学位論文要旨



No 111274
著者(漢字) 李,宏宇
著者(英字)
著者(カナ) リ,コウウ
標題(和) 海綿の抗カビ性代謝産物に関する研究
標題(洋) Studies on Antifungal Sponge Metabolites
報告番号 111274
報告番号 甲11274
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1565号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 山口,勝己
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 村上,昌弘
内容要旨

 海洋生物は陸上生物とは異なる二次代謝産物を含むことが期待され、1970以降海藻、海綿、腔腸、原索動物などに含まれる化学成分の研究が活発に行われてきた。その結果、5000に及ぶ新規物質が得られている。なかでも、海綿は特異な構造と生物活性を持つ二次代謝産物を多く含むことから、抗菌、抗カビ物質、抗腫瘍物質など医薬として重要な化合物の探索対象となっている。しかしながら、医薬として応用された化合物はまだない。近年、抗生物質耐性菌の出現などにより新しい抗菌、抗カビ剤の開発が急務となっている。特に真菌症に対する有効な薬剤が少ないので、抗カビ剤の開発が重要となっている。

 このよな下状況に、本研究でいる新しい抗カビ剤を海洋生物、特に海綿から探索開発する研究の一環として、行われたもので日本各地およびオーストラリアで採集した海綿の杭カビ成分の単離と構造決定を試み、医薬品あるいは農薬としてのリード化合物開発の可能性を探った。その概要は以下の通りである。

I.長鎖カルボン酸誘導体1.八丈島産Petrosia volcanoからのブロモアセチンカルボン酸誘導体の単離と構造決定

 八丈島産P.volcanoをエタノールで抽出後、抗カビ性を指標に溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィーおよび高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で活性成分を精製して、17種類の活性物質を得た。これらの構造を2D NMRとFABMSデータなどから解析したところ、二重結合、三重結合と臭素原子を持つC18カルボン酸であると決定できた。これらのうち10種類が新規化合物であった[18-bromo-(9Z,l3Z,17E)-octadeca-9,13,17-triene-5,7,15-triynoic acid,1]。

2.八島産Petrosia corticataから得られたアセチレンカルボン酸

 八丈島で採集したP.corticataのメタノール抽出物がMortierella ramannianaに対する抗カビ活性を示したので、活性成分の単離と構造決定を試みた。すなわち、試料100gをメタノールで抽出後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、最終的に逆相HPLCを用いて、活性成分corticatic acid A(2),BおよびCを単離することができた。活性成分は長いメチレン鎖を持つため、HMQC-HOHAHAおよびtwo-step relayed COSYなどの2D NMRの手法を有効に用いて構造を決定した。

 

3.熱海産Halichondria cylindrataから得られたセレブロシドhalicylindroside類

 熱海で採集したH.cylindrataから得たエタノール抽出物のクロロホルム可溶画分を、Sephadex LH-20を用いたゲル濾過、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで精製したところ、halicylindroside A1-A4(halicylindroside A3,3)およびhalicylindroside B1-B6と命名した抗カビ性と細胞毒性を示す10種の物質を単離することができた。2D NMRとFABMSを主体とした機器分析ならびに化学分解などから、これらはいずれも天然物としては初めてのN-acetylglucosamineを含むセレブロシドと決定した.

 

II.芳香族化合物

 愛媛県佐田岬で採集したHalichondria sp.の水溶性画分が強い抗カビ活性を示したので、活性成分の単離同定を試みた。すなわち、エタノール抽出物を溶媒分画、シリカゲルカラムで分画した後、ODS HPLCで精製して、5つの活性成分、tryptophol(4),6-bromoindole-3-carbaldehyde,indole-3-carbaldehyde,p-hydroxybenzaldehydeおよびphenylacetamide(5)を得た。これらはいずれも既知物であったが4と5は海洋生物から単離されたのは初めてであった。

 

III.ポリヒドロキミステロール1.オーストラリア産Echinoclathria subhispidaから得られたechinoclasterol sulfate

 水溶性画分が強い活性を示したオーストラリア産E.subhispidaをエタノールで抽出後、溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィーおよびHPLCで精製し、echinoclasterol sulfate(6)と命名した新規活性物質ならびに既知物質のsarasinoside A1およびB1を得た。Echinoclasterol sulfateはFABMSと2D NMRスペクトルを主体とした機器分析より構造解析を試みたところ、ポリヒドロキシステロール硫酸エステルのフェニルエチルアンモンニウム塩であることがわかった。

2.式根島産Stelletta sp.からのstellettasterolの単離と構造決定

 1980年に式根島で採集したStelletta sp.のエタノールの抽出物のジクロルロメタン可溶性画分をシリカゲルフラッシュクロマトグラフィーで分画した後、HPLCを用いて精製し、活性成分stellettasterol(7)を単離した。HMQCとCOSYスペクトルを測定したところ、stellettasterolは海綿Dysidea herbaceaから単離されたherbasterolの3-エピ体であることがわかった。なお、NOESYデータから相対立体配置とCDスペクトルから絶対立体配置を決定した。

 

IV.ペプチドおよびアルカロイド1.熱海産Halichondria cylindrataのデプシペプチドhalicylindramide類の単離と構造決定

 1992年熱海で採集したH.cylindrataがMortierella ramannianaに顕著な抗カビ性が認められたので活性成分の単離と構造決定を試みた。すなわち、エタノールの抽出物を水とクロロホルム、酢酸エチルおよびn-ブタノールで順次分配した。活性の認められたブタノール層をODSフラッシュクロマトグラフィーで分画後、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで精製したところ、主要な活性成分であるcylindramideとともに、新規ペプチドhalicylindramide A,B(8)およびCを得ることができた。Halicylindramide類の構造はアミノ酸分析、FABMSおよびHOHAHA,COSY,HMQC,HMBC,NOESYなどの2D NMRスペクトルの解析により決定した。また、各アミノ酸残基の立体化学は、Edman分解とMarfey法により決定した。一方、1993年に採集した海綿からは、同様の方法でhalicylindramide D,EおよびFを単離できた。平面構造は2DNMRおよびFABMSデータにより決定した。

 

2.式根島産Stelletta sp.から得られたstellettamide類

 前述のStelletta sp.から調整したジクロメタンとブタノール可溶性画分をシリカゲルカラムとODS HPLC精製したところ、既知のstellettamide Aとともして新規stellettamide B(9),C,およびDを得ることができた.これらの構造は2D NMRのデータをstellettamide Aのものと比較して決定した.

 

3.Stellettamide Aの立体化学

 最後に、Stelletta sp.の主要な抗カビ成分、stellettamide Aの立体化学の決定を試みた。

 まず、stellettamide Aをオゾン酸化後、NaBH4で還元して、1,5-dihydroxy-2-methylpentaneを得た。一方、methyl(2S)3-hydroxy-2-methyl propinateから出発し、下記に示す8段階の反応でジオール10を得て、天然物から誘導したものと比較したところ、完全に一致したため、stellettamide Aの4’位の立体化学をSと決定した。

 一方、stellettamide Aを接触還元後、加水分解してインドリジジン環を含むアミンを得、これを下記の方法により、カルボン酸11に導いた。この絶対立体配置を現在検討中である。

 

 以上、6種の海綿から51種の抗カビ性物質を得ることができた。それのうち、34種は新規化合物で、海綿は抗カビ物質、ひいては医薬資源として重要なことを示すものである。

審査要旨

 海綿は医薬品などの生化学資源として期待されている。本研究では日本各地およびオーストラリアで採集した海綿の抗カビ成分の単離と構造決定を試み、医薬品あるいは農薬への利用の可能性を探った。概要は以下の通りである。

 まず、八丈島で採集した海綿Petrosia volcanoおよびP.corticataのアルコール抽出物を、抗カビ性を指標に、溶媒分画、フラッシュクロマトグラフィーで分画後、高速液体クロマトグラフィーで精製して、20種類の活性物質を得た。これらの構造は主に2D NMRとFABMSの分析から、ポリアセチレンカルボン酸と決定された。得られた20種類のうち、13種が新規化合物で、以下に2つの代表的な化合物、18-bromo-(9Z,3Z,l7E)-octadeca-9,13,17-triene-5,7,15-triynoic acid,1とcorticatic acid A(2)を示す。

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 次に、水溶性画分が強い活牲を示したオーストラリア産E.subhispidaのエタノール抽出物を、同様な方法で分画し、echinoclasterol sulfate(3)と命名した新規活性物質を得た。Echinoclasterol sulfateの構造をFABMSと2D NMRスペクトルを主体とした機器分析より解析したところ、ポリヒドロキシステロール硫酸エステルのフェネチルアンモンニウム塩であることがわかった。

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 さらに、熱海で採集したH.cylindrataのエタノール抽出物のクロロホルム可溶画分を、Sephadex LH-20を用いたゲル濾過、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで順次分画して、halicylindroside A1-A4(halicylindroside A3,4)およびhalicylindroside B1-B6と命名した抗カビ性と細胞毒性を示す10種の物質を単離することができた。2D NMRとFABMSを主体とした機器分析ならびに化学分解などから、これらはいずれも天然物としては初めてのN-acetylglucosamineを含むセレブロシドと決定した.一方、活性が認められたブタノール可溶画分をODSフラッシュクロマトグラフィーで分画後、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで精製したところ、新規ペプチドhalicylindramide A,B(5),C,D,EおよびFを得ることができた。Halicylindramide類の構造はアミノ酸分析、FABMSおよびHOHAHA,COSY,HMQC,HMBC,NOESYなどの2D NMRスペクトルの解析により決定された。さらに、halicylindramide A,B,およびCの各アミノ酸残基の立体化学をEdman分解とMarfey法により決定した。

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 さらに、式根島で採集したStelletta sp.のエタノールの抽出物のジクロルメタン可溶性画分を、シリカゲルフラッシュクロマトグラフィーで分画した後、活性成分をHPLCで精製し、stellettasterol(6)に加え、既知のstellettamide Aとともに新規のstellettamide B(7),C,およびDを得ることができた.Stellettasterolの構造は、HMQCとCOSYスペクトルにより構造を決定された。なお、NOESYデータから相対立体配置とCDスペクトルから絶対立体配置を決定した。一方、stellettamide B,C,およびDの構造をstellettamide Aのデータと比較して決定した.

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 最後に、stellettamide Aの立体化学の決定を試みた。まず、stellettamide Aをオゾン酸化後、NaBH4で還元して、1,5-dihydroxy-2-methylpentaneを得た。一方、methyl(2S)3-hydroxy-2-methyl propinateから出発し、8段階の反応でジオール8を得て、天然物から誘導したものと比較したところ、完全に一致したため、stellettamide Aの4’位の立体化学をSと決定した。一方、stellettamide Aを接触還元後、加水分解してインドリジジン環を含むアミンを得、さらにカルボン酸9に導いた。この絶対立体配置を現在検討中である。

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 以上、本論文は、6種の海綿から抗カビ性物質の単離と構造解析を試み、51種の活性物質を得るとともに、34種の新規化合物の構造を解明したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は本論文提出者にたいして博士(農学)の学位を授与してしかるべきであると判定した。

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