学位論文要旨



No 111232
著者(漢字) 宮元,雄一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ユウイチ
標題(和) 放送メディアと知的財産権 : ケーブルテレビの発展に伴う著作問題とその対応
標題(洋)
報告番号 111232
報告番号 甲11232
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3476号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 村上,陽一郎
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 溝口,博
 東京大学 教授 小林,宏一
 東京大学 助教授 玉井,克哉
内容要旨 1.問題の所在

 情報通信技術分野のハードウェアの発達とともに、ますます重要視されつつあるのがソフトウェアの開発である。言うまでもなく、ソフトウェアがなければ、いかにハードウェアが発達しても意味がないからである。そして、ソフトウェア供給を確保するには、ソフトウェアという著作物の権利処理が正当に行われ、著作者の権利が保護されることが前提となる。しかし、情報通信技術分野におけるハードウェアの技術革新が、著作物の利用形態を複雑にし、著作者の権利保護が十分になされないという状況が世界的に生まれつつある。したがって、ソフトウェアの著作者の権利を保護するとともに、かかる権利の処理を円滑に行うための新たなる著作権法制を確立することが、情報通信技術の恩恵を受けつつある現代社会においての重要な課題となってくるのである。

 こうした問題意識に基づくコンピュータ・ソフトウェアの法的保護に関する研究は、既に世界的に蓄積されつつある。しかし、情報通信技術分野の中で、今後主要な位置を占めることになるであろう放送メディアの分野においては、未だそれほど多くの研究が積み重ねられていない。そこで、本論文では放送メディアの中でも最近特に技術革新の波が押し寄せつつあるケーブルテレビとその周辺分野をめぐる著作権問題について論究する。

 ケーブルテレビに関しては、その伝送路に光ファイバーを使用することによる伝送容量の増大や伝送損失の減少などが、多チャンネル送信、双方向サービス、及びデジタル画像送信などを可能にするため、放送メディアとしてのみならず、マルチメディア・ネットワークのインフラストラクチャーとしての機能にも期待が高まっている。こうしたケーブルテレビについても、「ハードがいかに進歩しようと、ソフトがなければ全く機能しない」という図式が当てはまる。そして技術革新によりケーブルテレビが多機能化するにつれて、ますます魅力あるソフトが大量に必要となってくるのである。

 かかる状況を認識したうえで、ケーブルテレビという将来性に富んだ放送メディアを通して、急速に進む技術革新に変容を迫られている著作権法制の今後の在り方を模索することが、本論文の目的である。

2.ケーブルテレビをめぐる著作権法制の今後の展望と課題2.1.衛星経由のケーブル送信をめぐる問題

 最近では、ケーブルテレビの番組を衛星経由で送信するネットワークが構築されるに至り、衛星経由のケーブル送信をめぐる著作権問題が発生しつつある。衛星を介したケーブル送信には、FSS(固定衛星)経由とDBS(直接衛星)経由の二種類の方式があり、こうした方式の相違によって著作権上の解釈も異なる。一般には、FSS経由の場合はケーブルテレビの自主送信とみなされ、一方、DBS経由の場合は放送の再送信であるとみなされる。しかし、DBSとFSSの境界は曖昧になりつつあるし、両者を経由したケーブル送信のプロセスを比較しても、最終的には両者とも著作物を不特定多数の公衆に伝達しているわけであるから、著作権上異なる解釈をして区別するのは不自然である。したがって、DBSかFSSかは問わずに、衛星に対して不特定多数の公衆が受信することを前提に番組を送信した場合は、その行為を「放送」とすることを著作権法に明文化したほうが、より合理的な著作権処理が可能となろう。

2.2.ケーブルテレビのフルサービス化に伴う権利処理

 ケーブルテレビがフルサービス化によって双方向通信機能を備えた場合、利用者の個々の要求に応じた送信が可能となる。そのような送信については、現行著作権法における"有線放送"の定義が当てはまらなくなる。なぜならば、著作権法第2条第1項第9号の2は、"有線放送"について、「有線送信のうち、公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行うものをいう」と定義しているからである。

 また、ケーブルテレビがフルサービス化の一環としてネットワーク通信と結合された場合、ネットワーク通信経由で利用者に情報を提供することが可能となる。この場合、ケーブルテレビには、著作隣接権者としての保護が与えられる。しかし、有線送信事業者が同様にネットワーク通信経由で情報を提供する場合には、著作隣接権者としての保護が与えられないことになる。なぜならば、現行著作権法では、有線放送事業者には著作隣接権が認められているが、有線送信事業者にはそれが認められていないからである。

 こうした矛盾を解消するためにも、現行著作権法における"有線放送"と"有線送信"との区別を見直す必要がある。つまり具体的には、"有綿放送"を"有線送信"の一形態として別個に定義せずに、有線電気通信の送信はすべて"有線送信"として一本化すべきであろう。そして、「公衆に対して同一の情報を一斉に、又は公衆の求めに応じて情報を個々に、有線電気通信によって直接送信すること」を"有線送信"の定義としたうえで、"有線送信"を行う事業者に著作隣接権による保護を与える、というような法改正が必要であろう。

2.3.マルチメディア・ネットワークのインフラストラクチャーとしての権利処理

 ケーブルテレビはその伝送路に光ファイバーを使うことによって、情報の大量送信、双方向通信などが可能となるため、マルチメディア・ネットワークのインフラストラクチャーとしても有望な存在である。マルチメディア・ソフトウェアは多様な形態の情報をデジタル化して製作されるため、そのようなソフトウェアの素材をめぐる著作権処理は、当然複雑にならざるを得ない。こうした権利処理を簡素化するためには、権利の集中管理制度が必要となる。既に著作権審議会マルチメディア小委員会などによって集中管理機関設立の提案がなされている。このような機関とフルサービス化したケーブルテレビが結合すれば、個々の利用者の著作物利用状況が把握できるため、著作権使用料の正確な徴収・分配が可能となろう。

 なお、デジタル化された文字、映像、音声などの各種情報は、加工、改変、統合が容易なため、マルチメディア・ソフトウェアの製作者は、かかる情報をもとに新たな著作物を製作することが可能となる。また、マルチメディア・ソフトウェアがケーブルテレビを通じて提供されるようになれば、誰もが自由にアクセスして、それを簡単に加工することができるため、利用者自身が製作者にもなり得る。しかし、こうした行為は、著作者の人格権、とりわけ同一性保持権の行使によって制限される。著作権法第20条は、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除、その他の改変を受けないものとする」と定めているからである。したがって、現行法のもとでの著作者による同一性保持権の行使が、デジタル技術の長所を摘みとってしまい、マルチメディアの健全な発展を阻害することにもなりかねない。そこで、著作者人格権を尊重しながら、デジタル技術の長所を生かすような形での法改正が必要となる。わが国の著作権法第20条の"著作者の意に反して改変してはならない"という規定は、世界的にみても厳格に過ぎるため、ベルヌ条約第6条の2第(1)項の規定と矛盾しない範囲での改正が必要となろう。

3.むすび

 今世紀における情報通信技術の進歩は、様々なメディアを生み出してきた。それに伴って、著作物の利用形態は多様化するに至り、個々の著作物の利用の実態を把握することが物理的に不可能となってきている。そのために、例えば、大量の著作物の権利処理を効率的に行うための包括許諾方式による集中管理制度において、著作権使用料及びその分配比率が「概算」でしか算定できないというような問題が起こっている。こうした著作権処理における曖昧さを改善する可能性を秘めているのが、ケーブルテレビのフルサービス化である。なぜならば、フルサービス化によって、オン・ヂィマンド型の有料サービスを通じて著作物が提供されるようになれば、その双方向機能によって個々の著作物の利用状況が正確に把握されるようになるからである。したがって、著作権使用料の算定及び権利者への分配は、著作物の利用に応じて正確に行われるようになると予想される。

 膨大な量のデジタル情報の権利処理が必要となるマルチメディア時代が到来した場合でも、著作権集中管理機関と双方向通信機能を備えたケーブルテレビとが結合されれば、利用者ごとに著作権使用料を正確に徴収して、それを著作権者に公正に分配することが可能となるであろう。

 こうした利点を考慮するなら、ケーブルテレビは、いわば「特定多数」の公衆を対象とした送受信が可能なメディアであるとも定義できよう。そして、ケーブルテレビという「蛇口」から著作物を流すことは、著作権者の経済的利益の適正なる保護と利用者の便宜(ひいては著作物という文化的所産の有効利用の促進)を両立させることにも貢献するであろう。さらに、権利処理の国際的ハーモナイゼーションという視点から考えても、国境を越えて送受信される著作物の権利処理が、利用者単位で正確に行われるため、ケーブルテレビ経由の個別処理は合理的なシステムであると思われる。

審査要旨

 本論文は、放送メディアの中でも最近特に技術革新の波が押し寄せつつあるケーブルテレビとその周辺分野をめぐる著作権問題についての論究をまとめたものであって、全6章からねる。その構成は、第1章が序論、第2章から第5章までが本論、第6章が本論文の結論と今後の展望と課題となっている。

 具体的な内容は以下のとおりである。

 第1章の序論では、「ハードがいかに進歩しようと、ソフトがなければ全く機能しない」という基本的な立場から、ソフトウェアに関する著作権の正当な処理と著作者の権利保護が、情報通信技術の恩恵を受けつつある現代社会の重要な課題であると位置付け、今後主要な位置を占めることになるであろう放送メディアの著作権に関して問題を提起している。それは、ハードウェアの技術革新が著作物の利用形態を複雑にし、著作者の権利保護が十分になされないという状況が世界的に生まれつつあるからであり、またこの分野では未だそれほど多くの研究が積み重ねられていないからである。

 第2章では、アメリカおよび日本におけるケーブルテレビの発展経緯を明らかにしている。1940年代末のアメリカにおいて、山間地などのテレビ難視聴対策としてはじめられたケーブルテレビ(当時はその機能の通り、Community Antenna Television、略してCATVと呼ばれていた)は、やがてテレビのチャンネル数の少ない中小都市における"モア・チャンネル"の要求に応えるため、遠隔地にある空中波テレビ局の放送波を区域外再送信するメディアとして普及することになった。この区域外再送信をめぐって著作権問題が発生することになるのである。ここでは、こうした著作権問題の発生の経緯と同時に、ケーブルテレビが産業として成長してきた推移を把握している。

 第3章では、アメリカにおけるケーブルテレビをめぐる著作権問題を論じている。1950年代のアメリカのケーブルテレビは、空中波テレビ局に無断で区域外再送信を行っていた。かかる再送信は空中波テレビの著作権を侵害しているのではないかという議論がケーブルテレビをめぐる著作権問題の原点である。そして、アメリカにおけるケーブルテレビの著作権問題は、1960年代以降空中波テレビの再送信を軸に展開することになる。こうしたアメリカの経験を検討することは、放送メディアの技術的進歩に著作権法がいかに対応していくべきかを考えるうえできわめて重要である。

 第4章では、日本におけるケーブルテレビをめぐる著作権問題を論じている。すなわち、日本においてもケーブルテレビによる空中波テレビの再送信に対する規制が行われてきた。ただし、日本の対応はアメリカの場合とは若干異なっているため、法の規制と実務の現状を通して、ケーブルテレビの著作権問題を考察している。

 第5章では、ケーブルテレビをめぐる著作権問題に関する国際的ハーモナイゼーションの動向について検討している。ここではまず、著作権関係の国際条約においてケーブルテレビがどのように扱われているのかを考察し、次にWIPO(世界知的所有権機構)を中心とした国際機関によるケーブルテレビと著作権問題の検討について取り上げている。さらに、ケーブルテレビの著作権問題に対するEUの取り組みについて考察している。というのは、統合の進むヨーロッパでは、ケーブルテレビの著作権問題においても各国の足並みを揃えるためにEUによる様々な提案がなされているからである。

 最後に第6章では、ケーブルテレビの発展に対応する今後の著作権法制の在り方について、以下の三点について考察を加えている。

 まず第一は、衛星経由のケーブル送信をめぐる著作権問題である。最近では、ケーブルテレビ専門の番組供給事業者による独自のソフトが増加するにつれて、こうしたソフトを放送衛星あるいは通信衛星経由でケーブル送信するネットワークが構築されるに至っている。ケーブルテレビによる衛星経由の送信は、FSS(固定衛星)経由の場合とDBS(直接衛星)経由の場合との著作権上の解釈的相違に伴う問題や「国境を越えるテレビ」の著作権をめぐる諸問題をも内包しており、これらの点については、特にヨーロッパにおいて活発な議論がなされている。こうした議論の動向を踏まえながら、衛星を介したケーブル送信の今後の在るべき姿を探っている。

 第二は、ケーブルテレビのフルサービス化に伴う著作権問題である。すなわち、まずフルサービス化によってビデオ・オン・ディマンドなどの双方向サービスが可能となった場合に、いかなる法的規定が必要となるかを現行著作権法の問題点を踏まえながら検討している。また、ケーブルテレビの伝送路の広帯域性と伝送損失の低さを利用してデジタル放送が実施されるようになれば、高品質の映像と音を受信することが可能となり、これをデジタル録画機器で複製すればオリジナルとほぼ同質のコピーが簡単に製造できることになる。こうした私的複製に関する問題について、既にスタートしている私的録音録画補償制度の内容を踏まえながら将来を展望している。

 さらに第三に、ケーブルテレビは、近い将来、マルチメディア・ネットワークのインフラストラクチャーとしての機能を果たすであろうと期待されるため、マルチメディアをめぐる著作権処理問題についても取り上げている。

 このうち特に重要な点はケーブルテレビのフルサービス化である。なぜならば、ケーブルテレビがフルサービス化されれば、その双方向機能によって個々の著作物の使用状況が正確に把握されるため、使用者から個別に著作権使用料を徴収し、著作権者にそれを適正に分配することが可能となるからである。その結果、包括契約に基づく「概算」の権利処理に代わって、正確な権利処理が行われることになるとしている。

 以上、本論文は、ハードウェアの技術革新が著作物の利用形態を複雑にし、著作権の正当な処理と著作者の権利保護が困難な状態になりつつある現状に関して、ケーブルテレビを中心にその問題点を鋭く指摘し、かつ今後の著作権法のあり方を提言するとともに、それによってケーブルテレビが21世紀の高度情報通信社会における中核的メディアとなりうる潜在力を秘めていることを示しており、高く評価できる。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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