学位論文要旨



No 111313
著者(漢字) 齋藤,真也
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,シンヤ
標題(和) 天然生理活性物質由来の新規アクチン重合阻害物質の生化学的および薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 111313
報告番号 甲11313
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1604号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 局,博一
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 アクチンは骨格筋からはじめ筋収縮の要のタンパクとして単離された。やがて非筋細胞の細胞骨格を形成していることが明かとなり、現在では筋細胞,非筋細胞を問わず全ての細胞に存在し、細胞骨格あるいは細胞運動を担っていることが明かとなっている。

 本研究では海産毒である3つのマクロライド、すなわちミカロライドB(ML-B)、アプリロニンA(AP-A)、ビステオネライドA(BT-A)がサイトカラシンとは全く異なった機構によってアクチンを脱重合させることを見出し、サイトカラシンD(CD)と比較しつつその機構を解明し、さらに平滑筋を用いて組織に対する作用を検討した。

1.アクチンに対する作用

 ウサギ骨格筋より抽出したアクチンを用いて検討した。重合度はピレンで蛍光ラベルしたアクチンの蛍光量の変化を指標とした。またML-Bの脱重合作用についてはオストワルド式粘度計および電子顕微鏡像によっても脱重合を確認した。

(1)G-アクチンに対する重合抑制作用

 ML-B、AP-A、BT-Aは何れも濃度に依存してアクチンの重合を抑制した。CDもこれを濃度依存性に抑制したが、その作用様式は3つのマクロライドとは異なっていた。すなわちCDはF-アクチンの成長端側をキャップすることで平衡を変化させて脱重合させるため、比較的低濃度から重合を抑制するが、過剰に投与しても完全には重合を抑制できない。これに対して3つのマクロライドはいずれもG-アクチンとのstoichiometryに従ってアクチンの重合を100%抑制した。

 さらには重合の初期においても3つのマクロライドとCDの間に違いが見られた。G-アクチンが重合する際にはまず重合の核の形成が律速段階となるため、重合開始直後にlag phaseが見られる。CDはこの核形成を促進したのに対し、3つの海産毒は促進せずむしろ遅延した。このことから3つの海産毒はG-アクチンと複合体を形成しG-アクチンを重合できないよう"隔離"してしまう可能性が示唆された。

(2)F-アクチンに対する脱重合作用

 予め重合させたF-アクチンに投与すると4種類の物質は何れも脱重合を引き起こした。ML-BとAP-Aは投与直後に大きく脱重合させ、次いでゆっくりと脱重合が進んだ。したがって脱重合度はほとんどこの初期相で決まった(t1/2<1分)。これらに比べてBT-AとCDによる脱重合は遅かった(t1/2>30分)。そこでF-アクチンに対する切断能を検討した結果、ML-BとAP-AはF-アクチンを切断したが、BT-A、CDではほとんど切断作用は見られなかった。しかし3つのマクロライドは濃度に一次相関してF-アクチンを脱重合させ、この作用はG-アクチンに対する重合抑制作用と同様であった。このことからG-アクチンに作用させても、またF-アクチンに作用させても3つの海産毒は最終的にG-アクチンとの複合体を形成し、これが隔離されて重合できなくなるものと推測された。そしてML-BとAP-Aは脱重合の際にさらにF-アクチンを切断してしまうものと考えられた。

(3)Stoichiometry

 3つの海産毒は、重合抑制においても、脱重合においても、G-アクチンとのstoichiometryが成立した。それぞれのstoichiometryはML-B、AP-AがG-アクチンに対し1:1であるのに対し、BT-Aはアクチンに対して1:2のstoichiometryであった。ピレン蛍光から推測したKdはML-Bが10〜20nM、AP-Aは0.10Mであった。BT-Aのstoichiometryはさらに結合実験および超遠心分析によっても確認した。精製したG-アクチンにBT-Aを結合させ、限外濾過膜で上清の遊離BT-Aを分離し、濃度をHPLCで測定した。その結果、BT-Aはアクチンとの結合において正の協同性を持つと推測され、結合部位数が1.7、Kdは0.15Mと推定された。さらに超遠心分析によって沈降係数を求めたところ、G-アクチン単独が3.0±0.2Sであったのに対し、BT-Aと結合したG-アクチンの沈降係数は4.3±0.2S、またF-アクチンを脱重合した場合も5.0Sと高く、BT-Aを介してアクチンが2量体になっている可能性が支持された。

 以上の結果からML-BおよびAP-AはG-アクチンと1:1の複合体を形成し、BT-Aは1:2の複合体を形成することが示唆された。このことは3者には共通した構造があり、さらにBT-Aは2量体構造であるためこの共通した構造を2個もつことと一致した。

(4)アクチンのATP交換反応に対する作用

 1,N6-エテノアデノシン3リン酸(ATP)の蛍光を指標としてアクチンがATPを交換する速度を測定した。10分間G-アクチンをBT-Aで処置するとATPが結合する速度が増加した。しかしCa2+濃度を下げると増加作用はなくなった。一方ML-B、AP-Aは共に交換速度を抑制した。

 以上の結果からBT-A、ML-B、AP-AはいずれもG-アクチンとの結合によって、構造変化を引き起こす、あるいはATPに対する直接作用によって、G-アクチンのATP交換速度に影響を及ぼすものと考えられた。

2.アクトミオシン系に対するミカロライドBの抑制作用

 ミオシンはATPase活性を持っているが、F-アクチンによってATPase活性が増強される。このアクチンとミオシンの相互作用が細胞運動の原動力となる。ウサギ骨格筋より抽出したアクチンおよびミオシンによって再構成したアクトミオシン系のATPase活性をCDはほとんど抑制しなかった。他方、ML-Bはミオシン単独のATPase活性は全く抑制しなかったものの、F-アクチンの存在によって増強された分のみは抑制した。骨格筋より抽出したミオシンを酵素処理するとミオシンの頭部(S1)が得られる。S1のATPase活性もF-アクチンによって促進されるが、ML-BはこのアクトS1のATPase活性も抑制し、しかもその抑制はML-Bとアクチンの濃度比が1以上の時に最大であった。S1はATP不在下ではアクチンと強い結合をし、アクチンの重合を促進する。粘度計を用いてこのアクトS1複合体に対するML-Bの作用を検討したところ、F-アクチン単独の場合と同様の時間経過で粘度が下がり、S1存在下でもML-BがF-アクチンを脱重合させることが示唆された。したがってML-BがアクトミオシンおよびアクトS1ATPase活性を抑制するのは、F-アクチンがML-Bによって脱重合され、ATPase活性を増強できなくなったためと考えられた。またニワトリ筋胃平滑筋より抽出された粗アクトミオシン(ミオシンB)においてもML-Bによる抑制作用が見られた。一方CDはミオシンBのATPase活性も抑制しなかった。

 ミオシンBはCa2+とATPによって濁度を変化させる。これは超沈殿とよばれる現象でアクチンとミオシン二つのフィラメントが縣濁液中で滑り込みを起こすためである。CDは超沈殿の速度を抑制したが、沈殿量はさほど抑制しなかった。これはミオシンBを超音波処置してアクチンフィラメントを切断した結果に類似していた。一方ML-Bは超沈殿を完全に抑制し、ATPase活性の抑制の結果と一致した。

3.平滑筋収縮に対する抑制作用

 平滑筋は外部からの刺激によって細胞内のCa2+濃度が上昇するとカルモデュリンによるミオシン軽鎖キナーゼの活性化を介して20kDaのミオシン軽鎖(LC20)がリン酸化されて収縮が起きる。CDおよびML-B、BT-A、AP-Aはいずれもラット大動脈平滑筋の細胞Ca20濃度は変化させずに収縮のみを抑制した。また収縮刺激を高濃度K+、ノルエピネフリン(10nM-1M)と変えてもML-BとCDの抑制の濃度域および弛緩の時間経過はほぼ一定であった。一方細胞膜を破壊した脱膜化標本の収縮においてもML-BとCDはほぼ同様の収縮抑制作用を見せた。さらにLC20をチオリン酸化した標本においても同様であった。

 またミオシンB中のLC20のリン酸化量を測定したところ、両者の影響は共に見られなかった。

 以上の結果からML-BとCDは平滑筋の収縮蛋白系のうちアクチンフィラメントに作用して収縮を抑制するものと考えられた。またAP-AおよびBT-Aも同様の作用を持つ可能性が示唆された。さらにCDも収縮は100%抑制することから、収縮を抑制するためには必ずしもフィラメントが完全に破壊される必要はないという可能性も示唆された。

4.特異性に関する考察

 プタ脳より抽出した微小管の重合にはML-B、BT-Aは共に影響しなかった。またミオシンBにおける実験の結果からも、ミオシンB内にあってアクトミオシン系を制御しているタンパクには影響が見られないと考えられ、またチオリン酸化したミオシンBのATPase活性もML-Bは濃度依存性に抑制した。さらに平滑筋収縮に対する抑制作用についての考察から、CD、ML-B共にアクチンに特異的に作用しているものと考えられた。

5.まとめ

 本研究においてML-B、AP-A、BT-Aの3つの海産毒がCDとは異なった機序によってアクチンの重合を阻害することを明らかにした。さらにその機序はML-BとAP-AはF-アクチンを切断し、G-アクチンを隔離する作用であり、BT-AはG-アクチンを隔離する作用であることを明らかにした。さらにBT-AがF-アクチンを切断し得ないことを明らかにした。

 平滑筋組織や微小管を用いた実験の結果、ML-Bはアクチンに対する選択性が高いことを示した。AP-A、BT-Aでは示していないが、平滑筋収縮に対する抑制効果の結果から、ML-Bと同様に選択性が高いことが期待された。これらの物質が今後アクチン機能に対するプロープとして広く使われることが期待される。

審査要旨

 アクチンは筋細胞,非筋細胞を問わず全ての細胞に存在し,細胞骨格あるいは細胞運動の要のタンパク質である。これまでサイトカラシン類がアクチン重合阻害剤として広く研究に用いられ,各種細胞機能におけるアクチンの生理的役割が検討されてきた。本研究では,各種の海産毒の生理活性を検討する過程で,3つのマクロライド,すなわちミカロライドB(ML-B),アプリロニンA(AP-A),ビステオネライドA(BT-A)がアクチンを脱重合させることを見出した。生化学的な検討により,これらの海産毒の作用はサイトカラシン(CD)とは全く異なった機構であることが明らかとなった。論文は3章から構成され,第1章でアクチンに対する作用を生化学的に解明し,これを受けて,第2章では筋肉系のアタトミオシンに対する作用について,第3章では平滑筋組織に対する作用を明らかにしている。

 第1章 アクチンに対する作用:CDはF-アクチンの成長端側を蓋って平衡を脱重合側へ変化させるため,比較的低濃度でアクチンの重台な抑制するが,核形成を促進し,過剰に投与しても完全には重合を抑制できない。これに対して3つのマクロライドはいずれもG-アクチンとのstoichiometryに従ってアクチンの重合を100%抑制した。また,3つの海産毒は核形成を促進しなかった。一方,4種類の物質は何れもF-アクチンを脱重合させた。この時,ML-Bと,AP-AはF-アクチンを切断したが,BT-A,CDでは切断作用は見られなかった。この様な成績から,これら3種のマクロライドは共にG-アクチンに結合して重合できないようにこれを隔離する作用を持つこと,ML-BとAP-Aはこれに加えてF-アクチンを構成するG-アクチンと結合してF-アクチンをその部分で切断するものと考えられた。このときML-BおよびAP-AはG-アクチンと1:1の複合体を形成し,BT-Aは1:2の複合体を形成することが示唆された。さらに結合実験および超遠心分析によってもBT-Aを介してアクチンが2量体になっている可能性が支持された。このことは3者には共通した構造があり,さらにBT-Aは2量体構造であるためこの共通した構造を2個もつことと一致した。

 第2章 アクトミオシン系に対するミカロライドBの抑制作用:ミオシンはATPase活性を持ち,F-アクチンによってその活性が増強される。このアクチンとミオシンの相互作用が細胞運動の原動力となる。ウサギ骨格筋より抽出したアクチンおよびミオシンによって再構成したアクトミオシン系のATPase活性をCDはほとんど抑制しなかった。他方,ML-Bはミオシン単独のATPase活性を全く抑制しなかったものの,F-アクチンによって増強された分のみを抑制した。ミオシン頭部(SI)のATPase活性もF-アクチンによって増強されるが,ML-BはこのアタトSIのATPase活性に対してもアクチンとの濃度比が1以上の時に最大抑制を示した。したがってML-BがアクトミオシンおよびアクトSIのATPase活性を抑制するのは,F-アクチンがML-Bによって脱重合され,ATPase活性を増強できなくなったためと考えられた。

 第3章 平滑筋収縮に対する抑制作用:平滑筋は外部からの刺激によって細胞内のCa濃度が上昇すると20kDaのミオシン軽鎖がリン酸化されて収縮する。CDおよびML-B,BT-A,AP-Aはいずれもラット大動脈平滑筋の細胞内Ca濃度は変化させずに収縮のみを抑制した。また脱膜化標本の収縮をML-BとCDはともに抑制した。以上の結果からML-BとCDは平滑筋の収縮蛋白系のうちアクチンフィラメントに作用して収縮を抑制するものと考えられた。またAP-AおよびBT-Aも同様の作用を持つことが示唆された。さらにCDもこの収縮を100%抑制することから,収縮な抑制するためには必ずしもフィラメントが完全に破壊される必要はないことが示唆された。

 以上を要約すると,ML-B,AP-A,BT-Aの3つの海産毒がCDとは異なった機序によってアクチンの重合を阻害することを明らかにした。さらに平滑筋組織を用いた実験からML-Bはアクチンに対する選択性が高いことが示され,これらの物質が今後アクチン機能に対するプロープとして広く使われることが期待された。この様に,本研究は学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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