学位論文要旨



No 111322
著者(漢字) 李,旻宰
著者(英字)
著者(カナ) リ,ミンゼイ
標題(和) マウスにおけるT-2トキシンの肝毒性に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological Studies on Hepatotoxicity of T-2 Toxin in Mice
報告番号 111322
報告番号 甲11322
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1613号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 後藤,直彰
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 板垣,慎一
内容要旨

 T-2トキシンはFusarium属のカビにより産生されるカビ毒Trichotheceneの一種である。ヒトではT-2トキシンは消化管、造血臓器、リンパ系臓器に障害を与え、さらに肝障害をも引き起こすことが知られている。実験的にはマウスでリンパ系臓器に関する数多くの報告あり、T-2トキシンは細胞分裂に障害を与えることで毒性を示すといわれている。しかし、T-2トキシンの肝毒性に関して、その病理発生を詳細に検討した報告は少ない。そこで、本論文は、マウスにおけるT-2トキシンの肝毒性に関し、in vivoおよびin vitroの実験系を用いて主に病理組織学的に検索した。得られた成績は以下の通りである。

 1)T-2トキシンは2mg/kg以上の投与量で急性肝毒性を示し、特に8もしくは10mg/kgの投与によって高度の変化が認められた。10mg/kgを投与した動物では、投与後6から24時間の間に、GOT,GPT,血清タンパク質,グルコースおよび血清脂質等の血液生化学値に顕著な変化がみられたが、48時間後には多くはほぼ正常値に復した。肝臓内過酸化脂質濃度は投与後6から9時間の間に顕著な増加を示したが、24時間後には正常値に戻った。病理組織学的には、投与後6時間で肝細胞の細胞質の密度および染色性の増加が、18時間で単細胞壊死もしくは小巣状壊死がみられたが、48時間後には対照群と比べ差が認められなかった。電顕的には、投与後3時間の肝細胞で、骨面小胞体の増加およびグリコーゲンの枯渇、9時間でミトコンドリアおよび粗面小胞体の退行性変化が観察された。これらの微細形態学的変化は、主に投与後6から18時間の間に認められ、48時間後ではほぼ正常な像を呈していた。

 2)T-2トキシンを2および4mg/kg、56日間連統投与し、亜急性肝毒性を検索した。血液生化学、病理組織学および電顕的検索では、本質的に上述した急性期のそれと同様の所見が得られ、タンパク質合成の抑制とこれに関連した変化、例えば肝細胞内脂肪蓄積が目立った。さらに、免疫組織化学的に肝細胞へのBrdUの取り込みを調べたところ、T-2トキシン投与群で陽性率の低下が認められ、T-2トキシンは生理的状態下で肝細胞増殖を抑制することが示された。

 3)肝部分切除および四塩化炭素投与後の肝細胞再生に及ぼすT-2トキシンの影響を調べた。T-2トキシン投与によって、肝部分切除および四塩化炭素投与後の肝重量の回復は遅延し、さらに四塩化炭素投与後の肝小葉中心帯の肝細胞壊死面積の縮小が遅延した。肝細胞のBrdUの取り込みを検索したところ、両実験系ともに初期段階で肝細胞の増殖が顕著に抑制されていることが明らかになった。

 4)マウスの初代培養肝細胞に対するT-2トキシンの影響を検索した。T-2トキシン(1,10および100g/ml)処理によって、培養肝細胞から培養液中への肝細胞内酵素の流出に変化は認められなかったが、細胞内過酸化脂質濃度は用量依存性に増加した。また、肝細胞の萎縮および壊死により細胞密度は減少し、粗面小胞体およびミトコンドリアの退行性変化やAutosegrisomeの出現等の微細形態学的変化も観察された。さらに、肝細胞のDNA合成促進作用をもつEGFもしくはTGF-を処置した培養肝細胞および無処置の培養肝細胞へのT-2トキシンの影響を検索したところ、T-2トキシンはTGF-同様、いずれの場合にも用量依存性に肝細胞の増殖を抑制することが明らかにされた。

 以上の結果から、マウスにT-2トキシンを投与すると、タンパク合成の抑制とこれに関連した変化を主徴とする、急性もしくは亜急性の肝毒性を示すことが明らかになった。さらに,T-2トキシンは生理学的状態下にある肝および実験的に誘発した再生肝の双方で肝細胞の増殖を抑制することが示された。こうしたin vivoでの所見は、in vitroにおいても基本的には同様であることが明らかになった。本論文の成果は、ヒトにおけるカビ毒による肝障害の病理発生の解析に大いに寄与するものと考えられる。

審査要旨

 T-2トキシンはFusarium属のカビにより産生されるカビ毒Trichotheceneの一種である。

 ヒトではT-2トキシンは消化管,造血臓器,リンパ系臓器に障害を与え,さらに肝障害をも引き起こすことが知られている。実験的にはマウスでリンパ系臓器に関する数多くの報告があり,T-2トキシンは細胞分裂に障害を与えることで毒性を示すといわれている。しかし,T-2トキシンの肝毒性に関して,その病理発生を詳細に検討した報告は少ない。

 そこで,本論文は,マウスにおけるT-2トキシンの肝毒性に関し,in vivoおよびin vitroの実験系を用いて主に病理組織学的に検索した。

 得られた成績は以下の通りである。

 1)T-2トキシンは2mg/kg以上の投与量で急性肝毒性を示し,特に8もしくは10mg/kgを投与した動物では,投与後6から24時間の間に血液生化学値に顕著な変化がみられたが,48時間後には多くはほぼ正常に復した。肝臓内過酸化脂質濃度は投与後6から9時間の間に顕著な増加を示したが,24時間後には正常値に戻った。病理組織学的には,投与後6時間で肝細胞の細胞質の密度および染色性の増加が,18時間で単細胞壊死もしくは小巣状壊死がみられたが,48時間後には対照群と比べ差が認められなかった。電顕的には,投与後3時間の肝細胞で,滑面小胞体の増加およびグリコーゲンの枯渇,9時間でミトコンドリアおよび粗面小胞体の退行性変化が観察された。これらの微細形態学的変化は,主に投与後6から18時間の間に認められ,48時間後にはほぼ正常な像を呈していた。

 2)T-2トキシンを2および4mg/kg,56日間連続投与し,亜急性肝毒性を検索した。血液生化学,病理組織学および電顕的検索では,本質的に上述した急性期のそれと同様の所見が得られ,タンパク質合成の抑制とこれに関連した変化が目立った。さらに,免疫組織化学的に肝細胞へのBrdUの取り込みを調べたところ,T-2トキシン投与群で陽性率の低下が認められ,T-2トキシンは生理的状態下で肝細胞増殖を抑制することが示された。

 3)肝部分切除および四塩化炭素投与後の肝細胞再生に及ぼすT-2トキシンの影響を調べた。T-2トキシン投与によって,肝部分切除および四塩化炭素投与後の肝重量の回復は遅延し,さらに四塩化炭素投与後の肝小葉中心帯の肝細胞壊死面積の縮小が遅延した。肝細胞のBrdUの取り込みを検索したところ,両実験系ともに初期段階で肝細胞の増殖が顕著に抑制されていることが明らかになった。

 4)マウスの初代培養肝細胞に対するT-2トキンの影響を検索した。T-2トキシン処理によって,培養肝細胞から培養液中への肝細胞内酵素の逸脱に変化は認められなかったが,細胞内過酸化脂質濃度は用量依存性に増加した。また,肝細胞の萎縮および壊死により細胞密度は減少し,粗面小胞体およびミトコンドリアの退行性変化やAutosegrisomeの出現等の微細形態学的変化も観察された。さらに,肝細胞のDNA合成促進作用をもつEGFもしくはTGF-を処置した培養肝細胞および無処置の培養肝細胞へのT-2トキシンの影響を検索したところ,T-2トキシンはTGF-同様,いずれの場合にも用量依存性に肝細胞の増殖を抑制することが明らかにされた。

 以上の結果から,マウスにT-2トキシンを投与すると,タンパク合成の抑制とこれに関連した変化を主徴とする,急性もしくは亜急性の肝毒性を示すことが明らになった。さらに,T-2トキシンは生理学的状態下にある肝および実験的に誘発した再生肝の双方で肝細胞の増殖を抑制することが示された。

 以上,本論文の成果は,ヒトにおけるカビ毒による肝障害の病理発生の解析に大いに寄与するものと考えられ,審査員一同,本研究は博士(獣医学)の学位として十分な内容を持つものと判定した。

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