができる物語生成のための基本的な枠組みを提唱する。この枠組みにおいては、物語の生成とは物語木の拡張ないし変形操作に対応し、これらの操作のための機構が方法論の中心を成す。本研究では、物語木を部分的に拡張あるいは変形して行くための手続き型知識とその使用を制御するためのルール型知識の二種類の知識構造に基づいてこのような機構を実現している。このうち、前者の手続き型知識のことを物語技法と呼び、後者のルール型知識のことを物語戦略と呼ぶ。物語技法の処理に当たっては物語のための概念その他の諸知識を格納する知識ベースが必要とされる。本論文では、このような方法によって、断片的情報からの多様な物語生成を柔軟に実現でき、諸種の応用システムに適用可能な物語生成の汎用的方法を提唱した。

 本論文の主要な成果は次の通りである。

(1)物語生成システムの基礎的枠組みの構築

 物語技法、物語戦略、概念と物語型知識のための知識ベースから成る物語生成の基礎的枠組みを構築した。個々の物語技法は、概念どうしの局所的関係、物語のマクロ構造、その他より高度な修辞的方法を利用して物語木を拡張ないしは変形する断片的手続きとして定義される。物語木の中のどの節点を現在の物語技法適用点とするかは生成の戦略によって決定され、予め一定の方向での物語木の更新が義務付けられていることはない。また、現在生成途上の物語におけるいかなる資源を物語生成に利用するかも自由である。このようなことから、この枠組みは多様な物語生成を柔軟に遂行できるという特徴を持っており、物語生成の実験例において、一つの入力事象から複数のストーリー及びプロットが容易に展開できる様子を示した。

(2)物語生成システムの応用的可能性の実証

 比較的プリミティブなレベルの物語技法は、どのようなタイプの物語生成にとっても共通に必要とされる一般的手続きを定義しているが、様々なタイプの物語生成向けにカスタマイズすることができることを示した。そのためには、物語戦略による制御方法、知識ベースの構成や構成要素の変更・追加、物語技法のスキーマ化等が必要である。実際、マーケティング/広告統合支援システムの主要部分として物語生成システムを利用するに当たって、この方法によってCM型物語を生成できることを示した。この実験では、基本システムで使用された物語技法に加え、CMの分析によって明らかになった特有の語りのスキーマ等を物語技法として追加することによって、CM型物語の構造を作り出せることを示した。これによって、将来の様々な領域への応用の可能性があることが明らかになった。

(3)物語分析に基づく物語生成過程の知識の整理

 物語生成システムの基礎的枠組みの構築に当たって、実際の短編小説の構造的分析を行った。その結果、物語には、時間軸に沿った事象の展開、テクストの構成に沿った事象の展開という二つのレベルのマクロレベルの事象展開が存在することがはっきりした。ここでは、前者をストーリーと呼び後者をプロットと呼んだ。そして、物語の概念構造の生成過程の中心として、ストーリー生成とプロット生成を位置付けた。さらに、対象物語のストーリーとプロットを物語木の形に構成することによって、物語の連接関係のために利用される知識単位を整理した。もう一つ、物語論に基づく民話のマクロ構造の分析を行ったが、その結果、そこで抽出された物語関係や複合物語関係が民話のみならず一般的に多くの物語で使用される知識構造であることが明らかになった。さらに、マーケティング/広告統合支援システムのためにテレビCMの構造分析を行い、多くのCMが物語構造を持つこと、CMには特有の語りの手順すなわち語りのスキーマが存在することを明らかにした。物語分析の結果獲得されたこれらの諸知識は、上述の物語生成システム及び応用システムにおいて利用されている。

審査要旨

 修士(経営システム科学)小方孝提出の論文は、「物語生成-物語のための技法と戦略に基づくアプローチ」と題し、9章から成る。

 情報技術の進展にともない、コンピュータの果たすべき役割は、大きく変わろうとしている。従来、人間の知的活動のごく一部を肩代りするだけであったコンピュータは、人間の情緒や感性に関わる領域においても、なんらかの役割を果たすことができるのではないかと期待されるようになってきた。本論文は、ヒューマンインタフェースの高度化、感性情報処理、各種創造活動支援等への応用を念頭に、新しい知識情報処理のひとつの領域として、物語生成のシステムを提案するものである。

 第1章は序論であり、研究の背景、目的、概要、および論文の構成について述べている。

 第2章では、まず現在の知識情報処理をめぐる諸問題とその解決をめざして行なわれている新しい研究動向を整理している。そして、人間の物語生成能力に着目した-アプローチを提唱し、それを知識情報処理研究の流れの中に位置付けることによって、本研究の意義を示している。さらに、物語がもつ特有の情報特性やそれと新しい知識情報処理との関連が議論されている。

 第3章では、本研究の関係する学際的な研究領域の過去から最近に至る研究成果を網羅的に調査している。特に、物語生成システムの理論的・技術的背景をなす人工知能や認知科学における、物語文法、物語分析、物語生成、談話分析、自然言語生成等の、物語研究および談話研究について詳述している。さらに、それらの関連研究と本研究との関係や相違について整理している。

 第4章では、まず現実の小説作品を対象に、物語の構造的分析を試み、計算機による物語生成にとって必要な知識を抽出・検討している。この分析では、物語を木として表現し、物語のテクストそのものが持つ物語木と物語によって記述される世界を表現する物語木を区別している。ここで、物語を概念的なレベルで考えた場合、一種の構造的階層性が存在していることが明らかにされる。さらに、もうひとつの分析として、物語論に基づいた物語の典型的なパタンを表現するマクロ構造の分析を行なっている。

 第5章では、理論および物語分析の結果に基づいて、計算機処理の観点から物語生成過程を考察している。そして、物語のための技法と戦略というふたつの概念に基づく物語生成の方法論を提案し、物語技法のタイプと物語戦略に使用されるパラメタの種類を整理している。

 第6章では、5章で提案した方法論に基づく実験システムを開発し、その実験・評価を行なった結果について述べている。システムを構成する知識ベース、物語技法、物語戦略が詳述され、システムの使用例が示されている。

 第7章は、物語生成システムの応用について論じている。ヒューマンインタフェースの新しいありかたや創造活動支援の方法などの観点から、物語創作ツール、物語表現メディアなどとしての、物語生成システムのさまざまな応用可能性を論じている。

 第8章では、物語生成システムをマーケティングおよび広告創作の領域において応用した結果を述べている。実際に企業の現場の専門家と議論しながら実験を行なうことにより、物語生成システムの有用性が示されている。

 第9章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。

 以上を要するに、本論文は、物語に着目し、その構造を分析し、コンピュータによる物語生成の技法を提案し、さらに応用システムの有用性を示したものであり、情報工学と物語理論の学際的な領域において、工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54464