学位論文要旨



No 111318
著者(漢字) ファーディナンド P. ダエン
著者(英字) Ferdinand Palmiano Daen
著者(カナ) ファーディナンド P. ダエン
標題(和) ブタ卵子-卵丘複合体の対外成熟と体外受精に関する研究
標題(洋) STUDIES ON MATURATION AND FERTILIZATION OF PORCINE OOCYTE-CUMULUS COMPLEXES IN VITRO
報告番号 111318
報告番号 甲11318
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1609号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊田,裕
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 澤崎,徹
 東京大学 助教授 森,裕司
 東京大学 助教授 佐藤,英明
内容要旨

 排卵に先だって観察されるグラーフ卵胞内の大きな変化の一つに卵子を包む卵丘の膨化が挙げられる。卵丘膨化は細胞間質の発達により誘起されるが、卵丘の膨化にともない卵子の受精(雄性前核形成)率が向上するなど、卵丘膨化と卵子の受精能力とに相関があることが示唆されてきている。一方、このような卵丘膨化は体外培養系においても卵胞液を添加することによって誘起することができることから、卵胞液に存在する卵丘膨化に関わる因子の同定が課題となっている。本研究は、ブタの卵子卵丘複合体と卵胞液を材料として、卵丘膨化の程度を表現するための最も簡便で実践的な方法を選択するとともに、体外培養系において卵丘膨化に関わる因子を同定し、卵丘膨化の調節系を明らかにしようとしたものである。

 第1章では卵丘膨化の程度を表現する方法について検討した。膨化卵丘の占める面積を算出するために、画像解析装量による方法とマニュアルによる方法を比較した。マニュアルによる方法は卵子卵丘複合体の長径と短径を計測し公式(長径×短径×÷4)に当てはめて算出する方法を採用した。培養後、卵子卵丘複合体を写真に撮り、写真版を用いて両者の利点と欠点を評価したが、どちらの方法を使ってもほぼ同じ傾向が示された。しかしながら画像解析装置では、複雑な形を示す卵丘の面積を敏速に計測できたが、周辺部分の卵丘細胞の分散が著しく、膨化の程度の大きいものについては計測が難しかった。また、遊離した卵丘細胞を除外して卵子卵丘複合体だけを計測することも難しかった。マニュアルにより算出する方法は、膨化の著しいものについても卵子卵丘複合体のみを簡便に計測できるなど、画像解析装置よりも優れた点があった。このような実験をもとにして第2および3章ではマニュアルによる方法を採用した。

 第2章ではブタ卵子卵丘複合体の培養系において、卵丘膨化や雄性前核形成を促進するブタ卵胞液因子の分離を試みるとともに、その特性について解析した。小型(直径2mm未満)、中型(直径2-5mm)、大型(直径5mm以上)の卵胞から採集された卵胞液はいずれも卵丘膨化促進作用を示したが、卵胞の大きさによる差は認められなかった。そこで中型の卵胞から得た卵胞液から卵丘膨化促進因子の分離を試みた。卵胞液を超遠心(220,000×g,48時間)すると4つの分画(分画1、2、3および4)に分離できたが、これらの分画を培養液に加えたところ、分画1に顕著な卵丘膨化誘起作用を認めた。卵丘膨化を誘起する卵胞液の活性因子は、100℃、15分の熱処理に安定で、凍結融解を繰り返しても活性が低下することはなかった。また、プロテアーゼK処理によって活性は低下した。分画1は卵子を除去した卵子卵丘複合体に対しても卵丘膨化誘起作用を示した。一方、分画1、2、3および4はいずれも雄性前核形成促進作用を示したが、分画1に最も強い活性が認められた。分画1を高速液体クロマトグラフィー(Shimpack Diol-150)によってさらに分画し、活性因子の部分的な精製を試みたところ、分子量6.5kD以下の分画に卵丘膨化促進作用と雄性前核形成促進作用を認めた。

 第3章では卵胞液の卵丘膨化抑制因子について検討した。卵胞液そのものと超遠心により分離した分画1の卵丘膨化誘起作用を比べると、分画1の方がより強い活性を示す。また、卵胞内にあっては卵子卵丘複合体は卵胞液に浸漬した状態にあっても排卵直前まで卵丘膨化は誘起されない。このようなことを踏まえて卵胞液には卵丘膨化因子とともに卵丘膨化の誘導を抑える因子が存在するのではないかと考えて実験を行った。分画1を添加した培養液に分画2、3ないし4を加えたところ、分画1の卵丘膨化促進作用は抑制された。抑制作用は分画4で最も強く、その活性は濃度依存的であった。分画4の抑制活性は56℃、30分の熱処理に部分的に不安定であった。分画4によって卵丘膨化を抑えられた卵子卵丘複合体を、分画4を除いて再び分画1のみを含む培養液で培養すると卵丘膨化を誘起したことから、分画4の抑制作用は可逆的な作用であることが示唆された。また分画4の抑制活性は、molecular cut off 50kDの半透膜による透析により減少したが、25kDの半透膜では減少しなかった。

 以上のことから卵胞液には卵丘の膨化を促進したり抑制したりする因子が存在すると考えられる。このようなことからグラーフ卵胞内でみられる卵丘膨化の機序として次のようなことが示唆される。排卵直前まで促進因子の作用は抑制因子の作用により抑えられている。排卵直前に至り、何らかの作用により抑制因子の活性が中和されたり、あるいは卵胞液中の量が減少したりする。このようなことにより抑制因子の作用が無効となり、促進因子の作用が発揮され卵丘膨化が誘起される。

審査要旨

 排卵に先立って起こる卵成熟の過程で観察される変化の一つに,卵子を包む卵丘細胞層の著しい膨化が挙げられ,この変化は卵子の受精能の発現と密接に関連していると推定されている。本論文は,体外培養系を用いて,その制御機構を明らかにしようとしたものであり,その内容は以下のように要約できる。

 第1章では,ブタの卵子卵丘複合体と卵胞液を材料として,卵丘膨化の程度を客観的に表示するための方法について検討している。その結果,画像解析装置による測定は,複雑な形を示す卵丘の面積を迅速に計測するのには適するが,膨張した細胞層の周辺部分では細胞の分散が著しいために,誤差が大きくなることを認め,写真撮影後の計測の方が優れていることを指摘している。

 第2章では,ブクの卵子卵丘複合体の培養系において,卵丘膨化と雄性前核形成を促進する因子の分離を試みている。屠場で入手したブタ卵巣の中型卵胞から卵胞液を採取し,220,000xg,48時間の超遠心分離により,4つの画分に分け,これらの画分を培養液に加えてブタの卵子卵丘複合体を24時間培養したところ,その最上層の画分(画分1)に強い卵丘膨化活性を認めた。この活性は,未分画の卵胞液の活性よりも有意に高く,また熱に安定であり,凍結融解を繰り返しても,活性が低下することはなかった。一方,他の3画分(画分2,3,4)には卵丘膨化活性は殆ど認められなかった。さらに,画分1の活性が,卵丘細胞への直接の作用か,または卵子由来の因子を必要とする間接的な効果であるかを明らかにするために,マイクロマニピュレーターを用いて卵子卵丘複合体から卵子のみを除去した後に効果を検討したところ,卵子を除去した卵丘細胞層に対してもほぼ等しい反応を認め,卵胞液中に含まれる活性因子は卵丘細胞に直接作用して,細胞間基質の蓄積を促し,著しい膨張を引き起こすと考察している。画分1を高速液体クロマトグラフィーによって更に分画し,活性因子の部分的な精製を試みた結果,分子量6.5kD以下の画分に卵丘膨化および雄性前核形成促進作用を見出している。

 第3章では,卵胞液の卵丘膨化抑制因子について検討している。第2章において未分画の卵胞液の活性よりも画分1の活性が有意に高く,また未成熟の卵胞内では卵子卵丘複合体は卵胞液に接しているにもかかわらず,排卵直前までは卵丘膨化は誘起されないことから,卵胞液には卵丘膨化促進因子とともに,その抑制因子が存在するものと予想し,実験を行っている。その結果,画分1を含む培養液に他の画分を加えると卵丘膨化促進活性は低下し,その抑制作用は画分4(最下層)において最も強く,濃度依存的であることを認めている。画分4の抑制活性は,56C,30分の熱処理に不安定であり,25kDの半透膜による透析では減少しなかった。また,画分4によって卵丘膨化を抑えられていた卵子卵丘複合体を画分1のみを含む培地に移すことによって,顕著な卵丘膨化を誘導できたことから,画分4の抑制作用は可逆的であると推定し,正常な卵成熟の過程では排卵直前に達すると抑制因子の活性が低下し,促進因子の作用が発揮されて卵丘膨化が誘導されると考察している。

 以上要するに,本論文は,卵子成熟過程における卵子卵丘複合体の変化を培養条件下に検討し,その制御機構に関する興味深い知見を得たものであり,学術上,応用上,貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として十分価値あるものと判定した。

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