審査要旨 | | マレック病ウイルス(MDV)は鶉鶏類の鳥を宿主とする細胞随伴性のヘルペスウイルスで,三つの血清型(MDVl,MDV2,MDV3=HVT:七面鳥ヘルペスウイルス)に分けられる。MDVlはマレック病(MD)と呼ばれる伝染性悪性Tリンパ腫をニワトリに引き起こすウイルス株を含むが,MDV2およびHVTは非病原性である。MDの発症はMDV1の弱毒株や非病原株やMDV2やHVTのウイルス株が単独あるいはいくつか組み合わせて用いたワクチンによって防御される。本論文は以下の2部5章より構成されている。 第1部においてMDV1やHVTに比べて研究が遅れているMDV2の分子生物学的研究を行った。第1章ではMDV2DNAの制限酵素BamHIおよびEcoRIによる切断断片のクローニングを試み,結果として,ゲノムのほぼ全領域をカバーする28のBamHI断片と11のEcoRI断片のクローニングに成功した。クローン化した断片の他の制限酵素による消化パターンとクローン化したBamHI断片をプロープ,BamHI,EcoRI,XhoIで切断したMDV2感染鶏胚線維芽細胞(CEF)DNAをテンプレートとしたサザンプロット解析の結果からMDVDNAのBamHI,EcoRI,XhoIによる制限酵素地図を作成した。この制限酵素地図作成においてMDV2のDNAはMDV1やHVTのDNAと同様にHSVと同じゲノム構造(ユニーク配列の両端に一対の倒置反復配列を付いた構造が2つ連結した構造)をとることが示唆された。つづいて,クローン化したMDV2DNAのBamHI断片をプロープ,BamHIで切断したMDV1感染CEFおよびHVT惑染CEFのDNAをテンプレートした緩い条件のサザンプロット解析を行ったところユニーク配列の領域においてほぼ全体にわたる相同性とその共直線性が示された。またMDV1のA抗原およびB抗原の遺伝子においてもMDV1DNAとMDV2DNAの相同性およびその共直線性が示された。これによりMDVの三血清型すべてがアルファヘルペスウイルスと構造上の相似と遺伝子の並びの共直線性を持つことが明らかとなった。第2章では単クローン抗体(MAb)を用いた解析でMDV1に特異的であり,MD腫瘍細胞内において発現していることが報告されたリン酸化蛋白複合体の38kDaの構成要素(pp38)の遺伝子がサザンプロット解析によりMDV2BamHI-K断片に相同性を示し,その部位の塩基配列を決定したところMDV2がpp38と部分的に相同な蛋白をコードしていることを明らかにし,第3章ではこのMDV2の蛋白をリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させ,その発現蛋白に対するマウス免疫血清を作成し,MDV1,MDV2およびHVT感染CEF溶解液と免疫沈降反応を行った。MDV2惑染CEF溶解液からは約38kDaの特異蛋白が沈降したが,MDV1およびHVT感染CEF溶解液中からは特異蛋白の沈降は見られなかった。また,バキュロウイルスによって発現されたリコンビナント蛋白はイムノプロット解析においてMDV2感染鶏血清によって認識された。第2章と第3章の結果から,このMDV2の蛋白はMDV2の感染によってin vivoでもin vitroでも発現されているが,pp38およびHVTの蛋白と抗原的に交差するエピトープは保持していないことが示唆された。 第2部において,アルファヘルペスウイルスに属するヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)の感染において必須である糖蛋白D(gD)のMDV1相同蛋白(MDV1gD)の解析をした。まず第4章ではMDV1gDをリコンビナントバキュロウイルスを用いて発現させ,さらにこのリコンビナント蛋白に対するMAbを作製した。免疫蛍光抗体法(IFA)でリコンビナントバキュロウイルス感染昆虫細胞に反応し,MDV1gDを発現しないバキュロウイルス感染細胞には反応しない5つのMAbが得られ,これらの5つのMAbはenzymed-linkedimmunosorbent assay additivity testによって3つグループに分けられた。これらのMAbは,イムノプロット解析においてリコンビナントバキュロウイルス感染細胞溶解液中の49〜52kDaの蛋白を認識した。この分子量はMDV1gDの分子量から予測される分子量(非修飾のかたちで45.4kDa)とほぼ一致した。第5章では,これらのMAbがIFAにおいて低継代のMDV1Md5株感染CEF内の抗原を認識したが,高継代のMDV1JM株感染CEFは認識しないことを明らかにした。このIFAにおける陽性細胞率は,MDV1のB抗原に対するMAbを用いた場合の陽性細胞率より低く,MDV1のA抗原に対するMAbを用いた場合とほぼ同様だった。A抗原は培養細胞による継代によってその発現が減少することが知られており,MDV1gDも同様である可能性が示された。 以上の通り,本研究はMDV2制限酵素地図を作成するとともにMDV2pp38遺伝子の解析やその蛋白とMDV1gDの発現と抗原解析を行った。これらの知見は学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |