審査要旨 | | 酸性高分子と塩基性高分子の水溶液を混合することによって得られる高分子電解質複合体(ポリイオンコンプレクス,以下,PICと呼ぶ)は,透水性・親水性,生体組織適合性を有するため,膜技術,医用材料,生体組織固定化用担体など,様々な分野への利用が行われている。また,PICのpH応答型膨潤性を利用したドラッグデリパリーシステムへの応用も期待されている。しかし,PICの特異な物性・挙動を理解し,利用するための基礎的研究は立ち遅れている。また,応用面においては,通常得られるPICは凝集体様のものが多く,成形性の点で問題があった。本研究では,まず,塩基性天然高分子と酸性天然高分子とを用いて,成形が容易なPICグルを調製し,その機能特性の測定・評価を行った。 第一章においては,塩基性高分子であるキトサンと,酸性高分子であるキサンタンまたは-カラギーナンを混合する際に,NaClなどの塩を共存させることにより成形可能なPICゲルが得られることが見い出された。得られたPICグルは,希酸,希アルカリ溶液中で2週間以上溶解せず,安定であった。 第二章においては,PICゲルの平衡膨潤度のpH依存性の測定を行った。キサンタン-キトサングル(以下,X-Cゲル)は,pH10〜12の範囲で膨潤し,膨潤度はpH10において最大に達した。酸性側では,pH2以下において膨潤したが,pH1の近傍では膨潤の過程でのゲルの溶解が観察された。-カラギーナン-キトサンゲルは,アルカリ領域において,X-Cゲルの場合と同様のpH範囲で膨潤した。次に,PICゲルの浸漬液中にNaClを添加して膨潤実験を行った結果,塩を添加した場合は,塩添加をしない場合より平衡膨潤度が低下した。 第三章においては,PICゲルの内部構造および低分子イオンの移動特性に関して,X-Cゲルを用いて検討を行った。まず,probe法による測定の結果,X-Cゲルの平均細孔径は多糖類ゲルの報告値に近いこと,およびゲルの巨視的な膨潤に伴ってゲル内の細孔径も増加していることが確認できた。次に,動的光散乱法による構造解析を行い,高分子網目の協同拡散係数Dcoop,相関距離を算出した。Dcoopは10-5cm2/sオーダーであった。はprobe法による細孔径の測定値にオーダー的に一致し,得られたDcoopがゲルの架橋点のゆらぎを反映している値であることが示唆された。次に,Na+のゲル内における拡散係数,および平衡膨潤時におけるゲル内外のNa+分配係数の測定を行った。その結果,Na+のゲル内での拡散係数は10-5cm2/s程度であった。Na+の分配係数の値は,同一のpHにおいてはNaClを添加し大場合の方が,塩無添加の場合よりも低かった。 第四章においては,X-Cゲルに関して,高分子網目の協同拡散に基づく膨潤モデル,および新たに構築した低分子イオンのゲル内分子拡散に基づく膨潤モデルの2通りにより,外部pH変化に伴う膨潤速度の解析を行った。最初に,ゲル周辺のpHを11から10に変化した場合の球状ゲルの膨潤速度解析を行った。その結果,見かけの膨潤の拡散係数Dfitのオーダーは10-5cm2/sであり,第三章において求められた協同拡散係数Dcoopよりも約4桁大きかった。このことは,PICゲルの膨潤速度は,高分子網目の拡散に支配されないことを示している。一方,低分子イオンの拡散に基づくモデルに,ゲルの膨潤速度の実測値をあてはめて算出した拡散係数は,約10-5cm2/sであり,第三章で求めたゲル内におけるNa+の拡散係数とほぼ一致した。このことから,高pH側におけるゲルの膨潤過程は低分子イオンの拡散速度に支配されることが明らかになった。次に,周辺のpHを7から10に変化した場合についてもゲルの膨潤速度解析を試みたが,上述のいずれのモデルによっても膨潤速度の記述が困難であった。このことは,低pH側での膨潤過程においては,pH変化に伴うゲル内の荷電状態の変化が膨潤速度に影響を与えているためと考えられた。 第五章においては,本章では,X-Cゲルによって,フマラーゼ生産菌体Corynsbactorium glutamicum(IAM 12433)の固定化を行い,得られた固定化菌体のフマラーゼ活性を測定した。その結果,固定化菌体のフマラーゼ活性は未固定の菌体より高い傾向が見られ,最適pH,最適温度においては活性比が約10倍となった。また,固定化菌体をカラムにつめて連続反応を行った所,10日以上,反応開始初期の90%以上のフマラーゼ活性を維持し続けた。 以上,本研究は,天然高分子からのPICゲルの調製法を確立し,その機能特性を様々な観点から明らかにしたものであり,学術上,応用上,貢献する所が少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |