審査要旨 | | RubisCO(Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase)は独立栄養生物で最も一般的なカルビンサイクルの鍵酵素であり,植物から原核生物に至るまで広く存在するform I(L8S8型)と光合成細菌の一部や化学独立栄養細菌の一部に存在するform II(Lx型)という2種類があり,carboxylase反応およびoxygenase反応という2つの反応を触媒する。そしてこの対立すゐ2つの反応の比率を示す指標としてSpecificity factor(VcKo/VoKc)という値が提唱されており,Specificity factorの高いRubisCOが優れたRubisCOであるとされている。本論文はRubisCOに関する基礎的知見を得ることを目的として原核生物由来のRubisCOに関する酵素学的・遺伝学的実験についてまとめたもので6章よりなる。 第1章では序論としてRubisCOに関する現在までの知見について述べ,RubisCOの構造と機能,Specificity factor,遺伝学的知見について言及している。 第2章では好熱性ラン藻Synechococcus a-1のスクリーニングとRubisCOの精製,遺伝子のクローニング,大腸菌内でのRubisCOの発現について論じている。まず60℃に至適生育温度を有し倍加時間が約3時間の好熱性ラン藻Synechococcus a-1を取得して,本菌由来のRubisCOは分子量が約53万のform I であり,至適反応温度は65℃で,70℃までの熱処理に対して安定であること,本RubisCOが精製の報告されているRubisCOの中では最も熱安定性に優れていることを見いだしている。次いで,RubisCO遺伝子の塩基配列を決定し他の生物由来のRubisCOとアミノ酸配列を比較したところ,他のラン藻や植物由来のRubisCOと高い相同性を示すことを見いだしている。さらに本菌由来のRubisCOを大腸菌の可溶性タンパクの20%程度発現させることができ,また熱安定性を利用して容易に大腸菌より精製できることを明らかにしている。 第3章ではRubisCOのSpecificity factor(VcKo/VoKc)の決定法について論じている。ホウレンソウ,中温性ラン藻Anacystis nidulans由来のRubisCOについて密閉系で酵素反応を行い酵素反応産物をイオンクロマトグラフィーで分離定量し,Specificity factorを求めたところ別法で出された既知の値とほぼ同一の値を得たことを示している。本方法は従来法に比べ,より簡便に短時間でSpecificity factorを求めることができるという点で優れていると論じ,さらに新たにSynechococcus a-1,海洋性水素細菌Hydrogenovibrio marinus由来のRubisCOのSpecificity factorも報告している。 第4章ではH.marinus由来の3種のRubisCOの一次構造の比較について論じている。RubisCO遺伝子のクローニングを行い,塩基配列を明らかにし,本菌はform Iを2種(cbbLS-1,cbbLS-2),form IIを1種(cbbM)持つことを示した。アミノ酸配列の相同性はラージサブユニット同士についてはform Iとform IIでは約30%,form I同士では78%であり,スモールサブユニット同士については62%であった。一方,本菌の各RubisCOに対しては他生物由来のRubisCOでより相同性の高いものが見られ,また,水素細菌や化学独立栄養細菌の中には植物やラン藻のRubisCOに対するよりも更に相同性の低いものがあることを見いだし,生物の進化とRubisCOの相同性とは直接関係しないと推論している。 第5章ではH.marinusの3種のRubisCOの発現調節について論じている。H2:O2:CO2=70:10:10,70:20:10,78:20:2の各条件で培養した菌体より無細胞抽出液を調製し,ウエスタンブロッティングとノーザン解析を行ったところ70:10:10,70:20:10の条件ではCbbMが大量に発現し,78:20:2とするとCbbMの発現量の減少とCbbLS-2の発現量の増加が見られた。さらに細胞内のRubisCO活性がH2:O2:CO2=70:10:10と70:20:10ではほぼ同じ値を示したが,炭素ガス濃度を2%とすると約2.5倍に上昇することを見いだしている。以上の結果よりH.marinusは外部環境の変化に対して炭酸固定能の異なる複数のRubisCOの発現調節を行い,細胞内のRubisCO活性を変化させることによって対応していると推論している。 第6章では本研究のまとめを行い,生物炭酸固定に関する更なる知見の積み重ねは生物炭酸固定能の向上や作物の生産性向上に役立つものであると論じ,その第一歩としてRubisCOに関する新たな知見が得られたことは意義深いと結論づけている。 以上,本論文は原核生物のRubisCOに着目して新たなSpecificity factorの測定法を開発するとともに,好熱性ラン藻Synechococcus a-1由来の熱安定性に優れたRubisCOの取得,海洋性水素細菌Hydrogenovibrio marinusの複数のRubisCOのアミノ酸配列を明らかにするとともに,外部環境変化に対する発現調節機構を明らかにしたもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |