学位論文要旨



No 111278
著者(漢字) 李,澤
著者(英字)
著者(カナ) リ,チュウ
標題(和) 中国青果物卸売市場の形成と構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 111278
報告番号 甲11278
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1569号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,照男
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 助教授 岩本,純明
 東京大学 助教授 八木,宏典
内容要旨 1.本論の構成

 本論では、上記の課題に接近するため、次のような構成方法をとった。

 まず、第1章において、中国卸売市場の基本的な形成の背量を示すとともに、青果物流通の中の卸売市場流通が支配的な今日の情勢下で現在の中国農産物卸売市場を重視して、従来の研究成果のまとめることを通じて、これまで極めて不十分てあった卸売市場の実態の究明が今後の卸売市場(流通)研究全体の深化を図る上で重要であることを指摘する。そして、日本の卸売市場の研究史を取りまとめて、従って、中日両国の農産物卸売市場の発展段階、相違性等を明らかにする。

 次に第2章において、現在中国の農産物卸売市場の全体像、市場の法的な進展と市場分類を明確にする。が、それとともに、いわば各人各様に行われてきた卸売市場(流通)研究について、その今後の一層の発展を図るための共通の立脚点を形成する上で何らかの寄与をなすことをも意図している。また、第3節では卸売市場の経営主体についてのアンケート調査を通じて、卸売市場の経営構造を一層の解明を試みた。

 そして第3章において、中国北部の代表的な卸売市場の事例分析を通じて、消費地卸売市場と産地卸売市場の集・分荷の構造、経営主体の構成、卸売業者の組織化、価格の形成等を解明にする。北方の卸売市場は全国青果物流通に対しての重要性を説明するつもりである。

 新しく形成された中国の青果物卸売市場はさまざまな形態で展開しているために、その性格と特徴が多様であることは言うまでもない。単に本章の4つの事例分析を通じて、青果物卸売市場の全貌の解明をはかるのは不可能である。しかし、このような個別研究から青果物卸売市場問題のいくつかの重要課題を析出し問題点を指摘することができると思われる。

 最後に第4章では、第1節において、以上の第2章と第3章を総括し、現在の卸売市場流通構造のシステムを検討する。同体系の特徴は、都市卸売市場の形成と発展による集荷面における全国統一市場化(チベットを除く)といえるような全国的広域化、分荷面における主要分荷圏の近域化と遠隔地に輸送商人の形成である。なお、この特徴によって近年に現れた卸売市場流通構造の変化については、規範的な卸売市場が要求されており、その行方が一層明白になろう。同章第2節では現存の卸売市場体系下での問題点等について、第3節では将来卸売市場の出荷・分荷のあり方、価格の形成及び全国のネットワークの建設等を考察する。ただし、これらは今後本格的な検討を行うための予備的考察である。

 最後に、本論の不十分なところや残された課題を指摘するつもりである。

3.中国卸売市場の構造論仮説

 農産物市場体系(構造)の構成として、簡単にいえば縦向きと横向きの分析が可能である。縦向きは大型卸売市場(中央市場)・地方卸売市場・自由市場・朝市等で構成される。農産物が生産者から出荷して、縦向きの流れで移送され、最後消費者まで届くことである(図1-2-2参考)。横向きとは市場内部構造や市場間の関連性などについてのことである。

 全国的見ると、天候の実情にようて、青果物は南から北へ移送されている現象が著しく明確である。南方の野菜生産はほぼ周年出荷できるので、野菜価格の安定性は北方より優れている。すなわち、南方の野菜は卸売市場に出荷して(転送商人に直接出荷する場合もある。)、卸売業者と仲卸売業者を経て販売され、転送商人が買受けた野菜を北方の消費地卸売市場に転売するケースがもっとも一般的である(図1-2-1参考)。しかし、現段階の卸売市場は卸売業者の組織化が弱いので、転送商人と仲卸業者の業務区別が難しい。仲卸売業者は取引の中心組織者にならなければならない。が、地元の手数料商人の性格が強い。転送商人として、流通マージンを得るではなく、青果物商品の地域価格差によって儲けている。

図1-2-1 卸売市場経由青果物流通の仕組み

 理想的な卸売市場の構造は卸売業者・売買参加者・買出人等の厳しい業務分化を図るべきである。すなわち、市場内部で売り手と買い手とを明確に区別し、卸売業者と売買参加者の一次取引の最低量を決め、取引の組織者(売り手)を育成しなければならない。競争的取引行為が行われば、公正的な価格の形成が保証されることになる。中央卸売市場の場合、集散性を強化するため、卸売業者の育成や組織化などが必要である。地方卸売市場の場合は、売買参加者を中心に取引することであるが、自由市場から卸売市場への転換と市場機能の充実が当面の課題であると思われる。

 次に、青果物卸売市場間の関連性について議論しよう。近年いくつかの有力都市を中心に卸売市場設立されるに伴い、卸売市場間の関係はいっそう複雑になっている。まず、価格差が存在することである。高値市場へ出荷することに指向するため、同じ都市内でも卸売市場の競争が激しくなっている。そして、情報のネットワークを作ることである。市場機能の発揮やサービスの向上などを図るため、市場間の情報交換と業務協力のネットワークが必要である。

 総じて、本論は構造論で中国の青果物卸売市場の全体像を正確に把握する上、以下の論点を究明していきたい。

 1)組織的秩序のある規範的な卸売市場が必要である。ようするに、青果物卸売市場の開設理念(合理性)やあり方などを検討する。

 2)青果物卸売市場の設立の公益性を優位に考えることは重要である。つまり多種経営主体が同時に青果物卸売市場を開設すれば、儲けることばかり優先に考られ、市場発展に対して不利になる。

 3)卸売市場の経営主体(開設者)について、市場の管理と市場関連サービス業(設備、場内飲食、宿泊など)とは漸次分離して考えなければならない。

 4)青果物卸売市場の機能や役割などを検討する。そして、「南方の青果物が北方に運ばれる」という実態に基づいて、卸売市場間の中継性を強化するべきである。

4.本論の結果

 卸売市場の役割がきわめて重要であり、本論で卸売市場における分析した結果としては以下の通りである。

 第2章では、近年における卸売市場流通の全国動向を概観し、それによって次の点を明らかにした。一つは、十数年の改革によって全国青果物流通において従来の国家商業部門から卸売市場への移行が完了したことである。もう一つは、農産物卸売市場の概念と分類を明確にしたことである。すなわち、第2章での分析から、卸売市場流通は90年代以来、その理念・機能・メカニズム等に計画経済の流通体系から市場経済へ移行し、著しく変容したことが明らかになった。

 第3章では、事例による分析をした通り、中国の青果物流通の動向についてみた。そこから近年の青果物卸売市場の特徴を要約するならば、次の諸点があげられよう。

 第1は、中国の農産物卸売市場の流通システム(体系)がいっそう明白になったことである。つまり、都市卸売市場の急成長につれて、生鮮農産物の卸売市場の経由シェアは大幅上昇してきた。それゆえ、従来の中国の農産物流通体系が市場経済原理により大きく変容してきた。特に青果物卸売市場としては、農産物の流通において重要な役割であり、かつ機能も強化されている。ようするに青果物の需要と供給の接合において卸売市場流通の重要性がますます高まっていることである。

 第2は、青果物を中心とした卸売市場を分析すると、主要都市卸売市場の形成と発展による集荷面における全国統一市場化(チベットを除く)といえるような全国的広域化、分荷面における主要分荷圏の近域化と遠隔地への転送商人の形成である。

 第3は、取扱高の増大として現れた各市場の発展は消費市場あるいは産地市場としての機能・役割の強化に基づくものであった。つまり、市場規模の拡大と市場インフラの充実によって、取引量が著しく増大した。取引方式における売買参加の両者は需給の基づいて協議の上で現金相対取引をする。取引の公平性が重要視される。

 第4は、仲卸業者と転送商人とは市場主体の構成の中心として、転送現象がもたらしている。つまり、市場の構造および中継性はいっそう明らかになった。「南方の青果物が北方に運ばれる」という転送は青果物卸売市場の役割として重要である。

 第5は、卸売市場の経営主体として、国家の公的な部門が開設した市場は普遍的に存在している。そして、市場開設の公益性を優位に考えることは認めている。政府の立場としては生鮮食品の価格変動が社会安定の重要な要因となり、それゆえマクロコントロールにしても、卸売市場の発展・管理・監督などを強化することや健全な市場システムを育成することなどが行われた。

審査要旨

 中国は社会主義市場経済の道をとっている。これは,いうまでもなく,計画経済イコール社会主義,市場経済イコール資本主義という旧来の観念を打破しようとする新しい試みである。そこには国家による強力な指導と経済発展の原動力となる市場力とを組合わせて発展を加速するという戦略的な意図があると考えられる。そして中国の経済発展の現状を見る限りにおいては,この戦略的意図は一応の成功を収めているといえよう。

 しかし,市場経済化においてカギとなることは,第1に生産の社会的分業である。そこにおいて重要なことは取引対象としての生産物・生産要素などの商品化,規格化,差別化である。第2には,生産の社会的分業を支え,それら商品の交換を円滑に行うための流通体系の整備である。そこで必要となることは,市場や取引所など交換をスムーズに実現するための組織の設立と物的インフラ,輸送,通信,倉庫など市場関連のインフラ整備である。第3に,市場交換の制度すなわち契約の尊重を重点とする市場取引ルールの形成である。

 このように,流通を核とした第三次産業の発展を加速することを通じて,市場の十分な発育を促し,分業による効率化の水準を高め,生産活動を活発化し,そのことによって,より高度な経済発展を導くことが中国では現在重要な課題になっている。

 中国における卸売市場に与えられている役割は,まさにこのようなものとして捉えることができるが,本論文では,中国における青果物卸売市場の実態分析を通じて以下の点を明らかにしている。

 まず,第1章においては,中国卸売市場の基本的な形成の背景を示すとともに,従来の研究成果のレビューを通じて,これまで極めて不十分であった卸売市場の実態の究明が,今後の卸売市場(流通)研究全体の深化を図る上で重要であることを指摘している。そして,日本の卸売市場の研究史を取りまとめて,中日両国の農産物卸売市場の発展段階,相違等を明らかにした。

 第2章では,近年における卸売市場流通の全国動向を概観し,それによって次の点を明らかにした。第1は,10数年来の改革によって,青果物流通における従来の国家商業部門から卸売市場への移行がほぼ完了したことである。第2は,中国における農産物卸売市場の概念と分類を明確にしたことである。また,卸売市場流通は,1990年代以来,その機能・メカニズム等が計画経済の流通体系から市場経済へ著しく変容したことが明らかになった。

 第3章では,事例による実態分析を通じて,次の諸点を明らかにした。第1は,中国における農産物卸売市場の流通システム(体系)整備の重要性がいっそう明白になったことである。つまり,青果物卸売市場は,農産物の流通において中心的な役割を果たすようになってきており,かつ機能も強化されている。さらに青果物の需要と供給のマッチングにおいて,卸売市場を通じた流通システムの充実の課題もますます高まっている。第2は,主要都市卸売市場の形成と発展によって,集荷面における全国統一市場化といえる全国的広域化と,分荷面における近域化と遠隔地への転送がみられることである。第3は,市場規模の拡大と市場インフラの充実によって,取引量が著しく増大したが,これによる各市場の発展は,消費市場あるいは産地市場としての機能役割を強化する方向に働いている。

 第4は,「南方の青果物が北方に運ばれる」という転送が青果物卸売市場の重要な役割として浮上してきており,従来の仲卸業者のほかに,転送商人も市場主体の主要な構成メンバーになってきている。第5は,卸売市場の経営主体からみると,国家の公的な部門が開設した市場が広範に存在しており,市場開設の公益性が優先して考えられている。しかし,その一方で,市場の営業成績の向上やサービス事業の充実を通じた企業性の発揮なども期待されており,機能分担などな通じた両者の調整が今後の課題である。

 以上,要するに本論文は,中国青果物卸売市場の実証的研究を通じて,中国の社会主義市場経済下の卸売市場の設立,運営,機能,類型およびその展望について解明したものであり,学術上,応用上寄与するところ少なくない。よって審査員一同は,本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

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