学位論文要旨



No 111294
著者(漢字) 吉澤,敏男
著者(英字)
著者(カナ) ヨシザワ,トシオ
標題(和) カルパインの活性化機構と構造・機能相関
標題(洋)
報告番号 111294
報告番号 甲11294
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1585号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 徳田,元
 東京大学 助教授 石浦,章一
内容要旨

 カルパインは細胞内で重要な役割を果たすCa2+イオンによって活性化されるので、Ca2+イオンが関与する種々の細胞機能、例えばシグナル伝達などと密接な関係があると予想されている。高等動物において組織普遍的発現を示しているカルパインは、2種類のアイソザイムの存在が、現在哺乳動物で確認されている。これらは試験管内におけるプロテアーゼ活性のCa2+要求性の違いから-カルパイン(最大速度の1/2の速度でカゼインを切断するCa2+濃度Ka:40〜50M)とm-カルパイン(Ka:400〜600M)と呼ばれる。両アイソザイムとも2つのサブユニット;80kDaと30kDaを持ち、80kDa大サブユニットのアミノ酸配列はそれぞれ異なる。大サブユニットはシステインプロテアーゼとCa2+結合部位を持ち、小サブユニットのCa2+結合部位と結合してプロテアーゼ活性の発現を調節していると考えられる。カルパインのCa2+に依存した活性発現は、大サブユニットのN末端側に切断(自己消化)が入ることによって起こり、この自己消化を受けたカルパインは、活性型と呼ばれCa2+感受性が充進すると言われている。また、これらとは別に、骨格筋に特異的に発現しているp94がラットやニワトリで同定されており、基本的に他のカルパイン大サブユニットと構造が同じであるが、固有の小サブユニットを持つのか否かに関しては結論がでていない。p94はまた、大腸菌でそのcDNAを発現させると封入体として翻訳産物が同定できるが、培養細胞(COS細胞やL8細胞)へのcDNAの導入実験と試験管内転写・翻訳系を用いた実験では、p94の自己分解による代謝回転が速い為、タンパク質としての寿命が非常に短く安定したタンパク質として同定されていない。また、この時のCa2+濃度は10-6M以下で、-カルパインよりも低いCa2+濃度でプロテアーゼ活性を持つ。m-,-カルパインについても、Ca2+非存在下では安定した二量体として単離されるが、非生理的な条件下で単離した80Kサブユニットは不溶化しやすく、触媒活性においても30Kサブユニットが結合している時の5%程度に減少してしまうので、小サブユニットが大サブユニットの活性を高める因子と考えられてきたが詳細は明らかではない。そこで、本研究ではカルパインの活性化における構造と機能相関、特に、Ca2+濃度と30Kサブユニットの生体内における機能の解析を行った。

1.カルパインの自己消化と活性化

 カルパインの活性化は、Ca2+存在下において80KサブユニットのN末端の自己消化を介して起こるとされてきた。しかし近年哺乳類のm-カルパインが、自己消化が起こる前に基質を切断するという報告がなされ、-カルパインを用いた場合と結果が異なっていた。今回システインブロテアーゼの阻害剤E-64は、-,m-カルパインの前駆体と反応することを明らかにし、さらに前駆体型、自己消化型にそれぞれ特異的に反応する抗体を用いて、-カルパインも自己消化が起こる前に基質を切断することを明らかにした。これによってカルパインの活性化について統一的な見解が得られた。

2.カルパイン80Kサブユニットの再生

 カルパイン80Kサブユニットは、自身にプロテアーゼ領域とCa2+結合領域を持つ為、大サブユニット単独でもCa2+依存性のブロテアーゼとして機能してもおかしくはない。しかし実際には大サブユニット単独では不溶化しやすく、もとのカルパインの5%程度の触媒活性しか持たない為、小サブユニットがカルパインの活性発現には必須と考えられてきた。今回我々は80Kサブユニット再生の過程にポリエチレングリコール(PEG)を加えることにより80Kサブユニットの不溶化を抑さえることに成功した。近年PEGを用いた、タンパク質のリフォールディングの成功例は数多い。このように不溶化を抑さえることによって80Kサブユニットのプロテアーゼ活性も完全に回復した(図1)。さらに大腸菌由来のシャペロニンタンパク質GroEはATPの存在下で80Kサブユニットの触媒活性の再生を加速することを発見した。これらの結果は、これまでの予想に反し、小サブユニットが生体内において大サブユニットの巻戻しを促進するシャペロニンの役割をしていることを示唆している。

(図1)80Kサブユニットの酵素活性
3.天然型と再生大サブユニットのCa2+感受性

 m-,-カルパインのCa2+感受性の違いは、それぞれの大サブユニットの構造に起因すると言われている。ウサギm-カルパイン前駆体はKa≒600Mであるが、Ca2+存在下で自己消化を受けることによりCa2+感受性が亢進し、Ka≒300Mになると言われてきた。しかし今回、再生した大サブユニットモノマーのCa2+感受性(Ka値)が、自己消化型カルパインのCa2+感受性に一致することを見い出した。さらに大サブユニットモノマーのN末端を自己消化させても新たなCa2+感受性の亢進は見られなかった。これらの結果はこれまでの予想に反して大サブユニットのN末端の切断が、カルパインの活性化とCa2+感受性の亢進には直接関係がないことを意味する。また、これとは別に大サブユニットモノマーにCa2+非存在下において小サブユニットを加えると、そのCa2+感受性は前駆体のそれと一致するが、Ca2+存在下の大サブユニットモノマーに小サブユニットを加えてもCa2+感受性に変化がないことが分かった(図2)。つまり30Kサブユニットが80KサブユニットのCa2+感受性を調節していることが示唆された。

(図2)30KサブユニットのCa2+に及ぼす効果
4.カルパインの活性化と二量体構造

 カルパイン前駆体は、Ca2+非存在下において安定した二量体として単離される。しかし、Ca2+存在下においては、自己消化によって分解されるだけでなく、凝集して沈殿しやすいため、これまでCa2+存在下でのカルパインの構造研究はほとんど行なわれなかった。今回我々が開発したPEGを含む溶媒系にE-64を加えることによって自己消化を防ぎ、Ca2+存在下でカルパインの構造を検討することがはじめて可能になった。Ca2+存在下でゲルろ過を試みたところ、80Kサブユニットと30Kサブユニットが別々のピークとして溶出された。つまり二量体であるカルパインはCa2+存在下で大、小サブユニットに解離することが分かった。また解離した大サブユニットが二量体カルパインと同じ酵素活性を持つことが分かった。以上のことから考えられるカルパインの活性化機構を(図3)に示す。

(図3)カルパインの活性化のメカニズム

 以上、本研究において、カルパインの活性化における構造変化が明らかにされ、カルパイン小サブユニットが、細胞内において大サブユニットの立体構造を安定化するのと同時に、プロテアーゼ活性をCa2+要求性の点で制御していることがはじめて明らかにされた。

審査要旨

 カルパインは細胞内で重要な役割を果たすカルシウムイオンによって活性化される細胞内システインプロテアーゼて,シグナル伝達と密接な関係があると予想されている。カルパインはその構造面に関する解析に比べて生理機能に関する解析はほとんど明らかにされていない。著者は,カルパインの構造と機能相関の解析に取り組み,その結果カルパインの新しい活性化機構を提唱している。本論文は4章からなる。

 第一章は序論で,研究の背景と意義について概説したのち,第二章ではカルパインの自己消化と活性化について述べている。

 高等動物において組織普遍的に発現を示しているカルパインには,試験管内におけるプロテアーゼ活性のカルシウム要求性の違いから,m2種類のアイソザイムの存在が知られている。これらカルパインの活性化機構については,これまで自己消化により大小サブユニットのN末端が自己触媒的に切断されることによりカルシウム感受性が亢進し,活性化されて基質を分解すると考えられてきた。しかし,近年哺乳類のmカルパインが自己消化の起こる前に基質を分解することが報告され,自己消化によるカルパインの活性化機構に関し,再検討が必要になった。そこでカルパインのカルシウム感受性や自己消化に及ぼす金属イオンの効果を検討した結果,生理的な濃度の一価のカチオンNaやKにはカルシウム感受性を鈍くする効果があり,二価の金属イオンMgは自己消化のみを制御する因子として今回初めて同定された。そこで自己消化のみを抑制するMgと低分子の合成基質を用いてカルパインの活性測定を検討した結果,活性化の際に自己消化は必要がないことを明らかにした。

 第三章では,カルパインの各サブユニットの機能解析について述べている。

 従来小サブユニットを含まない大サブユニットは,不安定で不溶化しやすく,もとのカルパインの5%程度の触媒活性しか持たないため,小サブユニットがカルパインの活性発現には必須であると考えられてきた。まず,カルパインの解離,会合の際における不溶化を防ぐ因子を検討した結果,ポリエチレングリコール(PEG)がカルパイン大サブユニットの不溶化を完全に抑えることを見出した。この系を用いてカルパインの大,小サブユニットを単離したところ,大サブユニットが単独で100%の酵素活性を持つことを見いだした。また,この際小サブユニットは大サブユニットの巻き戻しを促進した。この結果はこれまでの予想に反し,小サブユニットが生体内において大サブユニットのシャペロニンとしての役割をしていることを示唆している。また再生した大サブユニットのカルシウム感受性が,自己消化によって活性化されたカルパインのカルシウム感受性に一致することを見いだした。また,大サブユニットに小サブユニットを加えると,そのカルシウム感受性はもとの非自己消化型のそれに一致することを確認した。さらに大サブユニットモノマーのN末端を自己消化させても新たなカルシウム感受性の亢進は認められなかった。以上の結果から,カルパインの自己消化は活性化やカルシウム感受性の亢進とは直接関係のないことが判明した。そこでカルシウム存在下におけるカルパインの挙動を改めて検討したところ,カルパインはカルシウムによりサブユニットに解離することが明らかになった。すなわち,カルパインは自己消化によって活性化されるのではなく,カルシウム濃度の上昇に伴ってカルパインが大,小サブユニットへ解離することが活性化の実体であることを明らかにした。また同時に,小サグユニットは大サブユニットのカルシウム感受性を調節すると共にシャペロニン様の機能を合せ持つことが明らかになった。これらを第四章の総合討論で論じた。

 以上本論文は新しいカルパインの活性化機構を明らかにし,サブユニットの機能を明確にしたもので,生化学,細胞生物学上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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