審査要旨 | | エンドセリン-1(ET-1)はブタの血管内皮細胞培養上清から分離された,強力な血管収縮物質で,その後ET-1とはアミノ酸残基が少し異なるET-2およびET-3が見つかり,ファミリーが存在することが明らかにされた。エンドセリンは全身の臓器に分布し,ホルモンやオータコイドとしての機能ばかりではなく,神経伝達物質としての役割をもになっていると考えられている。エンドセリン受容体にはET-1によって選択的に活性化されるETA受容体とET-1およびET-3により非選択的に活性化されるETB受容体の2種類が知られている。ETA受容体は血管収縮に関与し,内皮細胞にあるETB受容体は血管の弛緩作用に関与しているものと考えられている。近年,エンドセリン受容体に選択的な作動薬や阻害薬が開発され,エンドセリンの生理作用や受容体の性質の検討が可能になった。本研究は,エンドセリンの血管収縮作用および弛緩作用の機序の解明を目的とし,血管内皮および平滑筋におけるエンドセリン受容体の分類を試みると同時に,これに関わる情報伝達系について検討を行っている。 第1章では内皮細胞における反応ならびに内皮細胞と平滑筋との相互作用について解析している。ラット大動脈標本にET-3を投与すると,内皮細胞の細胞内Ca濃度が増加し,この増加はETA受容体の選択的拮抗薬では抑制されず,ETB受容体の選択的拮抗薬により抑制された。ノルエピネフリンで収縮させたラット大動脈標本において,ET-3は内皮の細胞内Ca濃度を増加させ,平滑筋収縮を一過性に抑制した。NO合成酵素阻害薬はET-3による内皮の細胞内Ca濃度の増加を抑制せず,収縮抑制のみを解除した。内皮除去標本あるいはETB受容体の拮抗薬存在下ではET-3による平滑筋収縮抑制作用は抑制されたが,ETA受容体拮抗薬は無効であった。これらの結果からET-3は内皮細胞のETB受容体に作用して細胞内Ca濃度を増加させ,NO合成酵素を活性化し,NOを遊離して血管平滑筋を弛緩させることが示唆された。 第2章では動脈におけるエンドセリン受容体と収縮との関係を論じている。内皮を除去したラット大動脈やブタ肺動脈において,ET-1は持続性に平滑筋の細胞内Ca濃度を増加させ収縮をひきおこした。この細胞内Ca濃度の増加と収縮はETA受容体拮抗薬により抑制されたが,ETB受容体の拮抗薬は無効であった。Ca除去液中ではET-1は一過性に細胞内Ca濃度を増加させ,これはETA受容体の拮抗薬により抑制された。これらの結果からETA受容体が平滑筋のCa遊離とCa流入さらには収縮発生に関与しているものと考えられた。 第3章では静脈を用いエンドセリンの新たな受容体サブタイプの分類を試みている。ブタの肺静脈においてET-1とET-3は細胞内Ca濃度と収縮を持続性に増加させたが,ETB受容体の選択的活性化薬(STxやIRL1620)による細胞内Ca濃度と収縮の増加は一過性であった。ETA受容体の選択的拮抗薬はET-1あるいはSTXS6cやIRL1620による細胞内Ca濃度と収縮の増加に作用しなかったが,ET-3による細胞内Ca濃度と収縮の増加は一過性になった。ETB受容体の選択的拮抗薬はET-1,ET-3,STxによる細胞内Ca濃度と収縮の増加にほとんど影響しなかったが,IRL1620の作用を完全に抑制した。STx処置によりETB受容体を脱感作した標本では,STxやIRL1620の作用は消失したが,ET-1やET-3の作用は変わらなかった。ETB受容体を脱感作した標本において,ETA受容体の選択的拮抗薬はET-3収縮を完全に抑制し,ET-1収縮を一部抑制した。これらの結果から静脈には脱感作されにくくET-1選択性の高いETA受容体と,脱感作され易くリガンド選択性の低いETB受容体の2種類が共存することがわかった。さらにETA受容体は拮抗薬に感受性のETA1受容体と非感受性のETA2受容体に分けられ,またETB受容体も拮抗薬に感受性のETB1受容体と非感受性のETB2受容体に分けられた。同様な結果はウサギ伏在静脈でも認められた。Ca除去液中ではET-1やET-3は細胞内Ca濃度を一過性に増加させ,持続性の収縮を発生させたが,STxは細胞内Ca濃度を増加させずに小さな持続性収縮を発生させ,IRL1620は無効であった。これらの結果は静脈のETA受容体がCa遊離とCa流入さらにはCa感受性の増加の機構と関連していること,またETB受容体はCa遊離をおこさず,Ca流入とCa感受性の増加の機構と関連していることを示した。 以上を要約すると,本論文は新たな試薬を用いて血管系におけるエンドセリン受容体の分類を確立したこと,ならびにこれら受容体と細胞内情報伝達系との関係を明らかにしたものであり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |