審査要旨 | | 子宮筋はその収縮により,胎児や子宮内膜などの子宮内容物を排出することを生理的役割としている。この役割を正常に遂行させ,病的状態や分娩時の事故を予防するためには,子宮筋収縮機構の解明が重要である。本研究は,子宮筋の収縮特性が妊娠末期でどのように変化しているかを明らかにすることを目的としている。 第1章では,子宮筋の収縮性が妊娠子宮筋でどのように変化しているかを検討し,以下の成績を得ている。なお,実験動物としてはラットを用い,発情期の子宮を非妊娠筋,分娩直前(妊娠21日目)の子宮を妊娠筋として比較した。 1)非妊娠筋と妊娠筋はともに外液K濃度の増加により濃度依存的に収縮を発生した。高濃度Kに対する反応を筋標本の断面積当たり,あるいは,湿重量または乾燥重量当りで表わすと,非妊娠筋にくらべ妊娠筋で大きな最大収縮が得られた。受容体作動性の子宮筋収縮薬(oxytocin,carbachol,platelet activating factor(PAF),,PGE2)を投与すると非妊娠筋,妊娠筋ともに濃度依存的に収縮した。PAFは非妊娠筋ではほとんど収縮効果が得られなかったが,妊娠経過によりその収縮作用は増加し,強い持続性の収縮を起こした。高濃度K+と同様,これら受容体作動薬の最大反応を断面積当り,あるいは,湿重量または乾燥重量当りで表わすと非妊娠筋に比べ妊娠筋で大きかった。 2)Fura-2を負荷した非妊娠筋および妊娠筋に高濃度Kあるいは受容体作動薬を投与すると,細胞内Ca濃度の増加と収縮が発生した。 3)-Toxinで脱膜化した妊娠筋および非妊娠筋はCaを投与すると収縮した。妊娠筋および非妊娠筋のCa感受性に有意な差は認められなかった。また,10MCaによる収縮時に脱リン酸化酵素阻害剤であるcalyculin Aを添加し,ミオシンを最大限にリン酸化した場合の絶対張力にも差が見られなかった。 4)妊娠筋においては,非妊娠筋に比べ総蛋白当りのactin含量の増加が観察された。また,actin制御蛋白であるcaldesmon含量は妊娠,非妊娠筋の間で有意な差はみられなかったが,calponin含量は非妊娠に比べ妊娠時に減少していた。Calponin含量をactin含量との比率で現すと,両標本間で大きな差が認められた。20kDaのミオシン軽鎖については,総蛋白当りの含量には有意な差はみられなかった。 5)非妊娠筋および妊娠筋において,高濃度K投与数秒後にリン酸化は最大値に達し,その後次第に減少し,静止時より高いレベルで一定となった。妊娠筋では非妊娠筋に比べ同量のリン酸化で大きな収縮が得られた。 6)非妊娠および妊娠筋でのミオシン軽鎖キナーゼとミオシン軽鎖ホスファターゼ活性には,有意な差はみられなかった。 以上の結果から,妊娠筋でみられた収縮性の増加は主として収縮蛋白レベルでの変化によると考えられた。妊娠時にactin含量が増加していること,ならびにactin含量に対するcalponinの比率が減少しているが,妊娠筋と非妊娠筋ではミオシンリン酸化の程度には差はないことから,妊娠による収縮性の変化がミオシンリン酸化機構よりむしろアクチン制御系の変化によると考えられた。 第2章においては妊娠によるプロテインキナーゼC(PKC)機能の変化を検討している。本章では子宮筋の収縮機構におけるPKCの役割と,妊娠の経過に伴うPKCの機能の変化についてPKC活性薬であるホルボールエステルを用いて検討し以下の成績を得ている。 1)高濃度Kで収縮させた子宮筋に対して,12-deoxyphorbol-13-isobutyrste(DPB)は抑制作用を示した。その作用は妊娠筋において顕著であった。 2)Fura-2を負荷した妊娠筋および非妊娠筋を高濃度Kで刺激後,DPBを投与すると,初期にわずかな細胞内Ca濃度の増加が認められた後,抑制が現われた。このDPBによる抑制作用はCa channel活性薬のBay k8644や高濃度Ca処理により回復した。 3)PKC抗体を用いてPKC含量を測定したところ,妊娠筋では非妊娠筋に比べ総蛋白質当たりのPKC含量が多いことが明かにされた。 4)生理的にPKC活性を増加させる物質と考えられるoxytocinはDPBのような抑制作用を示さなかった。 以上の成績から,高濃度K収縮時にPKCを活性化させた場合に見られる持続的弛緩作用は,Ca channel(VDC)の抑制によると推測された。一方,子宮筋のPKC含量は妊娠経過によって増加していることも明らかとなった。このような子宮筋におけるPKCを介する収縮抑制反応は,妊娠時に子宮筋緊張を減少させる役割,あるいは分娩時にみられる感受性増加に対するnegative feed-backの役割を果たすと考えられたが,oxytocinがこの様な作用を示さなかったことからPKCは妊娠子宮での組織変化など収縮抑制以外の作用の役割を示すことも示唆された。 以上を要約すると,本論文は子宮筋の妊娠に伴う収縮機構の変化を明らかにしたものであり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |