学位論文要旨



No 111302
著者(漢字) 殿塚,隆史
著者(英字)
著者(カナ) トノヅカ,タカシ
標題(和) 好熱性放線菌Thermoactinomyces vulgarisの-アミラーゼの基質特異性の解析と応用
標題(洋) Analysis of Substrate Specificities and Application of -Amylases from Thermophilic Actinomycete,Thermoactinomyces vulgaris
報告番号 111302
報告番号 甲11302
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1593号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 太田,明徳
内容要旨

 アミラーゼはデンプンを加水分解する酵素の総称であり、農産物の加工・利用には欠かせない、食品工業で最も需要が高い酵素である。アミラーゼを、近年進歩した遺伝子工学やX線結晶解析技術など、いわゆるタンパク質工学的手法を用いて、より有用な酵素に改変するという研究は、大きな成果が期待されている。

 好熱性放線菌Thermoactinomyces vulgaris R-47の生産する-アミラーゼ(TVA)は、特徴的な基質特異性を持つ酵素である。ほとんどの-アミラーゼは、プルラン((1→4)および(1→6)グルコシド結合でグルコースが規則的に重合した多糖)を加水分解できないが、TVAはプルランの(1→4)グルコシド結合を特異的に加水分解し、パノースを生成させることができる。興味深いことに、T.vulgarisは、共にプルランやシクロデキストリンを特異的に分解する性質を持ちながら、アミノ酸配列が異なる二種類のアミラーゼ、TVAIとTVAII、を生産している。このような特徴的な二種類の酵素を比較、研究することは、アミラーゼの分子認識および糖転移機構の解明につながると期待される。

1.TVAIIの大量発現系の構築、および結晶化

 これまでの研究で構築されたTVAIIの発現プラスミドpTN1は、TVAII遺伝子を、pUC119のlacプロモーターの下流に接続することによって得られたものである。このpTN1は、lacプロモーターの支配を受け、イソプロピルチオ-ガラクトシド(IPTG)を添加することによって大量のアミラーゼを菌体内に生産することができる。pTNlには、lacプロモーターの下流にlac由来とTVAII遺伝子由来の二つのSDが存在し、両SDとも機能していることが分かった。しかし、このままでは、N末端が異なる二つのTVAIIが生産されてしまうので、lacSDまたはTVAIISDのみが働くように、欠失変異を導入したプラスミドを作成し、発現量の比較を行ったところ、TVAIISDで生産するプラスミドの方が、lacのそれよりも多いことが分かり、このプラスミドによって培地1lあたり100mg以上のTVAIIを得ることができた。

 このようにして得たTVAIIを、ポリエチレングリコールの存在下で結晶化した。これは3Å分解能程度のX線の回折が観測でき、現在解析中である。

2.糖転移反応の応用と解析

 -アミラーゼは、糖を水に転移させる活性(すなわち加水分解活性)のほかに、一般に、高濃度の糖が反応系に存在すると、糖を糖に転移させる活性、すなわち糖転移活性を示す。-アミラーゼ類の糖転移反応は、オリゴ糖の製造など工業的によく用いられており、糖転移反応の研究は非常に重要である。さらに、TVAの基質特異性を研究するうえで、さまざまなオリゴ糖が必要なので、TVA自身の糖転移反応を利用したオリゴ糖の酵素合成とその解析を行った。プルランとグルコースを出発原料とすると、加水分解産物であるパノースのほかに、パノースにグルコースが(1→4)結合で転移した四糖42-isomaltosylmaltose(IMM)と(1→6)結合で転移した四糖42-isomaltosylisomaltose(IMIM)が生成する。この合成においてTVAIIは大量の転移生成物を作るが、TVAIは少量しか作れないことが分かったので、合成にはTVAIIを用いた。

 反応をさらに進めるとこれらの四糖はさらにTVAIIにより分解されるが、IMMの分解のほうがはるかに速いので、IMIMのみが反応系に残ることが分かり、反応が進んだ時点でのIMIMのみを分離精製することができた。

 なぜTVAIIはTVAIに比べ大量の転移生成物を作ることができるのか明らかにするため、本反応の解析を行った。TVAIIのIMM、IMIMに対するkcat/Km値はTVAIより大きかった。しかし、TVAI、TVAIIに対するパノース(反応系で最終的に生成する糖)の阻害定数Kiは、それぞれ14mM、2.3mMであり、TVAIIはパノースによって強い阻害を受けていることが分かった。したがって、TVAIIの場合には、蓄積した転移反応物が分解されないで、安定に保持されると考えられる。

3.両TVAの基質特異性の解析

 TVAIIは遺伝子のショトガンクローニングとその発現によって初めて存在が確認された酵素であり、その酵素化学的性質は今まで明らかにされていなかった。そこで大腸菌で生産された組替えTVAIIを精製し、諸性質を決定し、TVAIなどと比較した。その結果、至適pHなどの特徴は、TVAIよりも、むしろBacillus stearothermophilusネオプルラナーゼと似ていることが分かった。

 高分子基質のデンプン、プルランに対する分解パターンをTVAIとTVAIIで比較した。TVAIIはTVAIよりも酵素濃度が高い条件下でも、これらの多糖を分解する速度が遅く、TVAIは高分子基質に対してより優れた活性を持つことが分かった。逆に、TVAIIは、特にIMM、マルトトリオースに対しTVAIの10〜30倍のkcat/Km値を示し、オリゴ糖に対しより優れた活性を持つことが分かった。

 本実験の結果は、両酵素の活性が、プルランを分解しパノースを生産するという同一の反応を行うにもかかわらず、その性質はかなり異なっていることを示している。TVAIはシグナルペプチドを持つ前駆体として合成され、菌体外へ分泌される酵素であり、一方、TVAIIはシグナルペプチドがなく、菌体内に存在することから、TVAIは菌体外でデンプンなどの分解に、TVAIIは菌体内でオリゴ糖代謝に、それぞれ関与している酵素であると考えられる。最近、TVAとホモロジーの高い酵素、MalZが、大腸菌の細胞質に存在し、マルトース系と呼ばれる代謝系を担っていることが報告された。TVAI、TVAII遺伝子近傍のホモロジー検索を行ったところ、大腸菌マルトース系タンパク質の一つであるMalGにホモロジーの高いタンパク質が、TVAII遺伝子のすぐ上流側に存在することが判明した。これらの結果から、TVAIIは菌体内でMalZと同様の役割を担っていると推測される。

4.TVAIIの基質特異性の改変

 -アミラーゼでは、Aspergillus oryzaeタカアミラーゼAの立体構造が報告されている。TVAIおよびTVAIIのアミノ酸配列の、N末端から100残基ほど除いたTVAの配列は、タカアミラーゼAの配列とホモロジーが高く、活性中心付近は基本的に同様の立体構造と考えられる。タカアミラーゼAの、活性中心付近のモデルを図Aに示した。対応するTVAIIのアミノ酸残基を括弧内に示し、触媒残基は四角で囲った。

 TVAIIの特徴的な性質に、プルラン分解活性とパノースによる阻害があげられる。図Aのaで示した部位は、タカアミラーゼAでは(1→4)グルコシド結合であるが、TVAIIの場合、サブサイト2〜4にパノースが結合し、この部位が(1→6)グルコシド結合となると考えられる。そこで、図Aのaの付近の認識に関係するアミノ酸残基のうち、タカアミラーゼAとTVAで保存されていない残基(図Aのbで示した)についての実験を行った。タカアミラーゼAのTrp83に相当するTVAIIの残基はHis202と推定され(TVAIでも同様にHis)、この残基について変異体(H202→N)を作成した。また、タカアミラーゼAのAsp168(図Bのeで示した)の周辺は、TVAI、TVAII、タカアミラーゼA間でホモロジーが低い(図B)が、dで示したプロリン残基は-アミラーゼ間で保存されていることをもとにし、相当すると思われるTVAIIの7残基AVQVPAMをTVAI型の6残基LGFNSLに置換した(図Bのeで示した)。

図表A / B

 これらの変異体は、デンプン分解活性に対するプルラン分解活性の比が大幅に低下し、変異を導入した部位がプルラン分解活性に関与していることが示された。さらに、デンプン分解活性に対するシクロデキストリン分解活性の比は(野生型0.85倍)、H202→N酵素では上昇したが(4.5倍)、AVQVPAM→LGFNSL酵素では低下し(5.2×10-3倍)、両部位で異なる働きをすることが示唆された。

 本研究では、糖転移反応の解析、および合成したオリゴ糖を用いた反応速度論的解析から、TVAIとTVAIIの基質特異性の差異を明らかにした。この結果をもとにし、遺伝子工学的手法によって、TVAIIの基質特異性の改変に成功した。このように、糖転移産物の合成研究と遺伝子工学を組み合わせるという手法によって、酵素の分子認識機構の解明のみならず、新たなオリゴ糖合成法の開発という利用面についても、よい成果が得られた。以上の成果・手法は、工業的に利用されているアミラーゼへ、広く応用できると考えられる。

審査要旨

 本論文は,好熱性放線菌Thermoactinomyces vulgarisの-アミラーゼの基質特異性の解析と応用について述べたもので5章より成る。アミラーゼは,食品工業で最も需要が高い酵素であり,タンパク質工学的手法を用いて,より有用な酵素に改変するという研究は,大きな成果が期待されている。本研究の材料である,好熱性放線菌T.vulgaris R-47の生産する-アミラーゼ(TVA)は,通常の-アミラーゼが分解することのできない,多糖プルランを分解するという特徴的な基質特異性を持つ酵素である。T.vulgarisは,このような性質を持ちながら,アミノ酸配列が異なる二種類のアミラーゼ,TVAIとTVAII,を生産している。本研究ではこのような特徴的な酵素の比較により,アミラーゼの分子認識機構を解析することを目的として,以下の研究を行っている。

 序章で本研究の意義について概説した後,第1章では,TVAIIの大量発現系の構築,および結晶化について述べている。本研究では,TVAII遺伝子由来のSD配列を利用して,TVAIIの発現ベクターを構築することにより,培地1lあたり100mg以上のTVAIIを得る系を確立することができた。また,このようにして大量に得られたTVAIIの結晶化に成功し,X線構造解析に耐えうるものであることを明らかにした。

 第2章では糖転移反応の応用と解析について述べている。本研究では,TVAの糖転移反応を利用したオリゴ糖の酵素合成とその解析を行った。プルランとグルコースを出発原料とすると,加水分解産物であるパノースのほかに,パノースにグルコースが(1→4)結合で転移した四糖42-isomaltosylmaltose(IMM)と(1→6)結合で転移した四糖42-isomaltosylisomaltose(IMIM)が生成する。本研究ではIMIMの分離精製に成功した。また,この合成においてTVAIIはこれらの糖転移生成物を大量に生成するが,TVAIは少量しか生成しない。その理由を明らかにするため本反応の解析を行ったところ,TVAIIは最終的な加水分解産物である,パノースによって強い阻害を受けることが明らかになり,このため,蓄積した糖転移生成物が分解されないで,安定に保持されるということを示した。

 第3章は,両TVAの基質特異性の解析について述べている。TVAIはTVAIIより,高分子基質のデンプン,プルランに対してより優れた活性を持ち,逆にTVAIIは,オリゴ糖に対しより優れた活性を持つことを明らかにした。本実験の結果は,両酵素の性質はかなり異なっていることを示しており,TVAIは菌体外で,デンプンのような多糖の分解に関与していると推測され,TVAIIは,大腸菌のマルトース系の酵素であるMalZのように,菌体内でオリゴ糖の代謝に関与している酵素であることを示唆した。

 第4章では,TVAIIの基質特異性の改変について述べている。TVAIとTVAIIの基質特異性の重要な違いに,パノースによる阻害があげられる。このパノースのTVAIIによる阻害に着目し,タカアミラーゼAの立体構造,および,TVA関連酵素をもとに,パノースの関与する残基を推測し,二種類の変異体を作成した。これらの変異体は,デンプン分解活性に対するプルラン分解活性の比が大幅に低下し,変異を導入した部位がプルラン分解活性に関与していることが示された。さらに,デンプン分解活性に対するシクロデキストリン分解活性の比は,一方の変異酵素では上昇したが,もう一方では低下し,変異を導入した部位によって異なる機能を持つことを示唆した。

 第5章は総合討論である。以上の研究に討論を加え,本研究では糖転移産物の合成研究と遺伝子工学を組み合わせるという手法によって,酵素の分子認識機構の解明のみならず,新たなオリゴ糖合成法の開発という利用面についても多大な成果が得られたことを結論している。

 以上本論文は,糖転移反応を利用したオリゴ糖の新たな合成法を開発し,本合成で得られた基質を用いてTVAの基質特異性の解析を行うことにより両アミラーゼの基質特異性の差を明確にし,さらに本結果をもとに作成した変異酵素によって基質特異性の変換に成功したものであり,学術上,応用上重要な,アミラーゼの分子認識機構の解析に多大な貢献を与えたものである。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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