学位論文要旨



No 111273
著者(漢字) メルバ ボンダド レアンタソ
著者(英字)
著者(カナ) メルバ ボンダド レアンタソ
標題(和) 日本の海産魚におけるベネデニア亜科単生類の感染症に関する研究
標題(洋) Studies on Benedeniine(Monogenes Capsalidae)Parasitic Infection among Marine Fishes of Japan
報告番号 111273
報告番号 甲11273
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1564号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 日野,明徳
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 鈴木,譲
 東京大学 助教授 小川,和夫
内容要旨 内容

 従来、日本の海産養殖魚に寄生するベネデニア亜科の単生類(はだむし)として、ブリ属数種の魚(Seriola spp.)を宿主とするBenedenia seriolae(Yamaguti,1934)とイシダイを宿主とするB.hoshinai Ogawa,1984の、いずれも宿主特異性の高い2種が知られていた。養殖魚種の増加に伴い、最近5年間に、従来、養殖魚からは未報告であったBenedenia epinepheli(Yamaguti,1937)とNeobenedenia girellae(Hargis,1955)が養殖場のヒラメ、トラフグ、ハタ類などに、さらにB.epinepheliについては、水族館飼育の多くの海水魚種にも寄生が見られている。いずれの種も宿主特異性が低く、かつ感染魚を斃死させる例があり、産業上重要な寄生虫となっている。本論文は、これら2種のはだむしについて行った形態および分類、宿主範囲、地理的分布に関する研究をまとめたものであり、さらに、N.girellaeについては、生活史および免疫に関する研究を含む。

1.Benedenia epinepheliの形態と分類

 本種は、体長1.5-3.1mmの小型のはだむしで、ヒラメ、クロソイ、キジハタなどの魚の体表、鰭および目に寄生していた。形態学的には、生殖器官の開口する付近の体表に伸長した部分があることが特徴で、種の鑑別に有用な構造物であると考えられた。模式標本は、瀬戸内海の天然キジハタの鰓から採集されたものである。原記載には、この構造に関する記載はなかったが、その他の点では、本研究で用いた標本と模式標本との形態差はほとんどなかった。多くの水族館飼育の海水魚に寄生するとして報告された、堤・伊藤(1965)のBenedenia sp.、天然アナゴのBenedeniella congeri Yamaguti,1958(=Neobenedeniella congeri;Benedenia congeri)の標本と比較した結果、両種を本種のシノニムと判断した。

 本研究によって新たに本州、四国、九州の計9都県の12の魚種がB.epi-nepheliの宿主として追加され、従来の報告をあわせると、宿主の数は25種(フグ目11種、スズキ目9種、カサゴ目3種、カレイ目1種、ウナギ目1種)となった。Benedenia属としては、きわめて例外的に宿主特異性の低い種であることが明瞭になった。

2.Neobenedenia girellaeの形態および分類

 日本ではこれがNeobenedenia属の単生類の初めての記録である。N.girellaeは、ヒラメ、カンパチ、トラフグ、マダイ、ハタ類の体表や目から採集され、体長は、ヒラメに寄生した虫体で、3.6-5.6mmであった。他のベネデニア亜科のはだむしとは膣を持たないことで容易に区別されたが、同亜科の主要な分類形質である、後固着盤の鉤の形態変異が大きく、鉤の発育不良を示す個体が多く見られた。

 Kaneko et al.(1998)がハワイのティラピアOreochromis mossambicusから採集したN.melleniの標本と比較した結果、本種のシノニムと判断した。本種は熱帯域を中心に世界に広く分布しているが、日本では、養殖ヒラメとトラフグから複数の県で1991年10月に初めて発見された。その後に採集された材料と合せて、9都県の5科15種の養殖魚に寄生することが判明した。

3.Neobenedenia girellaeの生活史および養殖魚への感染ルート

 養殖カンパチに寄生していたN.girellaeを魚体から離し、海水中で5時間、産卵させた。産卵数は、若い成虫(体長2.1-2.9mm)では19-33(平均24.0)個と少なかったが、大型の成虫(体長3.9-5.2mm)では76-171(平均117.1)個に達した。産卵から孵化までに、20℃で7日、25℃で5日、30℃で4日を要したが、15℃では孵化しなかった。

 孵化直前の虫卵を飼育水槽に加え、ヒラメに感染させたところ(25℃)、4日後では、鰭からのみ採集され、すべて未成熟であった。12日目以降の大型個体は体表に寄生していたことから、本種はまず、ヒラメの鰭に寄生し、成熟につれて、体表に移行するものと考えられた。12日後には、1.50-4.13mmに達し、ほぼすべての虫体が成熟していた。最小成熟虫体の体長は2.1mmであった。

 冬には養殖魚に虫体がほとんど見られなくなること、15℃では卵が発達しなかったことから、本種は高水温に適応した種であると判断された。また、本種は産卵能力が高く、高水温期に生活環がきわめて速く回転する(25℃で、最短で17日)ことが明らかになった。

 ここ数年、養殖用の種苗として、中国海南島や香港からカンパチ稚魚が大量に輸入されている。1992年から1994年に九州、四国各地に到着して2日以内の輸入カンパチを検査したところ、魚群によって7.7-70.0%の魚がN.girellaeに感染していた(虫体長2.1-7.6mm)。海南島と香港で日本に輸出するために蓄養していたカンパチから採集したはだむしも、すべてN.girellaeで、体長は3.7-4.9mmであった。

 中国や香港から日本に種苗を輸送するのに要する日数(=約1週間)、日本に到着直後のカンパチにおける本種の高感染率、感染実験における本種の成長速度、および輸出地での感染の事実から判断して、本種は、輸出元で既にカンパチ種苗に寄生しており、輸入カンパチとともに日本に導入されたと結論された。また、本種は宿主特異性が低いため、国内でカンパチから他の養殖魚種にも寄生が拡大していったと考えられた。

4.Neobenedenia girellaeに対するヒラメの免疫応答

 ヒラメ(体長14.2-25.8cm)の飼育水槽に大量の孵化直前の虫卵を投入することによって感染実験を行い、N.girellaeに対して宿主が免疫を獲得できるかどうかを検証した。得られた数値は、Mann-Whitneyの両側U検定で統計学的に検討した。

 ヒラメにN.girellaeを感染させて10日後に淡水浴によって駆虫し、さらに10日後に攻撃試験を行った。対照魚には攻撃試験のみを行い、攻撃試験の10日後に寄生数を調べた。実験は2回行った。第1回目の実験では、実験区の平均寄生数406に対し、対照区1073、第2回目の実験では、それぞれ275と439で、いずれも実験区の方が対照区より有意に虫体数が少なかった。また、第2回目の実験で、攻撃試験後の6日目の虫の体長は実験区と対照区の間で有意差は認められなかったが、10日目には、実験区の魚から回収された虫の平均体長は1.43mmで、対照区の1.64mmより有意に小さかった。

 第2回目の感染実験における対照魚と実験魚、および超音波処理した成虫あるいは緩衝液のみを腹腔内注射した魚の血清中の本種に対する抗体の存在をELISAによって調べた。その結果、虫体を接種したヒラメのみに抗体が検出された。一方、虫体接種魚と緩衝液接種魚に本種を感染させたところ、虫体接種魚の平均寄生数は148.0、緩衝液接種魚では166.4で、有意差はなかった。

 以上のことから、N.girellaeの感染を受けたヒラメはある程度の防御能を獲得することが明らかになったが、ヒラメの免疫応答には、血清中の抗体は関与していないと考えられた。攻撃試験では寄生を完全に抑えることはできなかったが、免疫魚では、寄生数が減少するばかりでなく、寄生虫の成長の抑制も観察された。

5.まとめ

 ベネデニア亜科の単生類、Benedenia epinepheliとNeobenedenia girellaeは、単生類としては例外的に宿主特異性が低いため、養殖場や水族館で、多くの魚種に寄生が拡大し、問題になったものと思われる。N.girellaeについては、輸入した養殖用の種苗とともに日本に導入されたものである。病気の発生や被害の拡大に人為的な要因が大きく関与していることが、本研究によって明らかになった。

 N.girellaeに感染したヒラメでは、再感染に対し、防御能が獲得されることが示された。そのメカニズムの詳細は、今後の研究成果に待たなければならないが、はだむし症の対策に応用できる可能性が示唆された。

審査要旨

 養殖魚からは未報告であったベネデニア亜科の単生類(はだむし)Benedenia epinepheli(Yamaguti,1937)とNeobenedenia girellas(Hargis,1955)が養殖場のヒラメ,トラフグ,ハタ類などに寄生し,被害を与えるようになっている。本論文は,これら2種のはだむしについて行った形態および分類,宿主範囲,地理的分布に関する研究をまとめたものである。N.girellasについては,生活史および免疫に関する研究を含む。論文内容の概要は以下のとおり。

1.B.epinepheliの形態と分類

 本種は,体長1.5〜3.1mmの小型のはだむしで,ヒラメ,クロソイ,キジハタなどの魚の体表,鰭および目に寄生していた。形態学的に,生殖器官の開口する付近の体表に伸長した部分があることが待徴として新たに記載された。本研究によって新たに本州,四国,九州の計9都県の12の魚種がB.epinepheliの宿主として追加され,従来の報告なあわせると宿主の数は25種となり,Benedenia属としては,きわめて例外的に宿主特異性の低い種であることが明瞭になった。

2.N.girellaeの形態および分類

 日本ではこれがNeobenedenia属単生類の最初の記録である。N.girellaeは,ヒラメ,カンパチ,トラフグ,マダイ,ハタ類などの体表や目から採集され,体長は,ヒラメに寄生した虫体で,3.6〜5.6mmであった。Neobenedenia属は他のベネデニア亜科のはだむしとは膣を持たないことで容易に区別された。また,近縁種のN.mellaniとは体形などで区別された。

 本種は熱帯域な中心に広く分布しているが,日本では1991年10月に初めて発見され,その後に採集された材料と合せて,9県の5科15種の養殖魚に寄生することが判明した。

3.N.girellaeの生活史および養殖魚への感染ルート

 養殖カンパチに寄生していたN.girellaeを魚体から離し,海水中で5時間,産卵させた。産卵数は19〜171個,産卵から孵化開始までに,20℃で7日,25℃で5日,30℃で4日を要したが,15℃では孵化しなかった。

 孵化直前の虫卵を飼育水槽に加え,ヒラメに感染させたところ(25℃),4日後までは鰭からのみ採集され,すべて未成熟であった。12日後には,1.50〜4.13mmに達し,ほぼすべての虫体が成熟していた。最小成熟虫体の体長は2.1mmであった。12日目以降の大型個体は体表に寄生していた。

 ここ数年,養殖用の種苗として,中国海南島や香港からカンパチ稚魚が大量に輸入されている。1992年から1994年に九州,四国各地に到着して2日以内の輸入カンパチを検査したところ,魚群によって,7.7〜70.0%の魚がN.girellaeに感染していた(虫体長2.1〜7.6mm)。海南島と香港で日本に輸出するために蓄養していたカンパチから採集したはだむしも,すべてN.girellaeで,体長は3.7〜4.9mmであった。

 輸送に要する約1週間の日数,本種の成長速度,日本到着直後のカンパチ稚魚における成虫のみの寄生とその高い寄生率,および輸出地でも既に寄生している事実から判断して,本種はカンパチ種苗の輸入によって導入されたと結論された。また,宿主特異性が低いため,国内でカンパチから他の養殖魚種にも寄生が拡大したと考えられた。

4.N.girellaeに対するヒラメの免疫応答

 飼育水槽に孵化直前の虫卵を投入することによってヒラメ(体長14.2〜25.8cm)にN.girellaeを感染させ,10日後に淡水浴によって駆虫した。この魚群な実験区とし,未感染魚群を対照区とし,駆虫10日後に攻撃試験を行い,攻撃10日後に寄生している虫体数および虫体長を両区で比較した。また,実験感染魚および超音波処理した成虫を腹腔内注射した魚の血清中の本種に対する抗体の存在をELISAによって調べた。

 これらの実験の結果,実験区の魚では,寄生虫数が減少するばかりでなく寄生虫の成長も抑制され,ある程度の防御能が働いたと推察された。また,この免疫応答に血清中の抗体は関与していないことが示唆された。

 以上,本研究は,海面養殖魚で最近問題になっているB.epinepheliとN.girellaeについて,魚類寄生虫としての特性を明らかにしたものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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