学位論文要旨



No 111279
著者(漢字) 胡,忠一
著者(英字)
著者(カナ) フウ,ゾンイ
標題(和) 台湾農会における生活購買事業の研究
標題(洋)
報告番号 111279
報告番号 甲11279
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1570号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,照男
 東京大学 教授 田中,学
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 助教授 生源寺,真一
 東京大学 助教授 八木,宏典
内容要旨

 本研究のねらいは、台湾農村地域において主たる農民組織である農会を対象として、80年間に及んだ生活購買事業の展開過程に関する分析、並びに経営現状及び系統農会共同連鎖経営についての解明を行うことである。

 周知の如く、現在の台湾農業を巡る環境条件が一段と厳しくなり、兼業農家の増大、農業労働力の低下、農畜産物の過剩、さらに農畜産物自由化攻勢に見られる国際化時代の到来、とりわけ対米貿易黒字の大幅な増加及びGATTへの加盟申込のため、輸入自由化の圧力が次第に深刻になってきていることに伴う台湾の農業は、成長どころではなく、まさに存亡の瀬戸際に直面しており、いかに生き残るかがもっとも大切な課題になっている。これから立派に生き続ける農業としては適正な農業生産活動、豊かな自然と生態系の保全 農村地域社会の生活環境整備、及び国民の生命と健康の守りなど多面的な役割を果たすことを目指して進んでいくしかないと考えられる。

 こうした農政の転換に対応する農会は、適正な農業生産力の確保に加えて、これが持つ生活側面の機能を今後一層発揮することがますます期待される。特に資本主義経済が高度に発達した現在の台湾では、生活消費資材の価格形成は市場メカニズムによるよりも、メーカーの意図的政策によって形成されるという価格管理となっており、商品の市場流通も巨大寡占メーカーによって操作される体制になっていることが明らかにされた。このことを考えると、この際、農家経済の防衛・安定・向上を図り、会員の生命の安全や健康を守るため、農会における生活面活動の核心となっている生活購買事業のあり方を、考察することが極めて重要である。これらの理由に基づき、この研究を設定した。

 確かに農会における購買事業に占める生活購買の比重はここ数年で着実に築きつつある。またこのような傾向は今後も続くと思われ、生活購買事業の地位はより一層高くなることが予想されることは指摘できるが、もう少し突っ込んでみてみると、生活購買事業はまだまだ本格的に展開されているとは言い難い。例えばこれまで生活購買事業の年間取扱高が未だに会員全体の生活消費支出の2%を越えていない状態にある。さらに大企業の管理価格や市場支配に対抗できる三段階農会の生活購買事業がまだ系統だっていないため、殆どの農会が独自に生活購買事業を行っている。結局、大企業からの生活資材の仕入価格を引き下げ、さらに系統三段階農会の合理的な機能分担による流通体系により、流通コストを抑制し、有利な条件で購入することの実現がかなり難しいのである。それで、現在の農会における生活購買事業は、決して会員の生活消費のニーズに十分応え、且つ小売商の近代化や流通合理化を促すことに積極的な役割を果たしているとは言えない。では、なぜ発足以来、80年間にも及んだ生活購買事業の供給高は、会員の生活消費支出を占める割合がまだそれ程低いのか、なお何故三段階農会の生活購買事業展開が系統だっておらずか、などことの解明及び指摘問題点の改善方向の示唆が、本研究の課題となっている。

 言うまでもなく、農会における生活購買事業がうまくいけない結果をもたらした原因として考えられるものは、数多くあるが、最も主要な原因については、次のようなものをあげることができる。

 まず、台湾農会は、かってから上から下へと行政官庁に設立された組織であり、宮庁の強い介入による政策に従わざるを得ないため、経営の自主性を欠いたと同時に、会員の意思が十分反映され切れなくなり、仮に生産的機能を重視されたといっても、生活的な機能を軽視された。従って、かねてから農会は、生活購買事業に対して全力を尽くしてやらず 個別農会において小型・零細な店舗の低資本効率性、経営の保守性など劣性が生じてきた。また、生活購買事業に関する会員組織が未だに設立されていないため、生活購買事業が会員の生活消費のニーズに十分応えなくなり、会員の利用率を上げることはかなり困難である。

 次に、行政の各段階にぴったり照応して設立された系統農会組織は、複数の下段階農会が自らの機能強化と拡大を目的として結成したものではないため、各段階農会がお互いの経済協同意識の欠如は免れない。しかも農会は非出資法人となっており、段階間役員が兼任しないこととなっているため、下段階農会の意志が上段階機構に反映し難い仕組みとなっている。なお、系統農会の機能分担が明確でないため、系統組織的機能補完役割を果たすことがかなり制限されている。さらには、現行の農会間共同経営に関する法令の不完全さのため、農会間が相互協力・提携することによって生活購買事業の効率的経営や農会総力発揮を求めることは究極的に難しいのである。

 以上の点から、本研究では、農会の経営志向、及び生活購買事業の民主的運営、近代的経営技法、系統組織の機能補完、いわゆる機能(事業)面、経営面、組織面など3つの分析視角を策定した。

 ところで、本研究課題へのアプローチ方法は、次の通りである。

 第一に、戦前の産業組合と農会を中心に係わる歴史文献及び既存統計資料などの収集・分析。また、戦後の農会における組織、事業、経営に関する既存研究成果、並びに官庁や農会団体の法令,公文書、資料及び統計資料の考察・分析。

 第二には、台湾省農会、県農会及び先進郷鎮農会、並びに日本全国農業協同組合連合会

 県経済連合会及び市町村農業協同組合の関係者からのヒアリング。

 第三に、郷鎮農会や県農会を中心として農会総幹事及び生活購買事業に係わる従業員などを対象にアンケート調査を二回行った。一回目は、1991年5月、県農会の総幹事15名と購買販売部の従業員30名を対象に訪問調査を行ったと同時に、当時系統農会共同購買連鎖経営事業に加盟していた農会126単位を対象として全面的にアンケート調査を行った。回答数は115、回収率は91.3%であった。二回目は、1993年5月、農民ショッピングセンターを持つ農会198店舗と農会スーパーマーケットを持つのうかい60店舗を対象として全面的にアンケート調査を行った。それぞれ回答数は、113と47、回収率は57.1%と78.3%であった。

 第四に、東部にある県農会、並びに台北県、嘉義県、高雄県にある郷鎮農会一个所ずつを対象にケーススタディを行った。

 論文構成は、7章と補論からなる。以下にその概要を示しておこう。

 まず第一章では、問題の所在を提示すると共に、先進国における生活協同組合の現状及びこれまでの台湾農会における生活購買事業に関する研究的蓄積を概観した。それにより本研究の分析視角を引き出し、研究課題へのアプローチ方法を付け加えて説明した。

 第二章では、戦前資本主義発展の各段階において、購買組合の成立と展開を規定した条件はいかなるものであったか、また、戦後経済発展の各段階において、農会における生活購買事業の果たした役割と位置付けを明らかにすると同時に、生括購買事業の歴史的な流れを一つの手がかりにして、農会の事業経営志向がこれまで営農面活動に偏り過ぎ、生活面活動を軽視した点を実証的分析に基づく考察が性格に掴めるようになることを通して、課題解明を狙いに向けて行く。

 第三章においては、これから生活購買事業に関する活性化のやり方について求めるに当たり、その理解を深めるために、戦後の流通革命で主導的役割を果たして、今は全世界に普及を見ているスーパーマーケットに代表される近代小売業商法と連鎖店経営を中心に考察すると共に、日本農協を例に取り上げて、その生活購買事業の店舗連鎖化による事業運営現状をも概観しておく。

 第四章では、前章において明らかにされた近代的小売業商法の原理原則を踏まえて、台湾農会における生活購買事業の経営管理を念頭に置きながら、その組織面、系統組織的機能補完及び店舗経営面について、それぞれ現状分析を行い、問題点と改善方向指摘を試みる。

 第五章では、1990年6月から1992年末にかけて、「系統農会共同購買連鎖経営計画」に基づいて三段階系統農会が共同で生活購買事業の連鎖経営を行った活動を中心に、同計画の形成、連鎖経営活動の展開過程及び結束などの顛末を掴み実証的に検証しながら、系統農会が連鎖経営活動がうまく行けなかった原因を究明することとする。

 前章で述べた系統農会共同購買連鎖経営の行き詰まらなかった結果を受けて第六章においては、1992年4月より、行政院農業委員会の主導下で推進されている新たな共同購買連鎖経営計画及びその活動を中心に考察しながら、同計画活動の抱えている問題点を指摘することが、本章の課題となっている。

 終章では、本研究の課題に関する問題点を総括的に再確認した後、これから農会における生活購買事業の課題と展望は、いかなるものであるかについて示唆することとする。

 補論では、現在の台湾農会の起源についての学問的蓄積にはまだ若干の疑いが存在しており、それを歴史的資料に基づいて改めて解明し、正しい戦前台湾農業団体の起源とその展開過程を農会及び産業組合を中心に正確に掴んで、概略整理すると同時に、第二章の説明を補うこととする。

審査要旨

 本論文は,台湾農村地域における中心的な農民組織である最会を対象として,その80年間に及ぶ生活購買事業の展開過程について分析するとともに,経営の現状及び系統農会の共同連鎖経営について解明を行ったものである。

 台湾農業を巡る環境条件は近年一段と厳しさを増しており,兼業農家の増大,農業労働力の減少,農畜産物の過剰,金融自由化の進展という動きに止まらず,農畜産物自由化攻勢に見られる国際化時代の到来の中で,対米貿易黒字の大幅な増加及びGATTへの加盟申込のため,輸入自由化の圧力が次第に深刻になってきている。このため,台湾農業の方向にも一定の転換が求められており,量的縮小から質的向上への転換調整という農業ゼロ成長政策の時代に至っている。こうした大きな転換期に際して,台湾の農業も,持続可能な農業生産活動の維持をベースに,豊かな自然と生態系の保全,農村地域社会の生活環境整備及び国民の生命と健康の守りなど多面的な役割を果たすことが期待されている。

 このような農業の有する多面的役割への期待に対応して,台湾の農会も,引き続き営利企業並びに公的機関と並んで,経済・社会への貢献を成し遂げる一つのセクターとして,それが持っている生活側面の機能を今後とも一層発揮することが期待されている。このため,農会における生活活動の中心的事業である生活購買事業の在り方と展望を解明することが今日きわめて重要な課題になっている。このような事情をふまえて本論文の研究テーマが設定されたものである。

 まず第一章では,問題の所在を提示すると共に,先進国における生活協同組合の現状,及びこれまでの台湾農会における生活購買事業に関する研究の蓄積をレビューした。

 第二章では,戦前における資本主義発展の各段階において,購買組合の成立とその展開を規定した条件はいかなるものであつたのか,また,戦後経済発展の各段階において,農会における生活購買事業の果たした役割と位置付けを明らかにするとともに,生活購買事業の歴史的な分析の中から,農会の事業経営志向がこれまで営農面活動に偏り過ぎ,生活面活動を軽視した点を実証的に解明した。

 第三章においては,今後の生活購買事業に関する活性化の方策を明らかにし,その展開方向を見通すために,戦後の流通革命で主導的役割を果たし,現在は全世界に普及を見ている,スーパーマーケットに代表される近代小売業商法と連鎖店経営を対象に検討すると共に,日本の農業協同組合を例に取り上げて,その生活購買事業の店舗連鎖化による事業運営の現状を概観した。

 第四章では,前章において明らかにした近代的小売業商法の原理原則を踏まえて,台湾農会における生活購買事業の経営管理を念頭に置きながら,その組織面,系統組織の機能補完及び店舗運営面について,それぞれ現状分析を行ない,問題点と改善方向を指摘した。

 第五章では,1990年から1992年にかけた台湾農会の「系統農会共同購買連鎖経営計画」に基づいて,三段階系統農会が共同で生活購買事業の連鎖経営を行った活動を対象に,同計画の形成,連鎖経営活動の展開過程及び事業連携などの填末を実証的に検証しながら,系統農会の連鎖経営活動がうまく機能しなかった要因を摘出するとともに,その克服すべき問題点を整理た。

 前章における系統農会共同購買連鎖経営の分析結果を受けて,第六章においては,1992年4月より,行政院農業委員会の主導下で推進されている新たな共同購買連鎖経営計画及びその活動を中心に考察しながら,同計画活動の抱えている問題点を指摘した。

 終章では,本研究の課題に関する解明点を総括的に確認した後,今後の台湾農会における生活購買事業の課題と展望について整理した。

 補論では,現在の台湾農会の起源に関する学問的蓄積にはまだ若干の異論が存在していることから,歴史的資料に基づいてそれらを解明し,戦前における台湾農業団体の起源とその展開過程を実証的に整理している。

 以上,要するに本論文は,詳細な実証研究を通じて台湾農会における生活購買事業の展開過程と今後の展望について,その基本問題を解明したものであり,学術上,応用上寄与するところ少なくない。よって審査員一同は,本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク