審査要旨 | | 減数分裂における組換えの機構の解明は,遺伝学における最も基本的な研究課題の一つである。本論文は、マウスの主要組織適合抗原複合体(MHC)領域に位置する組み換えの高頻度部位(組換えのホットスポット)に着目し,その遺伝学的解析を行ったものである。論文は,3章に大別され,その内容は以下のように要約できる。 まず,第一に,MHCクラスII領域に位置する高頻度部位特異的組換えを示す染色体領域を2本の相同染色体の両方に持たせたマウスの交配を行い,組換え頻度に対してホットスポットは優性に働くことを示し,さらに,PbとLmp2の異なる2つのホットスポットに注目し,ヘテロ接合体では両者は協調して働くことはなく,組換え活性を高めることはないことを示している。これらの結果は3500匹にもおよぶ戻し交雑個体から得られたものであり,そこから導かれる結論は非常に信頼性が高い。この他にも評価すべきこととして,Pbホットスポットの詳しい解析を行っていること,およびwm7ハプロタイプについてはヘテロ接合の相手の遺伝子型により,Lmpホットスポットでの組換え率が異なることを指摘したこと,およびEa遺伝子からクラスIII補体領域での高頻度組換えを見出したことが挙げられる。 第二に,Lmp2ホットスポットにおいて,遺伝子型に依存した組換え率と遺伝子型間の塩基配列の比較から,ホットスポットでの組換え率は2本の染色体間の相同性の程度に依存していることを明らかにしている。さらに,不均等な反復配列のコピー数はホットスポットにおける組換えを阻害するが,点突然変異はさほど組換えを阻害しないことを示唆する結果を得ている。組換え反応における基質であるDNA間の塩基配列の同一性の役割は多くの生物種で記載されてきたが,真核生物の減数分裂期で見られる組換え反応では本研究が初めてであり,注目に値する。 第三に,組換えのホットスポットがゲノム上に普遍的に認められる現象か否かを検討するために,MHCクラスIII領域の解析を行っている。すなわち,抗原の提示,認識に関与する免疫系に関わる遺伝子が多重遺伝子族を形成するMHCクラスII領域が非常に多型的であることから,免疫系の遺伝子の多様性をさらに高めるために組換えのホットスポットがMHCクラスII領域に出現,進化してきたとする仮説があるが,この仮設を検証するために,免疫系には関係のない遺伝子が多数位置するMHCクラスIII領域にも組換えのホットスポットが存在するかどうかを,79個体のAb遺伝子からD遺伝子間での組換え体と11の遺伝マーカーを用いて解析した。その結果,MHCクラスIII領域でも組換えは不均等に分布していることを明らかにした。これに加え,Hsp70遺伝子からTnf遺伝子までの領域に示唆されていた組換えのホットスポットの存在を確証し,さらに,Int3遺伝子からTnx遺伝子までの領域に新たにホットスポットを同定した。また,MHCクラスIII領域においてもクラスII領域と同様に,MHCハプロタイプに依存して組換え切断点の位置が変わることを示した。 以上要するに,本論文は,緻密なデータに基づき,マウスにおけるMHC領域での組換えの頻度を制御する機構に関する新しい知見を得たものであり,学術上,応用上,貢献する所が少なくない。よって,審査員一同は,本論文が,博士(獣医学)の学位論文として十分価値あるものと判定した。 |