審査要旨 | | 中国は社会主義市場経済の道をとっている。これは,いうまでもなく,計画経済イコール社会主義,市場経済イコール資本主義という旧来の観念を打破しようとする新しい試みである。そこには国家による強力な指導と経済発展の原動力となる市場力とを組合わせて発展を加速するという戦略的な意図があると考えられる。そして中国の経済発展の現状を見る限りにおいては,この戦略的意図は一応の成功を収めているといえよう。 しかし,市場経済化においてカギとなることは,第1に生産の社会的分業である。そこにおいて重要なことは取引対象としての生産物・生産要素などの商品化,規格化,差別化である。第2には,生産の社会的分業を支え,それら商品の交換を円滑に行うための流通体系の整備である。そこで必要となることは,市場や取引所など交換をスムーズに実現するための組織の設立と物的インフラ,輸送,通信,倉庫など市場関連のインフラ整備である。第3に,市場交換の制度すなわち契約の尊重を重点とする市場取引ルールの形成である。 このように,流通を核とした第三次産業の発展を加速することを通じて,市場の十分な発育を促し,分業による効率化の水準を高め,生産活動を活発化し,そのことによって,より高度な経済発展を導くことが中国では現在重要な課題になっている。 中国における卸売市場に与えられている役割は,まさにこのようなものとして捉えることができるが,本論文では,中国における青果物卸売市場の実態分析を通じて以下の点を明らかにしている。 まず,第1章においては,中国卸売市場の基本的な形成の背景を示すとともに,従来の研究成果のレビューを通じて,これまで極めて不十分であった卸売市場の実態の究明が,今後の卸売市場(流通)研究全体の深化を図る上で重要であることを指摘している。そして,日本の卸売市場の研究史を取りまとめて,中日両国の農産物卸売市場の発展段階,相違等を明らかにした。 第2章では,近年における卸売市場流通の全国動向を概観し,それによって次の点を明らかにした。第1は,10数年来の改革によって,青果物流通における従来の国家商業部門から卸売市場への移行がほぼ完了したことである。第2は,中国における農産物卸売市場の概念と分類を明確にしたことである。また,卸売市場流通は,1990年代以来,その機能・メカニズム等が計画経済の流通体系から市場経済へ著しく変容したことが明らかになった。 第3章では,事例による実態分析を通じて,次の諸点を明らかにした。第1は,中国における農産物卸売市場の流通システム(体系)整備の重要性がいっそう明白になったことである。つまり,青果物卸売市場は,農産物の流通において中心的な役割を果たすようになってきており,かつ機能も強化されている。さらに青果物の需要と供給のマッチングにおいて,卸売市場を通じた流通システムの充実の課題もますます高まっている。第2は,主要都市卸売市場の形成と発展によって,集荷面における全国統一市場化といえる全国的広域化と,分荷面における近域化と遠隔地への転送がみられることである。第3は,市場規模の拡大と市場インフラの充実によって,取引量が著しく増大したが,これによる各市場の発展は,消費市場あるいは産地市場としての機能役割を強化する方向に働いている。 第4は,「南方の青果物が北方に運ばれる」という転送が青果物卸売市場の重要な役割として浮上してきており,従来の仲卸業者のほかに,転送商人も市場主体の主要な構成メンバーになってきている。第5は,卸売市場の経営主体からみると,国家の公的な部門が開設した市場が広範に存在しており,市場開設の公益性が優先して考えられている。しかし,その一方で,市場の営業成績の向上やサービス事業の充実を通じた企業性の発揮なども期待されており,機能分担などな通じた両者の調整が今後の課題である。 以上,要するに本論文は,中国青果物卸売市場の実証的研究を通じて,中国の社会主義市場経済下の卸売市場の設立,運営,機能,類型およびその展望について解明したものであり,学術上,応用上寄与するところ少なくない。よって審査員一同は,本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。 |