海綿は医薬品などの生化学資源として期待されている。本研究では日本各地およびオーストラリアで採集した海綿の抗カビ成分の単離と構造決定を試み、医薬品あるいは農薬への利用の可能性を探った。概要は以下の通りである。 まず、八丈島で採集した海綿Petrosia volcanoおよびP.corticataのアルコール抽出物を、抗カビ性を指標に、溶媒分画、フラッシュクロマトグラフィーで分画後、高速液体クロマトグラフィーで精製して、20種類の活性物質を得た。これらの構造は主に2D NMRとFABMSの分析から、ポリアセチレンカルボン酸と決定された。得られた20種類のうち、13種が新規化合物で、以下に2つの代表的な化合物、18-bromo-(9Z,3Z,l7E)-octadeca-9,13,17-triene-5,7,15-triynoic acid,1とcorticatic acid A(2)を示す。 次に、水溶性画分が強い活牲を示したオーストラリア産E.subhispidaのエタノール抽出物を、同様な方法で分画し、echinoclasterol sulfate(3)と命名した新規活性物質を得た。Echinoclasterol sulfateの構造をFABMSと2D NMRスペクトルを主体とした機器分析より解析したところ、ポリヒドロキシステロール硫酸エステルのフェネチルアンモンニウム塩であることがわかった。 さらに、熱海で採集したH.cylindrataのエタノール抽出物のクロロホルム可溶画分を、Sephadex LH-20を用いたゲル濾過、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで順次分画して、halicylindroside A1-A4(halicylindroside A3,4)およびhalicylindroside B1-B6と命名した抗カビ性と細胞毒性を示す10種の物質を単離することができた。2D NMRとFABMSを主体とした機器分析ならびに化学分解などから、これらはいずれも天然物としては初めてのN-acetylglucosamineを含むセレブロシドと決定した.一方、活性が認められたブタノール可溶画分をODSフラッシュクロマトグラフィーで分画後、シリカゲルカラムおよびODS HPLCで精製したところ、新規ペプチドhalicylindramide A,B(5),C,D,EおよびFを得ることができた。Halicylindramide類の構造はアミノ酸分析、FABMSおよびHOHAHA,COSY,HMQC,HMBC,NOESYなどの2D NMRスペクトルの解析により決定された。さらに、halicylindramide A,B,およびCの各アミノ酸残基の立体化学をEdman分解とMarfey法により決定した。 さらに、式根島で採集したStelletta sp.のエタノールの抽出物のジクロルメタン可溶性画分を、シリカゲルフラッシュクロマトグラフィーで分画した後、活性成分をHPLCで精製し、stellettasterol(6)に加え、既知のstellettamide Aとともに新規のstellettamide B(7),C,およびDを得ることができた.Stellettasterolの構造は、HMQCとCOSYスペクトルにより構造を決定された。なお、NOESYデータから相対立体配置とCDスペクトルから絶対立体配置を決定した。一方、stellettamide B,C,およびDの構造をstellettamide Aのデータと比較して決定した. 最後に、stellettamide Aの立体化学の決定を試みた。まず、stellettamide Aをオゾン酸化後、NaBH4で還元して、1,5-dihydroxy-2-methylpentaneを得た。一方、methyl(2S)3-hydroxy-2-methyl propinateから出発し、8段階の反応でジオール8を得て、天然物から誘導したものと比較したところ、完全に一致したため、stellettamide Aの4’位の立体化学をSと決定した。一方、stellettamide Aを接触還元後、加水分解してインドリジジン環を含むアミンを得、さらにカルボン酸9に導いた。この絶対立体配置を現在検討中である。 以上、本論文は、6種の海綿から抗カビ性物質の単離と構造解析を試み、51種の活性物質を得るとともに、34種の新規化合物の構造を解明したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は本論文提出者にたいして博士(農学)の学位を授与してしかるべきであると判定した。 |