学位論文要旨



No 111283
著者(漢字) 金,顯中
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンジュン
標題(和) アクリル系粘着剤の相溶性と粘着特性
標題(洋) Miscibility and Performance of Acrylic Pressure Sensitive Adhesives
報告番号 111283
報告番号 甲11283
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1574号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 林産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 助教授 小野,拡邦
内容要旨

 粘着剤とは指で軽く押した程度の圧力で簡単に接着する接着剤の一種である。粘着製品として最も多いのは粘着テープである。これは包装用、事務用、エレクトロニックス用、車両用、建築用など種類が多い。次に多いのは粘着ラベルやデカール類である。これらの粘着製品は我々の身の回りにや諸々の産業分野で大量に使用されている。粘着剤の構造や物性をコントロールすることによって様々な性能を有する製品が開発されているが、粘着現象に関する基礎的な研究は必ずしも十分に進んでいない。従って、本研究では粘着剤に及ぼす粘着剤の構造や物性の影響に関する研究の一環として、粘着剤を構成するエラストマーと粘着付与剤樹脂(タッキファイヤー)との相溶性と粘着特性(粘着力、タックそして保持力)との相関関係を明らかにした。

 まず、粘着剤の成分間の相溶性を調べるために、アクリル系共重合体とクッキファイヤーとの相溶性及び相図を系統的に明らかにした。相溶性の判断はRheovibron、DSC(Differential Scanning Calorimentry)および肉眼観察によって行なった。ブレンドをスライドガラスの上にコーティングして溶媒を除去したのちそれが透明か不透明かを観察して相図を作成した。それらの結果の一部分を図1(図の中の点線はFlory-Huggins理論に基づいたバイノーダル曲線である)に示す。アクリル酸を含まないブチルアクリレート/Superester A-75ブレンド系の相図は典型的なLCST(Lower Critical Solution Temperature)型である。しかし、アクリル酸(AAが3%になると両者は完全に相溶して相図は得られない。アクリル酸が5%になると相図はUCST(Upper Critical Solution Temperature)型に変化してしまう。そして、アクリル酸の割合をさらに増やすとUCSTを保ちながら相溶範囲は狭くなる。アクリル酸の割合が15%なると相溶の範囲は殆どなくなり、相分離の領域は広くなる。アクリル系共重合体/Supereste-100ブレンドの場合はSuperester A-75のブレンドと殆ど同様な相溶挙動を示す。しかし、アクリル酸の割合が3%以上になるとUCST型に変化しまうことがSuperester A-75のブレンドと異なる。このような相溶挙動はFlory-Hugginsのblendパラメーターの共重合体組成依存性を平均場近似に基づいて定性的に解析することができた。

Figure 1.Phase dlagrams of acryllc copolymer/Superester A-75 systems

 次に、粘着特性の一つである粘着力(180゜はく離強さ)と相溶性との相関関係を調べた。単一のガラス転移温度を示す系(相溶系)のはく離強さとT(測定温度とガラス転移温度との差)に対してプロットしたのが図2である。この系のブレンドはLCSTが125℃であり110℃までは相溶性を示す。それらのブレンド系ではタッキファイヤーの濃度が増加するにつれてガラス転移温度は系統的に上昇し、はく離強さとTとのプロットではある程度滑らかなマスターカーブが得られている。これはタッキファイヤーの濃度によってガラス転移温度が上昇することと粘着剤の粘弾性がはく離強さに反映することを意味している。しかし、全濃度範囲及び全温度範囲で相分離しているブレンド系(図3)、即ちガラス転移温度が2つに現われていて、それらがタッキファイヤーの濃度によって殆ど変化しない系について同様にプロットすると滑らかなマスターカーブは得られないし、その絶対値はタッキファイヤーとの増加と共に低下することが分った。この場合タッキファイヤーはフィラーとして作用してはく離強さの絶対値を低下させているものと考えられる。

 タックとは非常に軽い力で短時間に被着体に接着することで粘着剤として独特な性質である。プローブタックは温度の上昇に伴って低下し、速度の増加に伴って増加する傾向が見られる。これらの温度-速度依存性に換算変数法を適用してマスターカーブを求めた。一般的に合成曲線がタッキファイヤーの増加と共に系統的に低速側ヘシフトすることが分かった。これらの合成曲線を求める際の移動因子()についてArrheniusプロットすると活性化エネルギーは5〜9kcal/molとなった。完全に相溶しているブレンド系のプローブタックのマスターカーブを図4に示す。タッキファイヤーの増加と共にプローブタックのマスターカーブは低速度ヘシフトすることが分かる。しかし、全領域で相分離している系(図5)でのプローブタックははく離強さの挙動と同様にタッキファイヤーが増加しても低下し、改質はできなかった。

図表 Figure 2.Plot of P against T for miscible blends / Figure 3. Plot of P against T for immiscible blends / Figure 4. Master curves of probe tack for miscible blends / Figure 5. Master curves of probe tack for immiscible blends

 もう一つの粘着特性である保持力は粘着剤のせん断応力(0)に対する抵抗時間(tb)を測定する方法によって評価される。典型的なLCST型の相図を示し、測定温度で成分が完全に相溶している系の保持力(0とtbのプロット)について得られたマスターカーブの例を図6に示す。タッキイファイヤーの増加につれマスターカーブは長時間側ヘシフトする。このように相溶系についてはタッキファイヤーの増加と共に保持時間(tb)は大きく変化することが分った。しかし、全く相溶しない系の場合はタッキファイヤーの増加と共に保持時間(tb)も増加するが、その変化の程度は相溶系のそれと比べて非常に少ないことが分った。このことから測定の温度における貯蔵弾性率(G’)の変化量と保持時間とは正の相関関係にあることが明らかになった。

図表 Figure 6. Master curves of holding power for miscible blends / Figure 7. Master curves of holding power for immiscible blends
審査要旨

 粘着剤工業は林産物の工業的な有効利用を目指す林産学の中で一つの重要な分野を形成している。一般に粘着剤は天然ゴムやアクリル系共重合体のようなガラス転移温度の低い線状高分子と松脂のような比較的分子量の低い樹脂とをブレンドして作られる。異なる分子種をブレンドした場合にそれらが分子状に均一に溶けあうか否かは材料全体としての構造・物性さらにはその実用特性にとってきわめて重要な問題であるが,粘着剤についてこれを系統的に研究した例はほとんどない。本論文は一連のアクリル系共重合体と種々の林産物系樹脂(タッキファイヤー)とをブレンドしたときの相容性を熱力学的に解明し,これと粘着特性との関係を明らかにしたもので,7章よりなっている。第1章では,粘着剤の構成やその実用特性の特徴,さらには本研究の背景となる科学的側面について詳述し,本研究の位置付けとその意義を強調した。第2章では,粘着剤として利用されるアクリル系共重合体とロジン系ならびにテルペン系タッキファイヤーの化学的特徴について述べ,これらのブレンドの相容性を示差走査熱分析,動的粘弾性測定ならびに肉眼観察によって解明できることを示した。これらの方法によって多くのブレンド系の相容性を調べた結果,完全相容系,下限臨界相容温度(LCST)の現われる相図を示す系,上限臨界相容温度(UCST)の現われる相図を示す系ならびに完全非相容系の4種類の組合わせが存在することを確認した。第3章では,組成が系統的に変化する一連のブチルアクリレート/アクリル酸共重合体とデヒドロアビエチン酸エステルとのブレンドの相図が共重合組成によって順次変化することに注目した。とくに,カルポキシル基の含有量が増すにつれて相図がLCST型からUCST型に変化する事実は今まで見出されていない特徴である。本論文では平均場近似を用いればFlory-Hugginsの理論に則ってこれを定性的に説明することができることを示した。以下,粘着剤成分間の相容性と粘着特性との関係を調べた。まず,第4章でははく離強さの温度依存性を比較した。一般にはく離強さは粘着剤のガラス転移温度付近で極大を示す。室温で全組成にわたって両成分が分子状に混合する完全相容系粘着剤でははく離強さを測定温度とガラス転移温度との差に対してプロットすると一つのなめらかなマスターカーブが得られることがわかった。全組成にわたって両組成が全く溶け合わない完全非相容系粘着剤ではガラス転移温度が2つあるので,そのうちの低温側のガラス転移温度を使って同様のプロットをしてもマスターカーブは得られない。また,ある組成範囲内では相容性があり,それ以外の範囲では相分離が生じるような粘着剤ではその中間的な挙動が見られることも確認した。第5章ではプローブタックの温度・速度依存性について述べている。タッキファイヤーの混合割合が増すにつれて完全相容系粘着剤のプローブタックのマスターカーブは低速側ヘシフトする傾向を示すのに対して,完全非相容系粘着剤のそれは下方(絶対値が減少する方向)へ変化する傾向を示すことがわかった。第6章では,粘着剤の保持力の温度・時間依存性について述べた。定全相容系粘着剤の応力(0)-破壊時間(tb)曲線は順次長時間へシフトしていくのに対して,完全非相容系粘着剤のそれはシフトの程度がきわめて少なく,両者の傾向は歴然と異なってぃることがわかった。第7章では本研究で得られた知見を大略次のようにまとめた。粘着特性であるはく離強さ,タックおよび保持力はその粘着剤の粘弾性に強く依存する。二つの成分をブレンドした場合,それらが分子状に混合すれば均一相が形成されるので,その混合割合に応じて粘着剤全体の粘弾性が系統的に変化し,それに対応して粘着特性の温度・速度依存性が変化する。一方,二成分が全く相容しない場合には2相構造が形成され,そのそれぞれの相の中のブレンド組成は変化しない。この場合の粘着特性はほとんど粘着剤内部の連続相の粘弾性のみに依存し,分散相は一種の充填剤として機能するので,タッキファイヤーの混合割合が増すと粘着特性曲線がほとんど温変・速度軸に沿って変化することはなく,むしろその絶対値が低下する方向に変化する。

 以上,要するに,本論文は粘着剤における相容性と粘着特性との関係を系統的に明らかにし,接着のメカニズムの科学的解明と粘着剤の開発のための貴重な指針を提案したもので,学術的にも応用面においても貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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