審査要旨 | | 排卵に先立って起こる卵成熟の過程で観察される変化の一つに,卵子を包む卵丘細胞層の著しい膨化が挙げられ,この変化は卵子の受精能の発現と密接に関連していると推定されている。本論文は,体外培養系を用いて,その制御機構を明らかにしようとしたものであり,その内容は以下のように要約できる。 第1章では,ブタの卵子卵丘複合体と卵胞液を材料として,卵丘膨化の程度を客観的に表示するための方法について検討している。その結果,画像解析装置による測定は,複雑な形を示す卵丘の面積を迅速に計測するのには適するが,膨張した細胞層の周辺部分では細胞の分散が著しいために,誤差が大きくなることを認め,写真撮影後の計測の方が優れていることを指摘している。 第2章では,ブクの卵子卵丘複合体の培養系において,卵丘膨化と雄性前核形成を促進する因子の分離を試みている。屠場で入手したブタ卵巣の中型卵胞から卵胞液を採取し,220,000xg,48時間の超遠心分離により,4つの画分に分け,これらの画分を培養液に加えてブタの卵子卵丘複合体を24時間培養したところ,その最上層の画分(画分1)に強い卵丘膨化活性を認めた。この活性は,未分画の卵胞液の活性よりも有意に高く,また熱に安定であり,凍結融解を繰り返しても,活性が低下することはなかった。一方,他の3画分(画分2,3,4)には卵丘膨化活性は殆ど認められなかった。さらに,画分1の活性が,卵丘細胞への直接の作用か,または卵子由来の因子を必要とする間接的な効果であるかを明らかにするために,マイクロマニピュレーターを用いて卵子卵丘複合体から卵子のみを除去した後に効果を検討したところ,卵子を除去した卵丘細胞層に対してもほぼ等しい反応を認め,卵胞液中に含まれる活性因子は卵丘細胞に直接作用して,細胞間基質の蓄積を促し,著しい膨張を引き起こすと考察している。画分1を高速液体クロマトグラフィーによって更に分画し,活性因子の部分的な精製を試みた結果,分子量6.5kD以下の画分に卵丘膨化および雄性前核形成促進作用を見出している。 第3章では,卵胞液の卵丘膨化抑制因子について検討している。第2章において未分画の卵胞液の活性よりも画分1の活性が有意に高く,また未成熟の卵胞内では卵子卵丘複合体は卵胞液に接しているにもかかわらず,排卵直前までは卵丘膨化は誘起されないことから,卵胞液には卵丘膨化促進因子とともに,その抑制因子が存在するものと予想し,実験を行っている。その結果,画分1を含む培養液に他の画分を加えると卵丘膨化促進活性は低下し,その抑制作用は画分4(最下層)において最も強く,濃度依存的であることを認めている。画分4の抑制活性は,56C,30分の熱処理に不安定であり,25kDの半透膜による透析では減少しなかった。また,画分4によって卵丘膨化を抑えられていた卵子卵丘複合体を画分1のみを含む培地に移すことによって,顕著な卵丘膨化を誘導できたことから,画分4の抑制作用は可逆的であると推定し,正常な卵成熟の過程では排卵直前に達すると抑制因子の活性が低下し,促進因子の作用が発揮されて卵丘膨化が誘導されると考察している。 以上要するに,本論文は,卵子成熟過程における卵子卵丘複合体の変化を培養条件下に検討し,その制御機構に関する興味深い知見を得たものであり,学術上,応用上,貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として十分価値あるものと判定した。 |