審査要旨 | | 生体膜は細胞の構造体としてのみでなく,膜内外の物質交換,エネルギー生産,シグナル伝達等様々な機能を有している。phosphatidylethanol amine(PE)は生体膜の脂質二重を形成する主要リン脂質である。本論文ではPEの役割と合成の調節を明らかにするために,酵母SaccharomycescerevisiasのECTをコードする遺伝子ECT1を単離し,その構造を明らかにするとともに,ect1変異株を用いてPEの酵母細胞における機能を解析した。 第1章ECT遺伝子の単離と構造解析 変異誘発処理してエタノールアミンの利用ができなくECT活性がほとんど検出されない3株の変異株を得た。ect変異株を宿主として,YCp50上に作製した酵母遺伝子ライブラリーを検索して,ect変異を相補する3種の複合ブラスミドを得た。再クローン化してect変異株に導入した結果,ECT活性が回復していた。塩基配列を決定した結果,969塩基,323コドンからなるORFが見い出された。タンパク質データベースの検索の結果,この推定アミノ酸配列はS.cerevisiasのCCT(CTP : phosphocholine cytidylyltransferase),ラットのCCT,B.subtilisのtagD(CTP : sn-glycerol-3-phosphate cytidylyltransferase)と部分的に相同性を有した。推定遺伝子産物のアミノ酸構成は全体として疎水性ではないがC末端近くで疎水性の高い領域が見られた。ノーザン解析の結果,この遺伝子は実際に転写されているものと確認された。また染色体マッピングの結果,ECT1は酵母の第VII染色体上に存在することがわかった。 第2章ECT遺伝子の機能解析 gst-ECT1融合遺伝子高発現ベクターを構築し,大腸菌で発現した結果,64.4kDaの融合タンパク質が多量に発現,検出された。ECT酵素活性を測定した結果,本来大腸菌にはないECT酵素活性が検出された。これはECT1遺伝子が,実際にECTタンパク質をコードする構造遺伝子であることを直接的に証明している。大腸菌での局在性を調べた結果,GST-ECT融合タンパク質は膜画分に存在した。このことはECTには膜に結合する領域が存在することを示唆している。 第3章ect1 cho1の二重変異によるPE合成欠損の解析 PEの細胞内での機能を調べるためにはこのPEが正常に存在する条件と,存在しない条件での細胞の生理,形態を比較検討することが有益である。そこで,ect1の破壊株とect1 cho1の二重破壊によるPE合成経路の破壊が酵母細胞にどのような影響を及ぼすかを検討した。半数体野生型酵母のECT1遺伝子の破壊を行った結果,ECT1遺伝子は必須の遺伝子ではなかった。このことはS.cerevisiasではPSの脱炭酸によって生育に十分な量のPEが供給されていると考えられる。ect1遺伝子破壊株の〔14C〕エタノールアミンの取り込み量を測定した結果,ect1破壊株では14C標識の取り込みが抑制された。ect1破壊株ではECTの欠損により,PEへのエタノールアミンの取り込みが抑えられ,結果として,細胞への取り込みが低下したと考えられる。ect1 cho1二重変異株のリン脂質の組成を調べた結果,PEの含量が全リン脂質の2%以下に減少していた(野生型株では22.6%)。ect1 cho1二重変異株の生育曲線を調べた。二重変異株は野生型株あるいはcho1欠損株に比べて生育速度が1/2以下であり,ODが1以上に増殖できなかった。この二重変異株の温度感受性を調べた結果,二重変異株は生育出来なかった。しかし,PEの欠損を回復させるYCpGPSSあるいはYEpECTを導入した場合,温度感受性は見られなかった。このような結果からPEの合成は細胞の正常な生育に要求されると共に,高温における生体膜の機能に重要な役割を担っていることが示唆された。ect1 cho1二重変異株の生育速度の低下と温度感受性は,PE欠損による膜構造の変化に原因があると推測される。そこで電子顕微鏡で細胞内構造を観察した結界,二重変異株には,野生型株とcho1変異株では観察できないオルガネラの形態異常が観察された。PEの合成は細胞内の膜構造体の正常な形成とその維持に必要であると考えられる。 以上本論文では,酵母S.cerevisiasにおけるPE合成系を解析し,PE合成の役割について新規の知見を得ており,これは学術上貢献することが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |