近年チオペプチド抗生物質であるチオストレプトンが,放線菌Streptomyces lividansで多くの蛋白質の産生を誘導することが見出された。その蛋白質の1つをコードする遺伝子がクローニングされ,tipA遺伝子と命名された。この現象は微生物の代謝産物が遺伝子の発現を制御するという新たなる活性の発見として注目をあびた。本研究はこのチオストレプトンと同様な作用を有する新しい物質を検索し,その生産菌における役割についての研究を目的としたもので,10章よりなっている。 第1章では,スクリーニング方法の原現を述べている。tipAプロモーターの下流にカナマイシン耐性遺伝子を連結した人工遺伝子をもつプラスミドで形質転換したS.lividensは,カナマイシンを添加するとカナマイシン耐性遺伝子が発現し生育可能となる。この現象を利用して活性物質の探索を行った結果,新規物質として以下に述べる5種類の化合物を見出した。 第2章は新規に単離された化合物プロモチオシンAおよびBに関するものである。各種NMRスペクトルの解析により,プロモチオシンBはデヒドロアラニン3分子,チアゾール2分子,オキサゾール2分子,ピリジンおよびバリンをそれぞれ1分子含むことが判明した。これらのつながりは新しいNMR技術であるD-HMBCにより解明され,またMolSkopプログラムを用いての解析によりその絶対構造も決定された。 第3章はチオチビンに関するものである。放線菌Streptomyces roohei株が生産する活性物質を精製し,その全構造を前記と同様の手法により図のように決定した。 第4章はゲニンチオシンに関するものである。Streptomyces lydicusが生産する活性物質を上記と同様にして精製し,図のように構造決定した。 第5章はチオアクチンに関するものてある。放線菌Streptomyces morookaensisが生産する活性物質を上記と同様にして精製し,図のように構造決定した。 第6章はプロモインドシンに関するものである。プロモチオシン生産菌であるStreptomyces sp.の菌体アセトン抽出物から異なるプロモーター活性化物質を単離し,上記と同様の手法によりその構造を図のように決定した。 第7章はチオペプチドの生産とtipA遺伝子との関係について検討したものである。tipA蛋白質はチオストレプトンと結合することによりtipAプロモーターからの転写を促進する。そこで,tipA遺伝子の保持とチオペプチド化合物の生産能との関係を検討した。チオペプチド生産菌10種及び非生産菌8種の染色体DNAを調製し,tipA遺伝子をプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果,チオペプチド生産菌ではいずれの菌株においてもバンドが検出されなかったが,非生産菌数種においてはバンドが観察された。このことからtipA遺子はチオペプチド生産菌には存在せず,非生産菌にはかなりの頻度で存在する遺伝子であると推定される。 第8章は生物活性に関するものである。単離した化合物についてtipAプロモーター活性化濃度を調べたところデヒドロアラニン側鎖が重要な役割を果していることが判明した。第9章は考察であり,第10章は実験の部である。 以上本論文は,tipA活性を有するチオペプチド物質の探索,化学的および生物学的研究を行い,活性と構造の関係を明らかにしたものでもって,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。 |