学位論文要旨



No 111227
著者(漢字) 高田,昌之
著者(英字)
著者(カナ) タカタ,マサユキ
標題(和) 知識ベース・システムの実時間制御への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111227
報告番号 甲11227
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3471号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 田邊,徹
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 本研究では知識ベース・システムを実時間制御問題に応用するための諸問題を取り扱う。この研究では、実時間制御の目的にはとかく敬遠されがちな知識ベース・システムの持つ様々な利点を、切実に必要としている問題が現実に存在していることに注目し、このような問題領域に対応できる知識システムの構築を目指す。

 知識ベース・システムが実時間制御に忌避される理由としては、推論の実現が主に探索などによって行なわれるため、その処理に必要な時間の予測が困難になることなどが挙げられる。しかしその一方で、惑星間探査プローブなど未知の状況に適応する必要のあるシステムや、自律型生産制御システムなど対象とする状態空間が既知ではあるがあまりに広過ぎて、事前に全ての状態に対する対処法を準備できないケースなどが存在する。これらの問題に対処するには、知識をルールの形で蓄え、状況に応じて適切と判断されるルール群を用いた推論を行ないながら、システム全体を制御していく能力が必要とされる。この研究を通して、知識ベース・システムを利用することにより、巨大で複雑な環境やプログラム作成時には詳細に知ることのできない新しい環境の中で、与えられた目的に合致した制御を行なう可能性を探る。

 本研究において、「実時間」とは制御対象の変化速度によって規定される時間内に、与えられた問題の解を得られること、もしくは解が見つけられないという結論を確定できることと定義する。現状では知識ベース・システムの問題解決に要する処理時間を保証することが困難であるため、知識ベース・システムをフィードバック・ループに組み込むことはせずに、状況を解析して人間に示唆を与える自動診断システムに応用することが行なわれてきた。知識を利用するシステムの解くべき問題はその内容によって、分析型の問題と合成型の問題とに大きく分類することができるが、今までの知識ベース・システムの対象とする領域としては分析型の問題がほとんどであった。一方の合成型の問題には設計、制御、スケジューリングなどが含まれるが、これらを目的とする知識ベース・システムを利用した問題解決システムはあまり実現されることがなかった。

 知識システムを制御などの合成型の問題に応用するためには、その場面で適用可能なオペレータ群の中からあるオペレータを選択して適用した場合、それがどのような効果と副作用をもたらすかを予測し、その結果にしたがって適切なオペレータを採用する必要がある。このため合成型の問題を解決するシステムは必然的にシミュレーションを伴い、実時間性が要求される場合には将来の予測を実際の現象が生起する時間以内で行なえなければならない。このような探索問題では一般的に組合せ爆発の可能性をはらみ、探索空間を上手に制限することができるか否かがシステムの性能の鍵を握ることになる。ここに知識を階層化し、適切な場面で適切な知識を利用することによって探索空間を狭めていく能力が必要とされる。このような目的には手続き的な記述よりも述語的な記述の方が適切であると考えられ、知識ベース・システム利用の必要性が発生する。

 本研究では、知識ベース・システムに基づく実時間制御システムを実現し、このシステムの上で実際に問題解決を行なうことによって、どのような知識が、特に知識の用い方に関する知識であるメタ知識について、どのようなものが有効であるかを示すことを主眼とする。同時にこの知見から実時間処理に不可欠な、あるいは有効なメタ述語を考え、その設計と実現を行なうことを目的とする。

 これらの目的を達成するため、現存する実時間で知識処理を行なうシステム、および実時間での問題解決を必要とする問題の分析を行ない、このような問題領域に適用可能な実時間問題解決システムがどのような仕様を持たなければならないかを考察した。

 ・推論(探索)の過程を充分制御できること

 メタ述語が利用できることが必要である。このため処理系が基礎とする論理体系がMulti Layered Logicであり、集合論に基づいた推論が可能であることが必要となる。

 ・プログラム・レベルで実時間性を記述できること

 メタ述語に時間を引数とする述語がなければならない。例えば、ある問題解決に要する時間が指定時間を超過したら、その問題の解決を放棄することができる必要がある。

 ・知識の階層性を活かしたプログラミングができること

 多くのメタ・レベルの階層におけるプログラミングが、整理された形でわかりやすく行なえなければならない。またシステムがこのような情報を利用して、推論とオブジェクトのメタ・レベルに相応しい振る舞いをすることが要求される。

 ・探索に用いる知識を切替えたり、編集できる能力を与えられること

 推論時の環境に応じて、推論に用いる知識の選択や、推論システムが保持する知識の再構成が、よりメタな知識などによって行なえることが必要である。

 このような要求仕様を踏まえ、また探索演算における探索空間と時間計算量に関する定量的な議論を行なった後、実時間推論制御処理系RRCSのプロトタイプを開発した。

 このシステムは多層論理MLLに基づく述語論理システムであり、集合の扱いや属性の継承が容易に行なわれるようにした。また、この他に

 ・探索の方法を指定する豊富なメタ述語を備え、

 ・一定の時間内での問題の解決、

 ・問題を解くために用いるルール群の指定、

 ・推論のメタ・レベルの特定によるbacktrack時のデータ回復の制御、

 などが行なえるようにした。さらに、知識ベースに与えられるすべてのルールを、実時間推論制御処理系が扱う一般のデータと同じ構造で実現することによって、ルール自体を知識によって操作編集できるような能力をも与え、将来の知識の自動獲得に至る可能性を実現できるようにした。

 さらにこのシステムの上でアプリケーションとしてOTVネットワークのスケジューリング・システムを開発し、試作した言語処理系がこのような問題の解決課程を表現するために必要最小限の機能を実現できているかどうかを確認するとともに、この過程を通して問題解決に有効と見られるメタ知識とはどのようなものかを考察した。

 OTV(Orbital Transfer Vehicle)とは、地球周回軌道に存在する燃料ステーションから燃料補給を受けて、人工衛星などを所定の軌道へ低コストで輸送するロケットのことである。複数の燃料ステーションと複数のOTVがある場合、その運用形態はネットワーク様になる。衛星などが低高度軌道に打ち上げられてから目標軌道へ達するまで、どのステーションを経由しどのOTVで輸送するかを決定するのがOTVネットワークのスケジューリング問題である。この問題は計画問題であるが、OTVが故障したり、ペイロードの低高度軌道投入時刻が天候の影響などの理由により変更される可能性があるため、フレキシブルな対応ができるように、実時間でスケジューリングを行ないながら運用できることが必要である。

 この問題の解決において、探索空間を狭めるために、メタ知識を用いた枝刈りと各種の探索の仕方を指定したメタ述語を用い、探索空間をうまく制御する事によって解の質をあまり低下させる事無く探索時間を減らす事が可能である事、その時に探索空間を減らすために用いるメタ知識が有効である事が実験できた。

 今後の課題としては以下のものがある。

 ・実時間推論制御処理系の改良

 ・状況の認識を行なうメタ知識の同定

 ・知識の自動獲得につながる状況の特徴抽出と抽象化

 ・戦略決定時に見られるメタ・メタ知識の同定とシステム組み込み

 今後とも引続き、これらに関する継続的な研究が必要であると考える。

審査要旨

 工学修士高田昌之提出の論文は「知識ベース・システムの実時間制御への応用に関する研究」と題し、8章からなっている。

 制御システムを多様な状況に柔軟に対応させるため、その問題解決機構を知識ベース・システムを用いて実現しようとすると、知識を組み合わせて推論によって解を求めようとする為に、起こり得る状況の可能性が爆発的に拡大し、制御対象の動作時間で規定された時間内に解を求める事は非常に困難になる。しかし現実に、宇宙探査機の制御のように未知の状況に対応しなければならないものや、生産システムの制御などのように状況が既知であっても状態数が多過ぎて対応が困難になる実時間制御問題が存在する。これらの問題を解決する為には、保有する知識を効率的に組み合わせ、柔軟な問題解決を与えられた時間の中で行なえる知識システムが必要であり、知識ベースを用いた柔軟な問題解決と、高速な動作が必要となる実時間制御とのトレード・オフをどのように取るかが重要な問題となる。

 第1章では、序論として本研究の動機・目的と現状の問題点を述べ、本研究の狙い・位置づけを明らかにしている。また、本研究では実時間の定義として、制御対象の動作速度によって決定される時間内に、解を求めるか解を求められないということを決定できること、としている。

 第2章では、実時間で制御を行なう知識システムの現状を詳説し、実際に実時間制御を必要とするアプリケーションの例を挙げてこれらに共通する特性を考察し、実時間制御問題に共通して見られる知識システムに対する要求仕様を論じている。ここでは問題解決システムが、backward chainingによる問題解決を行なえる能力を持つこと、このとき探索時間や問題解決過程そのものを制御できること、所有する知識の階層化やモジュール化が可能であること、システムを取り巻く環境の変化に対応できることを要求している。

 第3章では、知識を用いて問題解決を行なうシステムの現状を詳説し、どのような知識の表現方法が適切であるかを議論するとともに、実時間性を持たせる為に必須となる知識の記述能力に言及し、知識処理システムが共通して持つ要求仕様を論じている。ここにおいて第2章に挙げた要求項目に加えて、所有する知識の編集が可能であることを要求している。これと同時に、問題解決過程の制御を柔軟に行なう為には知識そのものをデータなどと同様に扱えることが望まれ、Multi Layered Logicに基づく論理系の上に推論システムを構築することが必要であると主張している。

 第4章では、実時間性を要する問題解決において、探索空間の縮小率とそれに要する時間計算量との定量的な議論が必要である事を述べたのち、メタ知識による探索空間の縮小が有効である事、どのようなメタ知識が有効であるかを論じている。ここでは探索空間の多様性を考慮して、一様な探索空間を仮定し、メタ知識を用いることによる探索空間の縮小と時間計算量の軽減とを比較している。この議論を通じて枝刈りの有効性が示されている。

 第5章では、実時間で問題解決を行なう制御用システムである実時間推論制御処理系RRCSの実現に関する議論になっている。この言語処理系はMulti Layered Logicに基づく述語論理システムとなっており、実時間性を持った記述を可能にする基本的な組み込み述語を備えている。また、推論の過程と扱うデータとにメタ・レベルの概念を導入してバック・トラック時のデータ回復を制御するとともに、知識を含むデータ全般に階層構造を導入して知識のグループを扱えるようにし、組み込まれた知識の動的な編集をも可能にしている。

 第6章では、実時間推論制御処理系の有効性を確認するためのアプリケーション・システムの実現、およびその実行結果が述べられている。例題としては、OTVネットワークと呼ばれる再利用が可能な軌道間宇宙機のスケジューリング問題を用い、目標は、各種の条件の下で作業の遅れを出さずに最も使用燃料の少ないスケジュールを策定するものである。この問題に対し、いろいろな知識を与えた条件下で同一の問題を解き、その結果の性能を比較しながら各種の探索戦略の評価およびメタ知識の効果の評価を行なっている。

 第7章では、本研究で得られた知見や試作システムの評価を行ない、今後の解決さるべき問題点を述べている。

 第8章では、結論として本研究を総括し、今後の展望を述べている。

 以上を要するに本研究は、実時間性を必要とするアプリケーションに対して利用することを目的として、推論に基づく問題解決システムに対する要求仕様を考察し、この仕様を満たす実時間推論処理系のプロトタイプをMulti Layered Logicに基づいて新たに設計・構築し、この処理系を実際のアプリケーションに現れる問題に対して適用して、その有効性を確認したものである。本研究は知識システムが、今まで適用しにくいとされていた分野に対しても有効である事を示したものであり、知識工学上貢献する所が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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