審査要旨 | | ネコ免疫不全ウイルス(Feline immunodeficiency virus;FIV)感染症は,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)によって引き起こされるエイズの有用な動物モデルとして期待がもたれている。本研究では,FIVの病原性の解明に大きく貢献すると考えられるFIVの生物学的性状および遺伝子発現制御機構に関する解析を行った。本論文は以下の8章より構成されている。 第1章においてネコTリンパ球株化細胞であるMYA-1細胞と間接蛍光抗体法を用いて感度のよいFIV感染性粒子の定量系を確立した。また,この系を用いて,FIV Petaluma株とTM1株の感染性を比較したところ,両株間では感染性が異なることが判明した。 第2章において,ネコ胎仔脳より,ネコ脳培養細胞を分離し,この細胞とネコ腎由来CRFK細胞にそれぞれFIV TM1株,Petaluma株,KYO-1株を感染させたところ,細胞変性効果,ウイルスの複製能力,感受性に相違がみられ,FIV株間には生物学的性状の相違があることが明らかになった。 第3章においてネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)がFIV LTRにどの様な影響を及ぼすかを調べるために,CRFK細胞およびネコの線維芽細胞であるfewf-4細胞にてCATアッセイを行ったところ,FHV-1感染によりFIV LTRが活性化されることが判明した。次に,in vitroにおいてFHV-1がFIVの主要標的細胞であるTリンパ球にFIVと重感染しうるかを二重間接蛍光抗体法と電子顕微鏡にて検討したところ,同一Tリンパ球にFIVとFHV-1の抗原および粒子が検出された。以上より,FHV-1はFIVと同一Tリンパ球に感染することが可能であり,さらにFIVを活性化することが示された。 第4章においてネコカリシウイルス(FCV)のネコTリンパ球に対する感受性とFIVに対する影響を調べたところ,FCVはネコTリンパ球に感染しさらに持続感染することが示された。また,ウエスタンブロット法により,細胞種によってFCVカブシド蛋白の発現にわずかな相違があることが判明した。しかし,第3章と同様にFCVのFIV遺伝子発現に対する影響を調べたところ,FCVはFIVのLTRを活性化しなかった。 第5章においてFIVの遺伝子発現を制御しているFIV LTR内の部位とFHV-1による活性化部位を同定するため,FIV LTRのデリーションミュータントを作製し,fcwf-4細胞にてCATアッセイを行った。その結果,FIV遺伝子発現に重要な部位として転写開始部位からの相対位置でAP-1結合部位を含む-124から-94,C/EBP結合部位を含む-94から-79,TATA配列を含む-32から-23の部位を固定し,さらにFHV-1による活性化に関与する部位として,ATF結合部位を含む-63から-44の部位,TATA配列を含む-32から-21の部位を同定した。以上よりFIV遺伝子発現およびFHV-1による活性化には,これらの配列が関与していることが示唆された。 第6章においてFHV-1の前初期(IE)遺伝子を同定し,その遺伝子産物のFIVLTRに対する影響を調べた。FHV-1 IE遺伝子はヒト単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)のIE蛋白であるICP4と高い相同性がみられる1388アミノ酸をコードしていた。また,このFHV-1 IE遺伝子の発現ベクターを構築し,CRFK細胞にてCATアッセイを行ったところ,FHV-IE遺伝子産物は,様々なHomologousおよびHeterologousなプロモーターを活性化することよりトランス活性化能を有していることが明らかになった。一方,FHV-1 IE遺伝子産物は,CRFK細胞やfcwf-4細胞においてはFIV LTRを活性化しなかったがヒト結腸ガン由来SW480細胞においてはFIV LTRを活性化したことより,FHV-1IE遺伝子産物のFIV LTRに対する活性化能は,細胞種に依存することが示唆された。 第7章においてオーエスキー病ウイルス(PRV),HSV-1,ウマヘルペスウイルス1型のICP4ホモローグがFIV遺伝子発現および複製に及ぼす影響を調べるために,各ICP4発現ベクター構築し,CATアッセイを行い,ウイルス複製を逆転写酵素活性を指標に調べた。その結果,各ICP4ホモローグはFIVの遺伝子発現および複製を著しく抑制することが判明した。 第8章においてFIV C/EBP結合部位のFIV複製に対する役割を調べたところ,CRFK細胞,MYA-1細胞において,C/EBP結合部位を欠損させると複製能力が著しく低下した。また,CATアッセイにて,C/EBP結合部位は,単独でエンハンサー活性を有することが明らかになった。さらに,CRFK細胞,MYA-1細胞核抽出液を用いて,ゲルシフトアッセイを行ったところ,C/EBP結合部位に実際に転写因子が結合し,その種類が1種類以上であることが判明した。次に,PRV ICP4によるFIV遺伝子発現抑制に関与しているLTR内の部位の同定を試みた。その結果,C/EBP結合部位を欠損させるとPRV ICP4による抑制が解除され,また,HIV LTRおよびSV40初期プロモーターに,FIV C/EBP結合部位を導入するとPRV ICP4による抑制効果が観察されるようになった。このことよりPRV ICP4による負の抑制は,FIVの遺伝子発現,複製を正に制御しているC/EBP結合部位を介して起こっていることが示された。 以上の通り,本研究はFIVの生物学的性状および遺伝子発現制御機構に関する解析を行い多くの新知見をもたらした。また,本研究で得られた各種の遺伝子変異株,遺伝子クローンは,FIV研究において必要不可欠なものであり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与して然るべきと判断した。 |