審査要旨 | | 木材は接着剤によって接着した形で利用されることが多いので,接着性能を正しく評価することが必要であるが,現実には規格やそれに準ずる試験法にもとづいて接着系を破壊し,そのときの力を接着部分の面積あるいは幅で割った値を評価の基準にする場合が多い。接着系に外力を加えるとその内部に複雑な応力・ひずみの分布が生じ,ある力学条件が成立した点で破壊核が発生し,これが伝播していって,それが材料全体の破壊に至るのであるから,いわゆる接着強さといわれる値の物理的意義はかなり曖昧なものと言わざるを得ない。本研究は接着系内部の応力集中を考慮に入れた破壊力学的なアプローチによって,物理的により明確に定義された量によって接着性を評価する方法を確立し,破壊力学的量と従来の接着強さとの相関関係に及ぼす接着剤の粘弾性の影響を系統的に明らかにしたもので,6章からなっている。第1章では関連分野における既往の研究をまとめ,本研究の位置付けを明らかにした。第2章ではほぼ同じ寸法・形状の試験片を用いて3種の変形モード,即ち,開口モード(Mode I),面内せん断モード(Mode II)および面外せん断モートド(Mode III)に対応するひずみエネルギー開放率(それぞれGIC,GIICおよびGIIIC)を測定する方法を開発し,得られる値に寸法効果が現われないための条件を実験的に明らかにした。多くの種類の接着剤で木材を接着し,そのGIC,GIICおよびGIIICを測定した結果,GIC<GIIIC<GIICの関係を満たす一連の合理的な値が得られた。変形モードの類似した接着強さとひずみエネルギー開放率の平方根とを比較したところ,引張り接着強さとG1/2ICとの間には正の相関関係が認められたが,せん断接着強さとG1/2IICとの間にはそれほど強い相関関係は見られなかった。これは用いた接着剤の分布が比較的狭かったことに起因すると考えられる。第3章ではひずみエネルギー開放率のレオロジー的な特徴を明らかにし,これと接着強さのそれとを詳細に比較するため,軽く架橋した高分子であるウレタン系接着剤を使って木材を接着し,GIC,GIIC,引張り接着強さおよびせん断接着強さを温度ならびに変形速度の関数として測定した。これらのデータに温度-連度換算則を適用してそれぞれマスターカープを求めた。シフトファクターのアレニウスプロットは折れ線となり,2種類の破壊のメカニズムが混在していることがわかった。接着剤の物性の広い範囲にわたって破壊力学的量と接着強さを比較した結果,引張り接着強さとG1/2ICとの間には接着剤のガラス転移温度以上の領域では正の相関関係が認められるものの,それ以下の温度では木破の状態が両者で異なるために相関関係が乱れることがわかった。これに対して,せん断接着強さとG1/2IICとの間には全範囲にわたってほぼ直線関係が成立することを示した。第4章では接着系のひずみエネルギー開放率と接着強さとの相関関係に及ぼす接着剤の粘弾性の影響をより明確にするために,エポキシブレンド系接着剤を用いて木材を接着し,その被膜の動的粘弾性を測定した上で両者の比較を行った。相容性のある2種のエポキシ樹脂主剤を種々の割合でブレンドし,これを共通の硬化剤でキュアすると室温の物性が系統的に異なる一連の高分子が得られる。これらの高分子を接着剤として利用した場合の引張り接着強さとG1/2ICとの関係は一つのループで表され,実験点はこのループを反時計回りすることがわかった。一方,せん断接着強さとG1/2ICとの関係はほぼ直線的であるが,木破が生じる領域では相関関係が乱れることが明らかになった。第5章では,線状高分子からなる接着剤で,均一な構造のポリ酢酸ビニル系接着剤と,架橋高分子からなる接着剤で,2相構造を有するタフ化エポキシ樹脂を用いて破壊力学的量と接着強さとの相関関係に及ぼす接着剤の内部構造と粘弾性の影響について検討した。1相構造の線状高分子と2相構造の架橋高分子とでは明らかに異なる特徴が現われることを確認した。第6章では,本研究を総括するとともに,ここで得られた主な知見をまとめた。 以上,要するに,本論文は接着性の評価を物理的定義の明確な破壊力学的量によって行うことが合理的であることを明らかにし,それらの評価方法を開発するとともに,得られたひずみエネルギー開放率と従来規格などで便宜的に定義されていた接着強さとの相関関係に及ぼす接着剤の粘弾性の影響を系統的に解明したもので,学術的にも応用面においても貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |