本論文は光合成細菌のdimethyl sulfoxide(DMSO)呼吸の電子伝達系をDMSO reductaseの遺伝子解析とタンパクの再構成実験により明らかにしたもので、8章よりなる。DMSOの還元によるdimethyl sulfide(DMS)の生成は多くの生物で確認されており、これらの物質は環境科学の分野でも注目されつつある。脱窒光合成細菌Rhodobacter sphaeroides f.sp.denitrificansも、DMSO呼吸でこの変換を行う。本研究では、生物のエネルギー変換機構の基礎的知見を得るため、脱窒光合成細菌のDMSO呼吸の電子伝達経路の解明を目的として生化学的、分析化学的手法を用いて研究を行った。 序論で研究の背景と意義を概説した後、第2章ではDMSO呼吸系の末端酵素であるDMSO reductaseの遺伝子解析を行った。R.sphaeroidesのDMSO reductaseをコードする遺伝子(dmsA)は2466bpでその産物DmsAは822個のアミノ酸からなり、E.coliのtrimethylamine N-oxide(TMAO)reductase(TorA)と48%の高いホモロジーを示した。dmsAのすぐ上流にもORFが存在し、dmsBと命名した。その産物であるDmsBはE.coliの未知のタンパク質TorDとホモロジーが高かった。dmsBの終止コドンとdmsAの開始コドンは互いに重なっており、dmsオペロンを形成していることが予想された。 第3章ではDMSO reductaseの誘導条件の検討を行った。E.coli TorAの誘導には、TMAOの存在と嫌気条件が強く要求され、E.coli DmsAの誘導には嫌気条件のみが必要なのに対し、R.sphaeroidesのDMSO reductaseの誘導合成はDMSOの存在は強く要求されるが、嫌気条件や光は必ずしも必要でないことが分かった。また、好気的条件下では酵素の誘導は起きても電子は酸素呼吸の方向に流れている可能性が示された。 第4章ではDMSO呼吸電子伝達系を解明するためのアッセイ系の開発を行った。キャピラリー電気泳動(CE)の分離モードの1つであるミセル導電クロマトグラフィー(MEKC)法によるアッセイ系の開発を試みたところ、benzyl viologenを用いた従来の間接的な活性測定法と遜色ない結果が得られた。酵素反応の生成物であるDMSの直接定量による新たなアッセイ系を確立した。 第5章では既知物質によるDMSO reductaseの電子供与体の検索を行った。既知のタンパク質(R.sphaeroides cyt.c2、horse heart cyt.c、yeast cyt.b2、spinach ferredoxin)とコファクター(NADH、NADPH、FAD、FMN)を電子供与体のモデルとしてDMSO reductaseによるDMSO dependent oxidation活性を調べた。その結果、R.sphaeroidesのDMSO reductaseにはFMNH2-DMSO oxidoreductase活性があることが確認された。また、DMSO呼吸の電子伝達経路にはcyt.bc1 complexが含まれていないことが推察された。 第6章ではDMSO reductaseの電子供与体の精製を行った。MEKC法によるアッセイ系を使用し、R.sphaeroidesのDMSO reductase電子供与体の精製を試みた。嫌気的明条件下DMSO添加培地で培養した菌体からfrench pressによる細胞破砕液、もしくは菌体を等張液中でEDTA-lysozyme処理して得られた水溶性画分(ペリプラズム画分)を用いて、硫酸アンモニウム分画、疎水結合クロマトグラフ、ゲル濾過を経て最終的に電子供与体をSDS-PAGEで52kDaのシングルバンドになるまで精製した。 第7章ではDMSO reductase電子供与体の性質を明らかにした。電子供与体は非ヘム鉄タンパク質で、鉄はEDTAによってキレートされやすい形で存在することが考えられた。 DMSO reductaseと電子供与体をタンパク量比1:1で共存させてプロテアーゼ処理すると共存下ではDMSO reductaseの切断が起こらなくなる現象が観察された。この事実は、電子供与体がDMSO reductaseの活性と相関の高い部位に結合している可能性を示唆した。 本研究においては、脱窒光合成細菌の新規のDMSO呼吸の電子伝達系について考察を加え、硝酸呼吸や酸素呼吸といった既知の呼吸と比較検討した。DMSO呼吸系には後者にみられるcyt.bc1 complexやcyt.c2といった構成成分は含まれず、別の電子伝達体が機能していることが示された。 以上、審査員一同は、本論文が光合成細菌の新しい呼吸系であるDMSO呼吸に関わる電子伝達タンパク質の発見とその基本的な構造と機能を解明するなど学術上貴重な内容を含み、博士(農学)論文として充分価値あるものと認めた次第である。 |