審査要旨 | | 本論文は,河川水辺の生態的な環境特性の分析・評価を通して河川空間整備をはかるための方法論を提示しようとするものである。 まず河川水辺の生態的な環境を保全・整備するうえで,その環境にもっとも強い影響を与える環境条件や攪乱現象を見いだすことが有効となる。とくに河川空間では地形そのものが変動し,その上に生じる現象について十分理解するうえで,地形変動が生じる頻度とその影響がおよぶ範囲の両面を検討しなければならないため,時空間スケールの議論が有効となる。本論文ではそれをマクロ,メソ,ミクロの3つのスケールで検討した。 マクロスケールでは,領域の環境条件,都市化の程度と,河川空間の特性との対応関係を検討した。対象として荒川水系を選んだ。水系には,河川合流点で区分される232の単位流域が含まれる。これらを地形・地質・土壤の特性に基づいて10タイプに分類した結果,各流域タイプはそれぞれ植生の垂直分布と都市化の程度から説明できる植生・土地利用類型と関連した。これらの流域タイプを流れる河川はそれぞれ異なる流路縦断勾配をもち,山地,扇状地(台地を含む),低地の3タイプに分類された。各流域の河川流路平面形状は縦断勾配と関連していた。これらの流路平面形状は,流域の都市化が進展するにしたがって,徐々に屈曲・直線流路へと変化する傾向が見られた。 メソスケールでは,流路平面形状と微地形単位との関係,それに及ぼす人為的攪乱の影響を検討した。荒川水系の一支流の入間川中流域を対象に選んだ。この流域内に,改修程度の異なる9区間を選び,現地調査と空中写真判読から各区間ごとに1974年,1984年,1989年,1993年の4時点の微地形単位図を作成した。このデータから9区間の微地形単位の構成比率の変化とその入れ替わりを検討した。その結果,最近20年間に全ての区間で堤防・岸斜面や氾濫原平担地の構成比率が増加すると同時に,微地形単位の入れ替わり頻度が低下する傾向が見られた。さらに同じ横断面について,1974〜1989年の3時点における低水敷微地形単位の総数と低水敷幅の関連を検討した。この結果,低水敷幅が広い横断面ほど低水較を構成する微地形単位数が多くなり,河川改修が進んで低水敷幅が制限されるにしたがって地形が単純化される傾向が確認された。以上の点を考慮し,多数の微地形単位を維持し流路変動を確保するためには,入間川中流域の場合には低水敷幅を150m以上確保することが有効と考えられた。 ミクロスケールでは,横断面微地形と植物群落との関連を入間川を対象にして把握した。堤防ないし岸斜面から水辺にかけての横断面に,流路と垂直に調査トランセクトを17本設置して微地形測量を行い,167箇所の方形区で植生調査を行った。植物群落は群落構成種の被度を用いて9タイプに分頻した。微地形と植生の結びつきを四分点相関関係数を用いて検討した結果,各微地形単位で特有の群落タイプとの結びつきが指摘できた。これまで河辺植生の分布は,水面からの比高など単純化された指標によって議論されることが多かったが,本論では微地形単位を用いて検討することにより,旧河道や起伏の違いなど,より複雑な立地と植物群落の関連を明らかにすることができた。 つぎに,微地形単位の継続期間と植物群落の遷移段階の関連を調べた。植物群落の遷移段階の指標として,遷移度を用い,1994年時点で各微地形単位上に生育する植物群落の遷移度を調べた。その結果,各微地形単位で遷移度に差が見られた。河川改修によって河川微地形が固定された場合,河辺植生が単純化されることが指摘できた。 最後に,上記の結果に基づいて水辺生態環境整備のあり方を検討した。河川水辺の生態環境特性を時空間スケールを用いて把握・整理し,時空間スケールごとに地形変動に留意した整備手法を提案した。マクロスケールでは,流域の環境条件,都市化の程度,治水整備などを十分把握し,メソスケールの河川水辺生態環境のあるべき姿を検討することが重要となる。メソスケールでは,横断面の微地形配列に留意し,整備することが重要となる。とくにこのスケールの整備では,微地形および流路変動を確保するために最低限必要な低水敷幅を把握することが重要となる。ミクロスケールでは,微地形単位の継続期間の制御が整備における主要な課題となる。河川改修など人為的な要因によって継続期間が長期化する場合には,自然攪乱を肩代わりし,裸地を造成するなどの手法が,植生管理を行う上で有効となると考えられる。またこの整備手法が一般の沖積河川水辺についても適用できるかどうかを確認するために,茨城県小貝川下流域を対象として検討を行った。この結果,本論で提案した整備手法が,異なる流域クイプの沖積河川においても適用可能であることが示唆された。 以上,要するに本論文は,沖積河川水辺の生態環境,とくに河辺植物群落の特徴を,時空間スケールの考え方に基づいて地形変動と人為的攪乱の両面からとらえ,個々の河川水辺生態環境に適した整備手法を異なる時空間スケールごとに提案したものであり,学術上,応用上貢献するところ少なくないと判断し,審査員一同は博士(農学)の学位に値すると認めた。 |