内容要旨 | | 海洋生物から医薬素材を探索する試みは1970年代初めから行われている。なかでも抗腫瘍物質の探索は活発で,ホヤ由来のdidemnin Bとコケムシから得られたbryostatin 1は臨床試験中である。この他にも有望化合物は数種知られているが,抗がん剤として開発されたものはまだない。 そこで,本研究では,日本沿岸産海洋無脊椎動物から抗腫瘍物質探索中,八丈島で採集した海綿Theonella swinhoeiから発見された非常に強い細胞毒性をもつ3種のポリペプチドpolytheonamide A-Cについて,それらの構造解析を行うとともに,溶液中におけるコンフォメーション解析を試みて活性発現機構について検討した。それらの概要は以下の通りである。 1.Polytheonamide類の単離および構成アミノ酸 八丈島で採集した海綿のエタノール抽出物のエーテル可溶物から,細胞毒性を指標にして,溶媒分画,ODSカラムクロマトグラフィー,ゲルろ過、および逆相高速液体クロマトグラフィーなどを用いて,polytheonamide A-Cと命名した3種の活性物質を得た。これらは,P388マウス白血病細胞に対して,それぞれIC50 80,70および70pg/mLの著しい細胞毒性を示した。 Polytheonamide A-Cは,FABMSにおいてそれぞれm/z5033,5033および5047に(M+H)+イオンピークを与えた。1Hおよび13CNMRスペクトルから,ポリペプチドと考えられたので,構成アミノ酸を決定するため,アミノ酸分析および加水分解物の二次元NMRデータ(COSY,HOHAHA,HMQC,HMBC)の解析を行った。その結果,主成分のpolytheonamide Bは,Ala,Asx,Thr,aThr,Ser,Glx,Val,Gly,Ileに加え,t-Leu,-methylGlx(MeGlx),-methylIle(MeIle),-hydroxyVal(OHVal),-hydroxyAsx(OHAsx)などの異常アミノ酸を含むことがわかった。さらに,polytheonamide Bそのものの二次元NMRデータから,新規アミノ酸である-hydroxy-t-Leu(OH-t-Leu)を1残基含むことが判明した。同様に,polytheonamide Aとpolytheonamide Cもほぼ同一のアミノ酸組成を示した。 2.アミノ酸配列 Polytheonamide類は,いずれもニンヒドリン試薬に陰性であることから,環状あるいはN末端がブロックされた鎖状のペプチドであると推定された。そこでまず,主成分のpolytheonamide Bについて二次元NMRスペクトルの解析を行い,配列分析をすることとした。 DMSO-d6中で測定したDQF-COSYおよびHOHAHAスペクトルから,アミノ酸残基内のスピン系の解析を行った。また,側鎖に4級炭素を含むt-Leu,MeIle,OHValおよびOH-t-Leu残基のシグナルの帰属は,NOESYおよびHMBCスペクトルを用いて行った。次に,隣接するアミノ酸残基間において観測されたアミドプロトン間,ならびにアミドプロトンとプロトンの間のクロスピークからアミノ酸配列を決定した。N末端アミノ酸Gly残基のアミドプロトンと162ppmの炭素の間にHMBCクロスピークが観測されたことから,polytheonamide BのN末端にcarbamoyl基が結合していることがわかった。一方,ヒドラジン分解でThrあるいはaThrが検出されたため,これらのいずれかが遊離のC末端に位置するものと推定した。さらに,分子量を考慮して,アミノ酸残基以外の構成ユニットとしてNMRスペクトルで検出されたトリn-プロピルアミンがC末端のカルボキシル基の対イオンとなっていると判断した。同様にして,polytheonamide Aはpolytheonamide Bと同一の平面構造をもつこと,ならびにpolytheonamide Cはpolytheonamide Bの46番目のGln残基がMeGln残基に置換したものであることを明らかにした。 3.アミノ酸残基の絶対立体配置1)加水分解物の分析 Polytheonamide Bの加水分解物について,Chirasil Valカラムを用いるGC分析ならびにMarfey誘導体に導いてHPLC分析を行い,各アミノ酸が次のようなDL比で存在することを明らかにした。 Ala(D:L=2:5),t-Leu(D:L=4:4),Asp(D:L=7:1),D-OHAsp(1),D-Ser(1),L-Thr(1),D-aThr(1),L-Ile(2),L-Glu[1or0(polytheonamide C)],L-Val(3) 2)部分加水分解物の分析 Polytheonamide Bを4N-HCl/EtOH(1:1)中で加熱して得られたペプチドフラグメントをODS-HPLCで分取した。各フラグメントのアミノ酸配列をタンデムFABMSで推定するとともに,dansyl誘導体に導き,完全加水分解後Marfey試薬と反応させた。Dansyl化アミノ酸はキラルカラムを用いるHPLC分析,それ以外のMarfey誘導体化したアミノ酸はHPLC分析に付し,各フラグメントに含まれるアミノ酸残基の絶対立体配置を決定した。 このようにして現在までに決定されたアミノ酸残基の絶対立体配置は下に示す通りで,DおよびL型アミノ酸が交互に存在している。 4.CDCl3-CD3OH中のコンフォメーション 1H NMRスペクトルのケミカルシフト値およびCDスペクトルから,polytheonamide BはCDCl3-CD3OH中である特定の二次構造をとることが推察された。そこで,CDCl3-CD3OH(1:1)中で測定したpolytheonamide BのNOESYデータを解析したところ,隣接残基間でのアミドプロトンと-プロトンの間の相関に加え,6残基離れたアミノ酸の間でアミドプロトンと-プロトンの間のクロスピークが認められた。これらのクロスピークは,チャンネル形成性ペプチドのgramicidin Aが脂質二重膜中でとると考えられている-ヘリックス型コンフォメーションの存在を示唆した。そこで,NMRデータから三次元構造を解析するため,MolSkopシステムを使用してDADAS90プログラムにより構造計算を行った。DLが未決定である残基に関しては,ペプチド鎖全体に渡りD型とL型のアミノ酸が交互に存在するものと仮定して絶対立体配置をあてはめた。構造計算には重水素交換実験から予想された42個の分子内水素結合,NOEデータから得られた336個の距離制約条件,および48個のHNCHの二面角制約条件を用いた。計算の結果,アミノ酸の側鎖がすべて外側を向いた筒型の-ヘリックス型の構造をとることがわかった。絶対立体配置が未決定の残基のうち,いずれか1つの残基の位の立体化学を反転させると,NOESYデータを満たすような構造がとれなくなることから,D型とL型のアミノ酸が交互に存在することが支持された。 Polytheonamide Bが脂溶性溶媒中で-ヘリックス構造をとることから,その活性発現機序としてgramicidin Aと同様に脂質二重膜中でのポア形成が推察された。 以上,八丈島産海綿Theonella swinhoeiから非常に強力な細胞毒性をもつ異常ポリペプチドpolytheonamide A-Cの単離と構造決定を試み,これらのペプチドが以下に示すような構造上の特徴を有することを明らかにした。 1)異常アミノ酸を含んだペプチドとしては天然有機化合物の中で最大の分子量をもつ。 2)D型とL型のアミノ酸残基が交互に存在する。 3)CDCl3-CD3OH(1:1)中で,-ヘリックスコンフォメーションを形成し,このコンフォメーションが生物活性の発現に関与する。 |
審査要旨 | | 海洋生物からの細胞毒性(抗腫瘍性)物質の探索は活発であるものの,いまだ抗がん剤として開発されたものはない。そこで,本研究では,日本沿岸産海洋無脊椎動物から細胞毒性物質探索中,八丈島で採集した海綿Theonella swinhoeiから発見された非常に強い細胞毒性をもつ3種のポリペプチドpolytheonamide A-Cについて,それらの構造解析を行うとともに,溶液中におけるコンフォメーション解析を試みて活性発現機構を検討し,医薬あるいはそのリード化合物の可能性を探った。概要は以下の通りである。 海綿のエタノール抽出物から,細胞毒性を指標にして,溶媒分画,ODSカラムクロマトグラフィー,グルろ過,および逆相高速液体クロマトグラフィーなどを用いて,polytheonamide A-Cと命名した3種の活性物質を得た。これら化合物は,P388マウス白血病細胞に対して,それぞれIC5078,68および68pg/mLの著しい細胞毒性を示した。 主成分のPolytheonamide Bは,分子量が5032であり,アミノ酸分析および加水分解物の二次元NMRデータの解析から,Ala,Asp,Thr,Thr,Ser,Glu,Val,Gly,Ileに加え,t-Leu,MeGlu,MeIle,OHVal,OHAspなどの異常アミノ酸を含むことがわかった。さらに,polytheonamide Bそのものの二次元NMRデータから,新規アミノ酸であるOH-t-Leuを1残基含むことが判明した。 次に,二次元NMRスペクトルの解析を行い,配列分析を行った。DMSO-d6中で測定したDQF-COSYおよびHOHAHAスペクトルから,アミノ酸残基内のスピン系の解析を行った。次に,隣接するアミノ酸残基間において観測されたNOEのクロスピークからアミノ酸配列を決定した。また,HMBOクロスピークからN末端にcarbamoyl基が結合していることがわかった。さらに,分子量を考慮して,トリn-プロピルアミンがC末端のカルボキシル基の対イオンとなっていると判断した。同様にして,polytheonamide Aはpolytheonamide Bと同一の平面構造をもつこと,ならびにpolytheonamide Cはpolytheonamide Bの46番目のGln残基がMeGln残基に置換したものであることを明らかにした。 Polytheonamide Bの構成アミノ酸の絶対立体配置は,加水分解物について,Chirasil Valカラムを用いるGC分析ならびにMarfey誘導体のHPLC分析から決定した。 次に,アミノ酸残基の絶対立体配置を決定するため,Polytheonamide Bの部分加水分解で得られたペプチドフラグメントのアミノ酸配列をタンデムFABMSで決定した。そのペプチドフラグメントをdansyl誘導体に導き,完全加水分解後Marfey試薬と反応させた。Dansyl化アミノ酸はキラルカラムを用いるHPLC分析,それ以外のMarfey誘導体化したアミノ酸はHPLC分析に付し,各フラグメントに含まれるアミノ酸残基の絶対立体配置を決定した。その結果,DおよびL型アミノ酸が交互に存在する興味ある配列であることが判明した。 1H NMRスペクトルのケミカルシフト値およびCDスペクトルから,polytheonamide BはCDCl3-CD3OH中である特定の二次構造をとることが推察された。また,同溶媒中のNOESYデータの解析から,隣接残基間の相関に加え,6残基離れたアミノ酸の間でNOEのクロスピークが認められた。この溶媒中の三次元構造を解析するため,NMRデータから得た378個の距離制約条件と48個のHNCHの二面角制約条件を用いDADAS90プログラムにより構造計算を行った。その結果,アミノ酸の側鎖がすべて外側を向いた筒型の-ヘリックス型の構造をとることがわかった。この-ヘリックス型コンフォメーションは,チャンネル形成性ペプチドのgramicidin Aが脂質二重膜中でとるものと同じであったので,その活性発現機序としてgramicidin Aと同様に脂質二重膜中でのポア形成が推察された。 図表 以上,本論文は,八丈島産海綿Theonella swinhoeiから非常に強力な細胞毒性をもつ異常ポリペプチドpolytheonamide A-Cの単離と立体を含めた構造決定を行うとともに,コンアォメーション解析から生物活性の発現を検討したもので,学術上,応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は,本論文提出者に対して博士(農学)の学位を授与してしかるべきと判定した。 |