学位論文要旨



No 111248
著者(漢字) 葛山,智久
著者(英字)
著者(カナ) クズヤマ,トモヒサ
標題(和) ホスホマイシンの生合成に関する研究
標題(洋) Studies on the biosynthesis of fosfomycin
報告番号 111248
報告番号 甲11248
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1539号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 ホスホマイシン(FM)は、放線菌Streptomyces wedmorensis、S.fradiae、S.viridochromogenes及びPseudomonas syringae、Ps.viridiflavaなどが生産する抗生物質で、グラム陽性菌、陰性菌に対して広い抗菌活性を示し、感染症治療薬として臨床で使用されている。その作用機構は、ペプチドグリカン生合成の初期段階反応を触媒する酵素であるピルビルトランスフェラーゼを阻害することによると報告されている。FMの構造は極めて簡単であるが、エポキシド及び炭素とリンが直接結合したC-P結合を含むユニークなものであり、その生合成に興味が持たれる。そこで、FM生合成経路の解明及びその生合成遺伝子群の解析を目的として以下の研究を行った。

1.FM生合成経路の解析(1)C-P結合の生成機構

 C-P結合生成酵素であるphosphoenolpyruvate phosphomutase(PEPPM)は、phosphoenolpyruvate(PEP)のリン酸基の分子内転位によるphosphonopyruvate(PnPy)の生成を触媒する。この酵素はC-P化合物の生合成に普遍的であると考えられている。そこでFM生産菌S.wedmorensisにおけるPEPPM活性の検出を試みた。その結果、FM高生産株において微弱ながら本酵素活性が検出され、FM生合成の第一段階は他のC-P化合物と同様PEPPMによるC-P結合生成反応であることが判明した。

(2)非生産株の解析

 FMの生合成経路を解明するために、FM非生産株NP-7株及びA16株の性質を検討した。NP-7株は、PEPPM(下図(1))、またはそれに続くPnPy decarboxylase(下図(2))の欠損株であることが微生物変換の結果より予想されていた。NP-7株のPEPPM活性を測定したが、親株においても本酵素の活性は微弱であるため明確な結果は得られなかった。そこでC-P結合を有する除草剤であるビアラホスの生産菌のPEPPM遺伝子をNP-7株に導入し、FMの生産性回復の有無を検定した。その結果、形質転換株において酵素活性は検出されたにも拘わらず、FMの産生は認められなかった。またNP-7株は、PnPyをFMに変換できなかったことからPnPy decarboxylaseの欠損株であることが明かになった。一方A16株はビタミンB12(VB12)の添加によりFM産生能が回復したことから、VB12の生合成の欠損株であることが判明した。

(3)合成中間体の変換

 FMのエポキシドの生成機構の解明を目的とし、中間体として予想されるvinylphosphonic acid、cis-propenylphosphonic acid(PPOH)、2-hydroxypropylphosphonic acid(HPP)をNP-7株及びA16株に添加培養し、FMへの変換能を検討した。一般にエポキシドは二重結合への分子状酸素の付加により生じるので、PPOHが変換されることを予想していた。しかしながら、HPPのみが両変異株においてFMに変換された。また高生産株の培養液中に微量ながらHPPの存在が確認されたことから、FMのエポキシドはPPOHの二重結合への酸素付加反応によるものではなく、HPPの脱水素により生じることが明らかとなった。このHPPは、PnAAのメチル化によって生成すると考えられる。このエポキシ化反応と同じ生成機構を持つ反応例は今までに報告されておらず、大変興味深い。

(4)FM末端メチル基の由来

 FM非生産株の中には、VB12の添加により生産性が回復する株が高頻度で出現することと、これらの変異株はHPPをFMに変換可能であることから、VB12の関与する反応がC-P結合生成反応とエポキシ化反応の間に存在することが予想された。PnPy decarboxylase反応により生じたPnAAからHPPが生成するためには、PnAAが直接メチル化されると考えるのが妥当である。このメチル化の際に、メチル供与体として一般的なS-adenosylmethionineから生じるメチルカチオンが関与することは基質の構造上考えにくく、メチルアニオンの求核的攻撃による反応機構が予想された。

 この仮説を証明するために、A16株に[メチル-14C]-メチルコバラミンを添加培養し、FMへの14Cの取り込みを検討した。その結果、放射活性を有するFMの生成が認められた。このことより、FMの末端メチル基はメチルコバラミンに由来することが判明した。

(5)FM生合成経路

 以上の実験結果からFMは下図に示す4段階の反応により生合成されることが明らかとなった。

 

2.FM生合成遺伝子群のクローニングと構造

 FM高生産株S.wedmorensis 144-91株の染色体ライブラリーを構築し、NP-7株のFM生産性の回復を指標としてショットガンクローニングを行った結果、FM生産回復株4株が得られた。これらの形質転換株から調製したプラスミドpFBG21、22、23、24は4.7KbのBamHI共通断片を有していた(下図)。又これら全てのDNA断片は、ビアラホス生産菌のPEPPM欠損株をも相補したことから、NP-7株の変異点であるPnPy decarboxylase遺伝子とともに、PEPPM遺伝子もこの領域にコードされていることが明らかとなり、FM生合成遺伝子はクラスターを形成していることが予想された。

図表

 その後の当研究室の共同研究により、新たに取得された第3段階の反応の欠損株の生産性がpFBG23、24により回復することが見出された。また第4段階の遺伝子は、マルチコピーベクターであるpIJ702を用いてS.lividansにおける酵素活性の発現を指標にクローニングされ、やはりこの遺伝子もpFBG23、24に含まれていることが示された。さらに生合成遺伝子クラスターの第1〜4段階の遺伝子を含む約11KbのDNA断片の全塩基配列が決定され、各生合成反応に対応する4つの遺伝子fom1、fom2、fom3、fom4の他に6つの未同定のORF、fomA〜Fが見出されている。

3.FM生合成遺伝子群の転写レベルの解析

 FM生合成遺伝子クラスターの構造が明らかとなったので、次に転写レベルでの解析を試みた。

 ノーザンブロット解析により、各生合成遺伝子中第1、2、3段階の遺伝子の転写量と比較して、第4段階の遺伝子は非常に多く転写されていることが判明した。この結果から、FM生合成においては第4段階の反応が律速段階であることが推定された。

4.Ps.syringaeのFM耐性遺伝子のクローニング

 共同研究者の合田らは、S.wedmorensisのFM生合成遺伝子群中に見出されたfomA及びfomB遺伝子が、大腸菌内でホスホマイシン耐性遺伝子として機能することを報告している。しかしながら放線菌は、FMの生産非生産に拘わらずFMに対して感受性が低いため、放線菌でfomA及びfomBの機能を解析することは困難であると考えられた。一方、FMは放線菌だけでなくPs.syringae、Ps.viridiflavaも生産することが報告されており、FM生産菌でないPseudomonas属の菌株はFMに対して感受性であるので、FMを生産するPs.syringae PB-5123株を用いることによりfomA及びfomBの機能を解析することが可能であると考えた。しかしながら、PB-5123株の染色体についてfomA及びfomBをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行なったところ、相同性のある遺伝子は見出されなかった。そこでPB-5123株の染色体ライブラリーを用いてE.coli HB101株を形質転換し、FMを500g/ml含むLB培地上で生育可能なFM耐性形質転換株を選択した。サブクローニング及び塩基配列の決定の結果、スペインのグループにより最近塩基配列のみが報告されたPs.syringaeのFM耐性遺伝子fosCと同一の遺伝子であることが判明した。このグループはfosCの下流に存在する未同定のORFも報告しているが、我々はサブクローニングを行い、fosC単独でE.coli HB101株にFM耐性を付与することを明らかにした。fosCと放線菌のFM耐性遺伝子fomA、fomBとの間には推定アミノ酸配列においても相同性は認められなかった。

4.Ps.syringaeのFM生合成遺伝子群のクローニング

 fosCの周辺の塩基配列を決定したところ、S.wedmorensisの第4段階の遺伝子(fom4)と推定アミノ酸配列において相同性のある遺伝子(psf4)が存在していることを見出した(下図)。従ってfosCは、Ps.syringaeのFM生合成遺伝子クラスター中に存在するFM自己耐性遺伝子であることが示唆された。放線菌とPseudomonas属は全く同じ抗生物質を生産しながら、遺伝子産物の一次構造において異なる自己耐性遺伝子を有している可能性があり大変興味深い。

図表
審査要旨

 ホスホマイシン(FM)は,グラム陽性薗,陰性菌に対して広い抗菌スベクトラムを有する抗生物質であり,副作用が少ないため現在広く臨床で利用されている。FMは極めて分子量の小さい化合物でありながらその構造は極めてユニークである。生合成の詳細はC-P結合及びエポキシドの生成機構を含め大部分が未解明である。FMはその構造が簡単であるため生合成経路は短いと考えられ,それだけ生合成に関与する遺伝子の発現機構は単純であることが予測される。従ってFM生産菌は,生合成遺伝子全体の発現調節及び制御遺伝子の研究に最適の材料と考えられる。

 本論文はこのような背景に基づき,Streptomyces wedmorensisを用いてユニークな構造をもつFMの生合成経路を解明し,その全生合成遺伝子及び耐性遺伝子の構造を明らかにしたものであり,全6章よりなる。

 第1章は,S.wedmorensisにおけるFMの4段階からなる生合成経路に関するものである。FMのC-P結合は,他のC-P結合を有する化合物の生合成と同様,phosphoenolpyruvate(PEP)phosphomutase反応によって生成することを明らかにした。またエポキシドの生成機構は,2級アルコールである2-hydroxypropylphosphonic acidの脱水素反応により生じるという他に例をみないユニークな反応機構であることを示した。またFMの末端メチル基は,メチルコバラミンをメチル供与体とするphosphonoacetaldehydeのメチル化反応であることを明らかにした。

 第2章では,FMの生合成遺伝子のクローニングについて述べている。FM非生産変異株の変異点の相補を指標に,すべての生合成反応に対応する遺伝子とFM耐性遺伝子を含むDNA断片をクローニングし,FM生合成遺伝子がクラスターを形成していることを明らかにした。

 第3章では,第2章でクローン化した生合成遺伝子の転写段階における解析に関して説明している。ノーザンブロット解析により,FM生合成における第3段階目のメチル化酵素遺伝子と第4段目のエポキシ化酵素遺伝子の転写単位を明らかにした。残る2つの生合成遺伝子,第1段階目のPEP phosphomutase遺伝子と第2段階目のphosphonopyruvate decarboxylase遺伝子の発現量は非常に微量であるが,一方で第4段階のエポキシ化酵素遺伝子の発現量が極めて多量であることを明らかにした。

 第4章は,FM生合成経路中に見出したメチルコバラミンをメチル供与体とするメチル化反応について述べている。メチルコバラミンをメチル供与体とするメチル化反応の他の例として,C-P結合を有する除草剤であるビアラホス生合成におけるリン原子のメチル化,アミノグリコシド抗生物質ホーチミシン生合成における炭素原子のメチル化が報告されている。これらのメチル化酵素遺伝子の塩基配列を決定し,それらの推定一次構造の比較を行った結果,3種のメチル化酵素の間に有意なホモロジーが認められ,類似の反応機構を有することを遺伝子レベルからも証明した。

 第5章は,FM生産菌Pseudomonas syringasの生合成遺伝子と自己耐性遺伝子に関するものである。Ps.syringasのFM耐性遺伝子fosCをクローニングして塩基配列を決定し,S.wedmorensisのFM生合成遺伝子クラスター中に見出したFM耐性遺伝子fomA,fomBと一次構造の比較を行ったが,これらの間には有意なホモロジーは認められなかった。このことは,全く同じ抗生物質を生産していながら,放線菌とPseudomonas属では一次構造において異なる耐性遺伝子を有していることを示している。またfosCの上流に,S.wedmorensisのエポキシ化酵素遺伝子と32%のホモロジーを示すORFを見出したが,fosCの周辺に存在している他のORFは,S.wedmorensisのいずれのFM生合成遺伝子とも相同性を示さなかった。従ってPs.syringasにおいては,FM生合成遺伝子はクラスターを形成していないと考えられる。

 第6章では,S.fradiasのFM生合成遺伝子クラスターの構造について述べている。PCR法を用いてS.fradiasよりFM生合成遺伝子クラスターをクローニングし,S.wedmorensisのそれと比較した結果,制限酵素地図も生合成遺伝子の並びもよく類似していることを明らかにした。

 以上本論文は,ユニークな構造をもつFMの生合成経路を解明し,その全生合成遺伝子及び耐性遺伝子の構造を明らかにしたものであって,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。

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