学位論文要旨



No 111228
著者(漢字) 土谷,茂久
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,シゲヒサ
標題(和) 情報技術によるメタレベル組織学習の支援 : ルースに結合された組織における組織学習
標題(洋)
報告番号 111228
報告番号 甲11228
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博学第3472号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 村上,陽一郎
 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 講師 高橋,琢二
 東京大学 助教授 高橋,伸夫
内容要旨

 今日の組織一般の最大の特質はそれがあいまいさ(ambiguity)の世界に存在していることである。だれも将来を正確に予測することはできない上,環境そのものが何の前触れもなく突然に変化するため,すべての組織が程度の差こそあれ,あいまいさに直面している。このため安定的な環境の下での合理的意思決定を前提とした伝統的経営理論の有効性の限界が強く認識されるに至った。

 あいまいさが支配的な環境の下では,組織は行動によって実験し,環境に関する知識を得ながら帰納的に戦略を形成するほかはない。経営戦略論の分野ではこのような考え方から,ミンツバーグ(H.Mintzberg)の「創発的戦略(emergent strategy)」に代表される,組織の主体的・認知的側面に焦点を当てたプロセス型の戦略論が展開されつつある。また経営組織論の分野でも,あいまいさが支配的であり変化が常態であるような状況下では組織も環境も絶えず変化することを前提としたプロセスとしての組織論が,ワイク(K.E.Weick)によって理論的な基礎を与えられ,展開されている。そしてそこでは伝統的な階層型の組織形態に代わるものとしてルースに結合された組織が注目されている。

 実社会においても,1980年代以降の米国企業の衰退と日本企業の繁栄を見て,それまで長い間主流を占めていた米国流の合理性を前提とした分析型経営戦略とタイトな組織の行き詰まりが指摘され,日本流の創発的経営戦略と集団主義的管理組織が関心を集めてきた。しかし,最近のわが国における長引く不況に日本の企業も戦略と組織の基本的な見直しを迫られており,ソニー,旭硝子等の一流大企業が相次いで社内分社制を採用するなど,ルースカプリング化の徹底をはかる動きが多く見られる。

 このように模索が続いており,この意味でプロセス型の戦略論と組織論は,未だ現代の経営学理論として完成はしていないものの,環境のあいまいさに対応するには「組織形態としてはルースな結合をとり,そのルースカプリングの長所を生かして創発的戦略を行うことが必要であり,そのためには組織文化(本論文でいう解釈枠組のモードと共約性)の改革が不可欠である」ということが共通認識として生まれつつあることは否定できない。

 そこで本論文では,あいまいさに対応するには(1)組織形態としてルースカプリングが必要であり,(2)経営戦略の策定と実施は組織的知識に基づいてなされ,その組織的知識の創造は組織の解釈枠組によって規定されていることから,(3)創発的戦略の問題はルースに結合された組織におけるメタレベル学習の問題としてとらえることができるという仮定のもとで,一般に困難とされているルースに結合された組織におけるメタレベル学習が情報技術の活用により可能であることを,私立大学の経営というケースに基づいて実証的に明らかにする。

 ルースに結合された組織は,環境に対する敏感な感応機構を内包する,多くの変革と斬新な解決策とを保持できる,行為者による自己決定の余地が大きい等の利点をもつので,伝統的なタイトに結合された組織よりも,長期的には組織的知識の創造により適した組織であるといえる。しかしながら現実には,ルースに結合された組織における組織的知識の創造は解釈枠組の共約性が低いため困難とされてきた。

 組織的知識は外部環境との相互作用を通じて創り出されるものである。したがって試行錯誤によって環境を積極的に探索する「創出(enacting)」モード(図表1)の解釈枠組を持つ組織は,継続的に新しい組織的知識を創り出す可能性が最も高いといえる。したがってそのようなモードの組織をいかにして実現するかが問題となる。しかし,解釈枠組と知識創造と決定・行動とはフィードバック・ループによって結びついておりこのループは既存の解釈枠組を強化する方向に働くところから,解釈枠組を変えるメタレベル学習は非常に困難である(図表2)。とりわけルースに結合された組織においては,学習のサイクルが不完全で個人学習が組織学習と結びつき難いところから,メタレベルの学習はきわめて難しくまた解釈枠組の共約性を高めることも著しく困難である。したがってその解釈枠組は,沈滞した「傍観」モードで共約性も乏しい状態に陥りがちである。

図表1 解釈枠組の4モード図表2 知識創造のモデル

 しかしながら,ルースに結合された組織においても,情報技術を活用することによってメタレベルの組織学習が可能であり,学習によって組織の解釈枠組が「創出」モードに進化するとともに,その共約性が高まると新しい組織的知識が次々と創り出されることが可能なはずである。

 このような問題意識の下に,ルースに結合された組織の典型である私立大学についてケーススタディを行った。B大学は20年もの長い沈滞のあと,最近5年間に例外的ともいえる高いパフォーマンスをあげるようになったのに対して,きわめて類似したケースのA大学は沈滞を続けている。A大学と対比し,B大学について5年間にわたり組織の内部から4つのフェーズからなるケーススタディを行った結果,すべてのフェーズにおいて,情報技術の活用が従来の解釈枠組の制約を克服した組織的知識創造を可能にし,その結果として知識創造モードに変化が生じ,これがきっかけになってメタレベルの学習が行われていることが明らかになった。そして情報技術の支援がなければ,B大学における解釈枠組のモードの進化も共約性の向上もありえなかったことも見いだされた(図表3)。そのプロセスは次の通りである。

 (1)組織学習の源泉は個人学習である。組織の解釈枠組のモードの進化は,その構成員のメタレベル学習を通じてもたらされる。

 (2)情報技術は次のように構成員の個人学習を支援する。すなわち,情報技術は組織を構成する個人の走査,意味読解,意味付与などを支援することによって,従来の解釈枠組にとらわれない知識の増幅と翻訳(異質な解釈枠組間の伝達)を可能にする。このようにして知識創造のフィードバック・ループが切断され構成員の知識創造モードが進化する。新しいモードでの思考から創り出される組織の諸活動に関連する知識は,決定・行動モードの進化をもたらす。そして新しいモードで行う意思決定や行動の結果を解釈することを通じて,構成員の解釈枠組のモードが高まる。また,新しい解釈枠組を持つことによって構成員の知識創造がさらに進展する。

 (3)そして情報技術は個人学習を通じて組織が学習することを支援する。構成員の持つ組織の諸活動に関連する知識は,共有され,そして正当化されて,初めて組織的知識となる。情報技術は,これらのプロセスを支援することによって,新しい知識創造モードで創り出された個人の知識が組織的知識になることを可能にする。この結果,組織的知識創造のループが断ち切られて,既存の解釈枠組の制約を超えた組織的知識創造が行われる。新しいモードでの組織的知識の創造は組織の決定・行動モードの変革をもたらし,そして新しいモードで行った意思決定や行動の結果を解釈することを通じて,組織の解釈枠組のモードが進化する。また,新しいモードの解釈枠組を持つことによって組織はこれまで見ることができなかった事象を知覚することができるようになり,組織的知識創造がさらに進展する。

 (4)また情報技術は相互学習を支援する。組織が構成員の個人学習を通じて学習する一方,組織の解釈枠組のモードの進化は構成員の解釈枠組のモードの進化をもたらして,個人と組織は相互に学習する。このような相互学習は組織および構成員の解釈枠組の共約性を高める。ここでも情報技術は,メタファや共有される場を提供し,情報の伝達を支援することによって相互学習を可能にする。

 (5)そしてその結果として共約牲が高まると,構成員が創り出す個人的知識が組織において容易に受け入れられるようになり,組織的知識の創造がさらに活発化する(図表4)。

図表3 B大学のメタレベル学習図表4 個人学習と組織学習

 以上のケーススタディの結果から,次のように結論づけることができよう。

 (1)情報技術の活用により,知識創造のフィードバック・ループを切断して,既存の解釈枠組の制約を克服した組織的知識を創り出すことが可能である。

 (2)このような組織的知識創造モードの進化をきっかけとして,ルースに結合された組織においても,メタレベルの組織学習が可能になる。

 (3)メタレベルの組織学習によって組織の解釈枠組を,分析を踏まえた「創出」モードにすることができる。

 (4)また情報技術の活用は,組織とその構成員との相互学習を可能にし,解釈枠組の共約性を高める。

 (5)このように,情報技術を活用することによって,あいまいさが支配的な現代社会の経営において必要とされる創発的戦略を行う組織,すなわち(1)組織の結合がルースで,(2)その解釈枠組のモードが「創出」であり,かつ(3)組織およびその構成員の解釈枠組の共約性が高い組織、を実現することができる。

 このケーススタディは私立大学の経営に関するものである。しかし,マーチ・コーエンらの意思決定論,ミンツバーグの戦略論,ワイクの組織論などの新しい経営理論は,いずれも大学という組織を研究することから生まれている。大学は,最も典型的なルースに結合された組織であること,伝統的な企業組織モデルを行き詰まらせた「あいまいさ」がそこでは顕著であること,さらに今日の私立大学は企業と同様にダイナミックな環境変化にさらされていることから,その分析結果は営利を目的とする企業にも適用が可能であるといえよう。

 また,上記の結論は,ルースに結合された組織一般,すなわち,個々の企業のみならず企業を構成要素とするネットワーク組織(企業グループ,フランチャイズ組織,チェーン店組織など)についても,適用可能と考えられる。

審査要旨

 本論文は,あいまいさが支配的な現代社会において必要とされる創発的戦略を行う組織の実現という問題を,ルースに結合された組織におけるメタレベル学習の問題としてとらえ,情報技術の活用によってこの問題の解決をはかることを目的とした研究をまとめたもので,5章から成る。第1章は序論,第2章から第4章までは本論であり,第5章に本論文の結論をまとめている。第2章では分析のフレームワークについて,第3章ではケーススタディとその分析について,第3章では情報技術による支援について述べている。

 第1章は序論であり,現状と問題点および関連する研究について概説し,本研究の方法と意義について述べている。環境のあいまいさに対応するには,組織の結合をルースにし創発的戦略を行うことが必要であるという共通認識が生まれつつあるものの,どのようにすればそれが可能なのかは理論上も実務的にもいまだ明らかでない,と述べている。

 第2章では,創発的戦略を行うルースに結合された組織を,情報技術の活用によって実現するために必要とされるフレームワークについて述べている。本章では,先行研究の結果を踏まえて,組織結合のあり方としてのルースカプリングはどのような属性を持つのか,組織的知識はどのように創り出されるのか,解釈枠組は組織的知識創造においてどのような働きをするのか,メタレベルの組織学習はどのように行われるのか,そして情報技術が組織学習をどのように支援できるのか,を順次明らかにしている。

 第3章では,最も典型的なルースに結合された組織であり,伝統的な企業組織モデルを行き詰まらせた「あいまいさ」が顕著である二つの私立大学について,ケーススタディと分析を行っている。数年前までのB大学は,解釈枠組の共約性がない単にバラバラという意味でのルースに結合された組織になっており,その解釈枠組はワイクの「傍観」モードであった。しかるに20年もの長い沈滞のあと,最近5年間に例外的ともいえる高いパフォーマンスをあげるようになった。この間に,B大学の解釈枠組は明らかに進化しており共約性も高まっている。そしてその組織の結合はいっそうルースになっている。これに対して,きわめて類似したケースのA大学は,空中権の売却による校舎建て替えという前例のない事業を推進した幹部が完成を前に解任されて,超高層校舎完成後も沈滞を続けている。B大学のケースは,大きな方向転換や変革を行うには組織の結合をタイトにすることが必要だとする従来の学説では説明できない,と述べている。

 第4章では,大学というルースに結合された組織とその構成員のメタレベル学習において,情報技術の活用が決定的な役割を果たしたことを明らかにしている。解釈枠組と知識創造と決定・行動とはフィードバック・ループによって結びついており,このループは既存の解釈枠組を強化する方向に働くところから,解釈枠組を変えるメタレベル学習は非常に困難である。しかし,B大学では異質な解釈枠組を取り込むことによって,組織の解釈枠組のモードが進化し共約性が高まった。このようなきわめて稀な成功をおさめることができたのは,情報技術の活用によってつくり出された広義の言語が共約不可能な解釈枠組の間の翻訳を可能にしたためである。すべてのフェーズにおいて,情報技術の活用が引き金となって知識創造のモードに変化が生じ,これがきっかけとなってメタレベルの学習が行われている。このような情報技術の支援がなければ,B大学における解釈枠組のモードの進化も共約性の向上もありえなかった,としている。

 第5章は本論の結論である。(1)情報技術の活用により,知識創造のフィードバック・ループを切断して,既存の解釈枠組の制約を克服した組織的知識を創り出すことが可能である。(2)このような組織的知識創造モードの進化をきっかけとして,ルースに結合された組織においても,メタレベルの組織学習が可能になる。(3)メタレベルの組織学習によって組織の解釈枠組を,分析を踏まえた「創出」モードにすることができる。(4)また情報技術の活用は,組織とその構成員との相互学習を可能にし,解釈枠組の共約性を高める。(5)このように,情報技術を活用することによって,あいまいさが支配的な現代社会の経営において必要とされる創発的戦略を行う組織,すなわち□組織の結合がルースで,□その解釈枠組のモードが「創出」であり,かつ□組織およびその構成員の解釈枠組の共約性が高い組織,を実現することができる,と述べている。

 本研究は情報技術と組織に関する学際的な研究であり,その成果は,ルースに結合された組織一般,すなわち,営利を目的とする企業にも,企業を構成要素とするネットワーク組織についても,適用可能と考えられる。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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