審査要旨 | | ホスホマイシン(FM)は,グラム陽性薗,陰性菌に対して広い抗菌スベクトラムを有する抗生物質であり,副作用が少ないため現在広く臨床で利用されている。FMは極めて分子量の小さい化合物でありながらその構造は極めてユニークである。生合成の詳細はC-P結合及びエポキシドの生成機構を含め大部分が未解明である。FMはその構造が簡単であるため生合成経路は短いと考えられ,それだけ生合成に関与する遺伝子の発現機構は単純であることが予測される。従ってFM生産菌は,生合成遺伝子全体の発現調節及び制御遺伝子の研究に最適の材料と考えられる。 本論文はこのような背景に基づき,Streptomyces wedmorensisを用いてユニークな構造をもつFMの生合成経路を解明し,その全生合成遺伝子及び耐性遺伝子の構造を明らかにしたものであり,全6章よりなる。 第1章は,S.wedmorensisにおけるFMの4段階からなる生合成経路に関するものである。FMのC-P結合は,他のC-P結合を有する化合物の生合成と同様,phosphoenolpyruvate(PEP)phosphomutase反応によって生成することを明らかにした。またエポキシドの生成機構は,2級アルコールである2-hydroxypropylphosphonic acidの脱水素反応により生じるという他に例をみないユニークな反応機構であることを示した。またFMの末端メチル基は,メチルコバラミンをメチル供与体とするphosphonoacetaldehydeのメチル化反応であることを明らかにした。 第2章では,FMの生合成遺伝子のクローニングについて述べている。FM非生産変異株の変異点の相補を指標に,すべての生合成反応に対応する遺伝子とFM耐性遺伝子を含むDNA断片をクローニングし,FM生合成遺伝子がクラスターを形成していることを明らかにした。 第3章では,第2章でクローン化した生合成遺伝子の転写段階における解析に関して説明している。ノーザンブロット解析により,FM生合成における第3段階目のメチル化酵素遺伝子と第4段目のエポキシ化酵素遺伝子の転写単位を明らかにした。残る2つの生合成遺伝子,第1段階目のPEP phosphomutase遺伝子と第2段階目のphosphonopyruvate decarboxylase遺伝子の発現量は非常に微量であるが,一方で第4段階のエポキシ化酵素遺伝子の発現量が極めて多量であることを明らかにした。 第4章は,FM生合成経路中に見出したメチルコバラミンをメチル供与体とするメチル化反応について述べている。メチルコバラミンをメチル供与体とするメチル化反応の他の例として,C-P結合を有する除草剤であるビアラホス生合成におけるリン原子のメチル化,アミノグリコシド抗生物質ホーチミシン生合成における炭素原子のメチル化が報告されている。これらのメチル化酵素遺伝子の塩基配列を決定し,それらの推定一次構造の比較を行った結果,3種のメチル化酵素の間に有意なホモロジーが認められ,類似の反応機構を有することを遺伝子レベルからも証明した。 第5章は,FM生産菌Pseudomonas syringasの生合成遺伝子と自己耐性遺伝子に関するものである。Ps.syringasのFM耐性遺伝子fosCをクローニングして塩基配列を決定し,S.wedmorensisのFM生合成遺伝子クラスター中に見出したFM耐性遺伝子fomA,fomBと一次構造の比較を行ったが,これらの間には有意なホモロジーは認められなかった。このことは,全く同じ抗生物質を生産していながら,放線菌とPseudomonas属では一次構造において異なる耐性遺伝子を有していることを示している。またfosCの上流に,S.wedmorensisのエポキシ化酵素遺伝子と32%のホモロジーを示すORFを見出したが,fosCの周辺に存在している他のORFは,S.wedmorensisのいずれのFM生合成遺伝子とも相同性を示さなかった。従ってPs.syringasにおいては,FM生合成遺伝子はクラスターを形成していないと考えられる。 第6章では,S.fradiasのFM生合成遺伝子クラスターの構造について述べている。PCR法を用いてS.fradiasよりFM生合成遺伝子クラスターをクローニングし,S.wedmorensisのそれと比較した結果,制限酵素地図も生合成遺伝子の並びもよく類似していることを明らかにした。 以上本論文は,ユニークな構造をもつFMの生合成経路を解明し,その全生合成遺伝子及び耐性遺伝子の構造を明らかにしたものであって,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。 |