学位論文要旨



No 111263
著者(漢字) 鄭,躍軍
著者(英字)
著者(カナ) テイ,ヤクグン
標題(和) 森林経営管理システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 111263
報告番号 甲11263
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1554号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 林学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 南雲,秀次郎
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 永田,信
内容要旨

 本本文は、森林の持つ経済的並びに公益的機能を配慮した持続的経営を可能にする森林経営管理システムを研究したものである。このシステムの特徴は、(1)森林の持つ多面的機能の評価及びその結果に基づいた土地利用区分を取り入れたこと、(2)各段階の意思決定に複数の代替案が作成できること、(3)システムの開発にわたって地理情報システム(GIS)を用いたことの3点にまとめることができる。

 第1章では、森林の多面的利用および持続可能な森林経営についての理論と実践的な考え方を明らかにした。まず、森林が再生可能な木材資源であると同時に自然および社会的環境資源でもあるという客観的な事実を踏まえ、いずれをも考慮した森林の多面的利用を論じた。次に、現在および将来の世代の社会的、経済的、生態学的、文化的、精神的な全人類の必要を満たすように森林を維持、利用するべきという立場に立って持続可能な森林経営管理を実現する必要性を検討した。ここで、持続可能な森林経営管理では伝統的な森林経営に関する持続性原則と経済性原則を受け継いだうえで新たに多面的利用原則と合意形成原則を加えるべきである理念を提案した。最後に、森林経営にかかわる内部並びに外部の要因を有機的に結び付ける視点から今後の森林経営のあり方を明らかにした。

 第2章では、森林が保有するすべての機能が総合的に有効に利用できるような森林機能評価と土地利用区分を行うための理論について考察し、具体的なシステムの開発方法について検討した。

 森林の持つ機能については、ここで木材等生産、水源かん養、山地災害防止、生活環境保全、保健文化の五つに分ける方法を採用した。これらの機能を計量化し評価を行うための方法として得点評価法とモデル評価法を開発した。得点評価法は、各機能ごとに評価要因を決め、それをカテゴリーに区分し、各カテゴリーに数量化法によって得点を与える評価法である。モデル評価法は、各機能ごとに評価要因の相関を分析したうえで、機能ごとに評価モデルを構築し、それに基づいて各機能の評価得点を計算する方法である。この方法は、評価に必要な因子が得点評価法より少なくて、また入手しやすいものであるため、森林機能の評価を迅速に行うことができる。

 次に、得られた機能評価結果に基づいた土地利用区分システムを開発した。土地利用区分を行うために、類似区分法と最適区分法の2種類の方法を開発した。類似区分法は、各種機能の特質が似た小班を同じ施業集団に割り当てる土地利用区分方法であるが、小班の各種機能の評価値および配列順位をクラスター分析を用いて多数の施業集団に分け、それらに適正な経営属性を与える手法である。すでに得られた各小班の各種機能の評価値に基づいて類似度を測る距離法を選定して階層的なクラスター分析を行うならば、いくつかの施業集団が区分できる。一般に採用された類似度によって異なるクラスター分析の結果が得られるので1つの類似度による結果だけから結論を出すのではなく、いろいろな類似度を適用したうえで総合的な判断を下すことがこの方法のポイントである。ただし、この区分の結果が経営計画の策定に利用できるためには、GISによって各施業集団の小班レイアウトを分析し、人為的に修正する必要がある。類似区分法は、小班の客観的な性質によっていくつかの自然施業集団に分ける方法であるので、この方法によって区分された施業集団の数が主観的にコントロールできない弱点がある。そこで、集約的な森林経営が施業集団の数を主観的に決定する現状のことに対応できる実用化しやすい最適区分法を考えた。最適区分法とは、各小班の持つ機能の特徴に基づいて、できるだけその優勢機能を発揮させるように現実の森林をそれぞれ木材等生産林、水源かん養林、環境保全林および保健文化林などに割り当てる方法である。森林経営では、優勢機能だけでなく他の従属的機能も経営の目標にすべき立場から土地利用区分に多目的0.1線形計画法を用いた。

 類似配分法と最適配分法と比較すると、前者は森林の自然状況に依存して森林施業を組織する場合に対して有効な方法であり、後者は森林の自然状況に加えて関係者の主観的意識も考慮することができる方法と言える。

 第3章では、第1章、第2章での考察を踏まえ、長期経営計画を策定するための手法について検討した。長期経営計画とは、対象とする森林に関して理想状態を決定し、所与の森林を長期的にこの理想状態に誘導することを目的とする分期ごとの経営計画であるとし、シミュレーション方法、数理計画法およびGISを用いて森林の多面的利用に合わせるさまざまな長期経営計画策定システムの開発について考察した。

 木材生産をめぐっては、二つの長期経営計画策定システムを考えた。一つは平分法に基づいたシミュレーション・システムである。これは、平分法によって決定された結果が収納されるデータベースとGISに貯える森林基本図を連結させて長期経営計画を逐次修正してゆく対話型計画作成システムである。このシステムを用いることによって計画期間にわたって各分期に割与えられた収穫面積および収穫量をほぼ均等させることと空間的な伐採配置の調整することを同時に行うことが可能となった。次に、齢級法によって線形計画法、ファジ線形計画法、目標計画法および多目的計画法を用いた6つのモデルを含む経営計画代替案策定型システムを開発した。このシステムを用いることによって決定された各種経営制約条件のもとていろいろな計画代替案を得ることができる。したがって、意思決定者が立案関係者と充分に検討したうえで最終の長期経営計画案を決定することができる。

 次に、地域森林の多面的な機能の発揮を目標とする経営戦略を計画期間にわたって決定できる長期経営計画策定システムを開発した。このシステムでは、土地利用区分の結果に基づいて各小班に対して一連の可能な施業方方法を規定した。経営目的を木材生産、水源かん養および保健文化の3機能を同時に発揮させることとし、多目的混合整数計画法に基づいて多面的利用計画モデルを用いてシステムを構築した。このモデルによって得られた複数のパレート解はGISによって分析し、修正することができる。

 第4章では、長期経営計画策定システムによって決定された結果に基づき、第1分期において実行すべき施業に関する小班と年次を明らかにする中期施業計画策定システムを考えた。

 このシステムでは、計画分期の作業序列と標準労働力の配分を二つの重要な課題とした。作業序列に関しては施業の関連性から収穫作業の序列と育林作業の序列に分類した。本システムでは、まず収穫作業の序列を最適に決定するために0-1線形計画法によって伐採序列モデルを構築したうえで、シミュレーション手法を用いて育林施業の序列および必要な標準労働力を決定した。この中期施業計画策定システムとGISを用いることによって計画分期における年次ごとの作業序列を合理に決定すると同時に、年次ごとに雇用すべき標準労働力を均等に配分することが可能となる。

 終章である第5章では、GISを利用した短期作業計画策定システムの開発を試みた。この短期計画は、年間の施業量に必要な労働量をいかに月ごとに均等に割り振るかを目標とする作業計画である。

 まず、中期施業計画で決定された必要な標準労働力を小班ごとに補正するためにGISを利用して小班の平均傾斜角、林道からの距離を求めた。次に決定された補正係数によって各種作業の必要な労働量を補正したと同時に、各種作業に対して作業価値係数を決めた。そして最後に線形計画法とファジィ線形計画法を用いて最適な労働量配分計画を作った。その結果はGISによって図面上に表示したり、評価したりすることができる。この短期作業計画策定システムを作業計画策定手段として用いれば各種作業を適切な時期に配分することができる。

 最後に、本論文で明らかにした森林経営管理システムの特徴と問題点について考察した。森林経営管理にかかわる長期間のデータをとるのは極めて困難である。特に森林経営に関する空間的な影響の分析に関する実験が必要である。したがって、本論における問題点を踏まえ、今後の展望として示した。

審査要旨

 本論文は森林の保有する経済的並びに公益的機能に配慮した森林経営管理システムを研究したものである。近年人々の森林に対する関心が急速く高まり,従来よりはるかに多様できめ細かい森林の管理が必要となってきた。またGIS(地理情報システム)等の発達によりこうした社会の要望に応えうる森林経営管理を実行しうる可能性が生じてきた。この可能性を現実のものとするためにはパーソナルコンピュータをベースとしてGISを組み込んだ森林経営管理システムの構築が不可欠である。最良の森林経営とは,森林を構成する各林分がその期待される機能を的確に発揮してゆくことである。このためにはまず各林分が保有する機能を総合的に評価し,これに基づいて土地利用区分を行ない,その結果,区分された森林群ごとに最適な森林施業を実行してゆくことが必要である。著者の研究もこうした森林経営がどこでもだれでも容易に実行できる森林経営管理システムを構築することを終局の目的としたものである。

 本論文は5章から構成されている。

 第1章では森林経営の今後のあり方を研究している。著者は持続可能な森林経営のためには,従来の伝統的な経営の指導原則である保続原則と経済原則に新たに多面的利用原則と合意形成原則を加えるべきだと結論している。

 第2章では森林の機能評価と土地利用区分を行なう手法を研究している。著者はまず森林の機能として木材等生産,水源涵養,山地災害防止,生活環境保全,保健文化の5種類をあげこれらを計量化する2つの評価法を考えた。次にその評価に基づいて土地利用区分をする手法としてクラスター分析と0-1線形計画法を用いた2種類の方法を開発した。

 第3章では長期経営計画策定システムを研究している。長期計画とは50年とか100年という長期を視野におき植伐等により森林を理想状態に誘導しようとする資源計画である。著者はまず木材生産を主目的とする長期経営計画策定システムを研究し,平分法と齢級法に基づく2種の計画策定システムを構築した。平分法に基づく計画システムはシミュレーションを利用するもので,任意の植伐計画がつくられ,その結果がGISを用いて評価され,逐次修正されてゆく対話型システムである。齢級法に基づく計画システムでは線形計画法,ファジィ線形計画法,目標計画法,多目的計画法の6種の数理計画法を適用した計画策定システムである。これらに基づく計画もGISによってコンピュータ画面上で処理できるようになっている。次に著者は森林の多面的機能の発揮を目標とする計画策定システムを開発している。それは多目的混合整数計画を用いたもので,そのパレート解はGISにより分析,修正できる。

 第4章では中期計画策定システムを研究している。これは,長期計画に基づく第1分期の計画を年次ごとに小班単位で実行する計画を策定するためのシステムである。著者はまず0-1計画法を用いて年ごとの収穫量や伐採面積をできるだけ均等にする条件の下で木材生産量や金員収穫を最大にする計画システムを作った。次にシミュレーションによって育林労働量をできるだけ均等に配分する育林作業配分システムを作り,前述のシステムを加えた2つのシステムにGISを組み込んだ中期施業計画策定システムを開発した。

 第5章では短期作業計画策定システムを研究している。短期計画とは中期計画を受けて年間の施業実行に必要な労働量を月ごとに配分することを課題とする計画である。ここでは月ごとに利用可能な労働量を制約条件として各種の作業がてきる限り適切な時期に実施できるような線形計画モデルを定式化した。著者は各種作業ができるだけ適期に実施できるという目的を数式で表わすために作業価値係数を定義した。これは作業が適期に実施される場合1.0という値をとり,実行が最適時期からずれるにしたがって減少する非負の実数である。目的関数は各種作業に対する労働量に作業価値係数を乗じた有効労働量の総和を最大化することとした。また,上述の線形計画モデルを定式化している。

 以上で述べた各計画策定システムを著者は東京大学千葉演習林の経営実験林に適用しその有効性を検討した。その結果,各システムはいずれも実践性があり計画策定や森林管理に有効であることを実証した。

 以上本論文は森林の経営管理に必要な計画手法を研究し,その結果に基づいてバーソナルコンピュータをベースとした森林経営計画策定システムを構築したものである。その成果は学術上,応用上森林経理学の研究分野の発展に貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54467