学位論文要旨



No 111312
著者(漢字) 小野,満
著者(英字)
著者(カナ) オノ,ミツル
標題(和) マレック病ウイルスの分子生物学的研究
標題(洋) Molecular Biological Studies on Marek’s Disease Viruses
報告番号 111312
報告番号 甲11312
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1603号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 小野寺,節
内容要旨

 マレック病(MD)はニワトリの伝染性悪性Tリンパ腫であり、その発症はワクチンによって防御される。MDの病原体は、細胞随伴性のヘルペスウイルスであり当初マレック病ウイルス(MDV)と名付けられた。その後MDVと血清学的に交差するウイルス株が健康なニワトリや七面鳥その他の鶉鶏類の鳥から分離され、MDVと血清学的に関連のあるするウイルスは、三つの血清型(MDV1,MDV2,MDV3=HVT:七面鳥ヘルペスウイルス)に分けられた。血清型による分類はウイルスの腫瘍原性の有無による分類と全く重なる。つまり、腫瘍原性のあるウイルス株はすべてMDV1に属する。

 MDVは当初そのT細胞親和性や腫瘍原性その他の生物学的性状から、腫瘍原性を持つウイルスの多くが属するガンマヘルペスウイルス亜科に分類された。しかしその後の分子生物学的解析からMDVは、明らかな腫瘍原性は示さないアルファヘルペスウイルスと系統発生的に近く、ガンマヘルペスウイルスとは、すべてのヘルペスウイルスにおいて保存されているゲノムの領域を除いてほとんど似ていないことが示唆されている。このことは、MDV1の腫瘍発症機構が、ガンマヘルペスウイルスの腫瘍発症機構とは異なり、ガンマヘルペスウイルスとの比較生物学的方法で解明できる可能性が少ないことを示唆している。MDV1の腫瘍原性を解明する方法の一つとして、腫瘍原性を持つMDV1と非腫瘍原性のMDV2やHVTとの比較による方法が考えられる。一方、MDVの研究においてMDのワクチンによる防御機構の解明もまた遂行されるべきテーマである。MDを制御するワクチン株としては、MDVのどの血清型に属するウイルス株も用いても効果があり、実際にMDV1の弱毒株や非病原性株またMDV2やHVTに分類されるウイルス株が単独あるいはいくつか組み合わせて用いられている。このことは、MDのワクチンによる防御機構を解明する上で、MDVの三血清型間の共通性の解析が有用であることを示している。しかし、MDV2の分子生物学は、その重要性にも関わらず、MDV1やHVTの分子生物学に比べてその解析が遅れている。本研究はMDVの腫瘍発生機構およびワクチン免疫を解明することを最終目的として2部から構成され、第1部においてMDV2の分子生物学的解明の基礎となるMDV2DNAの制限酵素地図を作成しさらに、腫瘍原性および腫瘍免疫への関与が疑われているMDV1の燐酸化蛋白と部分的に相同なアミノ酸配列を持つ蛋白を発現しうる遺伝子をMDV2ゲノム内に同定しその性状を解析した。またMDVとアルファヘルペスウイルスとの近縁関係は、アルファヘルペスウイルスの防御免疫において重要とされるエンベロープ糖蛋白が、MDのワクチン免疫においても重要な役割をしていることが予想される。そこで、第2部では、ヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)の糖蛋白D(gD)のMDV1相同物について解析した。

第1部MDV2の遺伝学的研究

 MDV1やHVTの分子生物学的研究は、それらのDNAの制限酵素切断断片のクローニングおよびその制限酵素地図の作成により急速に発展した。MDV2の分子生物学の研究の遅れは、そのDNAのクローニングおよび制限酵素地図の作成がなされていないことに起因すると考えられた。そこで、MDV2DNAの制限酵素BamHIおよびEcoRIによる切断断片のクローニングを試み、結果として、ゲノムのほぼ全領域をカバーする28のBamHI断片と11のEcoRI断片のクローニングに成功した。クローン化したBamHIおよびEcoRI断片をそれぞれEcoRIもしくはXholおよびBamHIもしくはXholで切断した断片の大きさとクローン化したBamHI断片をプローブ、BamHI、EcoRI、Xholで切断したMDV2感染鶏胚線維芽細胞(CEF)DNAをテンプレートとしたサザンブロット解析の結果からMDVDNAのBamHI、EcoRI、Xholによる制限酵素地図を作成した。このサザンブロット解析においてBamHI-Kと-Q断片およびBamHI-M1と-R断片はそれぞれ相互に反応した。この結果はこれらの断片がお互いに共通の配列を持つことを示し、また近傍の断片の接続からこれらの断片が倒置反復配列とユニーク配列の結合部位に存在することが示された。以上より、MDV2のDNAはMDV1やHVTのDNAと同様にHSVと同じゲノム構造(ユニーク配列の両端に一対の倒置反復配列を付いた構造が2つ連結した構造)をとることが示唆された。つづいて、クローン化したMDV2DNAのBamHI断片をプローブ、BamHIで切断したMDV1感染CEFおよびHVT感染CEFのDNAをテンプレートとしたミスマッチ34%を許す緩い条件のサザンブロット解析を行ったところ、ユニーウ配列の領域においてほぼ全体にわたる相同性とその共直線性が示された。またMDV1のA抗原およびB抗原の遺伝子をプローブ、BamHIで切断されたMDV2感染CEFDNAをテンプレートとして用いた緩い条件のサザンプロット解析においてもMDV1DNAとMDV2DNAの共直線性が示された。本研究以前にMDV1およびHVTのDNAとHSVおよびヒト水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)のDNAとの相同性およびその共直線性が示されており、本研究の結果によりMDVの三血清型すべてがアルファヘルペスウイルスと構造上の相似と遺伝子の並びの共直線性を持つことが明らかとなった。

 単クローン抗体(MAb)を用いた解析でMDV1に特異的であり、MD腫瘍細胞内において発現していることが報告されたリン酸化蛋白複合体の38kDaの構成要素(pp38)の遺伝子は倒置反復配列とユニーク配列の結合部位に両者にまたがって存在する。上で示されたMDV2DNAとMDV1DNAのユニーク配列における広範囲にわたる相同性により、pp38遺伝子の中でユニーク配列に存在する部分については、MDV2と相同性を持つ可能性が考えられた。そこでpp38遺伝子をプローブ、MDV2DNAのクローン化されたBamH断片をテンプレートとした緩い条件のサザンプロット解析によりMDV2BamHI-K断片に相同性を示した。この断片は倒置反復配列とユニーク配列の結合部位に位置しこの部分においてもMDV1DNAとMDV2DNAの共直線性が示された。さらにこの部分のDNAの塩基配列の決定により、MDV2がpp38と部分的に相同な蛋白をコードしていることがわかった。pp38はMD腫瘍細胞において発現がみられることから、腫瘍免疫における標的になる可能性が考えられる。そこでpp38のワクチン免疫における役割を探るため、このMDV2にコードされた蛋白とpp38との免疫学的交差について調べた。このMDV2の蛋白をリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させ、その発現蛋白に対するマウス免疫血清を作成し、MDV1、MDV2およびHVT感染CEF溶解液と免疫沈降反応を行った。MDV2感染CEF溶解液からは約38kDaの特異蛋白が沈降したが、MDV1およびHVT感染CEF溶解液中からは特異蛋白の沈降は見られなかった。また、バキュロウイルスによって発現されたリコンビナント蛋白はイムノプロット解析においてMDV2感染鶏血清によって認識された。これらの結果から、このMDV2の蛋白はMDV2の感染によってin vivoでもin vitroでも発現されているが、pp38およびHVTの蛋白と抗原的に交差するエピトープは保持していないことが示唆された。腫瘍免疫には細胞性免疫が重要であることから、このMDV2の蛋白のpp38と相同性を持つアミノ酸配列が細胞性免疫の標的となるかどうかについて更なる解析が必要であると考えられる。

第2部MDV1のHSVgD相同物の研究

 HSVの感染において必須であるgDのMDV1相同蛋白(MDV1gD)のMDV1感染およびワクチン免疫における役割を解析するために、まずMDV1gDをリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させた。さらにこのリコンビナントバキュロウイルス感染昆虫細胞をBALB/cマウスに免疫し、そのマウスの脾臓由来のB細胞をミエローマ細胞と細胞融合させハイブリドーマを作製した。免疫蛍光抗体法(IFA)でリコンビナントバキュロウイルス感染昆虫細胞に反応し、MDV1gDを発現しないバキュロウイルス感染細胞には反応しない抗体を分泌している5つのハイブリドーマが得られた。これらの5つのMAbはenzymed-linked immunosorbent assay additivity testによって3つグループに分けられた。これらのMAbは、イムノブロット解析においてリコンビナントバキュロウィルス感染細胞溶解液中の49〜52kDaの蛋白を認識した。この分子量はMDV1gDの分子量から予測される分子量(非修飾のかたちで45.4kDa)とほぼ一致した。これらのMAbはIFAおいて低継代のMDV1Md5株感染CEF内の抗原を認識したが、高継代のMDV1JM株感染CEFは認識しなかった。このIFAにおける陽性細胞率は、MDV1のB抗原に対するMAbを用いた場合の陽性細胞率より低く、MDV1のA抗原に対するMAbを用いた場合とほぼ同様だった。A抗原は培養細胞による継代によってその発現が減少することが知られており、MDV1gDも同様である可能性が示された。MDV1gDは、MDV1のin vitroおよびin vivoの感染において必須ではないことが報告されている。また、MDV1gDの遺伝子が保存されているにも関わらず、その発現を認めた報告はこれまでにない。本研究における結果はMDV1gDの発現を認めた最初の報告であり、MDV感染おけるMDV1gDの機能の解析に本研究で作製されたMAbは有用であると考えられる。

 MDV2の分子生物学の発展は、MDV1の腫瘍発症機構の解析およびワクチンによるMD腫瘍発症防御機構の解明に役立つことが期待される。そのためには、より多くのMDV2の遺伝子の解析が必要であり、本研究において作成されたMDV2DNAの制限酵素地図はその解析にとって有用であろう。また、ワクチンによる防御機構解明にとってMDV1の糖蛋白およびMD腫瘍において発現の見られる蛋白の解析は重要であると考えられる。本研究のMDV1gDについての解析と得られたMAbおよびMDV1pp38と部分的に相同性を持つMDV2の蛋白についての解析は、その意味で今後のMDVの研究に示唆を与えるものと考えられる。

審査要旨

 マレック病ウイルス(MDV)は鶉鶏類の鳥を宿主とする細胞随伴性のヘルペスウイルスで,三つの血清型(MDVl,MDV2,MDV3=HVT:七面鳥ヘルペスウイルス)に分けられる。MDVlはマレック病(MD)と呼ばれる伝染性悪性Tリンパ腫をニワトリに引き起こすウイルス株を含むが,MDV2およびHVTは非病原性である。MDの発症はMDV1の弱毒株や非病原株やMDV2やHVTのウイルス株が単独あるいはいくつか組み合わせて用いたワクチンによって防御される。本論文は以下の2部5章より構成されている。

 第1部においてMDV1やHVTに比べて研究が遅れているMDV2の分子生物学的研究を行った。第1章ではMDV2DNAの制限酵素BamHIおよびEcoRIによる切断断片のクローニングを試み,結果として,ゲノムのほぼ全領域をカバーする28のBamHI断片と11のEcoRI断片のクローニングに成功した。クローン化した断片の他の制限酵素による消化パターンとクローン化したBamHI断片をプロープ,BamHI,EcoRI,XhoIで切断したMDV2感染鶏胚線維芽細胞(CEF)DNAをテンプレートとしたサザンプロット解析の結果からMDVDNAのBamHI,EcoRI,XhoIによる制限酵素地図を作成した。この制限酵素地図作成においてMDV2のDNAはMDV1やHVTのDNAと同様にHSVと同じゲノム構造(ユニーク配列の両端に一対の倒置反復配列を付いた構造が2つ連結した構造)をとることが示唆された。つづいて,クローン化したMDV2DNAのBamHI断片をプロープ,BamHIで切断したMDV1感染CEFおよびHVT惑染CEFのDNAをテンプレートした緩い条件のサザンプロット解析を行ったところユニーク配列の領域においてほぼ全体にわたる相同性とその共直線性が示された。またMDV1のA抗原およびB抗原の遺伝子においてもMDV1DNAとMDV2DNAの相同性およびその共直線性が示された。これによりMDVの三血清型すべてがアルファヘルペスウイルスと構造上の相似と遺伝子の並びの共直線性を持つことが明らかとなった。第2章では単クローン抗体(MAb)を用いた解析でMDV1に特異的であり,MD腫瘍細胞内において発現していることが報告されたリン酸化蛋白複合体の38kDaの構成要素(pp38)の遺伝子がサザンプロット解析によりMDV2BamHI-K断片に相同性を示し,その部位の塩基配列を決定したところMDV2がpp38と部分的に相同な蛋白をコードしていることを明らかにし,第3章ではこのMDV2の蛋白をリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させ,その発現蛋白に対するマウス免疫血清を作成し,MDV1,MDV2およびHVT感染CEF溶解液と免疫沈降反応を行った。MDV2惑染CEF溶解液からは約38kDaの特異蛋白が沈降したが,MDV1およびHVT感染CEF溶解液中からは特異蛋白の沈降は見られなかった。また,バキュロウイルスによって発現されたリコンビナント蛋白はイムノプロット解析においてMDV2感染鶏血清によって認識された。第2章と第3章の結果から,このMDV2の蛋白はMDV2の感染によってin vivoでもin vitroでも発現されているが,pp38およびHVTの蛋白と抗原的に交差するエピトープは保持していないことが示唆された。

 第2部において,アルファヘルペスウイルスに属するヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)の感染において必須である糖蛋白D(gD)のMDV1相同蛋白(MDV1gD)の解析をした。まず第4章ではMDV1gDをリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させ,さらにこのリコンビナント蛋白に対するMAbを作製した。免疫蛍光抗体法(IFA)でリコンビナントバキュロウイルス感染昆虫細胞に反応し,MDV1gDを発現しないバキュロウイルス感染細胞には反応しない5つのMAbが得られ,これらの5つのMAbはenzymed-linkedimmunosorbent assay additivity testによって3つグループに分けられた。これらのMAbは,イムノプロット解析においてリコンビナントバキュロウイルス感染細胞溶解液中の49〜52kDaの蛋白を認識した。この分子量はMDV1gDの分子量から予測される分子量(非修飾のかたちで45.4kDa)とほぼ一致した。第5章では,これらのMAbがIFAにおいて低継代のMDV1Md5株感染CEF内の抗原を認識したが,高継代のMDV1JM株感染CEFは認識しないことを明らかにした。このIFAにおける陽性細胞率は,MDV1のB抗原に対するMAbを用いた場合の陽性細胞率より低く,MDV1のA抗原に対するMAbを用いた場合とほぼ同様だった。A抗原は培養細胞による継代によってその発現が減少することが知られており,MDV1gDも同様である可能性が示された。

 以上の通り,本研究はMDV2制限酵素地図を作成するとともにMDV2pp38遺伝子の解析やその蛋白とMDV1gDの発現と抗原解析を行った。これらの知見は学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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