本論文は、放送メディアの中でも最近特に技術革新の波が押し寄せつつあるケーブルテレビとその周辺分野をめぐる著作権問題についての論究をまとめたものであって、全6章からねる。その構成は、第1章が序論、第2章から第5章までが本論、第6章が本論文の結論と今後の展望と課題となっている。 具体的な内容は以下のとおりである。 第1章の序論では、「ハードがいかに進歩しようと、ソフトがなければ全く機能しない」という基本的な立場から、ソフトウェアに関する著作権の正当な処理と著作者の権利保護が、情報通信技術の恩恵を受けつつある現代社会の重要な課題であると位置付け、今後主要な位置を占めることになるであろう放送メディアの著作権に関して問題を提起している。それは、ハードウェアの技術革新が著作物の利用形態を複雑にし、著作者の権利保護が十分になされないという状況が世界的に生まれつつあるからであり、またこの分野では未だそれほど多くの研究が積み重ねられていないからである。 第2章では、アメリカおよび日本におけるケーブルテレビの発展経緯を明らかにしている。1940年代末のアメリカにおいて、山間地などのテレビ難視聴対策としてはじめられたケーブルテレビ(当時はその機能の通り、Community Antenna Television、略してCATVと呼ばれていた)は、やがてテレビのチャンネル数の少ない中小都市における"モア・チャンネル"の要求に応えるため、遠隔地にある空中波テレビ局の放送波を区域外再送信するメディアとして普及することになった。この区域外再送信をめぐって著作権問題が発生することになるのである。ここでは、こうした著作権問題の発生の経緯と同時に、ケーブルテレビが産業として成長してきた推移を把握している。 第3章では、アメリカにおけるケーブルテレビをめぐる著作権問題を論じている。1950年代のアメリカのケーブルテレビは、空中波テレビ局に無断で区域外再送信を行っていた。かかる再送信は空中波テレビの著作権を侵害しているのではないかという議論がケーブルテレビをめぐる著作権問題の原点である。そして、アメリカにおけるケーブルテレビの著作権問題は、1960年代以降空中波テレビの再送信を軸に展開することになる。こうしたアメリカの経験を検討することは、放送メディアの技術的進歩に著作権法がいかに対応していくべきかを考えるうえできわめて重要である。 第4章では、日本におけるケーブルテレビをめぐる著作権問題を論じている。すなわち、日本においてもケーブルテレビによる空中波テレビの再送信に対する規制が行われてきた。ただし、日本の対応はアメリカの場合とは若干異なっているため、法の規制と実務の現状を通して、ケーブルテレビの著作権問題を考察している。 第5章では、ケーブルテレビをめぐる著作権問題に関する国際的ハーモナイゼーションの動向について検討している。ここではまず、著作権関係の国際条約においてケーブルテレビがどのように扱われているのかを考察し、次にWIPO(世界知的所有権機構)を中心とした国際機関によるケーブルテレビと著作権問題の検討について取り上げている。さらに、ケーブルテレビの著作権問題に対するEUの取り組みについて考察している。というのは、統合の進むヨーロッパでは、ケーブルテレビの著作権問題においても各国の足並みを揃えるためにEUによる様々な提案がなされているからである。 最後に第6章では、ケーブルテレビの発展に対応する今後の著作権法制の在り方について、以下の三点について考察を加えている。 まず第一は、衛星経由のケーブル送信をめぐる著作権問題である。最近では、ケーブルテレビ専門の番組供給事業者による独自のソフトが増加するにつれて、こうしたソフトを放送衛星あるいは通信衛星経由でケーブル送信するネットワークが構築されるに至っている。ケーブルテレビによる衛星経由の送信は、FSS(固定衛星)経由の場合とDBS(直接衛星)経由の場合との著作権上の解釈的相違に伴う問題や「国境を越えるテレビ」の著作権をめぐる諸問題をも内包しており、これらの点については、特にヨーロッパにおいて活発な議論がなされている。こうした議論の動向を踏まえながら、衛星を介したケーブル送信の今後の在るべき姿を探っている。 第二は、ケーブルテレビのフルサービス化に伴う著作権問題である。すなわち、まずフルサービス化によってビデオ・オン・ディマンドなどの双方向サービスが可能となった場合に、いかなる法的規定が必要となるかを現行著作権法の問題点を踏まえながら検討している。また、ケーブルテレビの伝送路の広帯域性と伝送損失の低さを利用してデジタル放送が実施されるようになれば、高品質の映像と音を受信することが可能となり、これをデジタル録画機器で複製すればオリジナルとほぼ同質のコピーが簡単に製造できることになる。こうした私的複製に関する問題について、既にスタートしている私的録音録画補償制度の内容を踏まえながら将来を展望している。 さらに第三に、ケーブルテレビは、近い将来、マルチメディア・ネットワークのインフラストラクチャーとしての機能を果たすであろうと期待されるため、マルチメディアをめぐる著作権処理問題についても取り上げている。 このうち特に重要な点はケーブルテレビのフルサービス化である。なぜならば、ケーブルテレビがフルサービス化されれば、その双方向機能によって個々の著作物の使用状況が正確に把握されるため、使用者から個別に著作権使用料を徴収し、著作権者にそれを適正に分配することが可能となるからである。その結果、包括契約に基づく「概算」の権利処理に代わって、正確な権利処理が行われることになるとしている。 以上、本論文は、ハードウェアの技術革新が著作物の利用形態を複雑にし、著作権の正当な処理と著作者の権利保護が困難な状態になりつつある現状に関して、ケーブルテレビを中心にその問題点を鋭く指摘し、かつ今後の著作権法のあり方を提言するとともに、それによってケーブルテレビが21世紀の高度情報通信社会における中核的メディアとなりうる潜在力を秘めていることを示しており、高く評価できる。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |