学位論文要旨



No 111276
著者(漢字) 徐,世旭
著者(英字)
著者(カナ) ソ,セウク
標題(和) 韓国の糧穀管理政策の経済分析 : 日本の食糧管理政策との比較の観点から
標題(洋) AN ECONOMIC ANALYSIS OF THE KOREAN FOOD CONTROL POLICY : COMPARISION WITH THE JAPANESE FOOD CONTROL POLICY
報告番号 111276
報告番号 甲11276
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1567号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荏開津,典生
 東京大学 教授 原,洋之介
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 助教授 八木,宏典
 東京大学 助教授 生源寺,真一
内容要旨

 本論文は、1961年から92年までの分析期間を四つの期に分けて、各期において韓国の糧穀管理政策の展開過程と糧穀管理政策の経済分析を行った。以下では、本論文の分析結果を要約し、日本の食糧管理政策の比較の観点から韓国糧穀管理政策の特徴をまとめる。

 第1章では韓国と日本の米を取りまく状況を生産、消費、そして流通の面に分けて概略的に確認した。それから韓国において米は、農家にとっては主な収入源であり、消費面では最大の熱量供給源であることがわかった。なお、韓国においては米が部分管理されており、自由米の流通が認められていることが、韓国の米経済を日本のそれと明確に区分できる特徴として確認された。

 第2章では、日本の食糧管理制度を取り扱った。第2章の1節では、日本の食糧管理政策が、1970年代初めの過剰在庫に直面したあと、どのように変化してきたかについて見た。過剰在庫が発生した背景には、国による米の直接統制の下、生産者米価を都市勤労者との所得均衡を目的に均衡価格より高水準で設定したことがある。過剰在庫が発生したことから、食糧管理制度は変化を迫られる。その一つの変化は、生産調整である。その二つの変化は米管理においての変化である。その変化を一言でいうと、表面上では米の直接統制を維持しながら、実際は部分管理へという方向であった。

 第2節では、米価政策について分析を行った。基本法農政のもと、1960年に生産費及び所得補償方式による米価算定が行われ、生産者米価は引き上げられる。しかし、消費者家計の安定のために、政府は買った価格より低い価格で売る必要があった。そのため、政府米価体系には逆ざやが発生し、財政赤字問題が発生した。このことから、1970年代半ば勤労者との所得均衡が達成されたこともあって、生産者米価は抑制基調になる。

 第3節では、財政問題について分析を行った。第2次大戦後現在までの財政赤字の意味を述べると、戦後から1950年代までの第1期においての意味は、消費者家計を優先視した社会保障的意味があると思われる。そして、1960年代から1970年代までの第2期においての意味は、生産者所得支持的意味をもつ。最後に、1980年以降現在までの第3期においての意味は単なる行政費的意味をもつと結論つけられる。

 第3章では、韓国の糧穀管理政策を取り扱った。第3章の1節では、経済開発5カ年計画の時期と都市・農村間の所得比率の二つの基準を用いて、1961年から92年の分析期間を時代区分を行い、四つの期に分けた。

 第2節から第5節では、各期の管理政策を分析した。第1期の政策目標は消費者米価の抑制であった。その達成手段は、代替財の大麦の小売価格を引き下げることと混粉食奨励施策の米消費抑制策であった。価格抑制の下で生産量は伸びなく、消費者米価を抑制するために輸入が行われた。輸入は国際収支の面で負担になり、国内生産の拡大が必要になった。

 第2期の政策目標は、消費者米価の抑制と米自給であった。その達成手段は、相対的価格支持による多収穫品種の普及と、自由米小売価格より安い価格で政府米を供給することであった。第2期の特徴は、多収穫品種の統一米が普及されたことである。

 第3期の政策目標は、生産者・消費者米価の抑制であった。しかし、所得向上に伴う良質米の選好傾向が進行する中、質が劣る統一米が中心である政府米では、消費者米価を抑制し難いことが問題になる一方で、統一米が味が劣るため新たな在庫問題を生む。

 第4期には生産者所得支持の政策目標の下で、一般米の政府買入価格は引き上げられる。しかし、統一米は政府買入価格の支持も受けられなく、市場から姿を消す。

 補節では、統一米の普及・衰退過程について分析を行った。統一米は政府による相対的価格支持を受け、普及4年目で、総作付面積の75.5%に植え付けられる。しかし、良質米選好傾向が進行する中急激に衰退し、なおかつ政府在庫の累増の一要因になる。

 第4章では糧穀管理政策の経済分析を行った。第1節では需要と供給曲線を用いて、政策の役割を分析した。分析を行った結果、管理政策の特徴として、以下のことが言える。第1に、第1期後半期、第2期前半期の米供給が不足している時、混粉食奨励施策の直接的な消費抑制策が採用されたこと。第2に、政府買入価格は1989年産に一般米・統一米の間に格差を設けるまえまで、品種別には区別がなかった。それは実質・相対的に統一米が高価格で支持されていたことを意味する。そのため、統一米生産は拡大し、第2期、第3期において超過供給が発生していたこと。第3に、消費者米価の抑制が各期を通じて一貫して行われる中、所得上昇と良質米選好の進行もあって、一般米においては第1期から第3期まで超過需要が発生していたこと。第4に、統一米の普及に伴い第2期の後半期以降コメ総量では需給バランスを保ったが、品質別にみると需給アンバランスが存在していたこと。第5に、韓国のコメ経済は品質別需給アンバランスという不安定要因を内在していたが、それは第3期以降の政府米(統一米)の売れ残りとなって現れたことである。

 第2節では米価政策について見た。1961年以降政府買入価格の推移を見ると、第1期の低米価政策期、第2期の統一米に相対的高米価が採られた時期、第3期の高米価の水準は後退するが統一米に対し依然として高米価が採られた時期、そして第4期の高米価政策期に分けられる。このような米価政策が採られた結果、統一米は急激に普及した。なお、価格支持を受けた統一米が政府古々米の主要因となる。1993年5月現在政府在庫は264万トンあり、古々米が占める割合は約49%、そのうち83%統一米である。

 第3節では、財政問題を分析した。基金調達額を一般会計と比較すると、第講は9%〜18%を示すが、第3期は比重が相対的に下り、第4期に再び増加して11%〜14%となっている。第2期において財政赤字が拡大したのは、消費者価格を抑制すると同時に都市・農村間の所得均衡を達成するため政府買入価格を引上げたことから発生した赤字である。この意味で第2期の財政赤字は複合的目的を達成するためであったと判断できる。

 第3期には、1980年代に入ると農政特に基金赤字累増の批判が強まるなかで基金調達と一般会計との比も縮減された。政府米価体系は買入価格が抑制される中売渡価格は上昇し、1982年には一時的に売買順ざやを記録した。そのため、この時期の糧穀管理純欠損が全体の赤字に占める割合も第2期に比べて低く、むしろ糧穀証券等の利子がもっと大きな赤字要因となった。政府売渡価格は国際米価より高かったことからすると消費者家計を優先視したとは言えない。この期間の基金赤字は単なる行政費にすぎなかった可能性がある。

 第4期の基金赤字は生産者所得支持的意味を持つ。1988年に制度改編が行われ、買入価格は90%限界地生産費補償方式によって算定され、第3期に比べて高い上昇率をみせた。その結果、基金赤字の中心になるものも糧穀売買損失となる。

 次に、本論文の課題である糧穀管理政策が果たした役割と日本の食糧管理政策の比較の観点から糧穀管理政策の特徴をまとめる。糧穀管理政策の一番大きな役割は、部分管理のもと、消費者米価をコントロールすることである。その手段としては、第1期においては輸入が第2期以降からは、統一米が用いられた。しかし、所得向上にによる良質米選好が進行するなか、統一米の政府米では消費者米価をコントロールすることは難しくなる一方、かえて政府在庫の要因になった。

 糧穀管理政策の特徴としては、第1に、noral-persuasion的な奨励施策が強く働いたことである。第2に、国内自給を達成するために多収穫品種の統一米が導入され、政策的支持の下で普及され、一時期は生産の主流を占めていたことである。第3に、米価政策において、不整合があったことである。政府買入価格が自由米の主流である一般米の農家販売価格を上回るのは、第4期以降のことである。もちろん、統一米の農家販売価格よりは常に高い水準であった。この不整合の結果は、品種別需給アンバランスの拡大をもたらし、それは統一米の在庫として現れる。第3に、財政の問題である。糧穀管理基金を予算と別枠に設置し運営している。この点は、日本と違う大きな一点である。基金確保のために、主に糧穀証券でまかなう。そして、まだ全額を償還していない。これは次世代の負担になる。すなわち、二重米価の下、その受益者と費用の負担者が違う問題がある。この点は、日本の場合一般会計から、食糧管理費の負担をする体系と大きく違う。なお、基金確保のため発行した国債の利子が財政赤字の一つの要因になっていることは、問題点である。

審査要旨

 日本におけると同様,米穀は韓国においても主食でありかつ最も重要な農産物である。従って米穀経済は,韓国においても長い間強い政策的干渉(糧穀管理政策)のもとにおかれている。本論文は,1961年から1992年に至る期間における韓国の糧穀管理政策を,経済学的に分析したものであり,全体は,結論をふくめて5章からなる。なお補論として,韓国米穀経済をeconometric modelによって分析する際に生ずる問題点を指摘し,将来の研究発展への示唆としている。

 まず第1章は,韓日両国における米穀経済に関し,生産・流通・消費の実態を比較したもので,研究への導入部となっている。

 第2章は,日本の食糧管理政策の経済分析である。本章では,1942年の食糧管理法成立以来現在に至るまでの,日本の米穀経済の実状,政策的な米価決定の変化,米過剰の発生にともなう生産調整政策の導入,米穀政策をめぐる財政負担等の各側面な詳細に検討したのち,米穀市場への政策的介入の経済的効果が各時期においてどのように変ったかを判定している。

 続く第3章および第4章は,本論文の中心をなすものであり,韓国糧穀管理政策の詳細な分析を通じて,政策の経済効果を,時期別に検討し評価を与えている。本研究においては,韓国米穀経済の大きな特質であった米穀の品質格差,すなわち高品質の在来米と,食糧自給を目的として政策的に導入された多収性の統一系品種の米とを,区別して取扱った点が,従来の類似の研究と異なっている。二種の米穀を区分した資料・統計が不充分であるため,従来の研究はほとんど米穀を単一の財として取扱っているが,実際には在来米と統一米の間の品質格差は著しいものがあり,多収性はあるが食味において劣る統一米は,政策的な導入の後1970年代に急速な普及を見るが,その後消費者の食味指向の強まりによって衰退し,現在ではほとんど姿を消した。この二つを区分して取扱うことによって,韓国米穀経済の実態と問題の所在が,これまでの研究よりもはるかに具体的かつ構造的に解明されている。また第3章補節「統一米の普及・衰退過程」は,高収量品種によるいわゆる「緑の革命」に対して,韓国の経験から一つの教訓を提出していて,興味深い政策的含意を示している。

 さて第3章では,韓国糧穀管理政策の展開を,4つの時期に時代区分しつつ,それぞれの時期の政策内容および米穀経済の実態を詳細に追求したもので,充分な資料探索の努力の成果が生かされている。

 第4章は,以上の各章で明らかにされた韓国糧穀管理政策および米穀経済の実態を,二種類の米穀の需要曲線・供給曲線を用いて表示すると共に,糧穀管理政策による政策的な市場介入の効果を判定することを試みたものである。韓国においては,日本に比較して利用可能な政府統計が極めて限られたものであるため,通常のEconometric Model Estimationによる方法は適用が困難であり,その上,非経済的な要因,たとえば政府による米消費抑制運動などが相当の効果を及ぼしていて,通常の変量としてはとらえ難い面がすくなくない。

 本研究においては,利用できる限りのさまざまな,非定量的なものを含む情報にもとづいて,各時期における二種類の米穀の需要曲線と供給曲線の位置ならびにそのシフトの方向を確定することを試みたものである。その成果は第4章第1節の各図に示されているがその内容は極めて説得力に富むものであり,通常の方法による需要曲線・供給曲線の推定にもまして確証度は高いと判断される。

 なお通常の方法の有効性を検討した結果は本論文の補論「米運立方程式の間題」として付されており,その有効性が極めて限定されたものであることが確認されている。

 以上を要するに,本論文は韓国糧穀管理政策を日本の食糧管理政策と対比しつつ経済学的に分析したもので,学術上・応用上貢献するところが少くない。よって審査員一同は,博士(農学)の学位にふさわしいものであると判定した。

UTokyo Repositoryリンク