審査要旨 | | カルパインは細胞内で重要な役割を果たすカルシウムイオンによって活性化される細胞内システインプロテアーゼて,シグナル伝達と密接な関係があると予想されている。カルパインはその構造面に関する解析に比べて生理機能に関する解析はほとんど明らかにされていない。著者は,カルパインの構造と機能相関の解析に取り組み,その結果カルパインの新しい活性化機構を提唱している。本論文は4章からなる。 第一章は序論で,研究の背景と意義について概説したのち,第二章ではカルパインの自己消化と活性化について述べている。 高等動物において組織普遍的に発現を示しているカルパインには,試験管内におけるプロテアーゼ活性のカルシウム要求性の違いから,m2種類のアイソザイムの存在が知られている。これらカルパインの活性化機構については,これまで自己消化により大小サブユニットのN末端が自己触媒的に切断されることによりカルシウム感受性が亢進し,活性化されて基質を分解すると考えられてきた。しかし,近年哺乳類のmカルパインが自己消化の起こる前に基質を分解することが報告され,自己消化によるカルパインの活性化機構に関し,再検討が必要になった。そこでカルパインのカルシウム感受性や自己消化に及ぼす金属イオンの効果を検討した結果,生理的な濃度の一価のカチオンNaやKにはカルシウム感受性を鈍くする効果があり,二価の金属イオンMgは自己消化のみを制御する因子として今回初めて同定された。そこで自己消化のみを抑制するMgと低分子の合成基質を用いてカルパインの活性測定を検討した結果,活性化の際に自己消化は必要がないことを明らかにした。 第三章では,カルパインの各サブユニットの機能解析について述べている。 従来小サブユニットを含まない大サブユニットは,不安定で不溶化しやすく,もとのカルパインの5%程度の触媒活性しか持たないため,小サブユニットがカルパインの活性発現には必須であると考えられてきた。まず,カルパインの解離,会合の際における不溶化を防ぐ因子を検討した結果,ポリエチレングリコール(PEG)がカルパイン大サブユニットの不溶化を完全に抑えることを見出した。この系を用いてカルパインの大,小サブユニットを単離したところ,大サブユニットが単独で100%の酵素活性を持つことを見いだした。また,この際小サブユニットは大サブユニットの巻き戻しを促進した。この結果はこれまでの予想に反し,小サブユニットが生体内において大サブユニットのシャペロニンとしての役割をしていることを示唆している。また再生した大サブユニットのカルシウム感受性が,自己消化によって活性化されたカルパインのカルシウム感受性に一致することを見いだした。また,大サブユニットに小サブユニットを加えると,そのカルシウム感受性はもとの非自己消化型のそれに一致することを確認した。さらに大サブユニットモノマーのN末端を自己消化させても新たなカルシウム感受性の亢進は認められなかった。以上の結果から,カルパインの自己消化は活性化やカルシウム感受性の亢進とは直接関係のないことが判明した。そこでカルシウム存在下におけるカルパインの挙動を改めて検討したところ,カルパインはカルシウムによりサブユニットに解離することが明らかになった。すなわち,カルパインは自己消化によって活性化されるのではなく,カルシウム濃度の上昇に伴ってカルパインが大,小サブユニットへ解離することが活性化の実体であることを明らかにした。また同時に,小サグユニットは大サブユニットのカルシウム感受性を調節すると共にシャペロニン様の機能を合せ持つことが明らかになった。これらを第四章の総合討論で論じた。 以上本論文は新しいカルパインの活性化機構を明らかにし,サブユニットの機能を明確にしたもので,生化学,細胞生物学上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。 |