学位論文要旨



No 111231
著者(漢字) 廣田,幸逸
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタ,コウイツ
標題(和) pn半導体接触による溶媒識別
標題(洋)
報告番号 111231
報告番号 甲11231
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3475号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 氏平,祐輔
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 セラミックスにおける開界面ヘテロ接触系の二次元構造が、新規現象の探索に有効であることが様々の系で見い出されている。本研究では、pn半導体接触により相対する二種類の異種物質間の相互作用を利用して溶液中の分子やイオンを認識したり、成分濃度を定量するデバイスとしての応用の可能性を追求することを目的とした。これと並行して現象の原理や動作機構の解明を試み、これを考察した。

 p型半導体として酸化銅、n型半導体として酸化亜鉛を用いそれらを機械的に接触させてpnヘテロ開接合(pn半導体接触)を構成した。接触界面に交流電圧を印加して様々な溶液中での電流-電圧特性(I-V特性)を室温で測定し、このI-V曲線の形状評価によって分子やイオン種の識別、或いは成分濃度の測定を試みた。

 エタノール水溶液の測定では、エタノール濃度に依存した特徴的なI-V曲線を得た。このI-V曲線を評価することによりエタノール濃度を定量的に分析できることが示された。酢酸をふくむエタノール水溶液の測定でもI-V曲線がエタノール濃度や酢酸濃度に依存して顕著に変化した。こうしてエタノール/酢酸/水系でエタノール、酢酸および、水の三成分の濃度が選択的に同時に定量分析できることを見い出しこの方法を提案した。

 本論文はpn半導体接触による溶媒識別に関する基礎的な研究をまとめたものであり、以下のように13章と結言とから成る。

 第1章は「緒言」であり、ここでは研究の目的と意義を明確にした。

 第2章は「総論」であり、本研究に関するこれまでの経緯と背景を概論し、分子やイオンを識別する上で考慮すべき電気化学反応、およびpn半導体接触についての電気的特性と化学センサー機能について述べた。

 第3章は「金属酸化物半導体とpn半導体接触」であり、本研究に使用した金属酸化物半導体とpn半導体接触について記述した。

 第4章は「実験の方法」であり、本研究の全般にわたる実験方法を説明した。p型半導体としてp-CuO、n型半導体としてn-ZnOを用い、それらを機械的に接触させてpn半導体接触を形成した。この接触界面に交流電圧を印加して、さまざまな溶液中での電流-電圧特性を室温で測定し、この電流-電圧曲線の形状評価によって溶液中の分子種やイオン種の識別、あるいは成分濃度の定量分析を試みた。

 第5章は「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合によるエタノール水溶液の定量」であり、0〜99.5%のエタノール水溶液のI-V特性のヒステリシスの形状がエタノール濃度によって変化する様子が分かった。そこでエタノール濃度とヒステリシスの面積、ならびに-2V印加時の行きと帰りの電流値の輻(I-2V)とヒステリシスの行き帰りのY軸切片電流値の輻(I0)の比(I-2V/I0)の関係を求めた。エタノール濃度の増加に伴いヒステリシスの面積と比(I-2V/I0)の両方ともに全範囲で直線的に減少していくことが示された。したがって、これらのパラメーターを用いるとエタノール濃度が定量的に分析できることが明らかとなった。この方法により再現性よく簡単にエタノール水溶液濃度が定量分析できることを見い出した。また、50%エタノール水溶液のI-V特性をさまざまな周波数で測定したところ、より多くの情報が得られる50Hzでの測定がもっともふさわしいことが分かった。

 第6章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合によるエタノール水溶液中に含まれる酢酸分子の選択的識別」であり、さまざまな濃度の酢酸をふくむエタノール水溶液での、-4Vでの電流値(I-4V)、+4Vと-4Vでの電流値の比(I4V/I-4V)、逆方向電圧印加時のI-V特性の傾き(tan )、および順方向電圧印加時と逆方向電圧印加時のI-V特性の傾きの比(tan /tan )のエタノール濃度依存性ならびに、酢酸濃度依存性を調べるとそれらのパラメーターの対数はエタノール濃度や酢酸濃度の増加に対して直線的に変化しており、その傾きと切片がエタノール濃度や酢酸濃度に依存していることが分かった。これより酢酸濃度が既知であればエタノール濃度の推定が可能であり、同時にエタノール濃度が既知であれば酢酸濃度の推定が可能であることが示された。

 第7章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合によるエタノール/酢酸/水溶液中の三成分分子の同時定量」であり、0.003〜0.024%の酢酸をふくむ、20%ならびに40%エタノール水溶液での、逆方向電圧印加時のI-V特性の傾き(tan )、ならびに順方向電圧(順方向はp型に正のとき)印加時と逆方向電圧印加時のI-V特性の傾きの比(tan /tan )、(ともに電圧が0にもどる過程での値)の酢酸濃度依存性を調べた。I-V特性の傾き(tan )は、酢酸濃度が増加するほど大きくなり、他方エタノール濃度が増大するほど小さな値となる。みかけの整流性(tan /tan )は酢酸濃度が増加するほど、またエタノール濃度が増大するほど小さな値となる。すなわち、エタノール濃度が高く、酢酸濃度が低いほどI-V特性の整流性が向上することを示していることが分かった。これらの結果より、両者の測定結果から各成分濃度を推定するために傾き(tan )と整流性(tan /tan )の値を酢酸濃度とエタノール濃度の関数として表わすことにした。両者の測定結果から導かれる式(1)および式(2)を用いることにより酢酸濃度([AcOH])、エタノール濃度([EtOH])ならびに水濃度の各成分濃度の推定が可能であることを提案した。

 

 第8章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ間接合による焼酎にふくまれる酢酸の定量」であり、第6章で示されたエタノール/酢酸/水溶液中で、酢酸で滴定することにより酢酸濃度を定量することが可能であることを利用して、焼酎中の酢酸濃度の追跡を試みた結果、焼酎のようにさまざまな成分をふくんだ溶液中においても、この方法が応用可能であることが示された。

 第9章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合によるエタノール水溶液中に含まれるさまざまな酸、アルカリ、塩の識別定量」であり、20%エタノール水溶液に含まれる各種の酸、アルカリ、塩の測定の結果、含まれる成分種によってI-V特性の形状に特徴がみられ、これををさまざまなパラメーターで評価することにより、成分種を識別することが可能であることが示唆された。

 第10章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合による中和滴定」である。一つの溶液に第二の溶液を加えることによって反応が起こる場合、第一の液に含まれる反応物質を完全に反応し尽くすのに必要な第二の液の体積を求め得る。一方の液の中の反応物質の量または濃度が分かっていれば、相手の未知溶液に含まれる濃度または、量が算出できる。定量的に進む反応であって、反応の終点を正しく知ることのできる反応はすべて容量分析法に組み立てることができることからこれをpn半導体接触を用いて検討した。強酸-強塩基、弱酸-強塩基の両方の反応系でそれぞれの中和点(反応の終点)付近で、I-V特性の顕著な形状変化認められ、これを評価することにより終点を求めることが可能であることが明らかになった。

 第11章は、「交流インピーダンス測定による陽イオンの識別」であり、NaCl、KCl、NH4Clの三種類の分子識別をpn半導体接触を電極として使用して、交流インピーダンス測定をおこなうことにより検討した。周波数を変えて複素インピーダンスプロットをとると半円が得られ、この円弧の大きさは測定時に直流バイアスを重畳すると大きく変化した。インピーダンスの虚数部のリアクタンスの周波数依存性と感度は溶液の種類によって異なるので、これらを用いて溶液の種類を識別することができるようになり得ることが認められた。

 第12章は、「p-CuO/n-ZnOヘテロ開接合による分子識別機構とこれに影響を及ぼす因子」である。高湿度下の測定では、順方向バイアス下でのみ大きく電流値の増加が生じ、著しい整流性を示すようになるのに対し、電解質水溶液の測定では、順、および逆方向バイアス下で大きく電流値の増加、および減少が見られた。この逆方向バイアス下での電流値の減少は正方向バイアス下での溶媒分子の酸化還元反応ばかりではなく、化学反応産物の電気化学的反応によるものと思われる。以上のことからこの系が単に液体の物理的性質を測定しているだけではなく液体分子とp-CuOとn-ZnO間の化学的相互作用を伴って機能を発現しているものと提案した。

 第13章は、「総括」であり、本研究を要約し、得られた研究成果を総括した。雰囲気に依存して電気的性質が変化するセンサ材料の設計開発に、相異なる性質をもつ二種類の物質の界面を利用することが有効な手段であることを実験的に示した。現象の起こりうる場の形態は期待する新規現象に応じて決定されるべきものであるが、溶媒識別センサ材料としての新規機能の発現の場として、外界に対してオープン(開かれた)な界面であることを設計指針とし、相異なる性質のセラミックスの接触界面を用いている。金属酸化物半導体の組み合わせによるpn半導体接触は新規現象の探索に有効であること、また本実験で測定したI-V特性は二次元の情報であり、単なる電流値や抵抗値の測定などに比べて、得られるより多くの情報の分析は溶液中にふくまれる成分濃度の分析に有効であることが強く示唆された。

 「結言」では、「緒言」で述べた研究の目的と意義に対して、本論文を自己評価して終焉とした。

審査要旨

 本論文は、「pn半導体接触による溶媒識別」と題し、p型およびn型半導体セラミックスの接触体を用いて相対する二種類の異種物質間の相互作用を利用し、溶媒中の分子やイオンを識別するデバイスとしての可能性を追求することを目的として行った研究をまとめたものである。

 本論文は、全13章から構成される。第1章は序論であり、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章は総論であり、本研究の背景として、分子、イオンを識別する上で考慮すべき電気化学反応、およびpn接触における反応の特徴と問題点を提示している。

 第3章では、本研究で使用した材料である金属酸化物半導体とpn半導体接触についての電気的特性と化学センサー機能を概説している。

 第4章は、本研究の全般にわたる実験方法を示している。

 第5章は、エタノール水溶液のエタノール定量について調べた結果を述べている。まず、エタノール水溶液の電流(I)-電圧(V)特性を様々な周波数で測定し、50Hzでの測定が最も適切であることを示している。0〜99.5%のエタノール水溶液中のI-V特性のヒステリシスの形状を調べ、その形状がエタノール濃度によって変化する挙動を検討している。エタノール濃度を示すパラメータとして、ヒステリシスの面積、0Vと-2Vでの電流値の幅の比(I-2V/I0)を選び測定した結果、エタノール濃度の増加に伴い、ともに全範囲で直線的に減少していくことが示された。これより、この方法により再現性よく簡便にエタノール濃度を定量分析できることを明らかとした。

 第6章では、エタノール水溶液中の酢酸分子の識別について述べている。-4Vでの電流値(I-4V)、+4Vと-4Vでの電流値の比(I4V/I-4V)、逆方向(p型に負)電圧印加時のI-V特性の傾き(tan)、および順方向と逆方向の電圧印加時のI-V特性の傾きの比(tan /tan )の4つのパラメータを選び、それらの酢酸濃度とエタノール濃度依存性を調べている。その結果、それらのパラメータの対数は酢酸濃度の対数に対して直線的に変化し、その傾きと切片がエタノール濃度に依存することを見い出している。これよりエタノール濃度が既知であれば酢酸濃度の推定が可能であることを明らかにした。

 第7章では、エタノール/酢酸/水系での三成分同時定量を試みた結果を述べている。0.003〜0.024%の酢酸を含む20%と40%エタノール水溶液での、tan およびtan /tan それぞれの値を酢酸濃度とエタノール濃度の関数として表わした。この両式からエタノール濃度と酢酸濃度を測定値から求める式を導いている。求めた計算値は実験値と一致する事が確認され、これより各成分濃度を同時に定量分析できることを明らかにしている。

 第8章では、第6章で示された結果を用いて、日本酒中の酢酸濃度の追跡を試みた結果を述べている。日本酒のように様々な成分をふくんだ溶液中においても、この分析方法が応用可能であることが示され、従来の手法とは異なる方法で簡便に酢酸濃度すなわちエタノールの変質が感度良く測定可能であることを示唆している。

 第9章は、エタノール水溶液中に含まれる様々な酸、アルカリ、塩の識別性を調べた結果を述べている。性質の近い成分の識別は難しいが、I-V特性の著しい変化が見られることから成分種を識別することの可能性が示唆されている。

 第10章では、第9章の結果から中和適定を行う可能性について論じている。

 第11章では、交流インピーダンス測定により陽イオンの識別を試み、測定周波数を変えて測定することによりイオン種を識別できる可能性を示唆している。

 第12章では、分子識別機構について考察している。順方向バイアス下の電流は、主としてp-CuOから供給される正孔とn-ZnOから供給される電子による水成分の電気分解によること、また、逆方向バイアスでの電流は、溶媒中の分子の酸化還元反応ばかりではなく正方向バイアスでの化学反応産物の電気化学的反応によるものと考察している。この系が単に液体の物理的性質を測定しているだけではなく液体分子とp-CuOとn-ZnO間の化学的相互作用を伴って機能を発現していることを提案している。

 第13章は総括であり、得られた研究成果を要約し、結論を述べている。

 以上、本論文は、セラミックスヘテロ接触系の界面での電流-電圧特性の解析により、溶媒中の分子、イオンの識別が可能であることを示している。その研究成果は、界面電気物性の新しい知見を示しており、今後のセラミックスの材料科学の展開に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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