審査要旨 | | 近年DNA多型を利用した連鎖地図作成が,多くの植物種で進められ,また従来の形質連鎖地図との統合が計られている。連鎖地図は全ゲノム選抜や遺伝子単離などの遺伝育種的利用上で重要であり,正確さと高い精度が要求される。本研究では,DNA多型連鎖地図の作成とそれに基づいた量的形質遺伝子座(QTL)の解析において今後解決すべき理論的課題のうち,形質誤分類と致死因子の問題をとりあげ,それらが連鎖地図作成における組換価推定やQTL解析にどのような影響をおよぼすかを考究した。また誤分類率や致死因子の作用強度や作用様式を推定する方法を提案した。 1.組換価推定における形質誤分類の影響及び真の組換価と誤分類率の推定:はじめに,あるDNA多型座(A)とその近傍の量的形質に関与する単一座(B)を想定し,形質座の分類に一部ミスが含まれる場合にその誤分類がA-B間組換価の推定値に及ぼす影響を調べた。DNA多型座の分離は,共優性,優性(相引),優性(相反)の3とおりとした。表現型分離にもとづき最尤法により推定したみかけの組換価rは,誤分類があると,真の組換価roよりつねに大きい方向に偏ることが認められた。偏りの程度は,roの値に関係なく優性(相反)の場合が最も著しく,共優性と優性(相引)との間では大差なかった。誤分類があると,分離比だけは一見正常に見えても,組換価の推定値は著しい偏りを示し,とくにA-B間距離が小さいほどその影響が著しいことが判明した。つぎに理論的考察から,誤分類が存在しても,形質座とその両側に近接する2つのDNA多型座の分離データがあれば,最尤法とEMアルゴリズムを利用した方法により真の組換価と誤分類率を推定できることを示した。またこれらの推定値の標準誤差は情報行列の逆行列から求められる。この方法をイネのインド型x日本型交配F2集団のデータに適用し,真の組換価と誤分類率の推定に成功した。 2.致死因子の存在が組換価推定に及ぼす影響及び運鎖地図における致死因子のマッピング法:はじめに2遺伝子座のうち片方の座で淘汰がある場合,座間組換価を通常の最尤法により推定した場合,組換価推定値にどのような影響があるかを検討した。致死因子の淘汰として,(1)雌雄どちらかの配偶子,(2)雌雄両配偶子,(3)接合体レベルの3様式を考えた。2座の表現型分離は,共優性対共優性,共優性対優性,優性対優性の3種の場合をとりあげた。数理的解析の結果,共優性対共優性の場合には,致死因子の3種の作用様式のいずれでも,組換価推定値は淘汰の影響を全く受けないことがわかった。また共優性対優性及び優性対優性の場合には,接合体レベルの淘汰では影響がないが,片配偶子レベルまたは両配偶子レベルでの淘汰では,推定値が過小方向に偏ることが判明した。偏りは両配偶子淘汰のほうが大きかった。つぎに2遺伝子座とそれとは別の致死因子座が同一連鎖群上に近接して存在する場合に,2座間の真の組換価を推定する方法を検討した。その結果2座の表現型の分離データから,最尤法とEMアルゴリズムを利用した繰返し計算により,組換価だけでなく致死因子座の連鎖群上位置の推定も同時に可能であることが示された。組換価の標準誤差は誤分類と同様に,情報行列の逆行列から求められた。さらに組換価と致死因子の強度の推定値をモデルに代入したときの期待頻度と実際の観察頻度との適合性を2検定することにより,致死因子の3種の作用様式のうちどれが最適かが決められることがわかった。以上の方法をイネF2集団における第III染色体のDNA多型の分離データに適用した。この場合致死因子の作用は,従来の予想と異なり雌雄両配偶子レベルで働いていると判定された。 3.致死因子の存在がQTLの効果及び位置の推定に及ぼす影響:QTLの連鎖群上位置と遺伝効果の推定において,QTLの近傍に致死因子が存在している場合に,致死因子の位置,作用様式,強度を異にする12種のモデルを想定して,各モデル当たり1000回のコンピュータ・シミュレーションを行った。その結果,致死因子が存在する場合でも,QTL位置の推定値自体には大きな影響がないことが認められた。しかしQTL検出感度の指標となるLOD最大値には致死因子による著しい減少が見られた。またQTL座の遺伝効果については,相加効果及び優性効果ともに,設定値より低い推定値が得られた。このような致死因子の影響は,3種の作用様式中では,片配偶子レベルの淘汰の場合が最小,両配偶子淘汰の場合が最大であった。 以上要するに,本研究によってDNA多型連鎖地図の作成と利用に関する統計遺伝学的方法について,学術上重要な知見と考察を提供した。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |