審査要旨 | | 近年食品を原因とするアレルギーの増加は著しい。これに対応するため本研究では,特に牛乳アレルギーの発症に関与する細胞性および液性免疫を解明することを目的として,牛乳アレルギー患者より,牛乳中の主要アレルゲンの一つであるs1-カゼインに特異的なT細胞株を樹立し,その性質を明らかにし,さらにそれらのT細胞株および即時型アレルギーにおいて重要な役割を果たすIgE抗体それぞれの抗原認識における特異性を明らかにしたものである。 第1章においてはs1-カゼイン特異的T細胞株の樹立とその特性について述べた。 s1-カゼイン特異的T細胞株26株の樹立に成功した。それらの性質を明らかにする目的で,T細胞のサブセット(CD4+またはCD8+)を検討した結果,T細胞株は,3つのグループに分けられた。すなわち,CD4+T細胞を優勢に含む(CD4+またはCD8+T細胞の合計に占めるCD8+T細胞の割合が0-8%)群,CD4+またはCD8+を共に含む(同,CD8+が35-60%)群,および,CD8+を優勢に含む(同,CD8+が83%以上)群である。次に,それらが産生するサイトカインを調べたところ,いずれの群においても,IL-4とIFN-の両方を産生する株,IL-4のみを産生する株,どちらも産生しない株が含まれた。以上の結果より,T細胞のアレルギー発症と関わる機能として,CD4+T細胞がIL-4を産生し抗s1-カゼインIgE抗体の産生に関与すること,IFN-を産生して牛乳アレルギーにおける細胞媒介性の遅延型アレルギーの発症に関わることが推定された。 第2章においては,s1-カゼイン特異的T細胞株の抗原認識部位について述べた。 本研究において樹立したs1-カゼイン特異的T細胞株の抗原認識部位をs1-カゼイン合成ペプチド,およびs1-カゼインの臭化シアン(CNBr)分解ペプチドを用いて推定した。それらの認識部位は,それぞれ,全てs1-カゼイン上の異なった領域に存在した。しかし一人の患者由来の5株の認識部位全てに,EとKが6残基のアミノ酸を挟んで存在するモチーフ構造が認められた。このモチーフについては,ヒトの主要組織適合性遺伝子複合体であるHLA分子との結合に重要であるか,あるいはT細胞抗原受容体との結合に重要である可能性が考えられる。すなわち,このモチーフが即時型の牛乳アレルギー発症と関係する,ある特定のHLA分子との結合に重要である可能性が示唆された。 第3章においては,抗s1-カゼインIgE抗体の抗原認識部位について述べた。 IgE抗体産生B細胞は,IgE抗体をレセプターとして抗原を取り込み,抗原提示細胞としてT細胞と相互作用し,その結果,IgE抗体を産生すると考えられる。一方,T細胞に関わる抗原提示および認識に,牛乳アレルギーに特徴的な機構が予想されたことから,抗s1-カゼインIgE抗体の認識部位を明らかにすることも重要である。そこで,抗s1-カゼインIgE抗体陽性で,かつT細胞株の研究と同じ患者を含む9名について,抗s1-カゼインIgE抗体の認識部位を検討した。その結果,9名全員の抗s1-カゼインIgE抗体が,s1-カゼイン上のC末端に相当するペプチド181-199(P181-199)に結合することが明らかになった。以上の結果から,牛乳アレルギー患者においては,s1-カゼインのC末端を認識するB細胞は,IgE抗体産生を促すT細胞と相互作用しやすいため,IgE抗体産生B細胞に分化すること,あるいはそのB細胞は,IgE抗体産生が過剰に促進される性質を持つ可能性があることが示された。 以上,本論文はこれまで不明な点の多かった牛乳アレルギーの発症機構について,その発症に関わる細胞・抗体の特有の性質について明らかにしたもので,学術上応用上貢献するところは少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)として価値あるものと認めた。 |