学位論文要旨



No 111265
著者(漢字) 上原,伸二
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,シンジ
標題(和) 沿岸性カレイ類の資源生物学的研究
標題(洋)
報告番号 111265
報告番号 甲11265
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1556号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 日野,明徳
 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 助教授 谷内,透
内容要旨

 近年,200海里体制の定着に伴い沿岸漁業の重要性が高まっている.本研究では沿岸域に生息するカレイ類について,漁獲対象時の生態学的特性と,さらに漁獲資源に加入する以前の幼期の生態を明らかにすることにより,個体群維持機構とそれに関わる沿岸域の重要性について考察する.研究対象種として,日本各地の沿岸域で代表的なイシガレイ(Kareius bicoloratus)とマコガレイ(Limanda yokohamae)を取り上げた,漁獲対象資源について主に東京湾をモデル海域とし,資源加入前について浜名湖をモデル海域としてそれぞれの研究を行った.

1.漁業

 1)東京湾 イシガレイ・マコガレイとも1965年から1992年までの横浜市漁業協同組合柴支所(以下,柴漁協)の魚種別船別漁獲量日計表を集計した.

 イシガレイの漁獲量は1970年代初期まで50トン未満であったが,1970年代中期に増加し,1976年には120.3トンとピークに達した.1970年代後期以降は再び50トン未満と低水準で推移している.銘柄別に検討すると,全長19cm以下の小型魚の変動が大きく,その変動傾向が漁獲量の変動に大きく寄与していた.

 マコガレイは現在柴漁協の主要な漁獲対象種となっているが,1970年代初期まで漁獲量は10トン未満であった.1970年代中期以降漁獲量は増加し,イシガレイを上回るようになった.さらに1980年代中期に漁獲量はピークに違したが(479.2トン,1986年),1980年代後期に大きく減少し,近年まで低水準のままである.銘柄別に検討すると全長25.5cm以下の中・小型魚の変動が大きく,その変動傾向が漁獲量の変動に大きく寄与していた.

 2)浜名湖 1965年から1992年の浜名漁業協同組合(以下,浜名漁協)の魚種別支所別漁獲統計を層析した.浜名漁協ではヒラメ・カレイ類(主要種はマコガレイ,イシガレイ,ヒラメ)が一括して計上されているため,その年変化を調べた.漁獲量のピークは1970年代前半にみられ(90.8トン,1972年),1980年代中期以降は低水準で推移している.

2.漁獲資源の生態

 漁獲資源の生態は東京湾のイシガレイを中心に調査し,マコガレイについては分布のみ検討した.分布については1977年から約15年間の20定点での試験底曳(以下,定点採集)の結果を用い,その他の特性については,1989年から約2年間の漁獲物の定期採集によって得られた個体を加えて検討した.

2.1東京湾のイシガレイ

 1)分布 分布には季節変化がみられ,秋期から冬期にかけては湾北部の,夏期は湾南部の分布量が多く,全域の分布量は冬期が最も多かった.秋期から冬期に湾奥部に分布するのは生後約1年の個体がまであると推定された.

 2)年齢と成長 717個体の耳石(扁平石)を用いて年齢査定を行った.輪紋(透明帯)は1年に1本形成されることが確認されたので,透明帯の形成が終わる1月1日を満年齢の基準日とした.輪半径から逆算した体長にvon Bertalanffyの成長式を当てはめると次のようになった.

 

 ここでtは年齢,Ltは年齢tの時の標準体長(mm)である.

 3)成熟と栄養状態 604個体の生殖腺指数(GSI),肥満度(CF),肝量指数(HSI)を求めた.GSIの季節変化から産卵期は12月前後であることが明らかとなった.成熟年齢は雄で当歳,雌で1歳であった.産卵期前後のHSIとCFの変化は,おおむね成魚(雌1歳以上.雄当歳以上)では減少傾向,未成魚では増加傾向であり,成魚と未成魚での産卵期における栄養状態の導いが示唆された.

 4)食性 579個体の胃内容物重量を測定し,Fullness index(FI)と空胃率を求め,内容物の解析を行った.FIと空胃率の季節変化から,12,1月の摂餌強度は低く,2,3月にかけて高まり,夏期は再び低下する傾向がみられた.また冬期にはGSIが高い個体ほどFIは低く,産卵期,特に産卵直前の摂餌強度の低下が示唆された.胃内容物には季節変化がみられ,冬期は多毛類,春期,秋期は二枚具類が多く,クモヒトデ類と甲殻類は夏から秋期に出現した.

2.2東京湾のマコガレイ

 分布に季節変化がみられ,冬期は北部の,夏期は南部の分布量が多かった.全域の分布量は夏期が農も多かった.夏期の南部における分布量の増加と柴漁協のCPUE(1日1隻当たり漁獲量)の季節変化はよく一致した.

3.漁獲資源加入前の生態

 漁獲資源加入前の生態は浜名湖で調べた.浮遊卵仔魚は1992年11月から1993年4月に採集した.着底後の魚については,1m以浅では1993年2月から7月にタモ網調査を行い,1m以深では1992年8月から1993年7月まで小型底曳網調査と浜名漁協の袋網(小型定置網)漁獲物採集を行った.

3.1浜名湖のイシガレイ

 1)成熟と産卵 漁獲物採集によって得た35個体のGSIの季節変化と浮遊卵の出現状況より,産卵期は12月から2月であることが明らかとなった.

 2)仔稚魚の日齢と成長 人工受精・飼育を行った94個体(飼育魚)とタモ網調査によって得た88個体(天然魚)の耳石(礫石)を用いて解析を行った.

 飼育魚では,孵化時および卵黄吸収時の耳石半径に相当する位置にchockが認められた.輪紋構造は仔魚期初期には不明瞭であった.連続的輪紋構造が認められる部分について日齢と輪紋数の関係をみると,輪紋は1日1本形成されることが確認され,形成開始は孵化後およそ23日と推定された.また30.0%(6/20)の個体で着底期に相当する位置に不明瞭な耳石輪紋構造が認められた.

 天然魚の耳石では卵黄吸収時に相当する位置から連続的輪紋構造が認められた.したがって卵黄吸収後(約8日)より輪紋が1日1本形成されるものとした.着底に伴うと考えられる輪紋構造の不明瞭域は69.0%(49/71)の個体で認められた.これらをもとに孵化日,着底日,浮遊期間を求めた.孵化日はほとんどが産卵期の後期に相当する2月中・下旬であった.着底は3月下旬から4月上旬で,平均浮遊期間は42.2±2.8(8D)日であった.着底後の成長は以下の式で表された,Y=0.64X-17.46(r=0.98,n=51)ここでYは体長(mm),Xは日齢である.

 3)分布と移動 卵は北部で多かったが,浮遊仔魚はほとんど採集されなかった.着底稚魚は1m以浅において4月上旬から北部を中心に高密度に分布し,6月には全体的に密度が低下したが,分布の傾向は変わらなかった.1m以深においては袋網で5月から6月にかけて最北部での採集個体数が多かった.イシガレイ稚魚の成育場は夏まで北部の極浅所を中心とした砂泥域に形成され,次第に分散していくものと考えられた.

 4)食性 タモ網調査で得た415個体の空胃率を求め,胃内容物の解析を行った.空胃個体はほとんどみられなかった.胃内容物は場所により若干の差異がみられたが.総じて多毛類を中心とし,その他の項目は成長に伴いカイアシ類→ヨコエビ類→甲殻類・二枚貝類と変化した.

3.2浜名湖のマコガレイ

 1)成熟と崖卵 漁獲物採集によって得た38個体のGSIの季節変化および卵黄嚢を持った仔魚の出現状況より,産卵期は12月から3月であることが明らかとなった.

 2)仔稚魚の日齢と成長 マコガレイについては天然のイシガレイと同様の耳石輪紋形成機構を持つものと仮定し(卵黄吸収は孵化後6日),タモ網調査で得た52個体の日齢を調べた.推定された孵化日はほとんどが2月中・下旬で,産卵期の後半に相当した.着底は3月下旬が多く,平均浮遊期間は34.3±2.4(SD)日と推定された.着底後の成長(約10mm-30mm)は以下の式で表された.Y=0.44X-5.56(r=0.86,n=32)ここでYは体長(mm),Xは日齢である.

 3)分布と移動 孵化直後である卵黄嚢を持った仔魚は北部に多かった.着底稚魚は1m以浅において4月上旬に北部を中心に出現し,その後5月にかけて分布の南下傾向がみられ,7月には全体的に密度が低下した.1m以深においても,少なくとも5月から6月にかけて分布の南下傾向がみられ,7月には全体的に急激に密度が低下した.マコガレイ稚魚の成育場は北部を中心とした泥底のやや深所に形成され,夏までには南下移動すると考えられた.

 4)食性 タモ網調査によって得た191個体の空胃率を求め,胃内容物の解析を行った.空胃個体はほとんどみられなかった.胃内容物は場所により若干の差異がみられたが,総じて多毛類とヨコエビ類を中心とし,その他の項目は成長に伴いカイアシ類→二枚貝類と変化した.

 本研究の結果から,近年の漁獲量はいずれの種,海域でも低水準にあり,東京湾では特に若齢魚の量が全体の変動を左右していることが明らかとなった.個体群維持には幼期の生残が大きく関わると思われるが,浜名湖で行った40種1032個体の魚類・甲殻類の胃内容物調査では捕食例はわずか1例のみであり,着底後の魚の飢餓状態も考えられなかった.これらのことから着底後の生残は比較的良好であることが示唆された.しかし同時に,成育場は物理・化学的改変をこうむりやすく,移出期には混獲という間題も生じる.近年の漁獲量の低水準化もこれら人為的影響に起因する部分が大きいと推察された.

 今後は浮遊期の減耗過程の定量的研究,および海域特性に応じた個体群維持機構の解明が必要である.

審査要旨

 近年沿岸漁業の重要性が叫ばれ,また,資源管理型漁業の推進が必要とされる。しかし,沿岸漁業の対象種の生態,特に加入機構については明かでないことが多い。本研究は各地の沿岸漁業の漁獲対象として重要なカレイ類を取り上げ,漁獲対象資源の生態と加入以前の幼期の生態を併せて検討することにより,個体群維持機構とそれに関わる要因を明らかにすることな目的としている。研究対象種はイシガレイKaraius bicoloratusとマコガレイLimanda yokohamaeで,漁獲対象資源について主に東京湾で,加入以前の生態については浜名湖で研究を行った。

漁獲対象資源1)東京湾のイシガレイ

 漁獲量は1970年代初期まで50トン未満であったが,70年代中期に増加し76年には120.3トンのピークに達し,その後は減少して低水準で推移している.年々の変動には全長19cm以下の小型魚の変動の寄与が大きい。

 湾内分布には季節変化が見られ,秋から冬には北部,夏には南部に分布量が多い。

 耳石による年齢査定な行った。耳石径と体長の関係を用い,輪径から年輪形成時(t)の標準体長(Lt,mm)を逆算しvon Bertalanffyの成長式を求め,次の式を得た。

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 生殖腺指数の季節変化から産卵期は12月前後であることが明かとなった。成熟年齢は雄で当歳,雌で1歳である。

 胃内容物の解析から,摂餌強度は産卵後高まるが,産卵期前に低下する。餌生物は冬は多毛類,春・秋に二枚貝類が多く,夏から秋にかけてクモヒトデ類と甲殻類が出現するという季節変化が見られる。

2)東京湾のマコガレイ

 分布に季節変化が見られ,冬は北部の,夏は南部の分布量が多く,この季節変化は漁獲に反映している。

3)浜名湖のカレイ類

 漁獲最について浜名漁協ではヒラメ・カレイ類を一括計上しているので,この年変化を調べたところ,ピークは1970年代前半に見られ,80年代中期移行は低水準で推移している。

加入以前の幼期の生態1)浜名湖のイシガレイ

 生殖腺指数の季節変化と浮遊卵の出現状況から産卵期は12月から2月と推定された。

 仔稚魚の日齢と成長について飼育個体と野外採集個体の耳石を用いて検討し,飼育魚と天然魚で形成開始期は異なるが,輪紋がいずれも1日1本形成されることが明らかになった。この日周輪数を基に,孵化日,着底日,平均浮遊期間を推定し,それぞれ,2月中下旬,3月下旬から4月上旬,42.2日を得た。

 浮遊仔魚はほとんど採集されなかったが,卵と着底稚魚の分布から,成育場は夏まで北部の浅場の砂泥域に形成され,その後次第に分散すると考えられた。着底稚魚には空胃はほとんど見られず,多毛類が主だが,その他の餌は成長に伴い,カイアシ類→ヨコエビ類→甲殻類・二枚貝類と変化した。

2)浜名湖のマコガレイ

 生殖腺指数の季節変化と仔魚の出現状況より,産卵期は12月から3月と推定された。

 天然のイシガレイと同様の耳石輪紋形成機構を仮定し,日齢を調べ,孵化日,着底日は多くは2月中下旬および3月下旬,平均浮遊期間は34.3日と推定された。

 孵化直後の仔魚および着底稚魚の出現,分布の変化から,稚魚の成育場は北部を中心とした泥底のやや深所に形成され,夏までには南下移動すると考えられた。着底稚魚には空胃はほとんど見られず,多毛類とヨコエビ類が主だが,その他の餌は成長に伴い,カイアシ類→二枚貝類と変化した。

 このようにイシガレイ・マコガレイ両種とも,東京湾・浜名湖両水域で漁獲(従って資源も)近年低水準にあり,特に東京湾では小型すなわち若齢魚の量が全体の変動を左右していることが明かとなった。一方,浜名湖での加入前の生態の調査により,着底後の生残は比較的良好な可能性が示唆された。しかし,沿岸の成育場は人為的改変を蒙り易い水域であり,また,混獲も大きいとの報告もある。こういった要因について加入および資源変動との関係を今後詳細に検討する必要があるというのが本研究の結論である。

 以上,本研究は沿岸で重要な漁獲対象種であるカレイ類の生態を漁獲対象時期のみならず加入以前についても明らかにし,今後の資源維持・回復の方策に示唆を与える知見を得たもので,学術上も実際面でも貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)の学位に値すると判定した。

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