学位論文要旨



No 111314
著者(漢字) 武田,眞記夫
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,マキオ
標題(和) 脳心筋炎ウイルス感染マウスの後肢麻痺の発現機序
標題(洋)
報告番号 111314
報告番号 甲11314
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1605号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 後藤,直彰
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 板垣,慎一
内容要旨

 脳心筋炎(encephalomyocarditis,EMC)ウイルスはピコルナウイルス科カルジオ群に属し、径が20nmの一本鎖のRNAウイルスで、最初、霊長類、ついで豚から分離され、その宿主域は広いと言われている。

 1966年に、Craigheadは豚心筋炎病巣由来のEMCウイルスから、マウスでの臓器親和性によってM株(心筋親和性)とE株(神経親和性)を分離し、M株はウイルス性心筋炎のモデルとして利用されてきた。その後、M株が特定の系統のマウスに糖尿病を誘発することが報告されて以来、M株はウイルス性糖尿病の研究手段として注目を集めるようになった。現在では、M株からplaque purificationによって確立された糖尿病高誘発株D株(EMC-D)が繁用されている。

 著者はEMC-Dに感受性の高いDBA/2NCrj(DBA/2)マウスを用いて糖尿病性腎症の誘発と病態の解析を試みている過程で、極めて特徴的な分布を示す高度の脳病変が高頻度に観察されることを見いだした。さらに、後肢麻痺を主徴とする神経症状も高頻度に観察され、なかには、一度発症した後肢麻痺が数週間で回復し、さらにその後数週間を経て再発するという、二相性の後肢麻痺を呈する個体も観察された。こうしたことから、EMC-D接種DBA/2マウスは、ウイルス性の中枢神経系病変を解析する上で格好の実験系であると考えられた。

 本研究では、EMC-D接種DBA/2マウスの中枢神経系病変に関する病理組織学的検索を初めとする一連の検索を行った。論文は四章からなり、第一章ではEMC-Dの高用量接種(103PFU/head)により惹起された致死性の後肢麻痺の中枢神経系の病理組織学的性状、第二章では同ウイルスの低用量接種(101PFU/head)により惹起された二相性後肢麻痺の推移と脊髄の病理組織学的性状、第三章では二相性後肢麻痺を呈する系の脊髄におけるウイルスRNAの分布と推移、および、第四章では二相性後肢麻痺を呈する系の脊髄に出現する免疫細胞の意義について記載しており、EMC-Dによって惹起される二相性後肢麻痺の発現機序に関して以下のことを明らかにした。

 1)EMC-Dの高用量接種(103PFU/head)により、致死性の後肢麻痺が誘発された。脳病変は大脳海馬維体細胞層や小脳顆粒細胞層などに限局しており、神経細胞壊死を主徴としていた。一方、脊髄病変は胸部から腰膨大部に限局しており、白質側索・腹索の脱髄と灰白質腹角の神経細胞壊死を主徴としていた。また、後肢麻痺の推移と脊髄病変のそれとはよく対応していた。

 2)EMC-Dの低用量接種(101PFU/head)により、二相性の後肢麻痺が誘発された。一相目には脊髄腰膨大部の白質側策でマクロファージの浸潤を伴う脱髄が顕著であった。一方、二相目には白質の脱髄病変は軽減し、灰白質腹角の壊死した神経細胞周囲にCD4+T細胞の浸潤が顕著であった。

 3)二相性の後肢麻痺を呈する系において、ウイルスRNAの分布と推移を検索したところ、白質の脱髄病巣周囲のダリア細胞ではウイルスRNAはウイルス接種14日後(DPI)まで検出された。一方、灰白質腹角では、28DPIの半数の個体で神経細胞にシグナルが認められ、さらに、二相目の後肢麻痺を呈した42DPIの個体では、シグナルを発している神経細胞周囲にCD4+T細胞が集簇していた。

 4)二相性後肢麻痺を呈する系において、初期病変はanti-Mac1 Mab投与およびanti-CD4 MAb投与によって抑えられた。ウイルスRNAは抗体投与群では微小脱髄病巣周囲のグリア細胞で認められた。一方、後期病変はanti-CD4 MAb投与によってのみ抑えられた。また、anti-CD4 MAb投与群でのみ、灰白質腹角の神経細胞で56DPIになってもウイルスRNAが認められた。

 以上のことから、EMC-Dによって誘発された二相性後肢麻痺の第一相目の後肢麻痺は、ウイルスの直接作用に加えてCD4+T細胞の関与を受けたマクロファージの作用による脱髄性の疾患であることが明らかになった。一方、第二相目の後肢麻痺は、ウイルスRNAを持続的に保持している灰白質腹角の神経細胞をCD4+T細胞が直接的に障害することによって惹起されるpolio-like-paralysisgであることが示唆された。

 著者が開発した本実験系は、ウイルス誘発性の自己免疫性中枢神経系疾患の有用なモデルになるものと考えられる。

審査要旨

 脳心筋炎ウイルスD株(EMC-D)は糖尿病高誘発株であり,ウイルス性糖尿病のモデルとして繁用されている。

 申請者はEMC-Dに感受性の高いDBA/2NCrj(DBA/2)マウスを用いて糖尿病性腎症の誘発と病態の解析を試みている過程で,極めて特徴的な分布を示す高度の脳病変が高頻度に観察されることを見いだした。さらに,後肢麻痺を主徴とする神経症状も高頻度に観察され,なかには,一度発症した後肢麻痺が数週間で回復し,さらにその後数週間を経て再発するという,二相性の後肢麻痺を呈する個体も観察された。こうしたことから,EMC-D接種DBA/2マウスは,ウイルス性の中枢神経系病変を解析する上で格好の実験系であると考えられた。

 本研究では,EMC-D接種DBA/2マウスの中枢神経系病変に関する病理組織学的検索を初めとする一連の検索を行った。論文は四章からなり,第一章ではEMC-Dの高用量接種(103PFU/head)はより惹起された致死性後肢麻痺の中枢神経系の病理組織学的性状,第二章では同ウイルスの低用量接種(101PFU/head)により惹起された二相性後肢麻痺の推移と脊髄の病理組織学的性状,第三章では二相性後肢麻痺を呈する系の脊髄におけるウイルスRNAの分布と推移,および,第四章では二相性後肢麻痺を呈する系の脊髄に出現する免疫細胞の意義について記載しており,EMC-Dによって惹起される二相性後肢麻痺の発現機序に関して以下のことを明らかにした。

 1)EMC-Dの高用量接種(102PFU/head)により,致死性の後肢麻痺が誘発された。脳病変は大脳海馬錐体細胞層や小脳顆粒細胞層などに限局しており,神経細胞壊死を主徴としていた。一方,脊髄病変は胸部から腰膨大部に分布しており,白質側索の脱髄と灰白質腹角の神経細胞壊死を主徴としていた。また,後肢麻痺の推移と脊髄病変それとはよく対応していた。

 2)EMC-Dの低用量接種(101PFU/head)により,二相性の後肢麻痺が誘発された。一相目には脊髄腰膨大部の白質側策でマクロファージの浸潤を伴う脱髄が顕著であった。一方,二相目には白質の脱髄病変は軽減し,灰白質腹角の壊死した神経細胞周囲にCD4+T細胞の浸潤が顕著であった。

 3)二相性の後肢麻痺を呈する系において,ウイルスRNAの分布と推移を検索したところ,白質の脱髄病巣周囲のグリア細胞ではウイルスRNAはウイルス接種14日後(DPI)まで検出された。一方,灰白質腹角では,28DPIの半数の個体で神経細胞にシグナルが認められ,さらに,二相目の後肢麻痺を呈した42DPIの個体では,シグナルを発している神経細胞周囲にCD4+T細胞が集簇していた。

 4)二相性後肢麻痺を呈する系において,初期病変はanti-Macl MAb投与およびanti-CD4 MAb投与によって抑えられた。ウイルスRNAは抗体投与群では微小説髄病巣周囲のグリア細胞で認められた。一方,後期病変はanti-CD4MAb投与によってのみ抑えられた。また,anti-CD4MAb投与群でのみ,灰白質腹角の神経細胞で56DPIになってもウイルスRNAが認められた。

 以上のことから,EMC-Dによって誘発された二相性後肢麻痺の第一相目の後肢麻痺は,ウイルスの直接作用に加えてCD4+T細胞の関与を受けたマクロファージの作用による脱髄性の疾患であることが明らかになった。一方,第二相目の後肢麻痺は,ウイルスRNAを持続的に保持している灰白質腹角の神経細胞をCD4+T細胞が直接的に障害することによって惹起されるpolio-like-paralysisであることが示唆された。

 以上,本研究は自己免疫性中枢神経系疾患のモデルを開発し,その病理発生を解明したもので,基礎および応用面で極めて有用な研究成果を挙げており,審査員一同,本研究は博士(獣医学)の学位として十分な内容を持つものと判定した。

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